第32話~第33話 幕間 二人の武者修行
ノノとケインの二人が、武器屋店内を物色している。
飾られる武器はどれも手入れが行き届いており、そこに妥協は見当たらない。
レーヴェには職人や技術者が多く存在し、武器屋や防具屋の質は高い。
勿論、戦う事を是とするロクトも質の高い装備が多いが、レーヴェが得意とするのは銃などの機械的な装備だ。
それ故か、剣などもあるにはあるのだが、必要があるのか良く解らない装飾…もとい、機械が取り付けられてしまっている。
「この剣…なんで刀身が光るんだ?」
「こっちの槍は刃先が飛ぶんだって。…飛ばした後はどうするんだろうね?」
機能性に優れた装備が多い中、時折、このような謎の性質を持った武器が置いてある。
ゲーム時代にそんなものは無かったのだが、彼等が現実に思考する今、その好奇心を止める枷は存在しない。
「おいおい、坊主達。無粋な事は言いっこなしだぜ。そりゃ浪漫って言うんだ」
そう言う店主は、腕を組んでうんうんと頷いている。
ちなみに、作成された武具は冒険者達には不評である。
一部『ジュエル持ち』は理解を示したが、それでも浪漫が足りないと不満気であった。
「お前さん達、この辺じゃ見ないが冒険者かい?」
「ああ、ロクトから来たんだ」
「って事は、この間来た人達かい? 『ジュエル持ち』…じゃなさそうだな」
この店主が何を基準に判断したかは解らないが、ケインやノノもなんとなく『ジュエル持ち』か否かは解る。
彼らは纏う雰囲気が違うのだ。
それが『ジュエル持ち』だからか、『異世界人』だからかは不明だが。
「あんな化け物達と一緒にされちゃ困るぜ。あいつらと同じ働きを期待されても無理ってもんだ」
ケインはユークに鍛えられる中で、その力の差をまざまざと見せつけられている。
レイのように速い訳でもないのに、攻撃はスルスルと躱され、剣は簡単に叩き落とされる。
単純なステータス差よりも、技術の圧倒的な差を見せつけられていた。
何故そんな事が出来るのかと聞けば、『慣れだ』と答えられるものの、どんな激戦を潜り抜ければ『慣れる』のか検討も付かないでいる。
かつて彼等に勝てるとまで豪語した少年は、自分の浅はかさを思い知らされていた。
「ははっ。そりゃそうだろうよ。相手は伝説の『ジュエル持ち』様だぞ?」
確かに、と言い掛けてケインは口を閉ざす。
ユークの普段の様子を思い出し、随分と俗っぽい伝説もあったもんだと内心で苦笑した。
「どうしたらあんな風になれるんですかね?」
何やら思案していたノノが、誰ともなく問い掛ける。
ノノは強さに対して貪欲だ。
その理由をケインは知っているし、ユークやギア、レイも気に掛けているように思う。
ケインから見ても、ノノには危うさを感じる事がある。
…ちなみに、ケインはフラウについては測りかねていた。
レイの居ない場ではロクに喋らないし、レイの居る場でもレイ以外とはあまり口を利かない。
辛うじてノノとは話すが、そのノノはフラウに怯えている節さえある。
その事をギアに話せば、『深入りしない方がいい』と真顔で言われる始末である。
「『ジュエル持ち』ほどとはいかないだろうが、冒険者ギルドの訓練場を利用するって手もあるぞ。今は冒険者の育成に力を入れるんだとかで、教官が一人は常駐してるんだそうだ」
「訓練場か…」
普段、ケインが訓練している相手はユークとギアだけである。
あとはその辺の魔物相手に実施訓練をする程度だが、魔物は弱く、あまり相手にならない。
実際に自分がどの程度戦えるのか、彼自身解らずにいた。
それはノノも同じであり、なんとなく二人の視線がぶつかる。
「…行ってみるか?」
元々観光して来いと言われた二人だ。
特にどこと言う目的地も無い訳で、この店に入ったのもたまたま目に入ったからと言うだけである。
ノノは少しだけ考えると、こくん、と頷いた。
「冒険者ギルドは南門のすぐ近くだ。行けば解るだろうさ」
「ああ、おっちゃんありがとな!」
「いいって事よ。次は何か買ってってくれよ!」
そう声を掛ければ、ケインはぶんぶんと手を振り、ノノは小さく頭を下げた。
「…若いってのはいいねぇ。浪漫に溢れてやがる」
二人が出て行った扉を眺めながら、店主はにやにやと笑うのであった。
◆
ほう、と口の中で呟き、男は攻撃を受け流した。
オレンジ色のツンツン頭をした少年は、攻撃に偏重するクセがあるものの、攻撃を外した後のリカバリーが早い。
桃色の髪の少女は、その隙をカバーするように男と少年の間に滑り込む。
そして、少女の方に気を取られれば、今度は少年が死角へ回り込む。
(中々いい連携だ)
男は二人の動きを見ながら、先ほどの様子を思い出していた。
――――昼過ぎと言う事もあり、訓練をする者は殆どおらず、居ても腹ごなしの運動をしている程度であった。
そんな中で教官に教えを乞う者も無く、男はベンチに横になり、微睡の中で音だけを拾っていた。
「……ん?」
そんな中、今まで聞いた事の無い足音に興味を惹かれ、薄っすらと目を開ける。
「人、全然いないね…」
「ここで合ってんのか?」
十代中盤ぐらいだろうか。
生意気そうな顔付きをしたオレンジ色の髪の少年と、どこかおどおどした様子の桃色の髪をした少女。
若さや態度から見ても、新人の冒険者かと男は思った。
彼等は周囲を物珍しく眺めながら、誰かを探しているようにも見える。
(…やれやれ、仕事かね…)
そう思い起き上がった瞬間、ふとした違和感があった。
再び二人を見る。
(……新人じゃないな。レベル62にレベル53。この辺で見ない顔だが…)
「…シェイド様?」
急に起き上がった男を見て、不思議そうな顔をするのは猫の獣人。
まだ子供のように見えるその少女は、男の視線を追ってその二人を視界に収めた。
「新しい生徒さんですか?」
「さぁな。冒険者になり立てって訳じゃなさそうだが…」
一目見ただけでそこまで解るのか、と獣人の少女はキラキラとした眼差しで男を見上げる。
その瞳に少々怯みながらも、男は咳払いしつつ二人の元へと向かい、声を掛けた。
「よぉ。見ない顔だが、訓練に来たのか?」
「ん…? あんたが教官か?」
少なくとも、訓練に来たのは間違いなさそうだ。
男はそう考えつつ、肯定の返事を返す。
同時に、二人の動きを観察する。
少年は堂々とした様子、少女はおどおどとした様子。
しかし、ほんの僅かに距離を詰めれば、少年は意識を反らすようにして視界から外れようとする。
逆に、少女は視界に入ろうとして少しだけ前へ出た。
(無意識で動いたな。誰かに訓練を受けてる。…女の子の方がタンクで、男の子の方がアタッカーかね)
その動きに関心しつつ、しかし、間合いに踏み込まれた事を意識出来ていない程度には未熟なのだと、二人の実力を判断する。
「俺はシェイド。今日の教官は俺だ。こっちは俺のパートナーで、ミリア」
「よ、よろしくお願いします」
黒髪に少し薄い緑の目をし、少々大人しめな雰囲気のミリアだが、そのレベルは107。
頼りなさそうな様子ではあるものの、決して侮れる相手ではない。
当然、シェイドもだ。
彼自身も107レベル。
濃紺の髪と藤を思わせる色合いの瞳は、一見穏やかそうでありながら、二人の客人を的確に測っていた。
「俺はケイン、こっちはノノだ。ここで訓練出来るって聞いてきたんだけど、今はやってないのか?」
「そんな事はないぞ。みんな昼を食った後で眠いんだろうさ」
シェイドがその人懐っこい笑顔を浮かべれば、ケインとノノもようやく肩の力を抜いた。
「訓練と言っても色々あるが、どんな訓練をしたいんだ?」
「ええと…戦う技術を学びたいと言うか…」
「強くなるにはどうしたらいいか教えてほしいんだよ」
ノノの言わんとする所は解るが、ケインのは漠然としすぎている。
頭の中で反芻しながら、シェイドは考えを纏めていく。
「…今の自分に何が足りてないかを知りたい、って所か?」
「そう! そんな感じ!」
我が意を得たりと言った風に、ケインが大きく頷く。
なんとも素直な奴だ、とシェイドは笑いを嚙み殺しながら訓練内容を組み立てていく。
まずは、二人の実力を知りたい。
それにはどうすればいいか―――簡単である。
「そっちに訓練用の武器がある。自分が使っている獲物を持って中央へ来な。俺相手に、二人でどこまでやれるか見てやる」
いい暇潰しになりそうだ。
シェイドはそう考えながら、二人を誘導したのであった。
――――そして、現在である。
再度振り下ろされたケインの大剣は、シェイドの薙刀に軌道を反らされ、地面へと叩きつけられた。
その隙を突くようにシェイドが踏み込めば、ノノが間へと割って入る。
(何パターンか試してみたが、連携が崩れる様子はないし応用も出来ている。こいつら、かなり訓練を受けてるな?)
この世界に来た頃は、冒険者全員を50レベル以上にしようと奔走した事がある。
入る経験値は人によりバラつきがあるらしく、高レベルの者との模擬戦でレベルを上げた者も居れば、実際に魔物と戦ってレベルを上げた者も居る。
この辺りは本人のセンスや資質によるものだろうと思っていたが、結果的に魔物と戦ってレベルを上げた中には増長する者も出た。
ロクトで起こっていた問題は、レーヴェでも起きていたのである。
しかし、そう言った者達には、基本的な訓練、知識が不足している例が多く見られた。
そう言った観点から見れば、この二人は誰かに訓練を受けていたのだろうと想像された。
ちなみに、レーヴェでの『指導』はロクトよりも厳しく、増長した者は『爆炎姫』と『聖女』に全員まとめて粉砕された。
…せめて見学者には被害を出さないで欲しかったと、シェイドは強く思ったものだ。
ケインとノノはシェイドの出方を見極めながらも、攻めの手は緩めない。
攻め続ける事で、シェイドに攻撃させないように立ち回っているのだ。
つまり、シェイドとの実力差を理解しているからこその動きだと言えた。
「なるほどな。…じゃあ、こんなのはどうだ?」
再び振り下ろされた大剣を受け流し、同じようにノノが割り込んでくる。
…のを見越して、ケインの大剣をノノの側へと滑らせた。
「やべっ!?」
「くっ!」
直撃するようであれば力技で止めようと思っていたが、ノノは盾で衝撃を流し、わずかに体勢を崩すだけで凌いで見せた。
シェイドは小さく感嘆しながら、しかしこの隙を見逃さない。
剣を止めようとして、無理な体勢で踏ん張ったケインの足を蹴る。
力を入れている方向へ押せば、ケインはドシャ、と音を立てて転んだ。
「へぶっ!?」
続けて、ケインのフォローへ走るノノへ、突きを繰り出す。
咄嗟に構えた小盾の中心を正確に突き、衝撃を受け流せずにノノも吹き飛ばされた。
「きゃっ!」
尻もちを付いたノノは気にせず、シェイドは倒れているケインの首元へ刃先を向ける。
起き上がろうと顔を上げたケインは、それを見て降参するより無かった。
◆
「やっぱまだまだだよなぁ…」
「いや、言うほど悪くなかったと思うぞ」
あの後、何度か訓練を重ね、少しずつ反応は良くなってきている。
動きのバリエーションも増えて来た。
(この二人に教えた奴等、基礎を中心に教えてるみたいだな。そのお陰で教えればすぐに実践してくる。…ノノの方は、時々高度な事しようとするが…見よう見真似か?)
シェイドもまさか、敢えて出来ないような事を最初に教えたとは思っていない。
「ケインもノノも、お互いの動きがちゃんと見えている。基礎的な連携は大体網羅しているし、どんな奴と組んでもやっていける土台がある。より上を目指すなら、連携のパターンを増やす事。繰り返して行くと、同じパターンが多かったからな」
「連携のパターン…」
「これはスキルとか魔法が絡んでくれば必然的に増えるだろうから、とにかく経験を積む事かな」
結局の所、経験に勝る物は無い。
何度も戦う中で、戦い方など増えていくもので、イレギュラーな状況に出会えばその対応も覚えて行く。
シェイドを始め、多くの『ジュエル持ち』も同じ道を歩んだのである。
「個別に言うなら、ケインはフォローし易い動きを意識しすぎだ。味方は合わせ易いだろうが、相手に読まれ易い動きって事でもある。味方を惑わせない程度に、フェイントを織り交ぜるといい。ノノは受けに回り過ぎだ。攻撃を受けるだけがフォローの仕方じゃない。味方に合わせて追撃する事で、相手からの反撃を封じる事も出来る。全く出来ていない訳じゃないが、もう少し攻守のバランスを考えた方がいい」
なるほど、と素直に頷く二人を見て、シェイドはなんだか笑えて来てしまう。
訓練場に来る者が、皆これほど素直では無いのである。
「結構いい時間になったが、まだ続けるか?」
「うお!? もう日が暮れて来てるじゃねぇか!」
「あー…そろそろ帰らないと…」
そう言って帰り支度をする二人。
シェイドが改めて周りを見渡せば、訓練場に居るのはシェイド達四人だけであった。
「俺は戸締りして帰るから、お前らは先に帰りな。まだ訓練する気なら明日以降に来るといい。まぁ、担当は毎日変わるから、俺以外の奴が教官をしてるかもしれないがな」
「あ…近々人間の街を調べるかもしれないので、暫くは来られないかもです」
そうなのか、と呟いて、シェイドは思案する。
考え事をしている間に、二人は準備を終えたのか訓練場の出口へ駆けて行く。
「今日はありがとうございました!」
「シェイドさん! また来た時はよろしくな!」
「ああ、気を付けて帰れよ」
「ま、またです!」
手を振る二人に、シェイドとミリアも振り返す。
その姿が見えなくなると、シェイドはポツリと呟いた。
「人間の街を調べるって言うと、『狂葬』と『破壊者』のパーティだよな。っつー事は、あの二人が指導してるのか」
「『二つ名持ち』…ですか」
シェイドはどちらとも話した事は無い。
ただ、遠目に見た事がある程度だ。
それでも、その逸話や戦った者からの話は何度も聞いた事がある。
「変なクセが付かなきゃいいがな。『狂葬』も『破壊者』も極端な戦い方するから」
「だ、大丈夫ですよ。お二人とも素直な方でしたし」
だからこそ心配なのだが、シェイドはそれ以上言及しない。
少なくとも、現状では問題があるように思えなかったからだ。
それ所か、これから伸びるであろう事を予感させる二人であった。
「指導者が『二つ名持ち』だから、プレッシャーとかもあるんだろうな。無理しなければいいが」
「シェイド様はお優しいですね」
ミリアから向けられる目は、真っ直ぐな尊敬と信頼である。
あまりに純真なその目に、シェイドはついつい及び腰になってしまうのだ。
同時に、彼女の前で無様は見せられないと、気を引き締める。
コホン、と咳払いをすると片付けを再開する。
「腹減ったな。何か食いたいもんあるか?」
「ん~……シェイド様が作った物ならなんでも!」
そうか、と苦笑しつつ、絶対美味い物を作らねばならない、と気合を入れるシェイドであった。




