第6話 修羅場
「おまっ、何してんの!?」
あれから俺は慌ててクラウスを引っ張り出し、ドウザンに見つかる前に外へと連れ出した。
寝ぼけ眼だったクラウスも、俺の慌て様を見てようやく目を覚ましたようだった。
適当に服を着せた所為か、ちょっと寝グセとか見た目が酷いけど今はそれ所ではない。
「よりにもよって里長の娘に手を出すな!」
「い、いや! 待ってくれ!! 話を聞いてくれ!!」
「お前それ里長にも言えんの!? って言うか自分で言えよ!?」
「お、おい! 俺を見捨てる気か!?」
「自業自得だろうが!!」
怒鳴りあってはいるが、周辺確認に抜かりはない。
今、里長に出会うのだけは御免被る。
いざとなればコイツ一人を置いて、フラウとヴィスターを回収するつもりだ。
「ち、違っ! 襲われたのは俺の方だ!!」
「ここに来てそんな言い訳が通用するか!」
「本当なんだって! 夜に向こうが尋ねて来て…!」
必死なクラウスの様子に、少しだけ冷静さを取り戻す。
まぁ、俺ぐらいは言い訳を聞いてやってもいいか、そんな思いから話を促すと。
「いやその……夜這いされたと言いますか……」
まぁ……確かに、どちらかと言えばアサカの方からグイグイ行ってたな。
ちょっと落ち着こう。
深呼吸し、状況を整理する。
まず、クラウスとアサカが大人の階段を昇った。
――――そうか、コイツもう童貞じゃないのか……。
いや、そこは置いておこう。
「オーガの里へ来てから、ガロウがドウザンを呼んだ時、ドウザンはアサカを心配しているようだった。それに兄も亡くなって、子供がアサカだけとかガロウも言っていた」
「過保護……なんだろうか?」
「そうだったら面倒になるよ。どうすんの? 折角、情報源が見つかったってのに…」
何はともあれ、この状況を上手く取り纏める必要がある。
……難易度ハード所じゃない気がするが、仕方ない。
「取れる手段は三つ。アサカをぶん殴って記憶を消すか、首を差し出すか、土下座してアサカを嫁に貰うかだ」
「一番って外道過ぎない? 二番も大概だけど…」
「じゃあ責任取って土下座して来い」
「……それでなんとかなると思うか?」
「未婚の俺にそれを聞くな」
いい案があればいいが、俺の恋愛経験値は0だ。
どうせクラウスも似たようなものだろう。
いいアドバイザーがいない状況で、ついでに言えば時間も無い。
「そもそも人間と結婚ってオーガ的に有りなのか?」
「知らん。というか、オーガの貞操概念ってどの程度なんだろう」
もし貞操概念が緩ければ、クラウスとの事も大した意味を持たないのかもしれない。
むしろその方が俺的には助かる。
「少なくともアサカは初めてだったみたいだ。いや、その割に積極的だったけど」
「濡れ場の詳細とか世間の童貞諸君に喧嘩売ってんの?」
つい本音が出てしまった。
というか、アサカの年齢は見た目通りなんだろうか。
それで初めてだとしたら、それって……。
「多分これ、土下座コースだ」
「マジでか」
もう頭痛い。
取り敢えず、クラウスの土下座中に俺とフラウ、ヴィスターの姿を隠して逃走を図る。
これで行こう。
「じゃあ、早いとこ里長さんに――――」
「クラウス殿オオオオオォォォォ!!!!」
だから声デケぇよ。
なんで朝っぱらから叫んでんだ。
……もうバレたのか?
「――――……ドウザンが呼んでるぞ?」
「一緒に来て?」
全力でお断りしたい。
◆
今すぐに逃げ出したい心を押さえつけ、クラウスの横に座る。
訳が分からないまま、フラウとヴィスターも席に着いた。
今、俺達の前には、目を閉じて感情を押し殺そうとしているかのようなドウザンの姿。
アサカは特に気にした様子もなく、静かに座っている。
「……」
「……あの」
「……剣を抜くがいい」
「えっ」
なんかいきなり不穏な事言いだしたぞ。
意を決したクラウスが話しかけようとした瞬間、ドウザンが言葉を紡ぐ。
その瞳は閉じたままであり、心情は伺えない。
とはいえ、これはバレていると思っていいだろう。
要するにちょっと面貸せよって流れか。
「貴殿の性根、我が剣にて試させて頂く。いざ!」
「お、おう」
こいつら室内でおっぱじめるつもりか。
なんだか勢いに負けて、クラウスも刀を抜いてしまっている。
もう止める段階は過ぎてしまったようだ。
止められるとすればアサカなんだが、静かに茶なんか啜っている。
「あの…レイ、これは?」
「いや…なんていうか…昨夜、クラウスとアサカがその…」
「―――ああ。昨日アサカさんがクラウスさんの部屋に入って行きましたね」
止めようよ。
なんで放置しちゃったの。
そしてヴィスターよ。
欠伸してないでなんとかしろ。
お前のご主人がピンチだぞ。
「せええええりゃあああああ!!!!!」
そしておっさんうるさい。
「ちょ…」
振りかぶり、恐らくは渾身の力で振り下ろされた一刀がクラウスに迫る。
クラウスはそれを受け止めながらこちらを見た。
こっちみんな。
この状況で助けを求められても俺にどうしろと言うのか。
「ねじ伏せればなんとかなるんじゃない?」
相手はどうせ脳筋だ。
力を見せれば多分なんとかなる。
ならなくても俺は逃げられる自信がある。
さあ、行けクラウス。
「それで大丈夫なのか!?」
「大丈夫大丈夫」
知らんけど。
どの道、自分でやらかしたんだから自分でなんとかしてほしい。
覚悟を決めたのか、クラウスはドウザンの剣を弾き飛ばすと一気に踏み込む。
見た所、クラウスはバランスの良いアタッカーだ。
攻撃手段は物理攻撃に寄っているようだが、攻撃、防御、スピードと均等に育てているのだろう。
俺達から見れば突出した速さではないが、ドウザンからすれば相当な速度による踏み込みである。
当然反応出来るわけもなく、ドウザンは首元に刀を突きつけられてしまった。
「勝負あり、でいいね?」
俺が横から声を掛ければ、ドウザンは視線で周囲を確認し……そして、「ああ」と呟いた。
「だから言ったでしょう、父上。旦那様は強いと」
アサカが呆れたようにドウザンに言う。
お前も挑んだけどな。
っていうか、今サラっと旦那様って言ったろ。
横目でクラウスを伺えば、「えっ」と呟いて固まっている。
外堀から埋められて行ってるな。
「…クラウス。覚悟を決めろ」
これは逃げられない。
アサカがドウザンに何を説明したかも予想出来ないが、旦那様発言にドウザンは特に反論がない辺り、恐らく手遅れだ。
俺の声に反応したクラウスは、一瞬ビクリと大きく震えるが、意を決したように飛んだ。
そして土下座の姿勢で着地する。
見事なジャンピング土下座である。
「む、娘さんを俺に下さい!!」
おお、本当に言った。
結婚は人生の墓場と言う者もいるが、果たしてその選択に悔いは無いのだろうか。
俺はフラウとだったら余裕で人生投げ捨てるつもりはあるが。
「結婚を前提にお付き合いとか…色々飛ばしてませんか?」
「わふ」
クラウスもその発想が出ないぐらいには焦っているのだろう。
さて、問題はドウザンの方だが―――――あれ…?
「ぐ、ぐふ……うう、うおおおおおおん!!!!!」
うるせぇ。
っていうかなんで泣いてんの?
「これ…どういう状況…?」
「と、ととととうとうアサカが…アサカがああああああああ!!!!」
「いや、ほんとにうるさい!」
その時、外からドタドタと足音が近づいて来る。
今度はなんだと視線を向ければ、ドアを突き破らんばかりの勢いでガロウが突撃して来た。
「ど、どうした里長!?」
「ア、アサカが!! アサカが婿を見つけて来たのだ!!!!」
「む、婿!?」
「それもこんなに強い……!! アサカ、お前は俺の自慢の娘だあああああ!!」
どういう事か、とガロウは俺を見る。
俺を見られても正直困るのだが、逆にチャンスとも言える。
オーガの側から間を取り持ってくれる人物が居れば、少しは状況の改善に期待出来るかもしれない。
ガロウを引き寄せ、ドウザンの泣き声から逃げるようにして離れる。
取り敢えず状況の説明をして、この騒動をなんとかしてほしいのだ。
大まかにガロウに状況説明して、ようやく俺達は振り返る。
…そして。
「これはひどい…」
大泣きする大男に、土下座する男。
土下座する男に寄りそう女に、状況に付いて行けなかったのか離れた所から静観している美少女、そして犬。
なんだこの状況。
暴れたせいで散らかった室内が、より修羅場を演出している。
「ガロウ、お願いだからこれなんとかしてくれない?」
「いや…俺に振られても困るんだが」
結局、ドウザンが泣き止むまでこの状況が続いたのだった。
◆
「父上、落ち着きましたか?」
「うむ、済まぬな。クラウス殿も頭を上げてくれ」
いいのか、と不安そうな顔で、クラウスもようやく頭を上げた。
っていうか、俺達ここに必要なんだろうか。
ご主人の事である以上ヴィスターはともかくとしても、俺とフラウ、ついでに言えばガロウもだが、完全に巻き込まれただけである。
「クラウス殿は、すでに娘と同衾に至ったとか」
「は、はいぃ!」
声裏返ってんぞ。
ちょっとクラウスに同情しながらも、俺はガロウへそっと耳打ちする。
「オーガの感性として、最初から一緒に寝るってどうなの?」
「そもそも、オーガは強き者に惹かれるものだ。故に自分が認める強き者が現れた時は、逃げられぬよう捕まえておくというのが鉄則」
って事は、アサカの行動自体はなんの問題もないって事か?
「アサカはあの歳で一流の戦士だった。だからこそ、村の男には興味も無くずっと独り身なのではないかとさえ言われていた」
「あれ? ガロウならアサカにも勝てるんじゃない?」
「俺は元々既婚だ」
ああ、既婚者なのね。
っていうか、この会話で二つほどはっきりしたな。
一つは結婚と言う概念がある事。
もう一つは一夫一妻が普通って事だ。
まぁ、あくまでオーガの里においてってだけだが。
「里長としては娘の結婚は諦めていたのかもしれん。だから――――」
「嬉しくて大泣きした、と」
なるほどね。
娘の結婚が嫌で泣いたとかだったらどうしようかと思った。
「その通りだ。ヤマトも死んでしまった今、俺は孫を抱く事がないのだろうと諦めていたのだ」
あれ、聞こえてたか。
俺達の会話に割って入るように、ドウザンは答える。
「孫の十人や二十人、私と旦那様が抱かせてあげます。だから父上、もう心配はありません」
「う、うむ。アサカよ、こんなに強い婿殿を見つけて来るとは……立派になって……グス」
また泣きそうだぞ、おっさん。
っていうか、アサカさん、孫の桁おかしかったと思うんですけど。
そっとクラウスの様子を伺えば、顔に『そんなに?』と書かれている。
「今、孫の数おかしくなかった?」
もうちょっと常識で考えろ、と暗に伝えるつもりでフラウに振る。
横でガロウが頷いているのが微かに見えた。
「そうですか? 普通では?」
「え?」
「え?」
うんうんうん? 『EW』の方でも二桁が普通なの?
うちの王様でさえ子供三人しかいなかったはずだけど、おかしいな。
この子とちょっと常識について擦り合わせを行う必要がありそうだ。
「それより父上、認めて頂けるのですね?」
「グス、勿論だとも。跳ねっ返りではあるが、ぜひとも娘を頼む」
「あ、ありがとうございます!」
色々思うところはあるが……まぁ、一件落着って事でいいか。
これで元の仕事に――――。
「では! 今日と言う日を祝って宴と行こう!」
「解った。里の皆にも知らせてこよう」
「え、ちょ」
「今日は盛大に祝うとしよう! ヤマト達もあの世で祝ってくれているはずだ!!」
どうやら、俺達の仕事は長引きそうである。
◆
噂は瞬く間に広まったようで、里の全員が集まって宴を楽しんでいる。
ここの料理は豪快で、一頭の猪を目の前で捌き始めた時には吐き気と戦う事になってしまった。
並べられた料理は美味いんだが、日本人の感覚としてはちょっときつい。
酒も強い物が多いようで、少しだけ飲んだ後はノンアルコールである。
意外だったのはフラウが酒に強い事である。
嗜む程度の俺に対し、フラウは気にした様子もなく飲み続けている。
あとヴィスターも。
お前酒飲んで大丈夫なのか?
「まただ! 婿殿は本当に強い!!」
「こりゃアサカも惚れ込むわけだな!」
主役であるはずのクラウスだが、先ほどから腕試しを挑まれていて殆ど飲み食いしていない。
挑んでくる若者達と試合を繰り返している。
オーガの特色と言うべきか、男女共に喜々として挑んで来る様に、俺はバトルジャンキーという単語を思い出すほどである。
そんな中。
「少しいいだろうか」
神妙な面持ちで現れたのはドウザンである。
クラウスとアサカの様子を伺っているらしく、視線がそちらへと向く。
二人には聞かれたくない話かな。
頷き返しながら、近くにあった酒をドウザンに注ぐ。
すると感謝を伝えつつ、それを一気に飲み干した。
…それ、俺が飲めないぐらい強い酒だったんだけど。
「オーガの里では子が所帯を持つ時に、贈り物をする風習があってな」
「へぇ、どんなものを?」
「基本的には武具だな。代々伝わる鍛えられた武具を子に託すのが普通だ」
結婚祝いでさえ、武具が贈られるのか。
それだけ戦い続けるオーガなのに、ドウザンでさえレベル31ってのはどういう事なんだろうな。
「俺もアサカに武具を送るのだが、少々問題があってな」
「問題?」
「代々伝わる剣があるのだが、俺の父親の代で紛失しているのだ」
「盗まれでもした?」
「いや、父が強敵へと挑み、そのまま帰らなかったのだ」
つまり、ドウザンへと武具が伝えられる事なく、失われてしまったわけか。
ってことは、ドウザンが結婚する前に親父さんは亡くなってるって事になる。
そういえば、奥さんも見ないけど……オーガの性質を考えると聞くのを躊躇う所だ。
「遺体とか遺品は?」
「回収出来ずにいる。実はオーガは特定の場所に住まわず、世界を旅するようにして生活しているのだが、この場に留まっているのには理由があってな」
ドウザンはそっと俺の背後の方へと指を伸ばす。
すでに日は落ち始め、そろそろ夕方へと差し掛かる頃だ。
ドウザンが指差した方向を見れば、大きな山と今にも山の影に隠れていきそうな太陽が見える。
……この世界で太陽と呼ぶのかは知らないが。
「あの山には強き魔物が住み着いている。この里に留まっている者達は、その者を倒そうと日々鍛錬を積んでいるのだよ」
強き魔物ね。
ヒュドラより強いんだろうか。
だとすれば、この世界で出会った魔物のランクでは一番上になるわけだけど。
「俺の父も研鑽を重ね、その魔物へと挑んだのだが……ついには帰らなかった」
「代々伝わって来た剣と一緒に、か」
「こんな事を客人に頼むのも筋違いとは理解している。だが、もし可能であれば父の遺した剣を見つけてきて貰えないだろうか?」
「……なるほど」
さて、どうしよう。
こちらとしては断るような理由もないんだけど。
メリットは強いと評される魔物を見る事が出来る。
戦いを是とするオーガから見て強い魔物って事だから、恐らく世界的に見ても強い部類に入るのではないかな。
であれば、この世界での俺達の力量というのも見えてくるかもしれない。
それに、オーガと友好を結ぶに当たって恩を売る事も出来る。
まぁ、クラウスの件もあるしわざわざ恩を売るほどではないと思うけど。
むしろ、断って険悪にする方が問題か。
デメリットとしては敵の強さが見えない分、危険があるって事かな。
とは言え、強ければ挑まなければいいのだ。
姿を消して接近、相手が強そうなら武器だけ見つけて帰る。
特に問題はないように思う。
相手が視覚以外で敵を察知したとしても、俺が全力で逃げるならそうそう捕まらないだろう。
伊達にゲーム時代、130レベルの大群から逃げ伸びてはいない。
「いいよ」
「私も行きます」
そう言うのはフラウだ。
フラウが付いてくるなら打てる手も増える。
単純に、一人では無理な相手でも二人で掛かれば戦えるかもしれない。
「後はその…アサカ達にはまだ秘密にしておきたい。この事は黙っておいて貰えないか?」
「サプライズプレゼントですね。解りました」
微笑ましいものを見るように、フラウが頷く。
「その代わり、落ち着いたら俺達の街にも顔を出してよ?」
「それは勿論だ。婿殿の育った街にも興味がある」
随分と遠回りしたが、目的は達成出来そうで何より。
後は俺達が失敗しないようにするだけか。
「剣を見つけても使える状態かは解らないし、早めに動こう。鍛冶屋にお願いする事になったら時間も掛かってしまうから」
「そうですね。アサカさん達に気付かれないよう……夜の間に出ましょうか」
「済まんな」
「いいよ。それじゃ、俺達は早めに休んでおこうか」
頼んだ、と言うドウザンの言葉を背に、俺達は宴を後にするのだった。




