第38話 協力者
ワインが気に入ったと言うロッシュに、追加で白ワインを試して貰う。
誰かと交渉する時用に、興味を惹きそうな物を幾つか持って来てあるのだ。
「これは、レイさん達にはどの程度の価値なのですかな?」
「地域によりますが、酒屋に行けば比較的容易に手に入る物です」
実際安物だ。
こちらの世界に来た時、『EW』の農場はその多くが失われた。
作物に関係する加護を受けている人達が、総出で再生に奔走したほどだ。
お陰でかなり建て直しているものの、気候や土の違いもあり味が落ちたと言われている。
俺が持って来た物は、その味が落ちたワインだ。
もし今後も欲しいと言う話になった時、供給が安定していないと難しい。
そうなった時を考え、安定して供給出来る物を選んで来ている。
それでもオーガ達からは絶賛された品であり、十分使えると判断した上での選択だ。
ちなみに、保管されていた『EW』時代のワインは、価値が高騰しているけれど。
「本題に入る前に、後学として聞きたいんですが…」
ワインを舌で楽しんでいた様子のロッシュに、気になった事を質問してみる。
「さっきの交渉ってどうでした?」
ゴクリ、とワインを飲み下すと、ロッシュはふむ、と呟いた。
フラウがファインプレーをしたとは言え、俺とロッシュの間では脅迫した後にフォローもしていない状態だ。
実はそこがちょっと気になっている。
「商人として、と言う事であればあまり褒められた交渉ではありませんな」
「ですよね…」
というか、交渉に脅迫を持ち出す事自体アウトだろう。
「商人と言うのは、互いの信用に基づいて取引を行います。脅しと取れるような事を言う相手を信用など出来ますまい。そんな商人は避けられますし、他の商人との取引を優先されてしまうでしょう。なんと言ってもライバルが多い職種ですからな。そう言った商人は自然と淘汰されていきます」
正論だ。
誰だって脅迫してくるような輩とは付き合いたくないだろう。
俺もやっていて疑問に思ったし。
もっと大きなメリットを提示出来ると考えても、かなり強引なやり方だ。
ただ、コメントの中にはそれでいいと言う意見もあって、俺としては『何故?』という気持ちが拭えない。
「ただ、それはあくまで『商人』という枠組みでの話です。レイさんは商人ではないでしょう?」
「…ええ、まあ」
現状で答えるか迷ったが、今更取り繕っても無駄だろう。
「商人の立場で物を話し、商人の目線でこちらの考えを読み解く。そして、商品で私の興味を引く。私に『商人同士の取引』だと誤認させた」
そう解説するロッシュは非常に楽し気だ。
怒ってもいい場面だぞ。
「しかし、実際には商人同士のやり取りでは決してなかった。『商人同士なら脅迫はしない』と言う思い込みを私に刷り込んだわけですな。だからこそ、私は踏み込んでしまった。貴方を揺さぶるつもりで、貴方の素性について尋ねてしまった。取引したいのなら答えろと、私から働きかけてしまった」
791:狂葬@色彩の精霊の加護(ドレアス)
そこまで考えてたの?
792:冒険者@水蒸気の精霊の加護(メフィーリア)
だから『囲い込む』とか協力『させる』って言ってたんだろ?
「そして、今後何かが起こると匂わせつつも、新たな商品を並べてメリットを提示する。聞いた方はこう思うでしょうな。『事前にリスクを回避出来て、その上利益にもなる』と」
俺が理解していたのはここの部分ぐらいだ。
興味を惹き、メリットで釣る、協力した方が得と思わせる。
「話の持って行き方も面白かった。脅迫だと思わせて、脅迫ではないと言う。それが脅迫でない理由を尋ねれば、協力の確約が無ければ話せないと言う。現状の身の安全すら定かではないのですから、内容を聞きたくなるのが人の性でしょう?」
俺はただただ頷くしか出来ない。
この状況を作った奴等も、それを読み解いたロッシュも、どちらも俺の理解が及ばないレベルで戦っていたわけだ。
関心している俺を見て、ロッシュは笑う。
「これを考えたのはレイさんではないでしょう? しかし、誰かと相談している様子も無かった。一体どんな手を使ったのですかな?」
あー…。
そりゃそうか。
考えた本人なら、交渉がどうだったかなんて聞くわけがない。
「魔法のような物で、俺の目を通して現状を見ている人達がいます。ちょっとした会話も出来るので、俺はその指示に従っただけですよ」
「なるほど。私が感じていた違和感はそれでしたか」
もっと不思議がられるかと思ったが、意外にもロッシュは納得してしまった。
勘がいいのかなんなのか、油断ならないと感じたのは気のせいではなかったらしい。
「しかしそんな事が出来るとは、尚の事、貴方達の素性が解りませんな」
ロッシュはそう言って、興味深げに俺を見る。
何時までもこうして話していても仕方ないし、そろそろ本題に入ろうか。
俺は背筋を伸ばし、真っ直ぐにロッシュを見つめ返す。
「ロッシュさん、貴方は亜人をどう思いますか?」
「亜人、ですか」
オーガ達によると、この世界でも人間以外の人を亜人と呼ぶらしい。
ただ、『EW』とは認識が違う。
亜人達は『人間と違う特徴を持つ人間』として亜人と言う言葉を使う。
対して人間は『言語を解する人型生物』、あるいは『人型の魔物』を指す言葉として使うのだとか。
この世界の人間にとって、スウィフトウルフもオークもどちらも魔物だと言うわけだ。
「神の国ネリエルでは、『亜人とは人を惑わす魔物であり、人を滅ぼす為に存在している』と教えています。それ故、見つけ次第に殺害する事が教義となっています」
「クラウン王国とネリエルは関係が深く、クラウン王国でも殺すか奴隷にするかだと聞いています」
「ええ、その通りです」
しかしそれは国の考え方だ。
俺が聞いているのはロッシュがどう思うのかって話なのだ。
互いに無言で見つめ合ったまま、短い静寂が訪れる。
「……いいでしょう。こうなれば一蓮托生です」
「はい?」
「神の国ネリエルでこんな事を言えば背教者として断罪されるでしょうが……私はあくまで商人でしてな。私が信仰を捧げるのは金貨のみです」
ミスリル硬貨とかは信仰の対象にならないのだろうか。
そんなくだらない屁理屈が頭を過る。
「私は神が実在するなど信じておりませんし、その教えに従う気もありません。―――例え、貴方達が亜人となんらかの接点を持っていたとしても、そこに商いの余地があるのなら些細な問題ですな」
なんとなく、ネリエルにいい感情を持っていないのは理解した。
あと、話題を出した時点で気付いただろうとは思ってたけど、俺達と亜人の関係も察したらしい。
「…国に知られれば、商会の方にもダメージがあるのでは?」
「何、私とて伝手と言うものがあります。レイさんは不思議に思われませんか? ネリエルでは殺せと教えているはずなのに、王国では奴隷にする事もある。その矛盾に」
…言われてみれば確かに。
殺すより、奴隷にした方が労働力になるとかそんな理由かと思っていたけど、ネリエルでは見つけ次第殺せと教えている。
ネリエルの教義に従っているのであれば、奴隷などとは言い出さないだろう。
どこから奴隷と言う発想が出て来た?
「亜人を殺す事を良しとしない層も一定数存在すると言う事です。国が無視出来ないぐらいには、ね」
そして折衷案として生まれたのが、奴隷にすると言う考え方か。
王国全体が敵対的かと思っていたけど、少しは光明が見えた気がする。
それに、亜人を殺さないための建前として奴隷にしていると言うなら、俺達が思うほど奴隷にされた亜人の扱いは悪くないのかもしれない。
「まぁ、そう言うわけでそう言った方達に話を通せば、国としても一方的に我が商会を攻撃出来ないと言う事ですな。―――話を通すのに、丁度いい潤滑剤も手に入りそうですし」
商魂逞しい事だ。
それに、ロッシュを介してでも、そう言った人達に繋がりが出来るのはこちらとしても望ましい。
820:一騎当千@大地の精霊の加護(ロクト)
ここまで話してくれたのに、ちゃんと名乗らないのは失礼ってものじゃないかい?
821:聖女@癒しの精霊の加護(レーヴェ)
私も同じ意見だよ
佇まいを直し、ロッシュと向き合う。
ロクト代表とレーヴェ代表から許可も出た所で、しっかりと名乗らせてもらおう。
「質問ばかりですみませんでした。改めて、名乗らせてください」
そう言うと、ロッシュの方も背筋を伸ばす。
だが、堅苦しくはなく、どちらかと言えば楽しそうにこちらを見ている。
…言葉遣いは―――まぁ、ここまで砕けた敬語で話してたし、別にいいか。
「俺はレイ・ウェスト・ソード伯爵。ロクト王国に所属する貴族であり、冒険者です」
「…ロクト王国ですかな?」
「異世界、『EW』より国ごと転移して来ました。我々が転移した理由、この世界の事…様々な情報を得る為、今は協力者を募っています」
二、三度、目を瞬かせるロッシュ。
頭の心配をされてもおかしくない状況だ。
「ロクト王を始め、俺達の国には亜人が大勢います。我々が懸念しているのはそこです」
暫くの沈黙。
そして、ふぅ~、と大きく息を吐き、ロッシュはコップのワインを飲み干した。
口の中に残った風味を楽しむように、目を閉じて何かを考えている。
「……信じ難い話ではありますが、嘘と断言する事も出来ませんな。少なくとも、貴方が持つ品は、異世界の物と言われても納得は行く。それほどの価値がある。―――何か証明する事は出来ますかな?」
街に来て貰うのが一番手っ取り早いが、それも信じさせてからの話になるだろう。
取り敢えず、今までの経験から思い付いた物をテーブルに置く。
「これは…コイン、ですかな?」
「俺達はすでに、オーガと行動を共にしています。彼等が言うには、ミスリルは希少なんだとか?」
テーブルに置いたのはミスリル硬貨だ。
見て判別が付くのかは知らないが、ギョッとした顔でコインを観察し始めた。
「まさか…このコインがミスリルと?」
「こんなのもあります」
続けて並べたのは、ミスリルの短剣。
レーヴェの倉庫に保管されていたミスリルから、何本か作って貰った。
手に取って構わないと言うと、ロッシュはおそるおそるそれを手にする。
「私はミスリルを見たなどありませんが……確かに、私の知るどの鉱石とも違う」
さすがの目利きだ。
この分なら、他の鉱石を見せても面白かったかもしれない。
「我々の世界ではそこまで珍しい金属ではありませんでした。この世界ではまだ見掛けていないので、保管している分で全てではありますがそれでもかなりの量が残っています」
暫くコインと短剣を交互に見ていたロッシュだったが、やがて大きな溜息と共に顔を上げた。
その顔を見て、ちょっとだけびっくりする。
ただ楽しそうと言うだけじゃない、目がギラギラしている。
「なるほどなるほど。強行な手段を取って、あとで裏切られるとは思わないのかとは思っていましたが―――商人だからこそ、裏切らないと言うわけですな」
それに微笑むだけで答える。
この他にも彼が興味を示す物は沢山あるだろう。
変に匂わせるより、自分の目で見て驚くといい。
「――――解りました。カリーシャ商会長ロッシュ、そちらとより良き取引が出来るよう、尽力するとお約束致しましょう」
「ありがとうございます。そう言って頂ければ幸いです」
差し出された手を取り、握手を交わす。
本格的な商談はレーヴェやロクトとする事になるだろうが、ひとまず協力関係を築けたと考えていい。
俺としても、ようやく肩の荷が下りた気分だ。
「それで、貴方達の懸念としては亜人達を囲っているからこそ、王国と戦争になりかねないとお考えですかな?」
「異世界から転移してきた国と言うのが、三つの国と都市が一つ。その内、三つの国の代表が亜人なのです」
ロクト王ゼペスはヴァンパイアの血を引いているし、レーヴェの大統領メイはドワーフだ。
メフィーリアの代表は司祭長という役職で、種族は魔人。
…改めて並べると、亜人嫌いな連中とは仲良く出来る気がしない。
「……一国だけではないのですね」
「ええ…しかも、一つの国と都市がどこに転移したのかまだ解っていません」
「なるほど、協力者を欲しがる訳ですな…」
うーむ、とロッシュは腕を組む。
現地の人間からしても難しい問題か。
「王国内であれば、根回し次第で比較的平穏に済むかもしれません。ただ、神の国ネリエル、それとアカラ帝国はどうにもならんでしょうな」
アカラ帝国もか。
正直、ネリエルは話を聞いた時点で諦めていたけど。
しかしそうなると、気になるのは名前の挙がっていない国だ。
「ステラ教国と言う国もあるんですよね?」
「ええ。しかし、あそこは元々亜人と共生しておりますからな。その件で揉めるような事はないでしょう。ただ、アカラ帝国との小競り合いが長く続いており、国はかなり疲弊していると聞きますが」
一番平和的な接触を望めそうな国がその状態なのか。
中々上手く行かないもんだ。
ロッシュのコップにワインを注ぎながら、とにかくまずは王国だろうと目的を定める。
その為には、目の前の商人を頼るしかない。
「根回しに関しては、ロッシュさんを頼るしかありません。商談の事もあるでしょうし、一度俺達の国へ来ませんか? 南の森を抜けた先に、転移した国の一つ、レーヴェがあります」
「是非とも、と言いたい所ですが…」
口籠るロッシュに、俺は続ける。
「魔物達の排除でしたら、すぐにでも取り掛かります」
「それもありますが、まずはドレアスの領主に会うと良いでしょう」
ドレアス…この近くにあるって言う街か。
そこの領主に会えって事は、ひょっとして……。
「表面上は中立を保っていますが、ここの領主も亜人排除に反対している方です」
そう言ってワインを一口含むと、ロッシュは頬を綻ばせた。




