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この世界で一緒に。~おかしな奴等と異世界転移~  作者: シシロ
ロクト王国とオーガの里
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第15話~第16話 幕間 『魔刃』と『鬼若』

 スッ、と腰を下ろし、呼吸を整える。

その息は白く、この場がどれほど寒い場所かを物語っていた。


 一面が白く染まる雪山、そこに少女は居た。

 周囲には、レベル11の魔物が八匹。

スノーベアと呼ばれるそれは、現実世界で言う白熊と同じような姿。

違う所と言えば、雪の中に潜り、足元から獲物を狙う事ぐらいだろうか。


「ふぅ……」


 小さく息を吐き、少女は集中する。


 新緑を思わせる髪を首元まで伸ばした、小柄な少女。

可愛らしく見えるその姿とは裏腹に、その紅い眼光は鋭く、見る者を怯ませる。


「ガアアア!!」


 一匹の雄叫びを皮切りに、八匹の魔物が一斉に飛び掛かった。

 対する少女は、瞬時に魔物達に目を滑らせ、そして。


「『円舞脚』」


 左足を軸に、右足を振り回すようにして身体を回転させる。

それと同時に、八匹の魔物は吹き飛ばされ、その場は静寂に包まれた。


「―――……」


 魔物を倒した少女は、だが…どこか不満そうに自分の手を見つめていた。





「そう不服そうな顔をしないで欲しいなぁ」


 モンスターの素材をぶん投げるようにして渡すと、少女は近くのソファに寝そべる。

それを苦笑しながら見送るのは、赤い髪の男性。


 身長は高いがやせ型…雰囲気は落ち着き払い、歳を重ねているかのように感じられるが、その表情はあどけなさを残す。

そんなアンバランスな印象を与えるのは、『魔刃ヴァーサタイル』の二つ名を持つ人物、ビュウである。


「あの熊、もう何匹狩ったと思ってるの?」


 答える少女は不機嫌さを隠さない。

眉間に皺を寄せ、やや低音で発する声からは苛立ちさえ感じられる。


 少女の名前はアヤ。『鬼若デモンフューリア』の二つ名を持つ女性である。


「毛皮が防寒具として優秀なんだよねぇ」


 そう言って、ビュウは喜々として素材と向き合う。


 ここはビュウのハウス内であり、倉庫を改装した作業室である。

様々な機械が所狭しと置かれており、棚には謎の薬品が並べられていた。


 戦闘でも優秀なビュウであるが、その本質は職人である。

ビュウの事を知る人物ならば、今の彼を見て『らしい』と感じる事だろう。


「その内、絶滅するんじゃないの?」

「『EW』だったら有り得ない話だけど…確かに、この世界だとどうなんだろうねぇ」


 『EW』の魔物は、世界の淀みから産まれる。

 世界の淀みとは、過去の大戦の爪痕であるとされている。

その大戦がどんなものであったかは、ゲーム中では語られていなかった。


 世界が変われば常識も変わる。

この世界で魔物が生まれる理由は、今のビュウ達には解らない話だった。


「…別に、どうでもいいや」


 そう言ってアヤはビュウに背を向ける。

 ここで寝るつもりか、と問いかけようとして、ビュウは口を噤んだ。


 元々、素材集めなどビュウ一人でこなせる。

それでもアヤにやらせたのは、彼女が暇そうにしているからである。

否、暇すぎて苛々している、と言った方が正しい。


「―――……そんなに暇かい?」

「すごく」


 少しでもガス抜きになればいいと思ったが、どうやら逆効果であったようだ。

アヤにしては低い声色から、ビュウはそれを悟った。


 アヤがこれほど苛立っている理由は単純だ。

『弱い敵しかいないから』。

ただそれだけである。

 強い者と戦い、勝利の為に努力する―――彼女のスタンスは異世界でも変わらない。

今のアヤは、倒すべき目標を見失っているのだ。


「転移した時、レイがオーメルに居れば良かったんだけどねぇ」

「アンタでもいいんだよ?」

「僕はもう散々相手をしたじゃないか」


 ちなみに、結果はビュウの惨敗であり、それなりに食らい付いたつもりではあるものの、アヤが満足するほどでも無かった。

 ビュウ自身、自分が対人戦に向いているとは思っていない。

アヤから見て熱くなり切れない相手だと自覚しているし、実際、楽しそうに見えるのは戦闘中だけである。

勝敗が決すれば、不完全燃焼のアヤが残るだけだ。


「レイか…こっちの世界に来てるのかなぁ」

「掲示板でレイらしき書き込みは見たよ。多分、ロクトに来てるんじゃないかな」


 ビュウがそう言った後、数秒の沈黙。


 ガバッ、と勢いよく立ち上がると、アヤは言った。


「ロクト行って来る!」

「場所が解らないんだってば」


 キラキラした顔で言う辺り、フラストレーションは限界かもしれない。

ビュウは内心で溜息を吐きつつ、レイの困った顔を思い浮かべていた。


「オーメルにも何人か『二つ名持ち』がいたろ? その人達と戦ってくれば?」

「もう戦った。…で、二度と戦ってくれない」

「君が強すぎるんだよ…」


 『EW』最強のプレイヤーは誰か。

そんな話題は何時でも存在するものだ。

 それぞれ得意不得意があるのだから条件次第で変わる、それが毎回の結論である。


 だが、一対一の近接戦という条件でなら『鬼若』の名を挙げる者は多い。


「オーメルのギルマスは?」

「歳寄りに無理させるなって断られた」


 オーメルの冒険者ギルドは、英雄と呼ばれる人物が取り纏めている。

 しかし、その呼び名は過去のものであり、現在は杖を付いた老人だ。

レベルは120と高レベルであるものの、戦えるかどうかは疑わしい。


「はあああぁぁぁ~~……」

「大きな溜息吐かないでよ……こっちまで気が滅入ってくるじゃないか」

「ロクトどこぉ…? レイに会いたいよぉ…」


 向こうは会いたくないんじゃないかな。

そうは思っても、賢明なビュウは口にしない。

余計な事を口走って、模擬戦の相手をさせられては敵わないのである。


「…『EW』のNPCが意思を持ったって事はさ。他国民でもタニア騎士団長と戦えるのでは…?」


 ハッとした様子で、アヤは言う。

 魔物の素材を捌こうとしていたビュウは、驚いて振り返った。


「え? 今更気付いたの?」

「え!? 気付いてたならなんで教えてくれないの!?」


 今まではゲームのシステム上不可能だったと言うだけ。

レーヴェの国民であるアヤでは、ロクトでの一部のクエストが受けられない。

そしてその一部のクエストというのが、まさにタニアと戦う為の条件なのだ。

 だが、今なら交渉という選択肢が生まれる。

話の持って行き方次第では、十分可能性がある話なのだ。


「なんならロクト王とも戦えるんじゃない? なんか暇してるような話を聞いたよ」

「150レベルと殴り合える…!」


 恋する少女のような顔で、あまりに物騒な事を口走るアヤ。

冷や汗を流しながら、ビュウは無言を貫く。

 一歩間違えば国際問題だ、そう言った所で彼女は止まらない。

余計な事を口走ったと後悔しても、後の祭りである。


「まぁ…これで、レイも君に付き纏われずに済むかな」


 あれこれ言いながらアヤとの模擬戦を避ける友人を思い出し、ビュウは苦笑する。

何故そんなに避けるのかと聞いた時、レイは言った。

『アヤが怖いから』と。

 ここ最近、何度か模擬戦をしたビュウは、その言葉の意味を深く理解する事になった。


「何言ってるの? レイは別だよ」


 対して、アヤは極当然の事のように答える。

 他にぶつかって行く相手がいれば、もうレイには拘らないだろうと思っていたが、どうやら別問題であるようだ。


「ほら、前にレイが言われてたでしょ? 『普段抑圧してるから、気分が高揚した時ブレーキが効かなくなる』って。たまには解放してあげないとね」


 多分、レイからすれば余計なお世話だろう。

そして、それを言い訳に『君が』戦いたいだけだろう。

 ビュウはそのどちらの言葉も飲み込み、心の中で自分に喝采を送った。


「じゃあほら! 早くロクトを探そう!」


 急に元気になったアヤに、ビュウは困った顔を浮かべる。


「その為に防寒具が要るんでしょ? 周辺ぐらいならともかく、遠出するなら防寒対策は必須だよ?」

「ああ…また、熊と戯れる日々が始まる…」


 先ほどまでの元気はどこへやら。

膝から崩れ落ちるアヤを見て、ビュウは『困った子だ』とこぼすのであった。




〇円舞脚

習得レベル30 蹴撃スキル 再使用15分

周囲への円状に対して放つ範囲攻撃スキル。

左足を軸に、右足を一周させるように振り抜く。

周囲には鋭い衝撃波を放ち、範囲内の対象全員へダメージを与える。

AGIが高いほど、威力と範囲に補正が掛かる。

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