第46話 巨獣と死亡フラグ
ドレアスの周りを駆け回りながら、目についた魔物を斬り裂いて行く。
聞いていた魔物以外も外へ溢れているらしく、見知らぬ魔物が大量に居る。
とは言え、今の所は強くてもスウィフトウルフと同格程度だが。
「まだまだ溢れて来るね」
魔物を狩り始めてから二時間ほど経つが、魔物が止まる様子はない。
それ所か、迷宮から出て来る量が増えている気すらしてくる。
610:冒険者@大気の精霊の加護(ロクト)
これ根本を絶たないと終わらない奴じゃないか?
611:冒険者@魂の精霊の加護(オーメル)
レーヴェからの援軍はどうした?
原因を取り除こうにも人員足りてないだろ
612:冒険者@植物の精霊の加護(ドレアス)
スタンピードの影響を受けたのか知らんが、他の魔物も暴れてる
街に引き連れて行くわけにもいかないし、ちょっと足止め食らってるわ
613:冒険者@炎の精霊の加護(ドレアス)
何人か先行させたから、そいつらが到着してくれればいいんだけど
それは朗報だ。
なら、事態が動くまでは防衛を続ければいいだろう。
「サークルウェイブ」
剣から迸る衝撃波が、周囲の魔物を薙ぎ倒す。
効果範囲は半径数百メートルまで伸ばせるが、ドレアスに被害が出ないよう加減している。
色々気を使って面倒にも思うが、今はとにかく動き回って数を減らすしかない。
…にしても。
足元が砂だらけで動き難い。
範囲魔法でまとめて倒すのはいいが、俺の迷惑も考えて欲しかった。
範囲魔法に巻き込まれた俺には、飛び蹴りする権利ぐらいはあっていいと思う。
「ん……?」
ゴゴゴ、と言う地響きがして、俺は立ち止まる。
耳を澄ませば、どうも魔物達が走っている音とは少し違う気がした。
644:冒険者@霧の精霊の加護(メフィーリア)
なんの音だ?
街の東側…迷宮からだろうか?
そんな予測で視線を向けた先には、何やら巨大な魔物。
四本の脚と、四つの翼、四つの尻尾に四つの首。
そのどれもが別々の様相をしており、無理矢理くっつけたかのような不気味さがある。
首は狼と鳥、蛇と虎か…?
「って言うか、デカくない?」
迷宮までの距離がどれだけあるのか解らないが、ドレアス近隣に居る俺から見えるぐらいだ。
かなりの大きさと見ていいだろう。
ともあれ、重要なのはレベルだ。
その魔物の頭上へと視線を滑らせれば、そこには75の数字と『クアドラシフィア』の文字。
670:冒険者@森の精霊の加護(ロクト)
75レベルは、あの悪魔を抜けば一番か?
671:冒険者@空の精霊の加護(メフィーリア)
脅威ってほどのレベルじゃないが、あのサイズだ
ネームドクラスの戦闘力はあるかもな
ネームドモンスターは、同レベルの魔物と比べても強い傾向にある。
実際のレベルより最低10以上は上と考えて備えるのが『EW』では普通だった。
そう考えれば85レベル以上。
『EW』の魔物と言うのは、同レベルの相手であってもパートナーと二人で戦って丁度いいぐらいの強さだ。
85レベルなら30レベル差があるとは言え、単独で戦うのはちょっと悩む。
「一度ユークと合流しようか」
そう呟いて、俺は東門へと走った。
◆
「おう、レイ。あいつどうす―――ぶへっ!」
ユークに飛び蹴りをかましつつ、近付いて来ていた魔物達へ斬撃を飛ばして牽制しておく。
「なんで蹴るんだよ!?」
「味方が居る方に魔法を放つからだよ」
お互いダメージがあったら笑えない話だけど。
俺も東門の守りに参加しながら、もう一度クアドラシフィアを見上げる。
「あれ単独で行けると思う?」
「レベル通りなら余裕だろうが、ネームドだったらお勧めしねぇな」
恐らく迷宮のボスクラスだろう。
俺達で言う所のネームドである可能性は十分にある。
せめて情報があれば対応のしようもあるが、初見で相手をするには不安のある相手だ。
命が掛かっている以上、無茶をするわけにもいかない。
「とは言え、サイズがデカい所為かぐんぐん近づいて来てる。街の傍で戦うわけにはいかねぇぞ」
あのサイズが街の近くで暴れれば、街への被害も甚大なものになる。
そうなるともう行くしかないわけだけど。
「ここは冒険者や兵士に任せて、俺も行くか?」
「まだ馬鹿みたいに溢れて来てるのに? 本当に死人出るよ」
703:聖女@癒しの精霊の加護(レーヴェ)
せめて足止め出来ない?
レーヴェからの人員がそろそろ到着するはずよ
足止め、ねぇ。
翼が生えてるし、無視して空でも飛ばれたら一巻の終わりだけども。
「俺が行くか?」
「君の足で間に合うと思う? やれるだけやってみるよ」
逃げるにも、俺の方が適任だろうし。
そう答えた俺を見て、ユークはニヤリ、と笑っている。
「フラグ立てまくると反転するらしいが、やっていくか?」
「…どれぐらい立てれば反転するの?」
「知らん」
「じゃあやめとく」
軽口を叩きながら、俺はクロックアップを発動させる。
あまりのんびりしていられなさそうだ。
「出て来る時、フラウと何か約束したって?」
「……え、あれフラグ?」
確かに観光しようとか約束したけど、まさかあれがフラグになるの?
ちょっと驚いて振り返った俺に、ユークが何か投げ渡して来た。
反射的に受け取り、手の中に収められた物を確認すれば―――――。
「懐中時計?」
「彰の親父さんが彰にプレゼントしたものらしくて、あいつの大事にしてたもんだ。…まぁ、それは『EW』で真似て作っただけのもんなんだが」
形見のレプリカか。
「あとで返せ。これでフラグ二つ目だ。少しはマシだろ」
…フラグが強化されただけじゃなければいいけど。
俺はそれをポケットにしまうと、ユークに背を向ける。
「あとで返せってユークの死亡フラグじゃない?」
「…あ」
それ以上の返答は許さず、俺はクアドラシフィアの元へと駆けた。
後ろで何か喚いているけど聞かなかった事にする。
◆
邪魔する魔物を退けながら、俺はクアドラシフィアの足元まで辿り着いた。
まだ距離があるものの、十分もすれば街へ到達してしまいそうだ。
764:冒険者@隕石の精霊の加護(レーヴェ)
いや、デカいな
これ十メートル以上あるだろ
真下から見上げると首が痛くなりそうだ。
そんな存在からすれば、俺の事なんて目にも入らない…と思いきや、接近するや否や俺を睨みつけて来た。
「グルルルル…」
威嚇しているのかな。
少なくとも、無視して通過されるような事は無さそうだ。
「少しは気を引いてやらないとね。…レイジングカッター!」
斬撃を飛ばし、虎の頭の目を狙う。
顔を背けようとしたが避け切れず、斬撃は虎の目を斬り裂く。
少しよろめいたのをいい事に、俺はクアドラシフィアの足元へ滑り込んだ。
入り込む瞬間、足で俺を踏みつけようとしたがそれでは遅い。
「四足歩行は腹が弱いって聞くけど、どうだろうね」
飛び上がるようにして腹を斬り付け、腹を足場にして一旦離れる。
しっかりと距離を取りつつ様子を見れば、怒ったクアドラシフィアが迫って来ているところだった。
781:冒険者@光の精霊の加護(オーメル)
効いてはいるっぽいけどまだまだ元気だな
782:冒険者@風の精霊の加護(レーヴェ)
この時点で例の悪魔より強いんじゃないか?
確かに。
少なくとも、75レベル相当の強さはちゃんとあるように思う。
俺を叩き潰そうと、前足で踏みつけて来るクアドラシフィア。
聞いて想像するだけなら可愛らしくもあるが、前足を叩きつける度に地面が大きく揺れ、地面がひっくり返される。
可愛らしさなんてあったもんじゃない。
チラリと虎の目を見れば、血を滴らせているものの、眼球がしっかりと残っている。
傷付きはしたけど、あまり効果は無かったか?
「いや…再生してる?」
再び腹の下へと潜り込めば、斬り付けた場所に血の痕はあれど傷が見当たらない。
自己治癒の魔法でも持っているか、再生能力が単純に高いのか。
どちらにせよ面倒な相手だ。
今のところ、回避の難しい攻撃が無いだけマシか。
797:冒険者@太陽の精霊の加護(メフィーリア)
うわ、これメンドくせぇ奴だ
こう言う再生能力の高いタイプこそ、ユークの得意分野な気がする。
再生する間も与えずぶった斬ればいいんだから。
まぁ―――俺も似たようなもんだけど。
後ろ脚へと周り込み、腱のありそうな場所を斬り付ける。
魔物に通じるか知らないけど、少しは効けばいいと思いながら。
だが、効果の程を確認するより早く、四つの尻尾が俺目掛けて振り下ろされた。
フサフサしてるから攻撃力は低そうに見えるが、尻尾に突き刺された地面が大きく穴を穿たれているのを見るに、馬鹿にならない攻撃力を持っているらしい。
尻尾を避け切り、攻撃の範囲外に逃れた頃には足も治っているようだ。
ヒットアンドアウェイではどうにもならないな。
「攻撃力は相応。防御力はそれほどでもないけど、再生力が高い。自重がある所為か、思ったよりも動きは遅いね」
815:鬼若@憤怒の精霊の加護(オーメル)
ただ、見た目通り手数が多いね
立ち止まって殴り合うには向かない相手かも
防戦に回ったら一方的に攻撃され続けるだけだ。
図体がデカいから足元には回り込み易いけど、何時までも留まれるわけじゃない。
牽制や陽動を織り交ぜつつ、他の『ジュエル持ち』が合流するのを待つのが吉か。
…とは言え、75レベル相手に援軍頼りと言うのも不甲斐ない。
バフを掛けられるだけ掛けて、『クロノスグレー』で仕留めきろうか?
やり切れなかったらそれこそ足止めに徹するようだけど。
もし本気で仕留めるつもりなら―――――。
「―――…いや、やってみるか?」
全て出し切る事にはなるだろうけど、なんとかなるかもしれない。
相手の再生速度は恐らく五秒くらい。
スキルでの攻撃がどの程度通るかにもよるが、可能性はあるように思える。
「…このまま逃げ回るのも癪だし、試すだけ試してみようか」
そう呟いて、俺はLIVEを終了した。




