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この世界で一緒に。~おかしな奴等と異世界転移~  作者: シシロ
ロクト王国とオーガの里
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第2話 異世界転移

 俺は部屋のアイテムボックスを引っ掻き回しながら、これからの予定に考えを巡らせていた。

室内は太陽の光が差し込んでおり、どこか清浄な雰囲気を醸している。

質素といえるほどにシンプルな家具が、何故か妙に生活感を演出していた。


 目的の品を一通り引っ張り出すと、俺は改めて考える。


「もう少し用意した方がいいか…?」


 本日行われたアップデートで新大陸が追加された事を受けて、冒険の為の準備をしていたのだが。

消耗品が足りないだろうか。

途中で戻ってくるとなると余計な時間が掛かる。

行くならせめて、街が見つかるまでは冒険を続けたいところだ。


「買い出しに行くかな」


 独り言を呟いて、ふと、近くの鏡を見つめる。

 映っているのは俺のアバター。

黒髪に金色の瞳をした、美少年。

そう、美少年だ。

俺の理想の男性像と言えばいいだろうか。

背はそこそこで、スラっとしたスタイルの身体には、しなやかな筋肉が付いている。


 俺自身は、反射神経に優れ運動も得意であった。

それこそ、どんな運動でも学年の上位に居たぐらいには。

何かスポーツの選手になるのもいい、と当時は考えていたし、実際にそれを目指していた時期もある。

だが、大人になって行くにつれて大きな問題に突き当たる。

 

 顕著になってきたのは中学生頃だったか。

周りの成長に対して、俺の身体は小さいままだった。

筋肉も付き難い体質であったのか、筋トレを重ねても華奢なまま…結局、成人しても背は160cmに届かないままだった。


 運動においてそのハンデは大きく足を引っ張り、精々が背の高い選手と並べるという程度でしかなかった。


 競技によってはそれでも活躍出来ただろうと言うのは解っている。

だが、結局は俺自身が折れてしまったのだ。

 唯一得意と言える事が、どうにもならない理由で無意味になってしまう現実に。


 まぁ、生活の為に早々に働かなければならなかったのも理由の一つだが。


 だからこそ、VRゲームに触れた時は歓喜したものだ。

 自身の反射神経を活かせる事、そして肉体と言うハンデが全くの無縁となる事。

…まぁ、そんな理由から、のめり込み過ぎて会社を休んでゲームをしているような状態なわけで。


 そんな事を考えながら、自身の姿を確認する。

…背はもう少し高くても良かったかな。

感覚が狂うかと思ってほどほどにしておいたんだけど。


「はぁ」


 かぶりを振って溜息をつくと、アイテムボックスの蓋を閉じる。

余計な事を考えるより、ゲームを楽しもう。

そう思い直し、自分の部屋を後にしようとした―――その時だった。


 突然、目の前が激しく揺れだし、俺はバランスを崩した。


「地震か?」


 近くの机にしがみ付きながら、俺は辺りを見回す。


 だが、広がるのは不思議な光景だった。

揺れているのは視界だけで、家具や建物が揺れているわけではないらしい。

その証拠に、何かが倒れたり揺れていたりと言った現象が確認出来ない。

VRゲーム内で地震があれば何かしら地形に影響を及ぼすものなのだが、そう言った事は無いようだ。


「画面揺れ…?」


 ゲームの演出で画面が揺れる物はあるが、イベントでも何でもなくこんな事が起こるなど初めてだ。

アップデートに伴うイベントの一種か、もしくはバグだろうか。

そんな考察をしている間に、画面揺れが収まって行く。


 ―――やがて、揺れは止まった。


「なんだったんだ…?」


 警戒しながらゆっくりと立ち上がると、部屋の中を見回す。

やはり、家具が倒れていると言った事は無い。

全く変化が見られない所を見ると、画面だけが揺れていたと言う認識で間違いないようだ。

イベントにしろ、バグにしろゲームの進行に影響が無いなら気にはしないが。


 もう一度異常が無い事を確認すると、俺はドアノブに手を掛けた。





「おはようございます。レイ」


 部屋を出ると、黒い髪の少女が出迎えてくれた。


 彼女はフラウ。

俺のパートナーだ。

腰まで届く黒く長い髪に、海を思わせるような深い蒼の瞳。

細身でありながら、女性らしさを主張した身体。


 俺のアバターが俺の理想の男性像であるなら、彼女は俺の理想の女性像である。

どこか特徴が似通ってしまったのは、作っている人間が同一人物だからだろうか。


「ああ、おはよう」

「本日はどうなさいますか?」


 このやり取りは、ハウスでパートナーと会話すると必ず行われるもの。

何をするのか、そして一緒に行くかどうか。

それを確認する為のものだ。


 ちなみに、ハウスとは精霊からプレイヤーへプレゼントされる家、あるいは拠点と言えるべき場所だ。

ハウスはプレイヤーとパートナーが生活していく場でもある。


「少し買い出しに行って来るよ」

「お供は必要でしょうか?」

「いや、大丈夫。買い物が終わったらすぐ戻るよ」


 そう答えれば、フラウはこう応じる。

『解りました。良い冒険を』と。


「……そうですか。残念です」


 ……あれ?

コメントが変わってる?


 意外な返答が返って来た為に、振り向きかけて立ち止まる。

フラウの様子を伺ってみれば、俺の視線に気づいたのかどこか恥ずかしそうに視線を彷徨わせていた。


 可愛い。

さすが俺の理想の美少女である。

――――じゃなくて、なんだこの反応は。


「……フラウ?」

「あの…えっと……はい…?」


 もじもじとしながら、見上げるようにして視線を向けてくるフラウ。

俺が童貞でなければ間違いなく抱き締めていただろう。

赤面して潤んだ瞳とかご馳走様です。


 まぁ、それはともかく、こんな反応は今まで無かった。

もしかして、アップデートでパートナーのAI周りにも修正が入ったのだろうか。


「……うん。今日も可愛いね」


 俺は今まで彼女が居た事が無い。

だからと言うわけではないが、理想の美少女として作ったフラウに対して恋人のように接している。

まぁ、人目の無いハウスの中でだけだ。

誰かに見られたら俺のゲーム生活が終わる。


 当然、今まではそんな会話に対応していなかったので、敢え無くスルーされていたのだが――――。


「あっ……レイも…素敵です。……とても」


 耳まで真っ赤に染め上げながら、どこか幸せそうに返答するフラウ。

俺の視線に気づいて顔を両手で覆う辺りが愛らしい。


 ……いやいやいや、何だこの反応は!?

俺を殺す気か? 運営良くやった。


 今までのスルーも照れ隠しと思えば悪くなかったが、ここまで反応を返してくれるのは本当に素晴らしい。

何より表情が自然だ。

今までも一応表情はあったのだが、人間と比べるとふとした瞬間に不自然さを感じてしまっていた。

今の所、そんな感じは無い。

実は誰かが操作しているのではないかと疑ってしまうほどだ。

この分だとパートナーのAIに相当手が入っているのだろう。


 その事に気付いた俺は、今日の予定を頭の中で組み立て直す。

連れ歩いて様子を見ようと思ったのだ。


「フラウ……もしよければ、一緒に行かない?」

「…えっと…よろしいのですか?」


 おお、すごいな。


 プレイヤーからの提案に、聞き返す。

会話としてなら別段不思議なものではないが、今までのAIだと提案に対してはスルー…断定か命令でしか動かないのだ。

確認の為に聞き返すなんて事も無かった。


「もちろん。たまにはゆっくりしようか」

「はい!」


 フラウの笑顔を見ながら、今日はもう冒険しなくていいか、などと考えていた。





 フラウと連れ添いながら、市場へとやってきた。

当初の予定を済ませてから、眺めのいい場所にでも行こうかとか内心でデートっぽい事を考えていたのだが。


「市場ってこんな感じだったかな……」

「いつも通りのように思いますが…ふふっ、こうしてレイと二人だと少し違って見えますね」


 照れたように視線を背けながら、フラウは斜め上の返答を返して来る。

どんなAIを積んだらこんな自然な誤解をするのだろう。

俺が言ったのはそういう意味ではなく、この現状について言ったのだけども。


 目の前には活気に満ちた市場がある。

そう、『活気に満ちている』のだ。

元々、NPCの声でそれなりに喧噪はあったのだが、あちこち忙しそうに歩き回っているのは初めて見る。

少なくとも、今までは必ず店に人が立っていたし、歩き回るNPCだって同じルートを歩いていた。

 それが、今目の前では開店途中なのか準備中の店もあれば、店主が店を清掃している姿などが見られる。

仕入れの業者なのか、忙しそうにしている姿や値切っているNPCなど、実在している人間のように振舞っていた。


 これもアップデートの影響? いや、こんな大がかりなら事前情報ぐらい出てそうなもんだけど。

AI周りに少し調整が入るとは聞いていたが、戦闘時のアクション追加とかその程度だったはず。


「おお、レイとフラウじゃないか。二人連れ立って買い物なんて珍しいな」


 通りかかった屋台の主人に声を掛けられる。

どうも、彼は俺の事を知っているらしい。

というか、買い物はほぼ俺だけで来ている事も把握しているようだ。


「デートかい? おまけしてやるから何か買っていけよ!」

「あ、うん。じゃぁ―――――?」


 歩きながら食べられるものでも、と考えて視界に広がったメニューを凝視する。

買える品物がメニューに表示されていて、それは今まで通りだ。


 だが、準備中、注文受付中など今までに無かった表示が増えている。

買い物をする際、品物があれば買える。

品物が無ければ表示されない。

ゲーム内時間で入荷の時間が決まっており、その個数も決まっている。

もし売り切れてしまえば表示自体が消えるのだ。


「……海鮮焼き団子は売り切れですか?」

「ああ、なんか材料の入荷が遅れててな。今は置いてないぜ」


 準備中はこれか。

注文受付中は言われてから作る、ってところかな。

ここまでリアルにしたのか?

品物が無いのはともかく、買い物をするのに時間が掛かるのは面倒だな。


「ロクトポテトのベーコン巻きで。フラウはどうする?」

「同じものでお願いします」

「あいよ」


 ロクトポテトのベーコン焼きとは、ロクトで取れるじゃが芋のような野菜を細長く切ったものにベーコンを巻き付けてカリカリに焼いた食べ物。

ご丁寧に串に刺してある為に、フランクフルトの感覚で食べられる代物だ。


 余談だが、ゲームのシステムとして食事をするとステータスに補正が入り、ロクトポテトのベーコン焼きはAGIに上昇効果があったりする。

味も感じられるようになっており、ちゃんと食事をしている感覚があるのだ。

当然、実際の空腹が満たされるなんて事は無いけれど。


「お代は、二人で1000ゴールドでいいぜ」

「え?」

「まけてやるって言ったろ? 今後ともご贔屓に、ってな!」


 ロクトポテトのベーコン焼きは一つ600ゴールド。

二人で1200ゴールドのはずが、1000ゴールド。

このゲームに値切ったり金額をまけてくれるなんてシステムは無い。


「あ、ああ。ありがとうございます」


 おかしい。

さすがにおかしいだろ、これ。


 横へチラリと視線を向ければ、フラウが微笑みかけてくれる。

世界一可愛い―――じゃない。

どうも、パートナーを含めてNPCの反応が変だ。

ここまでリアルになるものか?


「さすがにおかしくねぇか?」


 全くだ。

ふと聞こえてきた言葉に、内心同意しながら振り返る。

市場の片隅で三人の男性が話し込んでいるようだ。

頭の上には名前と宝石の表示。


 このゲームは一定距離に居る人物の名前が、その人の頭上に表示される。

そして、名前の頭に宝石のマークがついている人がいる。

これはジュエルを現しており、ジュエルとはプレイヤーのみが持つ秘宝。

つまり、プレイヤーである事を現している。


 ちなみに、色は三段階あり、初心者は青、中級者は緑、上級者は赤となる。

これはプレイ時間に左右されるもので、実際のレベルなどは関係ない。

ついでに言えば任意で変えられるものなので、ずっと青のままの人も居る程度のものであり、俺自身も変えるのが面倒で青のままになっている。


 目の前に居る三人は赤い宝石だ。

それぞれ槍、剣と盾、弓を持った冒険者で、弓の冒険者はエルフ、他の二人は人間のようだ。


「まるで実際の人間が操作してるみたいだ。さっきの地震から急にこうなったぞ」

「なんだろうな。彼らは俺たちの事を良く知っているような反応をするし…」

「自分で考えて行動してるように見えるな……」


 どうやら、彼らも俺と同じ疑問を抱いたらしい。

少し情報が欲しいし、接触してみるか。


 フラウには悪いが、少し待っていてもらうよう伝える。

彼女は素直に頷くと、近くの露店を見始めた。

……本当に人間のような動きをする。

一緒に聞きに行ってもいいのだが、彼女も関わる以上、少し様子を見るべきだと考えたのだ。


「すみません、プレイヤーの方ですよね?」

「ん? ああ、そうだけど……」

「この状況の話をしていたみたいなので、俺にも聞かせてもらえませんか?」


 一瞬顔を見合わせた三人だったが、俺の頭上を見た後、小さく笑って了承してくれた。


「レイさんね。『狂葬マッド・ベリアル』の」

「あぁ……その……」


 どうやら俺の事を知っているらしい。

どこか不憫そうな顔で聞いてくる辺り、二つ名持ちの扱われ方もよく知っているようだ。


 このゲームではプレイヤーに二つ名が与えられる事がある。

二つ名を考え、与えるのは運営だ。

何かしらの行動、戦果に対してわざわざ運営が考えて、二つ名をつける。

これはユーザー全員に告知する形で広められる。


 だが、二つ名自体がちょっと痛々しいのに、付けてくる名前も痛々しい為に、ユーザー達からは嘲笑と共に呼ばれるのだ。


 ちなみに、俺は狂葬さん(笑)とかマッド・ベリアル(笑)とか好き放題言われている。

だから可能な限り隠したいのだが、さっき言った通り、アバターの頭上には名前が表示される。

二つ名持ちは、ご丁寧にも名前の前に二つ名が表示されるのだ。

しかも消せない。

解りやすくオレンジ色で表示されると言うオマケつき。


 複数二つ名を持つと、表示させる二つ名を選べるのだが、それでも消す事だけは出来ない。

何かしら表示させていないとダメなのだ。

二つ名持ちから消させろとの要望が何度も出されているが、運営側は二つ名を消させるつもりが一切無いらしい。


「ああ、ごめんごめん。悪気は無かったんだ」

「いえ、さすがに慣れてるので。それでこの状況ですけど…」


 適当に受け流し、話を促す。

俺の二つ名など、今はどうでもいいのだ。


「見ての通りさ。市場の住民がやたらとリアルになってる」

「市場だけですか?」

「いや、解らないな。俺たちはずっとここに居たから」


 リーダーなのか、槍を持った銀髪の男性が受け答えをしてくれる。

彼の名前はグレンと言うらしい。

剣と盾を持った赤髪の男性がロイド。

弓を持ったエルフの男性がメリオだ。

頭上に名前が出ているのは自己紹介の必要が無くて非常に楽だ。


他の二人はメニュー画面を開いて、何かを調べているようだ。


「さっき地震があって、その直後からこんな感じだよ。その前は今まで通りだったのに……」


 そんな急に?

何かしらゲームであったのなら運営から連絡が来ているはず。

二人が見ているのはそれか?


 俺もメニュー画面を開き、運営情報を確認する。

空中にメニュー画面が浮かび上がり、視線だけでそれを操作する。

だが、欲しい情報は無さそうだ。


「運営からの告知は無いですね」

「それだけじゃないな。通報も出来ない」


 メニュー画面を開いていたロイドさんが補足してくれた。

俺も確認してみるが、彼の言う通り通報のボタンが存在しない。

仕様が変わったのか?


「実はここの住民だけじゃなくて、パートナーもこんな感じなんですよ」

「マジか。NPCが全員こうなってるのかな?」

「なぁ……ログアウトの表示が消えてるんだけど……」

「……え?」


 今まで黙っていたメリオさんが呟く。

一瞬呆気に取られてしまったものの、すぐにメニュー画面を確認する。


 …確かに消えている。

これ、どうやってログアウトするんだ?


「ちょっと待て。大丈夫か、これ?」

「リアルの身体に何かあれば強制ログアウトされる。最悪はそれを待つしか無いけど…」


 VRサポーター『Synchrotronシンクロトロン』には使用者の健康を守る為の配慮が為されている。

その一つに、現実の身体に何かあった場合、強制的にログアウトさせる機能が存在する。


 例えば空腹や睡眠不足などの生理現象や、現実の身体に誰かが触れた場合だ。

なので永久にゲームの中に閉じ込められるなんて事は無いのだが、自身でログアウト出来ないのは不便でしかない。


 しかも、運営に通報出来ないと言う事はこの現状を伝える事も出来ないと言う事。

面倒な事になって来たな。


「精霊機からも通報出来ないのかな?」


 メリオの言葉に、少し思案する。


 精霊機とは、ゲームの中で使えるパソコンのような機器だ。

ハウスの中にあり、そこで運営情報や掲示板の閲覧、ゲーム中に録画した動画の再生などが出来る。

ちなみに運営情報の画面からは通報も出来る。

メリオが言っているのはそれの事だろう。


「なら、一度戻ってみるか」

「なぁ…なんか騒がしくねぇか?」


 話がまとまり始めた所で、ロイドが呟く。

彼の方に目を向ければ、どこか遠く……城壁の方を見つめていた。


「……なんか騒いでるな。衛兵達も集まってるみたいだ」


 ロイドのように異常を感じたのだろう。

プレイヤー達だけでなく、NPCも城壁の方へ向かって行く。


「なんだろうな」

「俺達も行ってみようぜ」


 ロイドの言葉に従い、フラウを伴って城壁へと向かった。





「なんだ、これは」


 グレンが、絞り出すように呟く。

だが、答えられる者など誰もいない。

それなりの大人数が集まっているのに、しん、と静まり返っているのが、それぞれの混乱を表しているようだ。


「森…?」


 俺が今いるこの国はロクトと呼ばれる大国で、騎士の国と呼ばれている。

詳細は省くが、個人個人の武力に優れた国であり、また力を磨く事を是とする国でもある。

地形としては北は断崖絶壁、西は海、南には草原が広がり、東には山岳がある。


 つまり。


「周辺一帯が森になってる…」


 そう、本来ロクトの周りに森などないのだ。

しかも、随分と深い…森と言うより樹海と言った方が正しいかもしれない。

木々が視界を塞ぎ、遠くを見通せない。


 アップデート情報に、地形の変化などは一切無かった。

だが、明らかに周辺の様子が変わっている。


 これは一体何事だ? 何が起こっている?


「……これは……一体、どうなってる?」

「どうした?」


 メリオとグレンの会話が、妙に耳に残る。

辺りが静まり返っている所為だろうか。


 メニューを開いていたメリオが、何かを見つけたようだ。


「マップが表示されない」

「は?」

「自分が居る地域の名前も聞いた事が無い場所だ」


 メニューからマップを開くと、自分の通った場所周辺は明るく表示される。

ロクト周辺は今まで幾度も通った場所だ。

この辺りで踏破していない場所など無いし、本来なら明るく表示されているはず。


 実際に開いて見たマップには街の中だけしか表示されておらず、外は真っ黒……つまり、踏破していない地帯として表示されている。

また、マップの左上には地域の名前も表示されているのだが。


「アグレシアの樹海……? 聞いた事無いな」


 本来なら俺が見ている南側はウォルト平原と呼ばれる場所だ。

だが、目の前の景色もマップの情報も、そこが別の場所だと訴えている。


「……なんなんだ、これは」


 ロイドの言葉が、ここに居る全員の思いを体現していた。





 あの後、グレン達と別れ、精霊機を確認すると言う事で一致した。

今現在、ハウスに戻ってきており、自室で掲示板を確認している。


 ちなみに、運営情報には接続出来ず、当然通報も出来なかった。

フラウを振り回して申し訳ないが、今は状況確認が先だと、掲示板で情報を集めている。

見てみれば、異常に気付いた人も大勢いるらしく、様々なやり取りが為されていた。


「……う~ん」


 ざっと目を通し、現状を整理する。


 ゲーム上、大国と呼ばれていた三国、騎士の国ロクト、魔法の国メフィーリア、技術の国レーヴェ……そして、三国が協力して作った、大陸中央にある交易都市、オーメル。

その三つの国と一つの街が、見知らぬ土地に移動しているようだ。


 書かれている内容を見るに、あの地震の後、突然地形が変わったそうだ。

グレン達が言っていたNPCの変化と同じタイミングだ。

起点はあの地震……ただし、原因と結果の繋がりが解らない。


 何が起きて、何故こうなっているのか。

このタイミングで運営とやり取り出来ないというのも作為的な物を感じる。


 NPCの変化に触れている者も多く、現在のAI技術を例に挙げて、不自然と指摘する者も居た。

ログアウト出来ない事についても記されている。

今の所、現実に戻る方法は見つかっていないようだ。


 気になる事は他にも多いが、何より目を引いた事がある。

HPが0になったプレイヤーが動かない、と。

地震後すぐにやられたようで、パートナーが連れ帰って来たそうだ。


 通常、戦闘不能になったプレイヤーはハウスへと戻される。

設定としてはパートナーが連れ帰っている事になっているが、瞬時にハウスに戻れるのは、あくまで設定でありゲームだからこそである。

パートナーが戦闘不能の状態でも戻れるのはご愛敬だろう。


 だが、この件に関しては話が違う。

戦闘不能になったプレイヤーを、実際にパートナーが連れ帰って来たのだ。

そういう仕様にする理由も解らないし、何より戦闘不能状態のプレイヤーが動かないというのが問題だ。

近くのプレイヤーが回復を試みてみたり、声を掛けたりと色々しているらしいが、全くの無反応。

それどころか……どんどん冷たくなっているそうだ。


 まるで本当に……。


 ふと、誰かのコメントが目に入った。


『これ、本当にゲームか? 現実じゃないよな?』


 このコメントを機に、掲示板のコメントが止まる。

そんな馬鹿な、と思う反面…否定しきれない思いがある。

それ所か、もしかしたら、と予想していた者も居たのだろう。


 答えを出せないまま、俺は天を仰ぐ。


 この日から、俺達の生活は激変した。




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