第42話 魔物討伐依頼
「獲物はそれでよろしいので?」
「構わないよ」
借りたのは訓練用の片手剣。
対するフェンは、ナイフを二本携えている。
防具もと勧められたが遠慮しておいた。
俺の服の方が防御力は高いだろう。
俺達は庭へと場所を変え、現在はフェンと俺とで向かい合って立っている。
適当に捌いて終わりにしようかと思う俺だったが、コメントでこんな提案がされた。
114:冒険者@嵐の精霊の加護(ロクト)
実力を見たいんだろ?
ここは最高にイキって煽り散らかす場面じゃないのか?
115:冒険者@雪像の精霊の加護(メフィーリア)
煽りレベルの高さも見せつけて行こうぜ!
そんな馬鹿な。
スマートに決着を付けるとかそう言う場面じゃないの?
煽ったら煽ったでこの後引き摺らない?
「加減はしますが、怪我をしても悪く思わないようお願い致します」
121:冒険者@鎌鼬の精霊の加護(オーメル)
ほら相手も煽って来た
『EW』プレイヤーとしては、ここで煽り返すのが礼儀ってもんじゃないか?
こいつら、他人事だと思って楽しんでるな?
ただ、何か言い返した方が格好が付くと言うのも確かだ。
ノノやケインも見ているし、上手く返して先輩としての威厳を見せておきたい。
何やら勘違いされている節もあるし。
「か…加減もいいけど、そ、その…自分が転んで怪我をしないようにね!」
125:冒険者@砂の精霊の加護(オーメル)
うわぁ…
もういい、解ってるから何も言うな。
「…そうですか」
フェンにも微妙な返事をされて、俺としてはすでに敗北した気分だ。
なんかもうどうでも良くなって来た。
今すぐ帰ってフラウを眺めて癒されたい。
「…では、始め!」
ハーディ男爵の合図と共に、フェンが駆け込んで来る。
相手の懐に飛び込んで反撃をさせない立ち回りか。
フェンの動線に剣の切先を置けば、フェンは驚いた顔で距離を離した。
「…なるほど、貴族の道楽と侮りました」
「貴族の方が道楽だよ」
進めなくてもいいクエストだし。
フェンは右手を腰の高さに、左手を顔の前へ上げた構えへと移る。
死角が多そうだけど、どう言った構えなのだろう。
うちの王様の前でそれやったら死ぬぞ。
「『ファイアボール』!」
急に指先を向けて来たかと思えば、指の先からソフトボールぐらいの火の玉が飛び出した。
魔法か。
こちらの世界の魔法は初めて見るし、その効果のほどは解らない。
触れたら大爆発なんてのも困るし、少し大げさに避けておく。
「はぁ!!」
俺の回避に合わせて回り込んで来たフェンが、気合の声と共にナイフを突き出した。
俺はナイフを避けると、その腕を掴み、足を払って投げ飛ばす。
「ぬっ!?」
受け身が取れるようにと加減して投げたが、フェンは空中で体勢を変えて綺麗に着地した。
ちょっとした曲芸みたいだ。
その隙に、先ほどのファイアボールをチラリと見ておく。
着弾地点で燃え上がったのか、丁度当たった辺りが黒くなっていた。
この世界の魔法を見せてくれるなら丁度いい。
少し見させて貰おうか。
フェンが、俺との間合いを取るようにゆっくりと距離を詰める。
その目には、さきほどまで感じたような余裕は見られない。
「ようやく本気になった?」
そう聞いても、フェンは何も答えない。
ただ、口元が笑っている。
うん、この人ロクト系の人だと思う。
「『ミラージュ』!」
また何やら口元を隠したかと思えば、フェンが五人に分裂する。
今度は幻影の魔法か?
こちらを惑わしたつもりなのだろうけど、ミニマップを誤魔化せていない。
迫る幻影達は無視して、再び攻撃して来たフェンを同じように投げ飛ばす。
「…何故、私が本体だと?」
「さぁ…何故だろう?」
着地したフェンの問い掛けに、素っ気なく返事しておく。
わざわざ教えてあげる義理もない。
その答えが不服だったのか、再びフェンは口元を隠す。
魔法を使う時は必ずあの動作が入るし、使う時は魔法名を叫ぶ。
もうちょっと工夫出来ないもんなのかな。
意外と制約が多いんだろうか。
「『ウィンドカッター』!」
今度は風の魔法か。
不可視の刃だろうと予測を立て、空中に飛び上がる。
すると、右手に持ったナイフを投てきして来た。
空中なら避けられないと読んだのだろうけど、ちょっと甘い。
それを掴み取り、フェンの足元へ投げ返す。
「む!?」
大袈裟に避けたフェンの後退した位置へ先に回り込み、再びフェンの腕を取って投げ飛ばす。
再び曲芸を披露したフェンに、そろそろ目が回っているかもしれない。
気持ち悪くなってはいないだろうか。
「……先ほどから、手を抜いておられますね?」
「実力を見たいって言ってたろ? そちらが手を出し尽くすまで付き合おうと思ってね」
まぁ、最初は早々に片付ける気だったけど。
「確かに、戦闘技術において貴方の方が優れていると言うのは解りました。しかし、魔物を斬れるかは別の話。そちらからも仕掛けて頂きたいのですが?」
「そう言う事なら遠慮無く」
言い終えると、一気に駆け出す。
この身体は本当に不思議だ。
一歩でトップスピードに乗れる。
フェンの眼前まで駆け、手に持ったナイフを斬り付ける。
二本とも、根本から斬り飛ばす。
そうして元の位置に戻れば―――さて、何をされたか解るかな?
元の位置に戻った俺に、キィン、と甲高い音が聞こえた。
音より速く駆けると言うのは、なんだか変な気分だ。
普通、衝撃波で凄い事になりそうだけど。
音の出所を探し、フェンが自分のナイフを見、そして目が見開かれた。
切り離された刀身が、カランカランと地を跳ねている。
「……な…に、を…?」
「見たまんまさ」
俺達の武器は耐久度がある。
これは、耐久度が0になれば必ず壊れるし、0にならなければ絶対に壊れない…そう言う物だ。
以前、ゼペス王との戦闘で片手剣が壊れたが、見た目に変化があるわけでもなく、ただ使用出来ないと言うだけ。
だけど、ユークはケインの大剣を破壊した事がある。
なんでそんな事になったのかと、個人的に検証を行った。
…結果を言えば、俺達がインベントリに入れる事で性質が変わるらしい。
武器に耐久度と言う概念が生まれると言えばいいだろうか。
ベルとゴールドの両替も同じような理屈なんだろう。
逆説、インベントリに入れた武器でないなら、一撃でも破壊出来ると言う事だ。
「まだ続けるかい?」
「…いえ、参り…ました」
呆然自失と言った感じで、フェンは俺を信じられないもののように見る。
…少しやり過ぎただろうか…。
◆
「お前、人にやり過ぎって言っておいて自分はどうなんだよ?」
「物壊さなかったんだし、まだマシじゃない?」
「ナイフは?」
「すみませんでした」
小声でユークに一瞬で論破されつつ、再び応接室へ戻って来た俺達。
移動中に少しは落ち着いたようで、フェンの様子も今まで通りだ。
「…実力は、申し分ないようで…」
逆にハーディ男爵の方が歯切れが悪いほどだ。
それだけフェンを信頼していたのだろうと思うと、ちょっと悪い事をした気になる。
「ダンジョンから溢れ出た魔物の討伐、それが出来れば協力を約束する…これで構わないな?」
「ええ。それに関しては勿論…」
脂汗を拭いながら、ハーディ男爵は答える。
いや、それにしたってダメージ大きくない?
さっきまでの堂々とした態度が嘘のように、なんだか縮んで見える。
ロニにしても王様にしても、俺の前に現れるダンディさんは何故こうも印象が変わるのだろう。
「ああ、いやしかし、ダンジョンを消し去られては困るのです。魔物の素材が街を潤しているのも事実ですので」
あたふたと説明するノット・ダンディ男爵。
「ダンジョンって消えるの?」
「さぁ…?」
小声でノノとフラウが話している。
しかし、この静かな空間ではそれでも聞き取れてしまうけど。
『EW』では、ダンジョンをクリアした所で消える事は無い。
実際、俺達は深淵の最奥まで攻略したけど深淵は残り続けていた。
「詳細は解りませんが、過去にダンジョンが消えたと言う伝承は様々な書籍に残っています。やり方は不明ながら、消せるのは間違いないようです」
ノット・ダンディ男爵の様子を察したか、フェンが代わりに教えてくれる。
288:冒険者@夢の精霊の加護(メフィーリア)
ダンジョンのコアを破壊するとかそれ系かね
289:冒険者@霜の精霊の加護(オーメル)
ボスを倒すと消える系かも?
『EW』の世界観的には、消せるなら消したいのがダンジョンだろう。
フラウ達も少し怪訝な顔で話を聞いている。
後で説明が必要そうだ。
「そちらの事情は解った。あくまで間引きと言う事だな?」
「はい、その通りで…」
この人、本当に大丈夫か?
なんか小物感が漂ってきてるけど…。
フェンよりもこっちに影響が出るのはさすがに想定外だった。
「周辺の魔物討伐と原因の究明。これを達成する事で協力の確約とする。このような感じでよろしいですかな?」
ずっと黙っていたロッシュが笑顔で告げる。
言われた男爵は青い顔のまま頷いた。
「では、私が証人となりましょう。お互いに良い取引となる事を祈っておりますよ」
ニコニコとまとめるロッシュを見て思う。
一番厄介なのは、やっぱりこの男だ。




