第40話 カツラギアキラ
あの後、予定を変更して宿へと帰宅し、ユークへのお説教を始めた。
一度ちゃんと叱った方がいいと思って、この場には俺とユークだけだ。
LIVE機能も使っていない。
「洞窟での破壊行動、浮遊大陸の落下、オークとの口喧嘩に今回の酔っ払いの件。仏の顔も三度までって知ってる? 三回やったら遠慮なく殴れって事だよ?」
「いや違うだろ」
さすがに正座させてはいないが、ベッドに腰掛けたユークを見下ろすようにして『お話』している。
なんとなくユークが真っ直ぐな人間と言うのは解ったが、とにかくやり過ぎなのだ。
後先考えず、その時の感情だけで行動し過ぎる。
同じパーティメンバーとしてフォローするつもりはあるが、フォロー出来る限度と言う物がある。
オークとの口喧嘩はともかく、他に関してはどうにもならない。
「今回のはロッシュにも迷惑が掛かるし、領主や街の人間からどう思われるか解ったもんじゃない。これから話し合いがあるのに悪い印象を与えてどうすんの?」
「だから悪かったって」
本当に反省してんのかコイツ。
ロッシュと出会った時も、『スターシーカー』で注意点として『破壊者』の名が挙がった。
あの時も、テントに押し込んでなければ何かやらかしたかもしれない。
毎度この調子ではこちらも付き合いきれないと言うものだ。
今回の件に関しては、ローナからロッシュへ連絡してもらった。
そして、ロッシュから領主に説明してくれるとの返答だった。
結果がどうなるかは解らないが、少なくとも、ロッシュと領主に借りを作った形になる。
「大体、絡んで来たのはあっちだろ?」
「だからって通りを陥没させる奴があるか」
そう、酔っ払いと揉めただけなら大した問題じゃなかったのだ。
ユークが酔っ払いを叩きつけた所為で、地面は陥没するしその振動で周囲の建物に影響も出た。
窓ガラスは割れるし、商品や食器が落ちて破損、家が傾いた所もある。
ちょっと暴れたなんてもんじゃない。
これはもう災害だ。
「領主がこれについてどう言ってくるかは解らない。ただ、今後不利になる可能性が出て来る。それにロッシュだって協力するとは言ってくれたけど、まだ全面的に信用出来るわけじゃないんだよ?」
ロッシュと俺達の関係は、まだ短く浅い。
信用があるかと言われれば微妙だし、現在は利益をチラつかせて繋いでいる状態だ。
不利益の方が大きいと思えば掌を返す事だって考え得る。
それほど楽観出来る関係性ではないのだ。
「だから解ってるって…」
解ってたら四度も問題行動しないと思うんだけどね。
洞窟での破壊は人命救助の面もあったしそこは見逃すとしても、他は言い訳のしようもない。
ウェインも作戦を破壊された事があるって言ってたし、元々やらかしがちな奴なんだろうとは思う。
でも、ここ最近は多過ぎる。
「―――…ギアから人間達に怒ってるって話は聞いたけど、もう少し冷静になれないの?」
結局、原因はここだろう。
腹の虫が治まらないから、ちょっとした事でやり過ぎる。
それを自覚しているからこそ態度には出さないのだろうけど、自覚があるから自分を誤魔化そうとして失敗する。
で、結果こうなると。
「ギアが…?」
「俺には解らないけど、ギアにはそう見えたらしいね。俺達に迷惑を掛けたって謝ってたよ」
俺に言われるより、ギアが謝っていたと言う事実の方が効いたのだろう。
不貞腐れたような態度から一変、神妙な顔つきに変わった。
少しは反省したかと思い、俺も近くの椅子に腰掛ける。
「亜人達への扱いに憤るのは解る。俺だって聞いていて不快だ。でも、この世界にはこの世界の価値観があって、何か原因があっての事かもしれない。余所者である俺達の尺度じゃ測り切れない事だってあるだろ?」
亜人に行っている事を肯定する気はないが、そうせざるを得ない理由があるのかもしれない。
俺達はこの世界の事を知らな過ぎるし、まだ一方の言葉しか聞いていない状態だ。
そんな中で人間を悪いと決め付ければ、本当の問題から遠のいていく。
異世界人だからこそ、はっきりした事が解るまではフラットに物を見るべきだ。
「納得行かないのは解るけど、一方に肩入れし過ぎると間違いだった時に辛いよ?」
「…解ってる」
「だったら、今はまだ先入観を持たず、ただの情報として――――」
「解ってる!!!」
今はまだ先入観を持たず、ただの情報として割り切った方がいい。
そう言おうとした俺を、ユークの怒声が遮る。
「―――…悪い」
自分で感情を制御出来ないほど、根深い問題か。
「…レーヴェ行きの冒険者に、自分から志願したんだって?」
俯いてしまったユークに、出来るだけ静かに問う。
気にしていないと態度で表したつもりだ。
さっきのは、事情も知らないで余計な助言をしようとした俺が悪い。
「…」
黙ったままのユークを見て、椅子に深く座り直す。
ユークは納得しないだろうが、一度ロクトに戻した方がいいかもしれないな。
ユークが抱えているものを、俺では引き出せない。
より付き合いが長いウェイン辺りに、一度話を聞いてもらった方がいいように思う。
「葛城 彰」
「ん…?」
どう説得するかと悩んでいた俺の耳に、ユークの呟きが届いた。
日本人の名前だろうが、俺の知らない名前だ。
「俺の幼馴染だ」
急に何の話かと続きを待てば、より一層解らなくなった。
なんでここで幼馴染の名前が出て来るのだろう。
「近所に住んでた奴で、中学卒業までずっと一緒だった」
余計な口を挟まない方がいいと、俺は黙って聞き手に回る。
「気が弱い所はあったけど、頭が良くて、何よりいい奴だった。器用な奴でさ、俺には出来ない事をサラっとやっちまえる。それが憎らしくて…でもカッコ良くて」
俯いたユークに、窓から夕陽が差す。
それがなんだか物悲しく見えた。
「ずっと一緒だった。性格は真逆だったけど、妙に馬が合って…付き合いが長いから、相手の考えもなんとなく解ってさ。居心地が良かったんだ」
幼馴染と言うだけじゃなく、彼にとっては親友なのだろう。
表情は見えないが、語っている内容からもそう思えた。
「高校に進学する時、やりたい事があるって言って偏差値の高い学校へ行ってさ。俺はやりたい事も無かったし、頭も悪かったから別の学校へ行ったんだ。…そこから、少しずつ会う事も減っていった」
接点が減る事で疎遠になる事もあるだろう。
ここまで聞く限り、それほどおかしな事ではないように思う。
この話が今のユークにどう繋がるのか。
「……高二の夏休み前、彰は自殺した。学校の三階から飛び降りたらしい」
「―――…え?」
「顔から落ちたらしくてな。…葬式でも、顔は見せられないって言われたよ。その時、半年以上も彰の顔を見てない事に気付いた」
強く握られた拳が、その時の後悔を物語っている。
これは気持ちの吐露ではなく、懺悔なのかもしれない。
「原因はいじめだった。高校に入ってすぐ始まったみたいで、一年目の後半は不登校だったそうだ。進級もギリギリだったらしい。……俺は気付いてやれなかった。彰には目標があって、俺にはそんなもの無くて…。彰に、自分を見られるのが嫌だった。対等で居られなくなる気がして、避けてたんだ」
俺は何も言う事が出来ず、ただユークを見守る。
「いじめてた連中、全員締め上げてやろうかとさえ思った。でも、彰の両親が歯を食いしばって涙を堪えてるのを見てさ……俺にそんな権利があるのかって思った。大事な時に気付いてやれず、一番苦しい時に会おうともしなかった俺に、復讐する資格なんてあるのかってな」
以前、ラードリオンに言った言葉は、きっとその幼馴染に伝えたかった事なんだろう。
死んだらその先は無い、残された方は一生忘れない。
間違いなく、ユークの経験から出た言葉だ。
「…人間達が亜人達にしている事を聞くと彰を重ねちまう。何かを奪おうとする奴が許せない。死にに行こうとしたラードリオンを見て、ギアに理不尽に絡む奴等を見て……どうしても、彰の事を思い出しちまう」
…何か言おうとして、でも何を言っても救いにはならない気がして、俺はコーヒーを淹れる。
それをユークに差し出せば、ようやくユークは顔を上げた。
表情は抜け落ち、青白くなった顔にその後悔の深さを見た気がした。
「―――……ギアがな。少し似てるんだ」
「…その幼馴染に?」
聞き返せば、ユークはこくりと頷く。
「性格は違うんだけど、器用なとことか…あと声も似てる。俺を見る時の眼差しって言うのかな…それもあいつを思い出させる。…それもあってかな。最近よく彰を思い出すのは。ギアの名前は彰から取ったものだから、余計にそう思うのかもしれない」
「名前?」
「カツラ『ギア』キラ。苗字の最後と名前の最初を貰って、『ギア』。パートナー…相棒って言われて、俺が最初に思い出すのはあいつだから」
なるほど。
ギアに幼馴染を重ねているのであれば、絡まれたギアを見て怒ってしまうのも当然だ。
能力上仕方ないとは言え、ギアに盾役を任せているのもフラストレーションを溜める一因かもしれない。
「事情は解ったよ。でもどうする? このまま人間と近しい位置にいるより、浮遊大陸の調査に回った方が気が楽じゃない?」
「いや、知ってしまった以上、今度も何も出来ないなんて嫌だ。何時かは向き合わないといけないとは思っていたし、これを乗り越えなきゃ俺は昔を振り切れないままだ」
「…本当に大丈夫? 無理してるように見えるよ」
「お前に迷惑を掛けるのは解ってる。でも頼む」
事情を知った以上、迷惑を掛けられるぐらい別に気にしないけど。
ただ、今でさえこれだけ思い詰めているのに、この先やっていけるだろうか。
ユーク自身が潰れないかが心配になる。
「まぁ、俺はいいよ。振り回されるのは慣れてるし。ただ、ギアには謝っておきな。一番心配してたのはギアだろうから」
「ああ…そうだな。そうする」
いっそこの事を話してしまってもいいんじゃないかとさえ思うけど、ギアに他の人を重ねてるとは言い辛いか。
ギアにその幼馴染を重ねているからこそ、ギアに謝る事で少しは気が晴れるといいんだけど。
「少しは落ち着いた?」
「どうかな……自分の目で見ちまうと、やっぱり歯止めが効かないかもしれない。最近は力を発散する場が無いから余計に」
「ああ、それは確かに」
俺はゼペスと斬り合ったからまだマシだろうけど、他の人はこっちに来てから全力なんて出してないだろう。
ゼペスや『鬼若』さんも暇してるって言うし。
そうやって考えると、フラストレーションを溜めている人は一定数居るんだろう。
何か発散するような場も必要なのかもしれないな。
「でもまぁ…自分の中のもやもやを見直せた気はするぜ」
そう言って、ユークはニッと笑って見せる。
明らかな作り笑いではあるが、だとしても虚勢を張る気力はあるらしい。
「それは良かった。…相手の出方次第だけど、領主と話す時は慎重に行こう」
「解ってる。俺達の対応次第で、亜人達に対する風当たりが変わるかもしれないって事だろ?」
それだけ解っていれば十分だ。
そう思って、いつもより少し苦いコーヒーを飲み下した。




