第3話 探索
装備を整え、一度姿見で全体を確認すると、俺は足早に部屋を出る。
「おはようございます」
花のような可憐な笑顔で迎えられる、穏やかな朝。
ここ最近のささやかな幸せだ。
◆
異世界? に来てから一ヶ月。
あれこれ忙しくしている内に、それほどの時間が経っていた。
各国では大型クランが主体となり、周辺の調査を進めている。
それまでに、死を身近に感じたプレイヤーが引きこもり宣言したり、プレイヤーの数を数えてみたら二万人を超えていたりと色々あったわけだけど、今はもう大分混乱も収まっている。
後者に関しては地震発生時にログインしていたプレイヤー全てって事なんだろうけど、今の所、知り合いには会えていない。
こちらには来ていないのかもしれないな。
前者に関しては、各国周辺の魔物が弱い事と、低レベルの冒険者を高レベルプレイヤーがレベリング、教育した事で落ち着いた。
まあ、俺はピーキーなステータス、戦い方をしている所為で余り参考にはならないので、そっちは任せて周辺調査に勤しんでいる。
と言っても、あまり進展してはいない。
何故かと言えば、地形が悪すぎる事が原因だ。
どこへ行っても深い森。
何故だかそこまで暗くないのが救いだが、足場は悪いし見通しも悪い。
マップが無ければ永久に迷い続けるんじゃないかと本気で思う。
まあ、それでも森を抜ければ人里もあるかもしれないわけで……それを見つけて情報収集するのが今の俺達の目的だ。
「よう、相変わらず早いな」
「やあ、クラウス。それにヴィスターも」
「わん!」
街の出口で俺達が待っていたのは、浪人風の男で名前はクラウス。
一緒にいる蒼い狼はヴィスターだ。
クラウスは刀を使う冒険者であり、髪型も恰好も侍を意識した装備で纏められている。
ヴィスターの方は狼…というか、狼型の魔物だ。
クラウスのパートナーでもある。
パートナーの姿はかなり自由が利く為、人型ですらない者も多いのだ。
「おはようございます。ヴィスターは相変わらずふわふわですね」
「自慢の毛並みだからな」
最近知った事だが、フラウは動物が好きらしい。
今日もさっそくと言わんばかりにヴィスターを撫でまわしている。
……ハウスに何か飼ってみてもいいかもしれない。
今日は冒険へ出る為に、白い防具で身を守っている。
それが様になっており、動物と戯れる天使のようだ。
ちなみに、ヴィスターは言葉を喋れないが、クラウスとは意思疎通が可能である。
なんでも、頭の中にイメージや気持ちが流れ込んで来るのだとか。
念話と言うほどはっきりした言葉ではないようだが、それでも不便は無いらしい。
こちらの言葉も解るようで、俺達からの問いかけにも何かしら反応を返してくれる。
「それで、忘れ物は無いな?」
「問題ないよ。昨日フラウとも確認したし」
「遠出になりますからね。忘れ物をしたら大変です」
何の話をしているかと言えば、今日からの調査の話だ。
今までは危険を考慮し、日帰りで行ける所までの調査だった。
だが、成果が何も無い事や周辺の魔物の情報が集まって来た事で、数日掛けての調査へと切り替えたのだ。
これは俺達が決めたというよりは、冒険者ギルドが方針を変えた結果である。
余談だが、ギルドと言えば基本的に冒険者ギルドや商人ギルドなどを示すが、プレイヤー達の集団、グループを指す時はクランと言う呼び方をする。
俺は現在クランには参加していないが、でかい所では千人を超えるクランも存在している。
まぁ、こっちの世界に全員が来ているわけじゃない為に、多少縮小しているだろうが。
ともかく、現在集まった情報は冒険者ギルドへと集中している。
だからこそ、調査方針も冒険者ギルドのマスターと冒険者代表として、大型クランのクランマスターとで練られているわけだ。
ちなみに、危険が無いようにとの事で、プレイヤー二人とそれぞれのパートナーの計四人での行動が義務付けられている。
俺とクラウスがプレイヤー、フラウとヴィスターがパートナー……俺達はこの四人の班で行動しているわけだ。
この班編成にしたのはギルドで、元々知り合いであったとかそう言った仲ではない。
まぁ、クラウスは俺の事を知っていたようだが。
正直に言えば、『二人組を作ってください』とか言われないで心底良かったと安堵したものだ。
「俺達の担当は南西方面だったよね?」
「ああ。まぁ、何があるか解らないのはどこも一緒だし、どこでも変わらない気はするけどな」
軽口を叩きながら、出口の門を通過する。
門番は俺達の顔を知っているようで、入る時も出る時も止められた事は無い。
「お疲れさん」
「通りますね」
「いつもお疲れ様です」
「気をつけてな」
こんな挨拶を交わす程度には気安い関係である。
クラウスはメニューからマップを開いて方角を確認しながら歩いている。
俺はマップこそ開いていないが、視界の右上にあるミニマップを確認している。
方角の表示もあるので、わざわざマップを開かなくてもある程度は解るのである。
以前、フラウにもミニマップが見えるのか確認した事があるが、何の話をしているのかと首を傾げられた。
こう言ったプレイヤー限定のシステムと言うのは結構多いようで、パートナーが知っていると思って話した単語が通じないなどは良くある話である。
「しかし、インベントリが使えるままで良かったな」
「使えなかったら馬車でも引くようだったよ」
俺達の荷物と言えば、精々武器や小物を入れる小さなポーチくらいである。
食糧やキャンプ用品などは持っていない。
というのも、インベントリと言う機能が使えるからだ。
インベントリとは、アイテムを収納出来る機能である。
どんなに重い物だろうが、大きい物だろうが入ってしまうのだ。
そして、メニューを操作すれば手元に出てくるのである。
持てる数は100種類までで、同じ物なら99個までスタック出来る。
今も有志によって研究中であるが、生ものが腐らなかったり、明らかに成長に差がある同種の植物でも、同じ種類に分類されてスタック出来たりと、まだまだ謎が多い。
時間が止まっているのではないかと思って時計を入れてみたが、時間はしっかり進んでいた。
ともあれ便利なのには違いない。
インベントリが無ければ、こんな軽装で冒険など出来るわけがない。
唯一欠点があるとすれば、一々メニューを開く必要がある事か。
どうしても一瞬で出すというわけにはいかないので、回復薬など戦闘中に使う物はポーチの中に入れてある。
補足しておくと、インベントリが使えるのはプレイヤーだけなので、フラウの持ち物は俺が預かっている状態である。
◆
「これで最後ですか?」
フラウの問いに頷いて答える。
今、俺達の足元には猪のような魔物が三匹転がっている。
名前はアクセルボア。
プレイヤーの目には相手のレベルと名前が表示されるのである。
「素材の報酬は半分に分けるとして、取り敢えず俺が持っておくよ」
「ああ、任せる」
クラウスに一声掛けて、アクセルボアへと触れればインベントリに収納される。
本当に便利な機能だ。
「しっかし…なんとも張り合いがないな」
油断するな、と言いたい所だが、クラウスの言う事も最もだ。
俺達のレベルは現在110を超えている。
アクセルボアのレベルは13だ。
よく挑んできたものだと逆に関心してしまう。
ミニマップには敵対者は赤点表示され、味方は青、中立は緑で表示される。
つまり、接近してきた時点で奇襲は看破されるし、その後どうなるかと言えば……まぁ、現状の有様だ。
ミニマップは半径100mほどをカバー出来る為、もっと遠くからの狙撃か、ミニマップすら欺くような擬態でもしない限り、万が一すらも有り得ない。
実際、赤点が接近して来た時点でフラウやヴィスターに伝えれば、俺が剣を振るう間もなく二人に迎撃されていた。
今の所見た魔物では、トレントのレベル16が一番高かった。
まぁ、誤差でしかないか。
そんな程度の魔物しかいないので、張り合いがない、という気持ちも解ると言うものだ。
むしろ方角を間違えないかどうかが最大の敵と言っていいだろう。
そんな訳で、戦闘に関して特筆するべき事は無かった。
飛び出してきた所をヴィスターが横合いからガブリ、残りの二匹をフラウがバッサリ。
フラウが持っているのは両剣と呼ばれる武器で、上下に刃のついた剣である。
連続攻撃や多人数戦を得意とした武器であり、そんな武器を持った相手に突撃すればどうなるか……まぁ、今の猪がいい例だ。
ちなみに防具は白を基調とした軽鎧で、俺の青を基調とした軽鎧と色違いのお揃いとなっている。
「魔物の種類も強さも変わらない。この程度の相手しかいないなら、近くに村の一つでもありそうなもんだけどな」
「森の恵みも得られると考えれば、付近に人は居そうですね。森を抜ければすぐに見つかるかもしれません」
クラウスとフラウのやり取りを聞きながら、尤もだと頷く。
問題は森がどこまで続いているのか、だ。
空を飛べる魔法を使える者や、城の高い所から見渡してみた者が、どこまでも森が続いていたと証言している。
一日二日で外に出られるような場所ではないのだろう。
◆
それから暫く歩き続け日が暮れ始めた頃、そろそろ寝床の確保をしようと話していた所でそれは起こった。
「なんか来てるな」
「またアクセルボアですか?」
「それにしては遅い。新手かな?」
ミニマップに表示された二つの赤。
こちらの敵性体なのは間違いない。
視界に入る前から敵対しているという事は、相手からは俺達が見えているのだろうか。
アクセルボアは音でこちらを感知していた。
だから、2、30mまで近づかなければ赤表示にはならなかった。
では、こいつらは何で感知した?
遠い……50mほど先だろうか。
そこからすでにこちらを認識出来たとしたらちょっと驚きだ。
まぁ、森に入った人に出会うかもしれないって事で、こちらは気配を一切隠していない所為もあるだろうが。
「向こうは気付いてるな。先に仕掛けるか?」
それも手だとは思う。
ただ、赤表示になるのはどんなタイミングか、というのが問題だ。
この辺りはまだよく判断出来ない所だが、攻撃の意思を持つと赤く表示されるのか、もしくは警戒された時点で赤く表示されるのか。
相手は何かを発見して警戒しているだけだとしたら?
もし人であるなら、その可能性もあるだろう。
「向こうが来るまで待とう。三人とも何時でも攻撃出来るように準備しといてね」
「はい」
「わん!」
フラウとヴィスターが同時に声を上げる。
俺はあんまり詳しくないんだが……狼ってわんって鳴くものなんだろうか。
ヴィスターと共に行動していると、段々犬にしか見えなくなってくる。
それはともかく、俺達は警戒しつつも、休憩の準備を始める。
と言っても、戦闘になる可能性もあるので火を焚くぐらいだが。
そうやってのほほんとしていれば、ようやく足音が聞こえて来た。
「来たな」
ヒタ、ヒタ、と接近してくる足音。
……二足歩行か? 本当に人なのかもしれない。
そう思ったのも束の間、木々の間から見えた姿は人のようで、決定的に人とは違った。
「うげ、ゾンビじゃねぇか」
目が窪み、露出した骨に僅かに張り付く腐った肉と皮膚。
グロ画像で慣れていても、現実にこんなものを見せられると嫌悪感が勝る。
「ですが、ゾンビが居たと言う事は人の死体があったと言う事では?」
ゾンビは人の死体に悪い魔力が集まって動き出す、という設定になっている。
であれば、先に死体が無ければゾンビは生まれない。
まぁ、この世界でもそうとは言い切れないが、この辺りに人が踏み入った可能性があるわけだ。
「くぅん?」
だが、ヴィスターは首を傾げながらゾンビを見ている。
何を考えているのか、とクラウスに目を向ければ。
「確かに、アレ人間の死体じゃなさそうだぞ」
「ん?」
俺にはゾンビという名称とLV20という数字が見えている。
だが、よくよく目を凝らして見てみれば。
「あれ? 頭に角がある」
「角のある種族ってなんだろうな。鬼みたいなのがいるのか?」
「オーガ、ではないよな?」
ゲームに存在したオーガは3mを超える巨体であり、目の前のゾンビは少し大きい人と言った程度だ。
あまりにもサイズが違い過ぎる。
「解らんが、そろそろ斬り捨てた方がいいな」
ゾンビはゆっくりと、しかし確実に近づいてきている。
茂みから飛び出すと、俺達に向かって唸り声を上げた。
……攻撃の意思あり、か。
ついでに言えば、意思疎通も出来そうにない。
「じゃぁ、俺が左を――――いや、なんでもない」
今日は全く戦闘していないので、片方ぐらい俺がと思ったのだが。
「ああ、すまん。無防備に寄って来るからつい」
クラウスが刀で二体とも首を撥ねていた。
今日、俺って歩いてただけだなぁ、なんて考えながら、倒れたゾンビに寄って行く。
あまり見たくはないが、ゾンビに会ったのはこれが初めて。
遭遇報告も聞いた事は無い。
「魔物の巣から来たのか?」
「いや、この服、ボロボロだけど鎧の一部じゃないかな? だとすれば、魔物じゃなくて亜人の一種かも」
「冒険者か兵士と言った所でしょうか?」
それぞれ思った事を口にするが、どれも推測にしかならない。
だが、人型の魔物を見つけた事は大きな一歩かもしれない。
「ヴィスター、明日はこのゾンビが来た方角へ進む。お前の鼻でこいつらの臭いを辿って貰えるか?」
「わん!」
ハッハッ、と尻尾を振りながら、ヴィスターは威勢よく声を上げた。
もう犬でいいだろ、これ。




