第29話 オークの砦
朝一でギルドへ顔を出し、依頼を受ける。
そんな俺達の予定は、一瞬で崩れ去った。
206:冒険者@闇の精霊の加護(レーヴェ)
人間が押し寄せて来てる!
周辺の警戒してたオークが襲われた!
207:聖女@癒しの精霊の加護(レーヴェ)
オークは無事!?
208:冒険者@闇の精霊の加護(レーヴェ)
ポーションぶっかけたから大丈夫!
今、砦に誘導してるとこ!
朝目覚めればこれである。
『聖女』さんからはオーク達の元へ向かうよう指示が出て、複数の冒険者が一斉にレーヴェを出た。
俺達も今その道中に居る。
「行ってどうすんだ!? オーク達にも警戒されてんだろ!?」
ケインが問い掛けるが、そんな事は解らない。
だが、とにかく戦いを止めるしかないだろう。
俺達は現在、オークが居ると言う森の中へと駆け込んでいる。
乗り物では目立つと言う事で、頑張って走っている所だ。
「それをなんとかすんだよ。いいから今は走れ」
そんな指示を飛ばすユークであるが、現在俺に背負われている。
偉そうに言うなら自分の足で走れ。
駆け出した瞬間出遅れたユークを見かねて、俺が背負ったのだ。
聞けばAGIは初期値らしいし、多分STR以外ロクにステータスが育っていないんだろう。
周囲に目を向ければ、俺達以外にも多くの冒険者が走っている。
まるで運動会だ。
俺以外にも誰かを背負っている人が居て、目が合った瞬間、お互いに何とも言えない空気を醸しだした。
「これだけ大勢で動いて、目立ちませんか?」
「……あー! もう! 付近の冒険者集まれ!」
指摘されてそりゃそうだと気付き、つい言葉を荒げる。
なんだなんだと寄って来た冒険者達が範囲に入るようにして、俺はトリックアートを発動する。
同じく様子を見ていたフラウも、トリックアートを発動した。
これで視覚では見つけられない。
「音は消せないからあんまり騒がないように!」
「音は俺が消す! あまり離れんな!」
俺が注意すれば、他の冒険者がカバーしてくれる。
これで大移動しても目立たないだろう。
「地図の情報からすればもうすぐ砦が見えてくる頃だ」
昨日の内に、ルビーから地図を共有して貰って良かった。
それはともかく、ユークが耳元でささやくのがくすぐったくて仕方ない。
マジでフラウと変わって欲しい。
「あれじゃない!?」
一瞬思考が逸れかかったが、ノノの言葉で引き戻される。
まだ遠いが、人工的に作られた壁が見える。
どうやらまだ砦が襲われている訳ではないらしい。
「ここらに潜んでた冒険者は!?」
「人間の集団をかく乱してるらしい! とにかく砦から引き離そうとしてるんだとよ!」
「もう戦闘してんのか!?」
「姿を隠して邪魔してるだけみたい!」
なら、俺達はオークの砦を守った方がいい。
発見した人間達だけとは限らないのだから。
「別動隊が居たら厄介だ! まずは砦に行くぞ!」
「おう!」
「偉そうにすんな!」
「ひょーう! 一番乗りー!」
ユークの叫びに、冒険者達が各々答える。
気負っていないようで何よりだ。
◆
俺達が砦に辿り着いた時、丁度オークを連れ帰る冒険者と出会った。
負傷したオークを治療し、砦に送って来たらしい。
俺達が魔法を解いた瞬間、攻撃体勢に入ったが、レーヴェの冒険者だと気付きすぐに警戒を緩めた。
…オークの方はそうでもないが。
話には聞いていたが、オークの見た目は『EW』で見るような醜悪な姿ではなく、どこか愛嬌のある顔付きである。
身体は大きく、ふっくらした身体付きでありながらも贅肉が付いていると言った様子ではない。
レベルは16、オーガ達と比べると少し低いだろうか。
「またレーヴェとやらの人間か?」
こちらの数が随分と多いのに対し、それでも怯まない辺り、大分覚悟が決まっているようだ。
そんな事を思ったのも束の間、最前列に居た俺とフラウに近づき、跪く。
いや、俺達じゃなく…フラウにだ。
「お美しいお嬢さん。このような場で花の一つも捧げられぬのが残念です。良ければ、わたくしめに貴方の名を聞く栄誉をお与えください」
「え? ええ、フラウと言います」
―――…背中にユークが乗って無ければ殴ったかもしれない。
問われたフラウは口説かれている自覚が無いのか、さらっと答えてしまった。
その純真さはフラウの美徳だが、パパは少し心配です。
「ああ、なんと美しい響きだろう! 雪原の中で可憐に咲く一輪の花のような――――」
「そんな事言ってる場合なのか? 人間が攻めて来たんだろ?」
良く言ったケイン。あとで褒めてあげよう。
「…これは我等の問題だ。君達は口を出さないでもらおう」
オークの表情はまだ良く解っていないが、少なくとも拒絶されているのは間違いない。
取り付く島も無いとはこの事か。
なるほど、手を焼く訳だ。
「…人間達の様子は?」
交渉は難しそうだし、これはレーヴェのお偉方に任せるべきかと判断し、オークと一緒に居た冒険者に尋ねる。
まずはそちらをどうにかしないと落ち着いて話も出来ないだろう。
「今は他の奴等が引き付けてる。組織立った動きだから、多分騎士団とかそう言う連中なんだろうな。装備は鉄でレベルは10から15って所だ。三十人ぐらい居たと思う」
どうにでもなる相手だが、戦闘をすれば後々面倒になるかな?
いっそ視認される前に殴り倒すか? 誰がやったか解らなければ―――いや、オークの所為になるだけか。
今よりオークへの風当たりが強くなっては堂々巡りだ。
「結局、レーヴェがどうしたいかではないですか? 人間と争ってでもオーク達を守りたいのか、オーク達を見捨ててでも人間との融和の可能性に賭けるのか」
フラウさんって時々度胸が凄いですよね。
オークの目の前でそれを言う辺り、尊敬してしまいます。
「…その辺、何か聞いてる奴いるか?」
一瞬ぎょっとしたユークが、周囲に問い掛ける。
だが、周りの冒険者も首を振るばかり。
掲示板で『聖女』に確認してみようか?
「私達がどっち付かずだから、オーク達も信用出来ないのでしょう?」
「……」
フラウの核心を突いた一言と、否定をしないオークの様子から場が静まる。
…言われるまで気付かなかったよ。
確かに、オーク達からすれば信用し切れない。
保護する、守ると言いながら、襲って来る相手と争いたくないと言っているのだから。
それじゃ、ただ周りが勝手に騒いで場を掻き回しているだけだ。
「お前達の手を貸そうと言う気持ちは受け取っておく。だが、我々はここで別れた方がお互いの為だと思う」
……返す言葉も無いな。
ここに来て、まだ俺達はゲーム感覚だったのかもしれない。
救いたい、救う力があると宣いながら、争う覚悟が無いままそれを口にした。
「それで? お前達が守りたい者は守れんのか?」
「守るさ」
「それでさっきやられたんじゃねぇのか!?」
「我等が守りたい者は今も逃げている。一分一秒でもここで耐えれば、それだけ遠くへ逃げられる」
『一分一秒でも』か。
生きて帰るつもりなんてさらさら無い訳だ。
これがこの世界で生きるって事なのか?
言い合っているユークが、一瞬口を閉ざす。
俺の背中から、明らかに怒っているだろう気配を感じる。
「死んでも守るってか? お前らが死んだ後は誰が守る? 次は誰を犠牲にするつもりだ?」
「それは―――」
「お前ら、自分達の命を軽く見過ぎてないか? 守る守ると言いながら、絶対に守り抜く覚悟もねぇ。自分が死んだ後の事なんかロクに考えちゃいねぇだろ!」
「お前に何が解る!? 我等に出来る事など高が知れている! 命ぐらい賭けなければ、何も守れんのだ!」
「それで守った女達は救われるのか!? お前達が死んで悲しまないとでも思ってんのか!? それで守ったって言えんのかよ!?」
ヒートアップした二人が、お互いの胸倉を掴み合い、怒鳴る。
こんな状態なのに、なんか緊張感が無い理由に気付いているだろうか。
「ユーク――――俺に背負われてる事忘れてない? 殴り合ってもいいけど、降りてからにしてよ。頼むから」
耳元で怒鳴るから耳が痛い。
いつ指摘しようかずっと悩んでたよ。
多分、周りの人達も。
はっ、としたユークがいそいそと背中を降りる。
その様子を見守るオークも、なんとも言えない雰囲気だ。
「そもそも難しく考えすぎじゃないの? 15レベルぐらいのが三十人でしょ? 死ぬとか生きるとか大袈裟じゃない?」
わざと軽い調子で言う。
少し冷静になれと言外に込めて、ユークを見つめれば。
「ああ……。まぁ、そうだな」
バツが悪そうに頭を掻くユーク。
事前にギアから聞いていて良かったよ。
お前が本当に怒ってるのはオークにじゃないだろ?
「オーク達を保護しようってのは本当だよ。君達の持つ情報が欲しいからね。それに、そもそも亜人を抱えている俺達が、人間達の国と上手く行くかはかなり怪しい」
黙って聞いていたオークが、ギアやその他の亜人達へ視線を向ける。
「進んで争うつもりは無いけど、向こうが俺達の在り方を否定するならその時はその時さ。俺達に亜人を見捨てるって選択肢は無い」
「…その保証がどこにある?」
「俺はロクト王国って所から来た。そこの王は亜人だよ」
正確には混血だが、まぁ細かく説明する必要もないだろう。
今はとにかく、オークを丸め込む事。
丸め込んだ後の問題は、それこそレーヴェのお偉方に任せればいい。
今の俺達に戦争をする覚悟なんてない。
ゲームの延長上に居る以上、殺し合いなんて御免だと言う気持ちに変化はない。
これは遊びの続き。
「絶対に守りたいなら俺達に付きなよ」
「―――…」
「俺達を敵に回したってどうせ逃げられないんだから、協力した方が得だと思うよ?」
「…君達は何者だ? 何が目的なんだ?」
視界の隅に居るフラウが、俺を見て笑っている。
「俺達は異世界人。この世界に遊びに来たんだ」
◆
621:聖女@癒しの精霊の加護(レーヴェ)
作戦を考えたわ!
ゲーマーの悪ふざけを見せてあげましょう!!
彼等のスタンスが決まったようです。
ふざけた話にするつもりが、書き終わってみればなんか真面目っぽい話になってるから不思議ですよねー…。




