第41話 ドレアス領主との会談
後日、俺達はドレアスの領主邸へと通された。
大きさはと言うとそれほどでもなく、貴族の館と言う言葉から浮かぶイメージとは少々離れている。
あまり派手過ぎず趣さえ感じさせる装飾は、日本人の好みと相性が良さそうだ。
これが領主の趣味であればだけど。
しかし、昨日の今日で対応の早い事だ。
というより、ユークの能力を鑑みて放置は危険と判断したかな?
ドレアスの人間は10から15レベルが主だ。
昨日見て回った感じではそれ以上のレベルは見られない。
それも戦闘を生業とする冒険者や兵士のレベルであって、一般人は10を下回る。
そんな街からすれば、ユークの存在はあまりに異次元だ。
「よくいらして下さった。私はドレアスの領主、ハーディ・ロクサムと申します。クラウン王国からは男爵の地位を頂いております」
領主邸の来客室では、すでにこの街の領主が待っていた。
ハーディ男爵はやせ型で、神経質そうな印象を与える男性だ。
歳の頃は四十ぐらいだろうか。
きっちりと撫でつけた黒髪と髭が、より気難しさを強調させている。
この場には俺達パーティとロッシュ、ハーディ男爵に扉を守る衛兵が二人。
それと、フードを被った人物が一人。
この怪しい人物は、ハーディ男爵のすぐ後ろで立ち尽くしており秘書か護衛かと思われた。
ちらりと目をやり、レベルを確認する。
―――レベルは20…腕利きの護衛ってとこかな?
この街では今の所最高峰、オーガ達とも渡り合えそうなレベルだ。
「この度はお招き頂き感謝する。俺はロクト王国のユーク・サウス・ソード侯爵。…まずは昨日の件を詫びよう」
貴族同士と言う事で、ユークが貴族モードで話し始める。
昨日ユークと話した後、ドレアスの領主にどう対応するかを掲示板で相談した。
結果として、貴族位が高い者が頭を下げるのはまずいのではないかと言う事になり、謝罪はしつつも頭は下げないと言う方向で決定した。
謝罪も要らないと言う説もあったが、初対面の印象が悪すぎると言う事でこのような形になったわけだ。
頭こそ下げないものの、ユークは胸に手を当てて悪くは思っている事をアピールしている。
「こちらは同じくロクト王国の貴族で、レイ・ウェスト・ソード伯爵」
「今回の件、私からも謝罪を。残りの者は爵位の無い我々の共。今ドレアスに来ているのはこれで全員だ」
あまり使わない口調の所為で、ちょっと言い難い。
この場で噛まないよう気を付けないといけない。
ちなみに、爵位ではユークの方が上だ。
領地経営に興味があったらしく、結構真面目にやっていたらしい。
ただ、ようやく黒字になった辺りで転移してしまったと溜息を吐いていたけど。
それはさておき、こちらからの謝罪を受けて相手はどう動くか。
ユークはロッシュに侯爵とは名乗っていないし、ハーディ男爵も今初めて知った事だろう。
連れが起こした問題ではなく、貴族が起こした問題となるとどう対処するのか…それで、この人物がどう言った人間なのかを判別したいと思っている。
「―――まずはお座り下さい。お連れの方々もそちらへどうぞ」
俺達とロッシュはハーディ男爵とテーブルを挟んだソファに。
フラウ達は少し離れたテーブルを示される。
ノノやケインがそちらへ移動しようとするも、フラウとギアは俺達の後ろに陣取り、動こうとしない。
「…大丈夫だよ」
あまり強行な姿勢も見せたくないと思い、そう告げると―――。
「あのフードの者、血の匂いがします。一応、気を付けて下さい」
少しだけ顔を寄せ、ギアがそう言い残す。
そしてそれ以上は何もせず、指し示されたテーブルへと移動した。
俺とユークの視線が交わる。
お前、血の匂いとか気付いた?
そんな思いで見つめれば、ユークは小さく首をフルフルと振った。
「まず、謝罪と言うのであれば私の管理不足こそ咎められるべきでしょう。公道や建物の破損はあったものの、人的被害は軽微。聞けば街の者が迷惑を掛けたのが発端だとか。そちらに関しては、大変申し訳無く思っております」
人的被害と言うのはあの振動で足を挫いたとか、割れた食器で指を切ったとかって話だ。
あとはあの冒険者かな?
全員ポーションをぶっかけといたから、すでに怪我は治っているだろうけど。
「とは言え、住民達が怖がっているのも事実。互いのこれからを思っても、こう言った行動は控えて頂きたいですな」
おや、結構厳格な人物のようだ。
経緯とユークの爵位を聞いた上で、はっきりとこれだけの事が言える。
それは俺達にとっても好ましい。
いざ国が無茶を言って来たとしても、それが正当な理由でないのならこちらの肩を持ってくれるかもしれない。
「それに関しては本国からもお叱りを頂いている。そちらの許可が貰えるのなら、こちらで保証、修繕を行う用意がある」
本国と言うかウェインからね。
子爵のウェインに、『帰って来たら正座だ』と言われた侯爵がこいつだ。
「お気持ちだけ頂いておきましょう。さて―――」
テーブルに置いてあったベルを鳴らすと、メイドさん達が室内に入って来る。
そして、紅茶やクッキーなどを置いて、また部屋を後にした。
ロッシュに聞いた所によると、こっちの世界ではお茶と言えば紅茶なのだとか。
コーヒーも無ければ緑茶も無いと教えられた。
「そこのロッシュから大体の事情は聞いております。なんでも異世界からいらしたとか?」
「そうだ。ロクト王国、レーヴェ共和国、魔法国家メフィーリアの三国。また三国が共同で建設した中央都市オーメル。この四つの地域が転移している」
今回、ハーディ男爵とのやり取りはユークが担当している。
爵位の低い方があまり前に出るのもおかしいし、何も無ければ基本的に静観するだけだ。
…まぁ、『優秀なブレイン』達がついているし、俺の出番は無いだろう。
「その中のロクト王国からこちらへいらっしゃったと?」
「正確には、ロクトとレーヴェからだ。この二国はすでに合流し、行き来が行えるようになっている。他二つの地域については、どこに転移したかも解らない状態だ」
「こちらの世界には来ているのですかな?」
「連絡が取り合えている。来ているのは間違いない」
ちらり、とユークの様子を窺う。
昨日、少しは吐き出せたからか、冷静に対応が出来ているようだ。
自分の中でちょっとでも整理がついたのなら何よりだ。
「その二つの地域を探すにも、俺達が転移した理由を探る為にも、こちらの世界の国とは良好な関係を築きたいと思ってる。だが、俺達の国には亜人が多い」
「亜人ですか…。―――南の森に居たというオークについては、何かご存じですかな?」
まぁ、そこの話は繋がって見えるよね。
レーヴェが森の向こうにあるって言うのはロッシュから伝わってるんだろうし。
ちなみにそのオークについてだけど、正式にレーヴェで暮らす事になったと今朝情報が入った。
人間の国についてやオーメルの位置について聞いてみたけど、やはり情報が古くて参考にはならなそうだ。
唯一解ったのは、ネリエルには『聖女』と呼ばれる存在が居る事。
その事で、近年ネリエルは力を増した事。
少なくとも、オークと共に居た人間の女性から聞いた話では、彼女が国を離れた時はここまでの影響力は持っていなかったとか。
うちの『聖女』とどっちが凄いんだろう。
「オーク達はレーヴェで保護している。森の魔物についても把握しており、そちらも掃討作戦が行われた」
「では、正体不明の魔物はもう居ないと?」
「全てかは解らないが、少なくとも近隣には居ないようだ」
そもそもアレ魔物じゃないけどな。
内心でどう思っているかは知らないが、実に堂々とした態度で嘘を吐くユーク。
事情を知らなければ、頼りがいのある男に見えそうだから不思議だ。
「ふむ…」
相変わらず気難しそうな顔付きで、ハーディ男爵は紅茶を啜る。
その姿は非常にダンディだ。
ダンディ男爵と心の中で称賛したくなる。
俺も紅茶を手に取り、ハーディ男爵を参考にダンディズムを意識しながら紅茶を啜る。
理由は特にないが、敢えて言うなら暇だからだ。
それを横目で見ていたユークも、ちょっと身体を傾けながら紅茶を啜った。
俺の方がダンディだと言わんばかりの顔で、小さくドヤ顔を浮かべる。
お前は働け。
「亜人を多く抱えているからこそ、王国との摩擦を気にしている訳ですな」
「こちらとしては、あくまで共生、協力を望んでいる。まずはドレアスと友好的な関係を築き、それを王国内へと広めて行きたい」
ハーディ男爵は、後ろのフード人間と視線を交わす。
ただの護衛ではなく、右腕って感じだろうか。
まったりとそんな事を考えていた所、フード人間はそのフードを外し、姿を晒した。
「…ダークエルフか?」
フードの下にあったのは、褐色の肌と白い髪、そして血を思わせるような真っ赤な瞳。
何より特徴的なのは、その長く伸びた耳だ。
「我がロクサス家に長く仕える一族でしてな。ロッシュより聞いておられるでしょうが、私が亜人殲滅を良しとしないのは彼等の事もあってなのですよ」
ロッシュは知っていたんだろうかと視線を投げれば、ロッシュも驚いた表情を浮かべている。
「私とて、現状を変えるべく奔走して参りました。水面下で動き、同じ考えの貴族で集まり、そして少しずつ賛同者を増やしております。僅かずつとは言え積み上げて来たそれを、貴殿等の出現で崩されるのではないかと懸念しております」
折角秘密裏に進めて来たのに、お前らに台無しにされちゃ敵わんって事ね。
ユークの件も考えれば当然の心配か。
好き勝手暴れて、反感を持たれては全て無駄になってしまうと。
言わんとする事は理解出来る。
「懸念は尤もだ。どうすれば信用を得られる?」
「私と戦って頂きたい」
そう答えたのは後ろのダークエルフ。
名前はフェン。
この人もオーガと一緒で、戦えば解る的な思考をしてるんだろうか。
その手の人種多くない?
「なんでもスウィフトウルフを一蹴する実力をお持ちだとか。まずはそれを試させて頂きたい」
「それで信用が得られるのか?」
「いいえ」
じゃあやる必要あるの?
何が言いたいのかとハーディ男爵を見れば、指を組んでこちらを見据えていた。
「ダンジョンから魔物が溢れている事は知っておりますな? それを解決出来るなら、こちらも協力をお約束しましょう。しかし、それを依頼するほどの実力があるか、それを先に見せて頂きたい」
「解り易くていい」
そう言って立ち上がろうとしたユークを押し止める。
お前、昨日やり過ぎたばかりだろうに。
また力を持て余して、領主邸を破壊するんじゃないかと気が気ではない。
「俺が相手をしよう」
そう言って俺が立ち上がり、フェンを見つめる。
「爵位をお持ちの方でよろしいので? 怪我はさせないよう注意致しますが、少々お覚悟をして頂く事になりますが?」
「ロクト王国は別名、騎士の国と呼ばれてる。戦いの中で傷を受けたとなれば、いい土産話になるさ」
そう言って俺が不適に笑ってみせれば、フェンは少しだけ驚いた顔を見せた。
レイとユークは少しだけ仲良くなったようです。




