第18話~19話 幕間2 『死神』の生き方
ある男がロクトの孤児院を訪れていた。
その男はやや険の強い顔立ちではあるものの、男性的な顔付き、体付きをした、人目を惹く男性であった。
黒いコートを風に揺らしながら建物を見上げる姿には隙が無く、彼が只者ではない事を現している。
彼が訪れた孤児院は、戦いの中で親を失った子供達が多く集う。
魔物との戦いが非常に多い『EW』の世界では、こう言った孤児院はどこの国にも存在していた。
例え自身が死んでも、残された家族は必ず国が守る。
それが当然の世界であるからこそ、彼等は魔物退治に命を懸ける事が出来るのである。
尤も、残された子供にしてみれば不幸でしかないのは変わらないのだが。
男はこの孤児院の女性と言葉を交わす。
そして、子供達の元へと歩み寄って行った。
子供達に囲まれると、険の強い表情が緩み、どこか慈愛を感じるそれへと変わって行く。
彼の名は『ランゼン』。『死神』と呼ばれた冒険者である。
多くの冒険者に恐れられ、第一回精霊祭では撃破数第三位と実績を持つ冒険者でもあった。
第二回精霊祭では大きく順位を下げたものの、それは運が悪かっただけであり、彼の実力が無い訳ではない。
開始から一日と経たず『狂葬』に見つかって撃破されたのであり、倒された時点で400人以上の撃破数を誇っていた事を考えれば、最後まで残れば1000人以上の撃破も不可能ではなかっただろう。
それを理解している冒険者からは、順位を下げたとは言え、決して無視出来ない存在であった。
そんな彼の日課は、この孤児院へ訪れる事。
彼の実績や二つ名を考えれば、孤児院になど無縁のように思われるが、この男は頻繁に顔を出す。
先ほどの女性『ティル』とも顔見知りであり、先ほどのように語り合う姿もよく見られていた。
さて、そんな二人がしていた会話はこのようなものであった。
「…また来たんですか?」
「当然だな」
「子供の教育に悪いので、帰ってください」
「断る」
「貴方を見張らなければいけない私の身にもなってください」
「だが断る!」
「馬鹿みたいな金額を寄付したからって何をしてもいいわけじゃないんですよ?」
「俺が何をすると言うんだ?」
「自分の胸に手を当てて考えてみてください」
「全く心当たりがないな」
と、このように非常に険悪なやり取りである。
もはや語る事などないとばかりに、ランゼンが子供達の元へ向かうのも何時もの事なのだ。
ティルがランゼンを警戒するのには理由がある。
確かに彼はかなりの額を寄付している。
国からの補助金数年分をまとめて寄付したほどだ。
それだけでなく、服や食料も継続して寄付し続けている。
孤児院としては非常に助かる存在であるにも関わらず、何故それほどまでに警戒されているのか。
理由は簡単である。
ランゼンはロリコンであった。
それを踏まえれば当然の対応と言える。
ただし、ランゼンからすれば腑に落ちないものがあった。
確かに彼はロリコンであるものの、決して犯罪者ではない。
無垢な少女達を見守る事こそを幸せとし、彼女等が涙する事を最上の罪とする。
だからこそ、ランゼンが少女達を悲しませるような事をする訳がないのだ。
とは言え、それは本人の言い分であり、周りが警戒するのも当然であろう。
ニコニコと少女達と語らうランゼンを見て、ティルが複雑な表情を浮かべるのは、もはや見慣れた光景であった。
…そう、見慣れた光景なのだ。
何せ、ランゼンは『EW』がゲームだった時代からこれを繰り返しているのだ。
運営会社に対し、孤児院へ寄付させろと要望を出すほどに入れ込んでいた。
ゲーム内の金どころか、現実の金を投入しようとまでした猛者である。
さすがにそれはダメだと、ゲーム内の金で我慢するように運営側から働きかけられると言う、商売としては前代未聞の結果を引き起こしたりもした。
そして、当然の事ながら各国で同じ事をしている。
実態さえ知らなければまるで聖人のような人物であるが、その実態が知れ渡っているので実際にはただの変態扱いである。
プレイヤー達の間でも『死神』と呼ぶより『ロリコン』と呼ばれる事の方が多いほどであった。
さて、彼は確かにロリコンであるが、かと言って男の子に冷たいかと言えばそんな事はない。
男の子に興味などないが、冷たい対応をすれば心優しい少女達が悲しむだろう。
彼はそう考え、孤児院の子供達を平等に扱う。
動機さえ目を瞑れば、彼は理想的な人間と言えた。
動機さえ目を瞑れば。
それが解っているからこそ、ティルも力ずくで帰らせる訳にはいかないのである。
まぁ、力ずくが通じるような半端な相手でもないのだが。
「ランゼンー! 戦い方教えてよ!」
「んー…身体がもっと出来上がってからだな。運動はしてるか?」
「してるよ! 俺が一番足速いんだぜ!」
「ランゼン! 絵本読んでよ!」
「ランゼンだ! 一緒に遊ぼうよ!」
「解った解った。ケーキ買って来たから、まずはみんなで食べよう」
「やったー!」
ここだけ見れば平和的な一幕であり、ティルは大きな溜息を吐くのであった。
◆
ある日の事だった。
ランゼンは朝に弱く、目が覚めていたものの、ベッドの上から動かずにボーっと天井を見つめていた。
いや、正確には朝に弱い訳ではない。
現実の肉体では確かに朝が弱かったのだが、今の身体ではその体質も変わっている。
今までの人生がなんだったのかと言うほど、スッと目が覚めるのである。
故に、こうしてボーっとしているのは習慣のようなものであった。
「ご主人、本当に行くのかい?」
そんな静かな空間に、可愛らしい声が響く。
窓から入って来た小鳥が、ランゼンに話しかけていた。
一見すると不思議な光景であるが、この小鳥はパートナーであり、会話すら可能なタイプの魔物である。
名を『シシー』と言い、白い翼を縁取るように赤い模様が入っている。
「ああ。一応、釘は刺しておかねばな」
「過保護だねぇ」
一度伸びをすると、ランゼンはゆっくりとベッドを降りる。
そんなランゼンを見ながら、シシーは静かに毛繕いする。
「一応、アポイントメントは取って来たよ。尤も、必要性があるかは微妙だけど」
「取っておいて困るものでもないだろう。少なくとも、取らないと文官達が苦労する」
朝早く、シシーは城へと向かい王との謁見を申し入れた。
王としても『死神』の名は知っていたし、何よりランゼンは侯爵である。
特に問題もなく、スムーズに謁見の許可が下りた。
「…爵位がこんな所で役立つとはね」
ランゼンが侯爵になったのは、領地を得られると聞いたからだった。
その領地で孤児院や学校を開き、少女達に尽くす事が彼の目的であったのだ。
結局、学校や孤児院を作るシステムが無く、その計画は失敗したものの、ある意味平和に事が終わったとも言える。
その時のランゼンの落胆は酷いものであったが。
そんな記憶を引っ張り出しつつ呟いたシシーの言葉は、ランゼンへは届かなかった。
◆
「で、何故こうなるんだろうね…」
シシーの目の前ではクェインとランゼンが戦闘を繰り広げていた。
「この前『狂葬』とやれなかったから今度は譲れって言うからよぉ…」
いかにも不満そうなのは、この国の国王でもあるゼペスである。
ここは謁見の間であるのだが、玉座に座らず床に座って酒を飲んでいる。
どうしてこの男が国王と呼ばれているのだろうと思いつつも口には出さず、シシーは目の前の光景に意識を向ける。
「ちっ、やり難い男だ!」
「攻撃が素直過ぎるのさ」
単にレベルの話であれば、クェインに軍配が上がるだろう。
だが、相対しているのは『死神』である。
精霊祭で多くの『ジュエル持ち』を撃破して来た実力者…レベルだけで打ち勝つのは難しい。
「戦闘経験の差が出てるな」
ぽつり、とゼペスが呟く。
現状、ランゼンが戦闘を有利に進めている。
足元は沼に飲まれ、動きを制限しつつ、ランゼンの前では泥で出来たスライムが主を守る。
その後ろから、ランゼンは魔長銃と呼ばれる、所謂ライフルを構えている。
既に状況は決していると言っていい。
「『死神』の前の二つ名は『人狩り』だったか」
ランゼンは冒険者ではあるが、細かく分類するのなら彼の職業は賞金稼ぎである。
罪を犯し、懸賞金を掛けられたプレイヤーを狩り、報酬、所持品、所持金を奪うのが彼の本来のプレイスタイルだ。
故に、人を狩る事に関しては『ジュエル持ち』の中でも屈指の実力を持つ。
彼の戦い方は、事前準備をし、相手を待ち伏せるのが基本である。
沼の精霊の加護を受けているランゼンは、相手の足元を沼に変え、動きを制限する事が出来る。
その上で、物理攻撃、水攻撃、土攻撃を無効化するスライムを呼び出し、盾にする。
このスライムの名は、マッドスライム。
盾としては非常に優秀であるが、攻撃力は全くと言っていいほどに無い。
代わりに、拘束攻撃が可能で相手の足止めと言う意味ではかなりの脅威となる。
そうやって相手を無力化した上で、相手を狩るのが『人狩り』のやり方だ。
「ここまでして王族を追い詰めて、認めさせたい頼みがアレとはね…」
「まぁ、らしいっちゃらしいがな」
ランゼンがこの場に来た時の事を一言で表現するのならば、『衝撃』であった。
謁見の時間になるや否や、彼は謁見の間の扉を蹴破りこう叫んだのだ。
『孤児院の護衛に騎士団を派遣しろ!』
対する蛮族……もとい、王族はなんとも言えない微妙な顔で迎えたのだった。
「まぁ、こっちの国とは上手く行かなそうな気配があるからな。もし面倒になれば子供が狙われる可能性は確かにある」
「それはそうだけど、騎士団の派遣は過保護過ぎると思うけどね……しかも、まだ国すら見つけていないのに」
ランゼンの狙いは何時も通りである。
孤児院…いや、少女達を守る為に良かれと思って暴走中なのだ。
「ただなぁ……騎士団の奴ら、冒険者が出払ってるから街の防衛に回ってるだろ? ロクに戦えないって不満が出ててな。また警備の仕事を増やしたら不貞腐れるぞ、あいつら」
「そんな連中が騎士団名乗ってていいんだろうか…」
ついこの国の根源的疑問に言及してしまうシシーであった。
「――――ぐっ!?」
「お? 決まったか?」
クェインが崩れ落ち、膝を付く。
本人の表情には困惑すら浮かんでいるが、敵を前に膝を付くという事は、つまりそう言う事である。
「な…何が…?」
先ほどまでHPは七割以上あり、まだ長期戦になるかと思っていたクェインだが、ランゼンの一撃を受けた瞬間、HPが1まで減らされた。
「何らかのEXスキルか…?」
「ご名答。詳細は教えてやらんがな」
ふむ、とゼペスが呟く。
「何かの条件で、相手を即死させるスキルか? アレが『死神』の所以なのかね」
「……」
シシーは澄ました顔で聞き流す。
彼女はランゼンのパートナーであり、当然、プレイヤーの情報を漏らす事などない。
だが、シシーの瞳には、僅かに関心の色が見えていた。
ゼペスの言った事は正解である。
ランゼンの持つEXスキル『ファイブカード』は、特定の条件を揃えると相手を即死させる。
今回は手加減攻撃を掛けていたからこそ、HPが1で済んでいるが、そうでなければ今のでクェインは死んでいる。
(さすがロクトの王。一目でそこまで理解するとはね)
ランゼンはチラリとゼペスを見るものの、すぐに興味を失ったようにクェインに視線を戻す。
「勝負ありだ。異論はないな?」
「…悔しいが異議の唱えようがないほどの惨敗だ。ここは素直に認めよう」
フラ付きながらもなんとか立ち上がるクェインを見て、ランゼンが指を鳴らす。
すると、足元に広がっていた沼やマッドスライムが消失した。
「では、孤児院を守るのに国家戦力を総動員して貰おうか」
「騎士団だって言ってただろ。護衛はするが、せめて他の国と接触してからな」
「ぬ…」
一瞬不満そうな顔を浮かべたランゼンに対し、クェインはポーションを飲み干し、続ける。
「あそこのティルは元騎士団員だ。ゴロツキ程度なら彼女一人で十分なんだぞ?」
「少女一人に三十人は護衛を付けてほしいのだが」
「いや、邪魔だろ」
まだ不満を見せるランゼンであったが、国家間の摩擦が強まれば騎士団を派遣すると言う形で落ち着いたようである。
二人が話を進めている間に、ゼペスが瓶に直接口を付け、残りの酒を飲み干す。
先ほどクェインがポーションを飲み干す姿を彷彿とさせ、シシーはクェインは父親似かとどうでもいい事を考えていた。
ゼペスは酒瓶を床に転がすと、ゆらゆらと二人に歩み寄る。
「話は付いたか?」
「え? ああ、まぁ…」
何か不穏な様子に気付いたクェインが、一歩引きながら身構える。
シシーがそっと飛び立ち、ランゼンの肩へと止まり、動向を見守る。
ズン、と重くなった空気と共に、ゼペスは続ける。
「じゃぁ、次は俺の番だな? クェインも鍛え直してやる。まとめて来い」
獰猛な笑みを浮かべた怪物が、目の前に現れた。
●ファイブカード
魔長銃EXスキル パッシブスキル
指定された5カ所に攻撃を当てると相手を即死させる。
相手によって部位が変わる場合があり、意識すると目標部位が赤く表示される。
また、このスキルによる効果は即死耐性を無視し、必ず即死させる。
手加減攻撃は有効。




