第36話 取引
「レイさん、頼みたい事があるのです」
食事が終わった頃、ロッシュにそう言われて内心で舌打ちする。
正直言って当たり障りない会話を続けながら、もう少し情報を引き出しておきたかった。
一瞬ユークも呼ぶべきかと思ったが、『スターシーカー』の件を思い出して考えを打ち消す。
どうせテントの中から俺のLIVE画面を見ているだろう。
「貴方達の素性については尋ねません。ただ、可能なら力を借りたいのです」
「……どう言う事です?」
こちらの素性を探って来るかと思ったが、違った方面から話を持って来た。
俺は素知らぬ様子を貫き、食べ終わった食器を片付け始める。
ロッシュの娘さんが残念そうに目で追っていくのを見ながら、本当に珍しいものなのだと再認識した。
「先ほど、ドレアスに向かうとお話しましたな? 実は視察でも観光でもなく、この辺りの噂を聞いて、商会員達の身を案じて来たのですよ」
噂ってなんだろう。
聞き返そうかと思ったが、ここで聞き返したら余所者なのがバレバレだと思って無言で話を促した。
LIVE画面にも、あれやこれやと憶測が流れている。
「危険が過ぎると思えば、支店ごと引き揚げさせる為に」
―――ふむ。
全っ然解らん。
何か危険があって、商会員達も巻き込まれる可能性があるって事だとは思うけど、問題はそれがどう言った危険なのかだ。
商会同士の争いとか政治的な問題とかだったら、俺達に相談されても困る。
「……なるほど」
それっぽく受け答えしながら、やっぱり聞くべきだったかと今更ながらに後悔する。
12:冒険者@雲の精霊の加護(オーメル)
なるほど、じゃねーのよ
13:冒険者@森の精霊の加護(ロクト)
知ったかぶりして、このあとどうすんだ?
14:冒険者@動物の精霊の加護(レーヴェ)
なんか危険があるのは解ったけど、何に対しての話なんだろう
俺は水で喉を潤しつつ、時間を稼ぐ。
何か考え込んでる雰囲気を出しておけば、相手が勝手に何か話すかもしれないからだ。
姑息とか言ってられない。
「貴方達はスウィフトウルフとは戦い慣れているので?」
あの白い狼か。
危険とはあの魔物の事かな?
実際は見るのすら初めてだが、ここで完全否定すると物を知らないと思われるだろうか。
「いえ、あまり」
素早くあれこれ考えた結果、当たり障りの無い返答で濁す。
さっきからロッシュが俺の目をじっと見続けている。
ひょっとして、もう見透かされてないか?
すでに白旗を上げたい気持ちなんだけど。
「しかし、相手にならないと見えましたがどうですかな?」
この人は何を聞こうとしてる?
結局、俺達の素性を探ろうとしてるのか?
前提部分の情報が無いから話に着いて行けていない。
「支店ごと引き揚げさせると言うのは、具体的にどう言った計画です?」
質問に質問を返す。
追求から逃げたとも言う。
やっぱり、先に情報を集めてから接触するべきだったよ…。
「今すぐと言う話ではありません。まずは危険度を精査し、商会員の身にまで及ぶとなれば避難させます。実は、私もここの現状を知ったのはつい最近の事でしてな。近くまで来ていたので、急遽こちらにまで足を伸ばしたのですよ」
ここだ。
このチャンスを逃せば次は無いと思いながら口を挟む。
「ロッシュさんが聞いたのはどんな噂でした?」
俺も噂ぐらいは聞いてるけどね、と言わんばかりの言葉である。
お互いに擦り合わせをしようぜ感を出しておく。
「荒唐無稽な噂話でしたな。商会員からの報告でなければ信じませんでしたよ」
これまでの会話で、ロッシュが商会の人間を信用、心配している事は解った。
どこまで本音かは解らないが、ある程度は真実だろう。
それと、商会の現状ではなくここの現状と言った辺り、結構規模の大きな話かもしれない。
「一つ目はダンジョンから魔物が溢れている事。これはスウィフトウルフを見た事で、事実と確認出来ました」
ダンジョンがあるのか。
話の流れを考えれば、スウィフトウルフはダンジョン内の魔物って事だろう。
35:冒険者@雨の精霊の加護(メフィーリア)
それって、スタンピードの前触れとかじゃないのか?
36:冒険者@雷雨の精霊の加護(ロクト)
だから避難させたいって事かな
「二つ目は南の森から溢れて来た魔物達。まだドレアスまでは至っていないようですが、段々と北上して来ているとか」
南の森とは俺達が通って来た場所だ。
森を抜けて暫く行くとレーヴェがある。
思い返してみれば、森の中ではあまり魔物に出会わなかった。
すでに森から抜け出ていたから魔物が少なかったのかもしれない。
「三つ目は二つの異常現象」
訳知り顔で頷いておく。
一体幾つあるんだと心の中で思いながら。
「南の森の更に先で、爆音と共に昇った黒煙。轟音と共に、天まで届くほど吹き上がった水柱。これに関してはドレアスに居ながら目視出来たらしく、多くの者が目撃したとか」
黒煙と水柱?
南の森の更に先って事はレーヴェの辺りじゃないか。
そんな現象は――――――あ。
59:爆炎姫@火の精霊の加護(レーヴェ)
あ
60:破壊者@熱砂の精霊の加護(ドレアス)
あ
「不吉な事の前触れか…もしかしたら、南の森から魔物が出て来たのもその影響かもしれませんな」
すみません、それ俺達です。
森を焼き払ったり、浮遊大陸が落ちて来たりしてたんです。
そんな事言えるはずもなく、注いだ水を飲み干す。
何かを察したのか、空になったコップにフラウがコーヒーを注いでくれた。
他の人にも勧めてくれたお陰で、俺の動揺から目が逸れただろう。
「……ふむ、珍しい飲み物ですな」
「苦いのが苦手ならミルクや砂糖を入れてください」
コーヒーを知らないのかと思い反射的に答えてしまったが、他の人達の目が砂糖に向いている事に気付く。
動揺からか深く考えずに言ってしまったが、調味料の類は見せるべきじゃなかったな。
「気にせず使ってください」
素性について尋ねないと言ったのはそちらだ。
言外にそんな意味を込めて、使用を促す。
「―――ええ、ありがとうございます」
さすが商人。
一瞬こちらを探るように見たものの、すぐ何事も無かったように返答した。
俺の言わんとした事は伝わったらしい。
安堵しつつ、俺はコーヒーに口を付けた。
「最後に、南の森に現れたオークと正体不明の魔物」
――――吹き出しそうになった。
四つの内、二つは確実に俺達が関係している。
なんなら南の森から出て来た魔物も、俺達の影響による可能性が高い。
「オークの発見報告を受けて王都から来ていた調査隊が、南の森で謎の魔物に追い返されたとか」
あいつら王都の調査隊だったのか。
って事は、あの人間達が辿り着く先は王都って事なんだろう。
「当初は調査の予定だったそうですが、調査中に異常現象が相次ぎ、オーク達こそが異常現象の根源と断定したそうですな。その時点で討伐に切り替えたようですが、謎の魔物に阻まれて討伐に至らなかったと」
…ソウナンダ。
「これらの話がどれだけ正確かは調べねば解りませんが、もし全て事実なんて事になれば、さすがに避難を考えねばなりません」
123:冒険者@光の精霊の加護(レーヴェ)
俺、この人に対してちょっと申し訳なくなってきた
124:冒険者@隕石の精霊の加護(レーヴェ)
この話が本当なら、オーク達にも迷惑掛けてない?
125:冒険者@川の精霊の加護(レーヴェ)
いや、マジで死人出る前に止められて良かったよ…
どんな顔で居ればいいのか解らず、目を閉じたままコーヒーの香りに身を委ねる。
なんかマジごめん。
「それで、私達に噂の真偽を調べて欲しいと言う事でしょうか? それとも、避難時の護衛ですか?」
フラウが居てくれて本当に良かった。
ちょっと落ち着く時間が欲しい。
「両方の依頼をと考えていましたが―――噂については何かご存じのようで」
バレたかと思って目を開けば、ロッシュが見ているのは俺では無かった。
視線を追えば、ノノやケインがアタフタと挙動不審な様子を見せている。
…そっかー、そっちかー。
早めに逃がしてあげるべきだったよなー。
君達って解り易いから顔に出るもんなー。
199:冒険者@氷の精霊の加護(オーメル)
もう正直に話した方が良くね?
200:冒険者@雷の精霊の加護(メフィーリア)
亜人に対するスタンスが見えないのに?
201:冒険者@影の精霊の加護(オーメル)
最善は、俺達みたいな国の存在を認めさせた上で協力関係を築く事だろ?
人間達の様子を聞く限りじゃ、何か交渉材料が無ければ難しい
今の段階で存在を明かすのは悪手だと思うがな
今回の調査には、その辺りを調べる意味もあった。
まさか調査前にこんな状況になるとは思わなかったけど。
「いや、ちがっ、知らないって!」
「ほんとに! ほんとに知りません!」
いよいよ焦ってしまったノノとケインに笑い掛ける。
これに関しては俺の配慮が足りてなかっただけだ、気にする事は無い。
「噂については多少の情報提供が出来ます。ただ、情報料は頂きます」
「ほう? お幾らですかな?」
彼が聞きたいのは危険度の程度だ。
全てを話す必要は無いだろうし、こちらが知られたくない情報は伏せる事も出来るはずだ。
そこの情報を惜しむより、相手から対等な形で情報を引き出した方がいい。
「情報には情報で対価を頂きましょう」
「―――なるほど。さて、何が飛び出すやら、ですな」
ロッシュは心なしか楽しそうに見える。
真意が見えずやり難い相手だ。
会話の勝負で優位に立てるほど甘くないだろう。
だが、ロッシュは気付いていない。
今目の前に居るのは俺だけじゃないって事に。
231:狂葬@色彩の精霊の加護(ドレアス)
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