第5話 想定外の事態
ガロウに率いられ、俺達はオーガの里へと向かっている。
先導されずとも位置は解っているが、余計な事は言わないでおく。
「あれが俺達の里だ」
開けた森の先、ちょっとした窪地になっている場所に里はあった。
何かが住んでいるとすれば森の外かと思っていたが、まさか森の中とは。
そういえば、人間と仲が悪いんだったか。
目につかない所って事で、ここを選んだのかもしれない。
「へぇ、いい場所じゃないか」
「そうでしょう? 是非見て行って欲しいわ」
相変わらず、クラウスとアサカは腕を組んだままだ。
ガロウの方に思う所は無いのかと心配したが、特別な反応は何も無い。
二人で行動してるからそういう関係なのかとも邪推したが、どうやら俺の勘違いだったようだ。
「オーガの里、か。住民はどれぐらいいるの?」
「百人近くはいるな。オーガは元々大勢で暮らすような種族ではないし、一ヶ所にずっと留まるような事もない。各地を旅するのであれば、他のオーガにも会う事があるだろう」
ほほう。
眼下に広がる里をよくよく観察してみる。
周りの木を使ったのか、木造の家が二、三十件建っている。
家の作りとしては平屋で簡素な物…の割に結構頑丈に作られているようだ。
ガロウ達の装備を考えれば、鍛冶を含めてそこそこの技術は持っているんだろう。
「ともかく、里長の家へ案内しよう」
◆
里の中へと踏み込めば、なんというか……視線が凄い。
「なんで人間が?」
「狼もいるぞ」
「体格は弱そうなのに強者の気配がするな」
「アサカに何があった?」
「あの装備……とんでもない一品だぞ」
完全に見世物になっている。
ちょっと気恥ずかしく思いながらも、オーガ達を見やる。
少し体格がいいぐらいで、角以外に人と違う所は見受けられない。
天使や悪魔が平然と闊歩するのが『EW』の街だ。
そこの感覚で言えば、ごく普通の里である。
とは言えオーガの方はそうでもないらしく、門番とはひと悶着あった。
ガロウが取り成してくれたが、人間を里に入れる事に抵抗があるようだった。
「ここが里長の家だ」
案内された家を見上げる。
他より少し大きいぐらいで、それほど大きな差は無いようだ。
住居にはあまり拘らない種族なんだろうか。
「里長! 入るぞ!」
大きな声で声を掛けると、ガロウは扉をバンッと開いた。
これ、俺のハウスでは絶対やらないでほしい。
人前でフラウとイチャつけるほど俺の心は強くない。
「お取込み中だったらどうすんだ……」
「わふ?」
同じ事を思ったのだろう、クラウスが小さく呟いた。
そんな俺達の心情など知る由もなく、ガロウはガンガン家の中へと突入していく。
俺達はどうしよう、と顔を見合わせた所で。
「ガロウッ!! アサカはどうしたッ!? アサカは無事かッ!!?」
すっげぇ、デケぇ声が聞こえて来た。
ヴィスターなんか耳がペタンってなってるし、それを見たフラウがそっと抱きしめてる。
俺も抱きしめられたい。
「アサカは無事だ! 客人が来ているぞ!」
「客人だと!?」
一々声デカいわ。
当の本人はどこか幸せそうな顔をしてクラウスに絡みついている。
他人事か。
ドタドタと大きい足音を響かせたかと思えば、ガロウが入った時と同じくバンッと大きな音を立てて扉が開かれた。
この里の家が頑丈に作られている理由が解った気がする。
「人間が何の用だ!?」
出て来たのは筋肉隆々な感じの少し白髪の混じる男性だ。
見た所四十代から五十代と言った所か。
名前はドウザンと言うらしく、レベルは31。
この世界で会った魔物と比べても、レベルは高めだ。
各国の情報と照らし合わせても、レベル20を超える個体は多くない。
そう考えると、ドウザンとヒュドラは高いレベルの存在なのかもしれないな。
「む!? アサカを放せ!」
チラ、とクラウスとアサカを見る。
どちらかと言えば、クラウスが捕まっているんだが。
何とかしろよ、という気持ちを込めて二人を見つめる。
「父上! 兄上とソーマ殿の遺品を見つけてくれた方々です! 失礼な物言いは止めて下さい!」
「遺品……だと?」
「これだ。ヤマトが持っていた短剣だろう?」
里長の後ろから現れたガロウが、例の短剣をドウザンに見せる。
すると、表情が歪み、沈痛な面持ちに変わった。
アサカの兄がヤマト、ガロウの父親がソーマか。
なんとなく名前が日本的な気がするが、似たような文化があるのだろうか。
「……すまんな、客人よ。中で詳しい話を聞かせてくれ」
意気消沈と言った様子で、ドウザンが呟く。
家族愛の強い人なのか、もしくはオーガ自体がそう言った種族なのか。
どちらにしろ、重い話は苦手なんだけどなぁ。
◆
「そうか……」
軽く自己紹介した後、事情を説明する。
短剣を見つけた件と、二人と出会った経緯、そして俺達の状況。
端折って話したつもりだが、こうして話してみると結構な時間が掛かってしまった。
「ヤマトとソーマの件は把握した。客人よ、感謝する」
「こんな事なら亡骸も連れ帰るべきだったな」
「いや、死すれば地に還るのは自然の理。その気持ちだけで十分だ」
通常の魔物なら持ち帰るんだけどな。
ゾンビから取れる素材は魔力の結晶。
アンデッドが動く理由として、体内に結晶化した魔力があり、それを動力として動いているという設定がある。
だが、件の二人は魔力の結晶が目に見える場所にあり、回収した後は埋葬している。
元々が人型の死体と言う事もあり、そのまま放置するのは躊躇われたのだ。
今から回収に戻れと言われれば不可能ではないだろうが、既に一日以上経っている。
遺体が他の魔物に掘り返されていないかは保障出来ない。
「さて、ガロウにアサカよ。彼らは異世界から来たと言う事だが、お前達はどう考える?」
俺達の事情についても説明させて貰った。
説明するかどうかはその場の判断に任されているが、迂闊なタイミングで言うと怪しまれるだけだろう。
今回に関しては、ガロウとアサカに知られてしまっている。
素直に話さなければ、逆に怪しまれると考えたのだ。
「信じられないと言うよりは、理解出来ないと言った方が正しいな。だが、彼らが嘘を言う理由が思いつかない」
「そう言って俺達を罠に嵌める可能性はあると思うが」
「する必要がない。やろうと思えば、彼らの内一人だけでもこの里を殲滅出来るだろう」
「……ヒュドラを一太刀か」
「私もこちらのクラウスと一戦交えましたが、手も足も出ませんでした」
ふむ、とドウザンは顎に手を当てて考え込む。
こちらの望みとしては、事情を理解してこちらの代表と会って貰うのが目標だ。
信頼を得られなければ、街に来てくれるのは難しいだろう。
何か信頼を得られるような物はあるだろうか。
まぁこの議論は散々されていて、この世界では無い物や、有り得ない物について調べなければ解りようもないという結論が出ている。
つまり、最初に接触した存在から教えて貰おうと言うわけである。
「俺達の代表に会って貰いたい所だけど、信じて貰えないと難しいだろうね。何か信頼してもらえそうな物があればいいんだけど」
「色々見てみるか? この世界では知られていない素材もあるかもしれない」
「ふむ……」
再び考え込むドウザン。
不意に目を開けたかと思えば、脇に置いてあった剣へと手を伸ばす。
まぁ、ミニマップで突然赤点になったからこちらは驚きもしないんだけど。
ミニマップが見られないフラウとヴィスターが咄嗟に動こうとするが、俺の方が速い。
やっと出番が来たとばかりに、抜き放った短剣をドウザンの手元へと投げつける。
「何の真似?」
「ぬ!?」
手を伸ばそうとした先を短剣で牽制され、ドウザンの動きが止まる。
短剣を投げるスキルもあるが、今回はスキルを使わずに普通に投げただけだ。
狙いが正確だったのは、単純に俺が投げ慣れているだけ。
実際はDEXの影響を受けるようだが、本人の技術があれば精密な投てきも可能になる。
当たったらどうしよう、とかちょっと考えて手加減攻撃を実行していたのは秘密にしておこう。
「なんと素早く、精密な投てき……それに、この短剣の美しい事よ。一体どんな素材で作られているのか想像も出来ぬ」
投てき云々の辺りでちょっと微妙な気分になりつつも、興味が短剣に移った事で会話を試みる。
俺の投げた短剣は真っ白な刃を持つオーダーメイド品だ。
全体的に白で統一されており、所々黒い装飾が施されている。
「それはフェンリルの牙と白虎の爪、セトの骨にアダマンを掛け合わせた短剣だよ」
「いや、なんてもん投げてんだよ…」
「知らぬ名前ばかりだな」
ドウザン達が良く解らないと言った表情をするのに対して、反応して見せるのはクラウスの方。
むしろゲームをやっている人間だからこそ、素材の入手難度を理解出来るのだろう。
それぞれレベルが150以上の魔物なのだから。
俺達のレベルは100がマックスだったが、魔物はもっと上がいるのである。
「悪かったな、客人よ。お前達の実力を知りたかったのだが……俺では相手にならないようだ」
やっぱりこの種族は脳筋なんだろう。
取り敢えず手合わせすれば解る、みたいな。
「確かに、ガロウの言う通りだ。わざわざ罠なんぞ使わずとも、お前達はこの里を滅ぼせるだろう。短剣に使われている素材も知らぬ物ばかり……この世界の物ではないのかもしれん」
良い方に傾いたかな。
ドウザンは床に突き刺さった短剣を抜くと、俺へと手渡してくれる。
「アダマンも聞き覚えは無いんですか? 鉱物の一種なんですが」
「聞き覚えは無いな。武具に使われる物としては、鉄や鋼、ミスリルと言った所か」
「ミスリルはあるのか」
「あってないような物だ。希少過ぎて一生に一度お目に掛かればいい方だ」
なるほど。
山のようなミスリルを見せれば少しは信じて貰えるだろうか。
俺はミスリルなんて持ってないが。
何故かと言えば、もっと強固で優秀な鉱石が存在したから。
アダマンと呼ばれるのもその一つで、その他にヒヒイロカネ、オリハルコンが存在する。
この三つはそれぞれ用途が異なり、魔力強化であればヒヒイロカネ、硬度を求めるならアダマン、オリハルコンは魔法剣士用とでも言うべきか、硬度と魔力強化のバランスが取れているものである。
要するに上位素材があるために、ミスリルは俺にとってすでに不要の品なのだ。
「クラウス、ミスリルって持ってる?」
「いや…あれって使うのレベル50ぐらいまでだろ? カンスト組で持ってるのは生産職ぐらいじゃないか?」
大変だ。
ミスリルは俺達にとっても希少なのかもしれない。
「ミスリル硬貨ならあるのでは?」
フラウの言葉にハッとする。
そうだった、俺達が使用している金銭にはミスリルの硬貨がある。
ゲーム上では数字でしか処理されないが、こちらの世界ではインベントリから硬貨が出せるのだ。
銅貨に銀貨、金貨に白銀貨、そしてミスリル硬貨の順で金額が大きくなる。
金銭の単位はゴールドと言われ、百万ゴールドでミスリル硬貨が出て来るのだ。
というわけで早速、一千万ゴールドを手元に出し、十枚のミスリル硬貨を用意する。
「それは……?」
「ミスリルで出来た硬貨だよ。安くは無いけど、俺達の世界では結構使用されてる」
「ミスリルで硬貨を作っているのか!?」
ドウザン達に、それぞれ一枚ずつ渡してみせる。
恐る恐ると言った様子で、硬貨を眺める3人。
「ミスリル自体見た事が無いから詳細は解らんな。だが、この硬貨は見た事が無い物だ。人間が使っている物とも違う」
「俺は若い頃にミスリルの剣を見た事がある。その輝きと良く似ている……いや、むしろこちらの方が純度が高いように思える」
「少しは信じて貰えそうか?」
「多分、街まで来て貰えればもっと色々見せられるとは思うんだけど」
信頼を勝ち取るのは中々に難しい。
まぁ、最悪は俺達の代表にこちらへ来て貰うというのも手だ。
その間、街の代表が居なくなる訳だから、あまり取りたくない手ではあるのだが。
ヒュドラ以上の存在が確認出来ていない今、防衛の面では問題無さそうだけど。
「ふむ。……俺としては話に乗ってもいいという気になっている。お前達の街とやらも見てみたいしな。だが、里長が里を離れる以上、他の者の意見も聞かねばならん。少し時間が欲しい」
どうやら、前向きに検討してくれているようだ。
好奇心からか、信頼を得られたのかまでは判断出来ない所だけど。
「なら、一度出直しましょうか?」
「いや、そこまでは掛からんだろう。部屋を用意させるから、ゆっくりして行くといい」
「では、私が案内しましょう」
アサカが立ち上がり、俺達を促す。
俺だけでも戻るべきかもしれないな。
この世界で初めて知性ある存在に接触出来た。
他の奴らにも知らせておきたい。
「どうした?」
立ち止まっているとクラウスに声を掛けられる。
どうしたもんかな。
「俺だけでも戻ってこの事伝えておくべきかな、って思って」
「もう遅い時間だぞ。明日の朝でもいいんじゃないか?」
「ん~……内容が内容だからね。早めに伝えた方がいいと思うんだ」
戻ろう、と俺の中で方針が固まった。
今から戻れば日が昇る前に街に辿り着ける。
朝になると同時にギルドへ顔を出して―――――。
「レイ、戻ってしまうんですか?」
残念そうな、不安そうなフラウの顔が目に飛び込んで来た。
よし、残ろう。
先ほどの固まった方針が一瞬で融解した。
凄いぞフラウ。
「明日、朝になったらフラウと戻るよ」
「お、おう」
「わふ…」
なんか、ヴィスターにも呆れられた気がする。
◆
日が昇り、一夜を過ごした俺達は朝食を準備していた。
一晩家を借りたのだから、朝食は俺達が用意しようとフラウと話し合った結果である。
匂いを嗅ぎつけたヴィスターが尻尾を振りながら待っているのに対し、そのご主人は未だに部屋で寝ているようだ。
ちなみに、ガロウは自宅へと帰り、ドウザンもまだ寝ているようだ。
「ったく……クラウスを呼んで来るよ」
「お願いします」
フラウに一言断ってから、俺はクラウスが寝ているはずの部屋へと近づいていく。
――――ふと、違和感を感じた。
ミニマップに――――二人。
クラウスの部屋の中に二人居る。
「……誰だ?」
まぁ、いいか。
ガロウかドウザンと話でもしているのかもしれないし。
なんだかんだ、クラウスは俺達のリーダー的な立ち位置をして貰っている。
相談を持ち掛けるとすれば、まずはクラウスにだろう。
「クラウス、起きてる?」
一応ノックはしてみるが、反応は無い。
なんか真面目な話でもしてるのかな?
「入るよ」
ノブに手を掛け、そして―――――。
クラウスとアサカが同じベッドで寝ていた。




