第19話~第20話 幕間 あるパートナーの希望
フラウの生まれは、ロクトの西にある小さな漁村だ。
漁師の父と裁縫の得意な母との間に産まれ、二歳年下の弟がいる。
これと言って特筆するような事はなく、極々普通の……『EW』で言えば、比較的平和な日常を送っていたと言える。
フラウの人生が大きく変わったのは十歳の時。
ロクトでは十歳になると精霊の加護を得る為、儀式を受ける。
各地に点在する精霊の森と呼ばれる場所へ赴き、自身と相性のいい精霊から加護を与えられるのだ。
与えられた加護は『色彩』。
芸術家…特に、絵描きに多く加護を与えると言われる精霊である。
それを知った時、フラウは何か芸術に関わる人生を送るものだと思っていた。
だが、村にいた占い師にこんな事を言われ、自分の生き方について考え直すようになった。
『お前は遠い未来、『ジュエル』を授けられし者と旅に出るだろう。今のお前では想像も出来ないほどの途方のない旅に。だが、それはずっと先の未来。お前は守るべき者を守れず、絶望を抱くだろう。しかし…その先にこそお前の求める物がある』
抽象的でよく解らない占いだと思った。
だが、何か感じる物があったのも確か。
それから―――旅に出ても問題ないよう、自身を鍛え始めた。
今なら思う。
あの占い師は、『ジュエル持ち』達の言う『EXスキル』や『固有魔法』と呼ばれる能力で未来を見たのではないかと。
◆
これは夢だ。
何度も見た事がある……夢。
そう認識しながらも、フラウは身体を駆ける悪寒を止められない。
生まれ育った村……見知った場所のはずが、暗く、淀む空によって全く違う場所のように映る。
虚ろな記憶―――だが、見た事のある景色。
(……また、この場所―――)
そして、この後は必ず――――。
空が黒く光る。
天が裂けて行く衝撃。
大地が反転し、重力が消滅した。
己が身が浮き上がり、空に投げ出された。
必死に閉じそうになる眼を開き、正面へと視線を向ければ――――。
「……っ」
強大な存在感に息を飲む。
それはきっと根源的恐怖。
体中を駆け巡る寒気に震えながら、それでも視線は下げない。
目の前に在るのは黒き巨人。
世界を飲み込むほどの巨体が、フラウを睥睨している。
今すぐ逃げ出したい気持ちを押し止めながら、しかし、フラウは決して目を逸らさない。
紅く歪む口が、ゆっくりと孤を描く―――と思えば、唐突にその顎が開かれた。
「くっ……」
口が開かれたと思った途端、その口の中にあらゆる物が飲み込まれて行く。
家族と過ごした家も、よく遊んだ草原も……思い出の品も、友人達も。
これが世界の終わり――――だが、フラウに絶望は無い。
巨大な口がに飲み込まれるかと思われた時、目の前に光が現れる。
その光に手を伸ばせば―――――。
「―ラウ……フラウ?」
目の前には、愛しい人の顔。
今、その金色の瞳には心配の色が伺える。
「……レイ?」
「大丈夫? なんだかうなされていたけど……」
ゆっくりと身を起こし、周囲を見渡せば…そこはリビングのソファ。
本を読んでいたはずだが、どうやら眠ってしまったらしい。
自身に掛けられていたレイの上着を見て、フラウの口元が緩む。
「すみません、転寝してしまったようです」
「そう…」
ほっとしたような表情を浮かべ、レイは立ち上がる。
もう少し傍にいて欲しかったのに…そんな言葉を飲み込みつつ、自分の手にあるレイの服を抱きしめる。
目の前にあったレイの顔―――色白の肌と瑞々しい唇、柔らかな黒髪―――思い出すだけで、込み上げる物がある。
可能ならレイの髪に触れてみたいが、中々触る機会に恵まれない。
「何か悪い夢でも見てた?」
優し気な微笑みを浮かべ、レイが問いかける。
一瞬、意識が別の方へ向かっていたフラウだったが、声を掛けられて意識を戻す。
ああ、そう言えば…そう言いかけて、フラウは首を振る。
「いいえ。――――希望の夢です」
そう、何時だってレイが救ってくれる。
フラウにはそんな確信がある。
だからこそ―――レイを絶対に手放せないのだ。




