第45話~第46話 門の守護者達
東門を潜ったユークは、一歩一歩と踏みしめるように前へ出る。
門はすぐに閉まり、外に出ているのはユークだけだ。
上から見守る兵士や冒険者達は、その様子を不安そうな、あるいは馬鹿にしたような目で追う。
「よっと…」
背に差した大剣を引き抜き、軽く振る。
ユークにとって『軽く』振られた大剣は、周囲の砂や土を吹き飛ばし、その場を彼のテリトリーかのように示した。
「お? 始まったか」
眼前の集団が、突如横合いから吹き飛ばされる。
魔物の部位が空を舞い、血飛沫が散った。
この場に来ているもう一人の『二つ名持ち』は、魔物達のど真ん中で存分に力を発揮しているようだ。
「俺も負けてらんねぇな」
『狂葬』の襲撃から逃れた魔物が、ユークの待つ東門へと一直線に向かって来る。
どの程度知恵があるのか知らないが、城壁より門の方が脆いと解っているのだろう。
ユークは大剣を上段に構えると、敵の一団へと狙いを定める。
「…覇斬」
神速で振られた大剣が、空を斬る。
それと同時に地が割れ、真正面へ向けて斬撃が駆けた。
ゴゴゴゴゴ、と言う重低音と、駆ける斬撃。
多くの魔物が千切れ、宙に舞う。
割れた大地は街道よりも広く、かろうじて巻き込まれなかった魔物もその穴へと飲み込まれた。
瞬間、場が一気に静寂へと変わる。
恐慌状態にあった者も、ユークを心配していた者も、そしてユークを馬鹿にしていた者も。
ユークを獲物と認識していた魔物も。
ただただ驚愕の表情で、その現実を咀嚼していた。
前列に居た魔物達が躊躇する。
しかし、躊躇した魔物は後ろから押され、倒れ、踏み慣らされた。
「おーおー、中々スプラッタじゃないか」
大剣を肩に担ぎ直し、詠唱しておいた魔法を解き放つ。
「ブレイジングデューンズ」
続くのは熱砂の範囲魔法。
大地から赤化した砂が現れ、次々と砂丘を作る。
周囲は熱で揺らめき、その高温に晒された。
出現した砂丘は地響きを起こし、そして流れ出す。
それは赤い津波のようで、強烈な熱と勢いを持ったまま魔物達を飲み込む。
飲み込まれた瞬間、ジュウ、と肉が焼ける音が周囲に広がり、その砂がどれほどの高温かを知らしめていた。
東門の前が、突然赤い地獄のような場へと変化したのだ。
熱砂の精霊が得意とするのは攻撃や拘束、衰弱効果を持った魔法。
特に攻撃魔法は範囲に優れた魔法が多い。
その有用性は御覧の通りだ。
「俺に挑みたけりゃ、まずはその『熱砂』を超えて来るんだな」
魔物達の断末魔が響く中、ユークはそう言って、ニッと笑った。
「う、うおおおおおお!!!」
「なんだアイツ、すげぇ!!!」
今まで張りつめていた兵士、冒険者達が、まるで勝利を確信したかのように雄叫びを上げた。
その声に鼓舞されるように、あるいはその期待を裏切れないと叱咤するように、ユークは大剣を強く握りしめた。
熱砂が流れて行った先では、パーティメンバー故にダメージこそ無いものの、見事に巻き込まれたレイが居た事にユークは気付いていない。
◆
東から流れて来る歓声に、ギアは小さく笑う。
自分のパートナーは凄いのだと、心の中で自慢げに呟いた。
「少しはこちらにも流れて来たようですね。…いえ、回り込んで来ましたか。その知恵を、もっと別の事に使えれば死なずに済んだんですけど」
ギアの元へ駆けて来るのは、狼や馬と言った俊敏な魔物のようだった。
狼はともかく、馬の魔物の情報など知らないギアではあったが、その動きから大した魔物ではないのだろうと予想する。
「あまり動き回られても面倒ですし、その自慢の足を封じてしまいましょうか。――クイックサンド・クアグマイア」
ギアがそう呟くと同時、目の前の魔物達がガクリと崩れ落ちる。
魔物達の足元は蟻地獄と化し、少しずつ飲み込まれていた。
それなりの力があれば抜け出る事も出来ただろうが、低レベルの魔物では到底抜け出せないだろう。
その結末は、砂に飲み込まれ息絶えるだけだ。
「さぁ、どんどん掛かって来なさい。後でサボっていたと思われるのは心外なので」
槍を水平に構え、飛び込んで来る魔物達を迎え撃つ。
スキルなど使わずとも、ギアの後ろに抜けられる魔物など一匹も居ない。
「とんでもねぇ奴だ…!」
「すげぇ! なんとかなるかもしれねぇぞ!」
そんな声を背に受けながら、ギアは的確に目の前の敵を葬る。
人に頼り切りの存在をギアは嫌う。
だが、死ぬ可能性が高い中、門の警備に付いた者達をそれなりには評価はしている。
その度胸がある者を、こんな下らない戦いで死なせるには惜しい。
ギアがここに立つ理由などそんなものだ。
(あとは―――あのバカが認められると言うなら、少しぐらい頑張りますか)
自分でも無駄な思考をしていると思いながらも、身体は作業的に敵を排除するのだった。
◆
一見無防備とも見える様子で、フラウは敵の目の前へと歩み寄る。
背後を取った魔物が飛び掛かろうとするも、フラウは振り向く事なく両剣の逆刃で頭を貫いた。
あまりに機械的な戦闘を行っている所為か、魔物達も警戒し、フラウと一定の距離を保っている。
「―――レイの…ぬいぐるみ」
左右から飛び掛かった魔物が、フラウに一閃されまとめて斬り刻まれる。
「レイと……観光……」
四方を囲んで一斉に襲い掛かっても、やはりフラウの両剣に引き裂かれる。
舞うような動きと裏腹に、その現場は酷く猟奇的だ。
フラウの歩いた場所は魔物の臓物が飛び散り、血溜まりが出来ていく。
その中心に居る少女は、どこか高揚した顔のまま淡々と魔物を処理している。
「…ふふ…」
小さく笑うフラウを見て、魔物達が後退る。
その声が耳に届いた人間達も同時に後退った。
他の門と比べ、ここだけ異様な空気が漂っている。
屍を製造していくフラウを見ても誰一人歓声を上げない。
それどころかより押し黙ってしまっている。
「ああ、どうしましょう? 楽しみが多すぎて気がおかしくなりそうです…!」
突然荒ぶった声に、魔物達も引き気味である。
人間はドン引きである。
しかしフラウは止まらない。
彼女にとって、レイ以外の人間は羽虫程度の認識でしかないのだ。
最近はノノやアサカ、タニアなどを友人と認識している分マシであるが、フラウにとっての中心は何時でもレイである。
もしもレイが『帰る』と言えば、今この状態の街を見捨てる事に一切の躊躇も無い。
まぁ、レイがその選択を嫌がるだろうと言う事は知っているし、だからこそ真面目に防衛しているのだが。
「観光中なら隙の一つも出来るでしょうし、なんとかレイの意識を――――」
二メートルを超える熊型の魔物が、フラウに覆いかぶさるようにして飛び掛かる。
押し潰されるかと思われた瞬間、熊は不自然に止まった。
フラウが魔物の首を掴み、捻り上げているのだ。
そして―――。
「―――落とさなくては」
首を掴んだまま、地面に叩きつけた。
「ふふ…」
地面にめり込んだ魔物は、明らかに首が折れている。
その亡骸を平然と踏み越え、他の魔物へと歩み寄るフラウ。
「だから――――」
フラウの目に、妖しげな光が灯る。
「邪魔者は手早く処理しなくてはいけませんね?」
◆
「ノノ、そっちはどうだ!?」
「終わったよ!」
ここは西門。
ノノとケインが守る、東から一番遠い場所。
あまり魔物は来ないと思われていた場所ではあったが、スタンピードの影響か周辺の魔物が集まって来ていた。
とは言え、レベル50以上の二人が連携して勝てるような魔物など、この辺りにはいないのであるが。
「それなりに来るけど、数は多くないし大した相手もいないな」
「油断しちゃ駄目だよ?」
「解ってるさ。ただ――――」
恐らく東門の方からであろう、大きな振動や爆音が続いている。
普通なら心配の一つもしそうな状況ではあるが、二人にそう言った様子は無い。
「あっちがあんまり派手にやってるからさ。なんか楽してる気になる」
「まぁ、うん…」
ノノはそう答えつつも、他の三人が大変そうかと言われるとそうは思えなかった。
自分達の教育係は何時だって余裕の表情で魔物と対峙しているのだ。
どうせ下らない事を考えながら、片手間で処理しているのだろう。
「坊主達~! 大丈夫なのか~!?」
城壁の上から心配してくれている兵士に、手を振って答える。
と、一応やっておこうと使っていた『スターシーカー』に結果が現れた。
「あれ…?」
「ん? 占いの結果が出たのか?」
そう言ってノノの様子を窺うケイン。
当のノノは目を軽く見開いて、何かを確認するように視線を目まぐるしく動かしていた。
「……ノノ?」
ノノの様子がおかしいと見たケインは、少しだけ覚悟をしながら言葉を待つ。
ノノは、脳裏に浮かんだ言葉をゆっくりと声に出した。
「占ったのは、この防衛線の被害。結果は『軽微』」
ここまではそれほど疑問には思わない。
さすがに無傷とはいかないだろうとケインは思っていた。
「注意点は『悪魔』。ラッキーアイテムは『狼煙』…?」
悪魔と言う単語に、二人は顔を見合わせた。
〇覇斬
習得レベル70 大剣スキル 再使用15分
正面方向へ飛ぶ斬撃。
上段から振り下ろし、真正面へ地を這う斬撃を放つ。
STRが高いほど、威力や攻撃範囲が上がる。
〇ブレイジングデューンズ
習得レベル60 熱砂魔法 使用MP45 再使用15分 詠唱時間25秒
燃えるように赤化した砂丘が次々と現れ、津波のように押し寄せる魔法。
砂に飲み込まれれば強烈な熱のダメージを受け、窒息、火傷状態に陥る。
また、周辺は暫く高温に晒され続け、その場に居るだけで体力を奪い続ける。
〇クイックサンド・クアグマイア
習得レベル10 熱砂魔法 使用MP15 効果時間5分 詠唱時間15秒
相手の足元を流砂に変え引き込み、動きを制限する魔法。
効果時間内、少しずつ流砂の範囲が広がって行き、より逃げ出し難くなって行く。
完全に沈んでしまうと窒息状態になる。




