第42話~第43話 幕間3 ロクトの王女
「ほう。そりゃ面白いな」
王座に深く座り直し、ゼペスは足を組んだ。
声は楽し気で、しかし物騒な笑みを浮かべている。
「何人かその域に達しましたが、みんな違う能力ですね」
ゼペスと話しているのはクラウスだ。
横にはヴィスターとアサカを伴っている。
クェインは別件で外しており、この場にはこの四人だけだ。
王が護衛も無く会話しているなど、普通は有り得ない光景である。
「へぇ、どんなのがある?」
「妻は一時的に力を引き上げる能力。フドウさんは斬撃を無効化する能力でしたね」
「よし、アサカ、俺を全力で斬り付けてみろ」
「何言ってんだアンタは」
わくわくした顔で言うゼペスに、クラウスも雑にツッコんだ。
一国の王に斬り掛かれとはかなり狂った提案である。
ちなみに、アサカもわくわくした顔で剣を抜き掛けていた。
「俺達で言うEXスキルや固有魔法みたいなもんか」
「50レベルで得た特殊能力って言うのも似た印象を持つ一因ですかね。これがオーガ固有のものなのか、この世界の存在は全員そうなのかは解りませんが」
へぇ、と言いながら、ゼペスは手に持っていた瓢箪に口を付ける。
レーヴェから手土産として受け取った清酒だ。
プレイヤーの誰かが日本酒を再現して作ったものである。
最近のゼペスのお気に入りでもあった。
「よし、引き続きオーガ達の訓練を進めろ。100レベルになったらまた覚えるかも知れねぇだろ? 能力の詳細報告はいらねぇ。あとで体感してくるからな」
「アンタはそこに座ってろ」
どうせ聞かないだろうと思いつつも、クラウスは釘を刺しておく。
クェインがこの場に居ないのも、監視の目を緩める為に仕事を押し付けたのではと邪推してしまう。
「じゃあ、俺はまたオーガ達と騎士団の一部を連れて探索に行くって事でいいんですね?」
ここ最近のクラウスの仕事は、オーガや騎士団の訓練を兼ねた浮遊大陸の探索である。
オーガの件以降、冒険者と言うよりは半ば城の人員として扱われていた。
「おう。面白いもん見つけたらすぐ報告しろよ」
「はいはい。じゃぁ、俺は帰りま―――」
「あら、クラウス様はもう帰ってしまいますの?」
うわ出た。
思わず口にしそうになったそのセリフを、クラウスは全力で飲み込む。
「これはセリーナ様。本日も大変麗しゅうございます」
「まぁ…ふふっ、お上手ですこと」
上手く取り繕った。
そう思ったと同時、頬を染めるセリーナを見て噂は本当だったかと頭を悩ませた。
曰く、マジで見境が無いだとか、生きた心地がしないだとか。
すでに既婚のクラウスに対してもこの態度である。
セリーナの後ろから付いて来ていたタニアも、こめかみに指を添えて頭痛に耐えているようだった。
「初めまして。私はクラウスの妻でアサカと申します。どうぞよろしくお願いしますね」
妻の部分にアクセントを置きつつ、アサカはクラウスの腕を取る。
状況を見極めてからのこの反応速度はさすがである。
「あら、ご丁寧に。わたくし、セリーナ・ロクト・ラナクイアと申します。仲良くしてくださいましね」
そうは言いながら、セリーナとアサカの間には冷たい空気が流れている。
クラウスからすればセリーナの固有魔法を発動しないか、あるいはアサカにあとで何と言われるか…冷たい空気が無くても肝が冷える思いであった。
「「はぁ…」」
溜息を吐いたのはタニアとヴィスターの二人だけであり、ゼペスはニヤニヤとそれを眺めるのだった。
◆
「セリーナ様…クラウスはもう既婚ですよ」
「解っていますわ、そんな事」
あの後は比較的穏やかに別れる事が出来た。
そこにはタニアの機転があったからでもあるが。
クラウスが帰ってしまうのを見送ると、ゼペスに用は無いとばかりに部屋へ引き返したセリーナである。
解っているだろう事を敢えて指摘してみても、目の前の王女はどこか楽しそうに返事を返すだけだ。
「以前集まった『二つ名持ち』にも思わせぶりな態度を取ったと聞きましたよ?」
「思わせぶりとは何かしら? 楽しくお喋りしただけですのに」
セリーナは独特な感性を持っている。
こうして話してみても、タニアには理解出来ない事が多い。
「…まぁ、とにかくご自重くださいませ」
「ふふふ、良く解らないわ」
そうして笑う姿は、明らかに道化の態度だ。
言っても無駄と察したタニアは、一礼すると部屋を出て行った。
「本当に…解らないわ、貴方の気持ち」
そう言ってセリーナは、自分の化粧台の引き出しを開ける。
中にあるのは、鍵の付いた複数のアルバム。
「『ジュエル持ち』を前にして、どうして平静でいられるのかしら?」
うっとりとした表情で呟き、アルバムを開けば――――。
そこには、大勢の『ジュエル持ち』を隠し撮りした写真。
ロクト所属の『ジュエル持ち』だけじゃない、ロクトへ訪れた『ジュエル持ち』を全て網羅する夥しい量の写真が収められている。
「一人でも多く、傍に置きたいと思うのは当然ではないの?」
誰に言うでもない、彼女の本音が零れ落ちる。
魔物の脅威に晒され続けた世界にとって、『ジュエル持ち』は希望の光。
救いをもたらす救世主。
「クラウス様は結婚されてしまったけれど…まぁ、奥方ごと頂いてしまいましょう」
くすくすと笑う姿は可憐であるが、この彼女を見た時、一体何人が可憐と感じるだろうか。
「そう言えば…ヴィオレッタ様が帰っていらしたのよね。ああ、王宮にいらっしゃらないかしら」
それは恋と呼ぶにはあまりに歪。
「ベガ様とアイラ様はレーヴェに行ってしまわれたのよね。レイ様もユーク様もまだ戻られないし……。早く会いに来てくださらないかしら」
愛と呼ぶにはあまりに熾烈。
「早く世界を――――私を救って」
ヴァンパイアの姫は、今日も焦がれている。




