第26話~第27話 幕間 騎士団長と悩み人
「あら、フラウ。一人なんて珍しいわね」
城門の前に佇むフラウを見て、タニアは声を掛けた。
何時もレイと居る印象が強い所為か、不思議とその様子は目立って見える。
「タニア騎士団長…。レイを迎えに来たのですが、まだ会議中らしくて」
「そうなの? 随分と長引いているのね」
すでに日が傾きかけている。
空に浮いていた時とは違い、夜にはしっかりと暗くなるようになった。
タニアに詳しい事は解らなかったが、浮遊大陸がどう移動していたかを調べれば、日が沈み切らなかった理由も解るだろうと説明された。
「洞窟では色々とありましたし、仕方ないのかもしれませんね」
少しだけ寂しそうに笑うフラウ。
まさか、すでに会議が終わっているとは夢にも思っていない。
今レイを迎えに行けば、彼に死ぬほど感謝される事だろう。
「…フラウ、貴方、何かあった?」
どこか覇気の無い様子が気になり、タニアは問い掛ける。
二人は特別親しいと言う訳ではない。
だが、それでも気に掛けてしまうのはタニアの美徳であり、欠点でもある。
「……タニア騎士団長。私と戦ってくれませんか?」
一瞬言葉に詰まったフラウだったが、意を決してタニアに向き合う。
困惑した表情で固まったタニアは、たっぷりと十秒も間を置いてから了承を返したのだった。
◆
訓練場ではタニアとフラウが剣を合わせている。
最初は単なる訓練かと思っていたが、フラウの攻撃は本気であり、あっという間に激闘へと変貌していた。
もし第三者が見たとしたら、これを殺し合いと感じる者も居るだろう。
「くっ…! ガイアクラッシュ!」
フラウの攻撃を捌き切れず、タニアは体勢を崩す。
追撃に来るフラウを追い返すようにスキルを発動させた。
ガイアクラッシュは、地面へと両手斧を叩きつけ、その衝撃で周囲を攻撃するスキルである。
迫る衝撃波に対し、フラウも冷静にスキルを返す。
「サークルガード」
フラウの両剣がフラウの正面に浮くと、高速回転してフラウの盾になる。
衝撃波はそこで止められ、決定打にはならない。
タニアはフラウから距離を取ると、ハルバードを構え直した。
「……両剣って、読み辛い連続攻撃や複数を相手取るのが得意って認識だったのだけど?」
「私もその認識ですね」
「攻撃を受ける度に体勢を崩すのは何故かしら? ここまでやりにくい相手って初めてよ」
先ほどから、フラウの攻撃を武器で受ける度、足から力が抜ける。
ガク、と体勢が崩れた所でスキルの乱打が襲って来るのだ。
一戦目はそれで秒殺された。
スキルを発動させて体勢を整えようとしたが、続く攻撃が当たった瞬間、更に体勢を崩されスキルがキャンセルされたのである。
初見殺しにもほどがある。
「パッシブ系のEXスキルかしら?」
「……」
フラウの目には感情が感じられない。
戦闘中はここまで冷たい目をするのだなと、タニアは頭の隅で考える。
タニアの知るフラウの目は、暖かく澄んだ水の色。
だが、今向き合っているのは、冷たく鋭利な氷の色だ。
今までレイとは何度も模擬戦をしているが、フラウと戦うのは初めての事。
はっきり言って、ここまで得体の知れない相手とは思っていなかった。
「これ以上続けると、少し本気になってしまうけど…大丈夫?」
「大丈夫です。お願いします」
感情を感じさせない声で、フラウは答える。
タニアとしてはちょっとした確認と忠告。
全力で行っていいのか否か、それが聞きたかったのである。
「なら、遠慮はいらないわね。時間も丁度いいし」
「…時間?」
わずかに片眉を挙げたフラウ。
それに対し、タニアはニコリと笑う。
「ノクティスエンハンス」
タニアがそう呟いた瞬間、ドン、という激しい音とともにタニアが突進して来る。
あっという間に眼前へ迫り、ハルバードの一撃がフラウを捉える。
「ッ!?」
まとも受けたフラウは―――だが、シャッテンシュピールの効果で、攻撃を躱す。
それを見届けたタニアは、改めて距離を取った。
「先にレイと戦ってなければ、その魔法に翻弄されたでしょうね」
「強化系の魔法ですか」
「日が沈んでからしか使えないのよ。だから、使うのは久しぶりだわ」
タニアが加護を受けているのは、夜の精霊。
昼間は弱体化し、夜に強化される魔法が多い。
使うタイミングが限られる魔法が多いが、その分効果は高い。
実際、ノクティスエンハンスはステータスを1.5倍にする魔法であり、固有魔法を抜きにすれば破格の性能と言えた。
「……タニア騎士団長。色彩の精霊とはどのようなものだと思いますか?」
「急な質問ね。絵や芸術に関する精霊じゃないのかしら?」
「私も始めはそう思っていました」
意図が掴めず、タニアはフラウを見つめた。
フラウは己の掌を見つめ、何かを考えるようにして佇んでいる。
何か、ゾクリとしたものが背中を走った。
「ブランク・キャンバス」
世界が割れるようにして崩れ去り、気が付けば頭上に爛々と輝く太陽がある。
先ほど沈んだばかりの太陽が、だ。
「は…!?」
困惑と共に漏れた声に、フラウがクスリと笑う。
慌てて武器を構え直し、そして、ノクティスエンハンスの効果が無くなっている事に気付く。
「まだ、夜には早いですよ?」
◆
「はぁ…はぁ…もう、ここまでにしておきましょう…」
「そう…ですね…」
二人は息も絶え絶えと言った様子で、片膝を付いている。
あれから二時間ほど、全力を出し切って戦った。
お互いに体力も限界である。
EXスキルも固有魔法も使い切り、結果的にフラウが三勝、タニアが二勝で終わった。
「もっと考えるべきだったわ…。あの『狂葬』と一緒に居るんだもの、強いに決まってるのに…」
見上げれば、空はまた夜になっている。
幻のようなものなのだろうが、一時的に昼になったのは間違いない。
何をしたのかまでは解らなかったが、タニアの中で色彩への警戒度は高まっていた。
「…強い? 私がですか?」
「弱いわけないじゃない」
フラフラと立ち上がりながら、タニアはベンチに腰掛ける。
フラウも同じようにして、隣に腰掛けた。
先ほどまでの冷たさが嘘のように、目に温もりを感じる。
タニアとしては、あちらが『本質』でない事を祈るばかりである。
「貴方が弱いなら、騎士団は全員新兵からやり直しよ」
小さく、そうですか、とだけ答え、フラウは押し黙った。
その様子を横目で見ていたタニアは、意を決して問い掛ける。
「それで、何があったの?」
うっ、と言葉を詰まらせ、顔を反らすフラウ。
「…レイの足でも引っ張った?」
「な、なんで解ったんですか?」
冗談のつもりで投げた言葉は、どうやら図星であったらしい。
まさか当たると思っていなかった為、逆にタニアが驚いたぐらいだ。
「冗談のつもりだったのだけど……。もしかして、それで鍛え直そうとしてたって事?」
「はい…その通りです…」
申し訳なさそうな顔で、フラウが答える。
どんな状況ならフラウが足を引っ張るのか考えてみるが、タニアには思い付きそうもなく、早々に諦める。
「とにかく状況を教えてくれる?」
「解りました―――」
そうして聞き出した内容は、事故と呼べるもの。
悪魔に転移させられ、攻撃を受けそうな所をレイに救われた――――しかも、攻撃を受けた所で、例の回避の魔法が掛かっていたと言うのだから、足を引っ張ったという表現も違う気がした。
つまり。
「気にしすぎね」
タニアは割とハッキリ言う性格である。
「でも…」
「もっと堂々となさい。これまで『狂葬』と共に歩んで来たのは貴方よ? 今の『狂葬』があるのも貴方が居たからこそ。自分への過小評価は、レイに対しても失礼よ」
そう言われても、フラウの顔は浮かないままだ。
顔を伏せ、背を丸めている姿は親に叱られた子供のようで、タニアは苦笑する。
「なら言い換えてあげる。貴方は『ロクトの騎士団長』と渡り合ったのよ。『ジュエル持ち』だって、私に勝てたのはほんの一握り。特に、夜の私に勝ったのは数人だけよ」
フラウはきょとんとした顔でタニアを見つめる。
それに笑んで、続けた。
「私が認めてあげる。貴方ほどレイのパートナーに相応しい人はいないわ」
書き溜めていた分はここまでです。
ここから投稿ペースが落ちますが、ご了承ください。
一応は浮遊大陸編とでも言いましょうか、チュートリアル部分が終わった感じになります。
なんとなく登場人物達や、この世界観が伝わっていればいいのですが…。
エンディングまでのストーリーラインは決まっていますが、それを文章にするのがこれほど難しいとは思いませんでした…。
書いている内に寄り道したりと、思っていた以上に遠回りした気がします。
とは言え、システム的な部分は大体説明したので、あとは登場人物達が馬鹿騒ぎしながら冒険するだけ。
そう言ったシーンを書いてる時が一番楽しいです。脱線もし易いですが。
読み難い、解り難い文章かとは思いますが、ここまでお付き合いくださりありがとうございました。
引き続き、お付き合い頂ければ幸いです。
〇ガイアクラッシュ
習得レベル70 両手斧スキル 再使用15分
地面へと武器を叩きつけ、その衝撃で周囲を攻撃するスキル。
STRが高いほど、威力と攻撃範囲に補正が掛かる。
〇サークルガード
習得レベル30 両剣スキル 再使用5分
正面に浮かせた両剣が回転し、盾となって攻撃を防ぐスキル。
VITが高いほど、ダメージ軽減効果に補正が掛かる。
〇ノクティスエンハンス
習得レベル70 夜魔法 消費MP80 効果時間10分 再使用20分 詠唱時間15秒
ステータスを1.5倍にする。
夜にしか使用は出来ない。
〇ブランク・キャンバス
習得レベル90 色彩魔法 使用MP70 効果時間20分 詠唱時間10秒
一時的に世界を任意の形に描き換え、地形や天候の効果を消し去る。
効果時間が過ぎると、元の状態へと戻る。




