第14話 レイの授業・前編
「実地で教えようかとも思ったんだけど、ノノの場合は本当に基本から教えた方が良さそうだからね。簡単な座学から初めていこう」
本題に入る前の口上としてそれっぽい事を言いつつ、目の前に並ぶ顔ぶれに視線を向ける。
ここは俺とフラウのハウスであり、仮の教室となっているのはリビングである。
元々二人用のハウスなので、それほど広い訳ではない。
――――――つまり。
「狭くない!?」
「七人いるからな」
ノノの叫びに、フドウが同調する。
現在、俺、フラウ、ノノの他に、フドウ、ガロウ、アサカ、ヴィスターがいる。
正確に言うのなら六人と一匹だ。
「こ、この人達、誰!?」
「あー、そうだよね、そこからだよね」
ノノとオーガ達が顔を合わせたのは、以前の宴会の時だけだ。
顔ぐらい見ているかもしれないが、ノノはすぐに泥酔状態に陥っていた。
酔っている間の事を聞いてみても記憶に無いようである。
オーガの里の人間を覚えていないとしても、致し方ない所であった。
……ちなみに、二日酔いに苦しめられていたノノだったが、試しに万能薬を飲ませてみたら瞬時に治った。
二日酔いは状態異常だったらしい。
俺がフドウ達の事を説明すると、ノノも礼儀正しく自己紹介をしてくれた。
その間、フラウはひたすらにヴィスターを撫でまわしていたが。
「それで、何故オーガの人達がここに?」
平静を取り戻したノノの問いに対し、俺も首を捻る。
呼び鈴を鳴らされたので出てみれば、外に彼等が立っていたのだ。
どうして家を知っているのかすら解らない。
「アサカがフラウ君に新人冒険者に対して座学を行うと聞いてきてな。俺達もクラウス君から教えを乞う中で、戦いの知識が欠けていると痛感していたんだ。ならば丁度良いとお邪魔させて貰った」
うん、事前に確認しようね。
来るって解ってたら場所変えたからね?
「まぁ、狭くてもいいならいいけど…。ただ、最初に注意しておくよ。俺がこれから教えるのは『EW』での基礎、基本になる。こちらの世界では事情も変わってくる可能性があるからね?」
「ふむ…だが、お前達の世界の基本とは言え、それさえ出来ていれば応用が利く、とも言えるな」
フドウの言葉に頷いてみせる。
基本部分が固まっていれば、後は考え方の話。
見知らぬ魔法を使われた所で、似た魔法の対処法を知っていればなんとかなったりするものだ。
逆に、基本的な部分が解っていなければ……訓練場で戦った新人達がいい例だ。
「それに、ノノの場合は自分の事を知る所から始めた方が良さそうだしね」
「自分の事?」
「そうだよ。まずは簡単な所から始めようか」
手元にあったカップに口を付け、いつものコーヒーで舌を湿らす。
本当は人に教えるのなんて苦手なんだけど…まぁ、なんとかやらないとね。
「俺達『EW』の人間には、『スキル』と『魔法』が存在する。これをどう使って行くかが重要になって来るんだけど…スキルがどんなものかは解ってるかな?」
「えっと…スキルとは武器によって扱えるようになる…ええと………」
ノノに問いかければ、彼女は悩みながらもなんとか答えようとしてくれる。
別に意地悪したいわけじゃないし、残りは俺が引き継ごうか。
「表現が難しいよね。『スキル』は一定のレベルになると覚える一種の型、とでも言えばいいかな。能力さえ足りていれば誰でも自然に使えるようになるんだよ」
「レイも片手剣使ってるよね? レイも『アクセルスラッシュ』が使えるの?」
「使えるよ。普段は片手剣を使ってない人でも、レベルさえ足りていれば使える。そういう物なんだ」
アクセルスラッシュはレベル10で覚えるスキルだ。
逆に言えば、レベル10以上の者なら誰でも使える。
仮に、レベル100の人間が初めて片手剣を装備したとしても使えてしまうのである。
技量だの武器に慣れているかどうかは全く関係が無い。
使用条件はただ、レベル10以上で片手剣を装備している事のみ。
不自然この上ないが、ゲームシステムを引き継いだ結果なのだろう。
「一つ聞かせてほしい。そもそもレベルとはなんだ?」
ガロウに言われて暫し考える。
NPCにはレベルが見えていないのは知っていたが、この世界の住民にも見えていないのか。
よくよく考えてみれば、ドウザンやアサカがクラウスに挑んだ事もある。
レベルが見えていれば試すような真似は必要なかったはずなのだ。
「レベルって言うのは俺みたいな『ジュエル持ち』が持っている―――能力とでも言えばいいかな。相手の強さを数値化したものなんだ。……いや、強さと言っても色々種類があるけど、俺達に見えるのは『肉体の強さ』、かな」
実際、プレイヤー自身の技量や、持っているスキルなどは換算されない。
100レベルに対抗出来るスキルを持っていたとしても、レベルが50なら50と表示されるのだ。
レベルで変わるのがステータスと考えれば、肉体の強さと表現するのが正しい気がする。
「それは便利だな。我等は幾つなんだ?」
「フドウが30、ガロウが28、アサカが25、ノノは14だね」
オーガの里でクラウスにでも鍛えられたのか、オーガ組はレベルが上がっている。
この短期間でこれだけ上がっているのなら、それなりに濃い訓練を行ったのだろう。
「と言われても、基準が解らんな。レイ達はどうなんだ?」
「俺とフラウが112、ヴィスターが113だね。ヒュドラやバシリスクは40だったよ」
周辺の調査を行っていた時は四人とも同レベルだったのだが、俺とフラウがロクトへ戻っている間に、ヴィスターは何かしらの経験を得ていたのだろう。
「はぁ…強いとは思っていたけど、そこまで差があったのね」
「お前達からすればヒュドラもバシリスクも雑魚でしかなかったわけだ」
まぁ、そういう事。
とは言え、レベルが低いからって油断は出来ないけどね。
一度咳払いし、話を戻す。
「さて、スキルを使う上での注意点。まずはリキャストタイムが存在する為に、連続使用は出来ない。このリキャストタイムはスキルによって違うから、ちゃんと把握しておく事」
「スキルによって違うの?」
「基本的に、強力なスキルほど再使用までが長いと思っていい。EXスキルになって来ると一日一回なんてものもある」
「そんなに!?」
俺はそこまでのを持っていないが、フラウが持ってるんだよね。
まぁ、フラウのは固有魔法の方だけど。
その分、馬鹿みたいに強力で、日に一度と言うのも頷ける。
それとなく視線だけ向けてみると、フラウと目が合う。
自分の事を言っていると気付いたのだろう。
ニコリ、と笑う姿に癒された所で、話を戻す。
「それと、スキルは非常に強力な攻撃だけど、モーション……攻撃は特定の動きをするようになる」
「あ、それは解る。なんか自然と決まった動きをするよね」
スキルを使用するとオートモーションになるのはNPCも変わらない。
このオートモーション、メリットとデメリットがはっきりと存在する。
「そう、自然と、『同じ動き』をする。つまり、読まれやすいって事だよ」
「え?」
「動きを知っている人間からすれば、これが来る、あれが来るってバレてしまうのさ。高レベルの人相手なら、まず当たらないだろうね」
魔物も知恵がある相手だとどうだろうか。
ゲームなら知恵があるとされていても、所詮はAI…特に問題なくスキルが当たった。
こちらの世界では実際に思考していると考えれば…避けられる可能性は高いかもしれない。
「じゃ、じゃあ…スキルって役に立たない…?」
「いいや。強力なのは事実だしね。当てるには、フェイントを入れる、態勢を崩す、虚を突く、自由を奪う、視界を潰す……工夫次第でやりようは幾らでもある。人との戦闘は極論、どうやってスキルを当てるかの勝負だよ」
実際、スキルの威力は高い。
それに、ステータスによって威力や範囲など、様々な部分に補正が掛かる。
例えば俺なら、STRの補正を受けるスキルを使うと驚くほどの威力が出たりする訳で。
そんなスキルを無駄にしておくなど以ての外である。
「それに、同じ動きをするってのは悪い事だけじゃないよ。態勢を崩された時に使えば、強制的に態勢を整える事も出来るし、何より…空中で発動すれば宙に浮いていても態勢を整えられるんだ」
これ、かなり卑怯だと思うけど。
ゲームなら解るけど、現実になった時点で有り得ない動きをしてるとしか表現出来ない。
周りから見てると気味の悪い動きしてるんだよね、あれ…。
「えっと、つまり…」
「スキルが使えるだけじゃ意味がないんだ。ちゃんと使いこなせるようになろうね」
「なるほど。解った」
素直でよろしい。
ノノは教えるのが楽でいい。
ゲーム時代は俺も人に物を教えた事もあったけど…中々、こういう事は難しい。
特に、俺は感覚で戦う部分が多い。
その感覚を伝えようと言葉を尽くしても、中々理解が得られないものだ。
俺の教え方が下手なのもあるだろうけど。
「さて、次は魔法についてかな。スキルと同じく、こちらも俺達にとっての武器だね。魔法についてはどのぐらい知ってる?」
「精霊様から与えられた加護によって使えるようになるもので、加護によって使える魔法が変わる。それと、使うにはMPを消費する……ぐらいしか」
俺が問いかければ、ノノは考えながら答える。
少し自信はなさそうだけど。
本当に大まかにしか解っていないようだ。
「そうだね。細かく言えば、MP消費は使う魔法によって変わる。使用するには詠唱が必要で、リキャストタイムが存在する為に連続使用は出来ない」
まぁ、一部例外も居るけどね。
本当に例外中の例外だけど。
「精霊によって覚える魔法が変わるから、これに関してはあまりアドバイス出来ないんだよね。魔法がどう言う物か理解して、効果的に使う事。意外な使い方が出来る魔法って言うのも珍しくないから」
トリックアートなんかがいい例だ。
あれは周辺の色を変え、見える景色を変える魔法。
本来は自分の姿を消す魔法ではないのだ。
他に説明するべき事と言えば、発動待機と言うシステムがある。
これに関しては直接使わせてみた方がいいだろうと、今回は説明を見送る。
「レイは何の精霊に加護を貰ったの?」
「それは秘密。ノノも隠すんだよ? 精霊の事を知られると、どんな魔法を使うか予想されてしまうから」
例えば、火の精霊なんかは人気だけど、火属性の攻撃魔法を使ってくるなんて簡単に予想出来てしまう。
火の耐性を高めるだけで、ある程度危険性を下げられる訳だ。
フドウ達の目があるからこう言ったけど、ノノは前に星の精霊から加護を受けたって言ってたから、何の加護かは知ってるんだけどね。
星の精霊って言えば、光の精霊に属しながら土の精霊の性質を持っているんだったかな。
星って言われても、何が出来るかあんまり想像出来ないけど。
隕石とか落とせそうだけど、隕石の精霊は他にいるから全く違う魔法を使うかもしれない。
よく言われる事だけど、名前から何が得意か解らない精霊ってのは非常にやりにくい。
「手の内は隠す、だよね? そんな話は聞いた事があるよ」
よろしい。
相手に対策を立てさせないって言うのは非常に重要な事なのだ。
まぁ、精霊祭に参加すると守護精霊毎に陣営が別れるから、そこで目立った奴はみんなに知られてる訳だけど。
「その精霊について聞いてみたかったんだが、俺達も加護とやらを受けられるのか?」
ふむふむと何かを考えていたガロウが、質問を投げかけて来た。
……実際どうなんだろうね。
少なくとも、精霊が見つからない今は無理だと思うけど。
「精霊が居れば可能性はあるけど、どこに居るか解らないんだ。俺達が魔法を使えるって事はこちらの世界には来ているはずなんだけど」
俺達の使う魔法は精霊由来の魔法だ。
それが使えていると言う事が、精霊がこちらの世界に来ている事の証明でもある。
「そうか…。俺達も加護を受ければ魔法が使えるかと思ったんだが」
「魔法、使えないの?」
「あぁ…どうもオーガに魔法は相性が悪いらしいのだ。使える者は殆どいない。時々使える者もいるが、本当に稀だ」
残念そうなガロウに疑問を投げかけてみれば、フドウが補足してくれた。
まぁ、見ていても魔法を使うイメージはない。
とは言え、オーガの性質を考えれば強化魔法なんかは有用だろう。
「そんな訳だから、一度使ってみたいと思ってな」
「へぇ……まぁ、精霊と交信出来たら聞いてみるよ」
こっちから話しかける方法は知らないけど。
でも……それって、この世界にも魔法があるって事だよな。
俺達はこの世界の魔法を使えるんだろうか?
ガロウ達に聞いても解らないだろうけど、他の種族に会ったら教えて貰うのもいいな。
「最悪、アイテムで代用してみるって手もあるけどね」
「アイテム?」
インベントリから薬品を出し、テーブルに並べていく。
出したアイテムは回復ポーション、強化ポーション、攻撃ポーション。
回復ポーションは文字通り、HPやMPを回復するアイテムだ。
『EW』の冒険者なら、まず間違いなく持ち歩いている必需品である。
強化ポーションは一定時間特定の能力を底上げするポーションだ。
ステータス上昇魔法のアイテム版とでも言えばいいか。
そう言った補助魔法が使えない者なら、大抵持ち歩いている代物だ。
効果量はそれほどでもないが、無いよりは遥かにいい。
最後に攻撃ポーション。
これは、投げつけると属性が付与された爆発が起きる。
『EW』にはスライムと言った、物理攻撃が全く効かない魔物が存在する。
なので、攻撃魔法が使えないプレイヤーはこのアイテムを使用して戦う事になる。
まぁ、大体のプレイヤーはそもそも戦わないようにするのだが。
俺も、万一そんな相手に出会った時の為に、一応持ち歩いているというだけだ。
「すごいな。お前達の世界にはこんなものがあるのか」
「錬金術ギルドで売ってるよ。他にも色々あるから今度見てみるといい」
以前クラウスがやっていた鍛冶と同じく、錬金術や建設など、幾つもの生産スキルが存在する。
錬金術とは薬品などのアイテムを生産するスキルだ。
冒険に有用なスキルなので、錬金術を扱える冒険者は多い。
俺も簡単な薬品ぐらいなら作れる。
……とは言え、俺達プレイヤーの生産スキルは少々特殊らしく、技能レベルと素材さえ足りてれば数秒で作成出来る。
NPCは普通に作らなければならないので、ノノやオーガ達にはお勧めしないけど。
「スキルと魔法についてはそれぐらいにして。俺達にとっての切り札、EXスキルと固有魔法について」
一番重要な話とも言えるか。
これについては本当に取り扱いに気を付けて貰わないといけない。
「レベル50になった時に使えるようになる力で、その人によって覚える物が変わる、とても強力な武器だよ」
「切り札か。そんなに強いのか?」
喜々として尋ねるのはフドウだ。
いや、アンタらが使えるかは知らないけどね。
少なくとも『EW』からの転移者は使えるだろうけど。
「覚える物がそれぞれ違うから、強さの方向性は違う。でもまぁ……劣勢が一発で優勢になるぐらいの代物だよ」
以前ケインが使っていたEXスキル『波濤』を見れば解るが、その性能は様々だ。
あれも敵に囲まれた状況では非常に有用なスキルと言える。
二十メートルほどの攻撃範囲を得る上に、継続効果。
あの時のユークの言が本当なら、攻撃力も上昇しているらしい。
使い方は考えなければならないが……例えば、武器を振り下ろしている最中に発動したなら、間合いを取り違えた相手にダメージを与えられるだろう。
スキルの併用が出来るようだし、高い確率で必殺の一撃を叩き込める訳だ。
今はその程度だが、この先、別のEXスキルを覚えたらどうだろう。
EXスキルにEXスキルを重ねられると言う事ではないだろうか。
そもそも気になるのは、あのスキルの効果は本当にあれだけなのか。
EXスキルの性能を考えれば、射程を伸ばし、攻撃力を上げるだけで終わる訳がない。
あの場に居たプレイヤー達は、彼のEXスキルを見て、まだ他に効果が隠されていると予想しただろう。
能力を誤認させようとした訳ではないだろうが、上手い使い方をしたものだと思う。
「レイ?」
「ああ、なんでもない」
思考に耽ってしまったようだ。
他人のEXスキルを分析するのは、『EW』のプレイヤーに共通するクセとも言える。
「とにかく、EXスキルも固有魔法も非常に強力だけど、これも隠した方がいい。使うとしたら――――人に見られていない時、相手に認識されていない時、あとは……絶対に負けられない時とか、かな」
「これも手の内を隠すって事? そんなに気を付けないといけないの?」
「EXスキルや固有魔法ってね、確かに強力だけど、効果によっては対策の立てようがあるんだ。こちらの最大の武器が無効化されたら、勝ちの目が消える事と同じだよ。相手にだってその切り札があるんだから」
当然だが、相手にだってEXスキルや固有魔法がある。
相手の切り札を知り、こっちの切り札を隠す…それが出来ているかが勝敗に大きな影響を与える。
「これは対人戦に関してだけどね。魔物相手に遠慮はいらないよ」
まぁ、パーティを組んでいれば人の目があるわけで…結果的にあまり変わらないかもしれない。
「ふむふむ」
ノノは何やらメモを取りながら考え込んでいる。
基本の説明はこんな所だろうか。




