第13話~第14話 幕間2 あるパートナーの執着
少し暑いぐらいの日差しに目を細め、外を眺めるフラウ。
カフェの外は人々が行きかい、それぞれが思い思いの日々を過ごしている。
対面にはアサカがおり、テーブルの上にある見た事のない食べ物に舌鼓を打っている所だった。
「ふむ…このパンケーキとやら、気に入ったわ」
「気に入って頂けて何よりです。他にもおすすめがありますので、またご案内しますね」
そんな穏やかな会話を続ける二人。
周りにいる…特に男性は、そんな二人に視線を奪われる。
片やレイによって作り込まれた美少女、片やこの辺りでは見かけた事のない、健康的な美女。
一人でも目立つのに、二人も居ればこうもなるだろう。
そんな視線を気にする事なく、二人は談笑を続けていた。
「今日は楽しんで頂けました?」
「ええ、興味深い物が沢山見られたわ。今更疑うつもりもないけれど、こうして現実に見ると貴方達が異世界人と言うのも納得ね」
彼女達の座るソファの脇には、案内の途中で買った様々な物が買い物袋に詰められて置かれていた。
ゲームの時代はフラウがお金を所持する事は無かった。
と言うより、パートナーにお金を持たせると言うシステム自体が存在しなかった。
だが、転移し、現実となった時にレイからフラウへ所持金の半分が渡されていた。
その額は相当なもので、フラウも最初は固辞したものの、二人で稼いだ金だからと言われれば受け取らない訳にもいかなかった。
とは言え、『EW』はお金を貯めるのは比較的容易だが、無くなるのも一瞬というゲームだったので、レイは今も金策に頭を悩ませているが。
アサカもクラウスからお金を渡されたらしく、金欠の心配もなくロクト観光を楽しんでいる。
「…それで、何か話したい事があるんでしょう?」
「解りますか?」
いたずらっぽくアサカが問えば、フラウは微笑みながら答える。
そんな二人の表情を見て、周囲の男性が赤面している事など気にも留めない。
「わざわざ私達だけでって言ってたものね。旦那様は今忙しいから、私としては問題ないけど」
現在、ロクト王国とオーガの里について細かい調整や情報交換が行われている。
クラウスもその会議の場に居合わせており、今頃はお互いの調整に奔走している所だろう。
と言っても交渉が難航している訳ではなく、より良い形を模索している段階であり、両者共に穏やかなやり取りであった。
どうやらオーガの里は放棄され、この街に移住する事になりそうなのである。
元々流浪の民であるオーガにとっては住処を変える程度の認識でしかなく、反対意見も出ていない。
それ所か、強い者が沢山居ると聞いて皆が諸手を挙げて賛成しているぐらいであった。
アサカもそれは同様であり、オーガの里が放棄されずともここに住むつもりである。
「貴方がわざわざレイと離れるぐらいだもの。何か重要な相談事でもあるんでしょう?」
核心を突くように告げれば、フラウの表情に陰りが見えた。
アサカもオーガであり、当然の如く戦いの中で生きる者である。
だが、男所帯で生活してきただけあり、細かい事に気が回る女性であった。
フラウの意図する所も、すぐに察知する事が出来たのはその為である。
レイとフラウが両者共に、並々ならぬ思いを持っているのはすぐに察する事が出来た。
そのフラウが、レイの同行を断ってまで自分を誘ってきたと思えば、何か悩みの相談かという考えに至る。
「ええ…。実はレイとの事で悩んでいまして」
「…? 喧嘩でもしたの?」
「いいえ、そういう訳ではないのですが…」
どこか言い難そうに淀むフラウ。
アサカから見て、二人は互いに必要としているように見え、だからこそ、このフラウの反応は意外であった。
「…何も進展していないと言いますか…」
「進展? 同棲しているのではないの?」
「同棲と言っても、色彩の精霊から与えられたハウスを利用する……そうですね、ルームメイトが近いでしょうか。今は一人預かっている娘もいますし」
アサカがフラウの言葉を理解するまで、少し時間を要した。
てっきり二人は夫婦なのだと思っていたからだ。
「ええと…貴方達夫婦ではないの?」
「そう見えますか?」
「見えるわね。少なくとも、今までそう思っていたわ」
フラウからすれば嬉しい反面、複雑な答えである。
実際にレイとは四六時中一緒にいる訳だが、男女の仲かと言われれば否定せざるを得ない。
しかし、容姿や仕草を褒められたり、二人きりでのデートも何度もしている。
フラウからすれば、レイにとって自分がどう言う存在なのかが解らないのである。
「実際には、今までレイに愛を囁かれた事もなければ、手を握られた事もありません。…私は、レイにとっての何なのでしょう」
深刻な表情で悩むフラウを見て、アサカは今までの様子を振り返る。
オーガの里に居た間はわずかであったが、常に二人は一緒だった。
レイが動けばフラウも続く、フラウが動けばレイも続く。
自然と二人で居る状態を維持していたのである。
更に言えば、フラウが常にレイに意識を向けていたのと同様、レイもフラウに意識を向け続けていた。
そこまで思い出し、単なる杞憂ではないかとアサカは結論付ける。
自分の考えをフラウに言おうとした瞬間、何か不穏な物を感じてアサカは口を閉じた。
「アサカさんは、どうやってクラウスさんを射止めたのですか?」
フラウの顔は真剣そのもの。
それはいいのだが、アサカはフラウの目を見て身震いする。
暗く、淀み、深い闇を抱えた瞳。
なんだこれは、と言う言葉を飲み込み、アサカは平静を装った。
「そ、そうね。寝室に潜り込んだわ」
そんな事は知っていると言わんばかりに、フラウの目が迫力を増す。
この時初めて、アサカはフラウを恐ろしいと思った。
「私も色々試したのです。息を殺し、ドアの前に立てば気付かれ、睡眠薬を盛ってもすぐに治療され、背後から意識を刈り取ろうにも背後に立つ事すら出来ません。性的欲求を高めると言われる薬品も使いましたが、そちらもすぐに治療されました。力で無理矢理とも考えましたが、レイはあれでも怪力なのでまず不可能でしょう。魔物との戦闘中ならと考えましたが、『ジュエル持ち』がパーティを組むと何故か攻撃が味方をすり抜けるのです。罠を張って拘束しようともしましたが、腕力で拘束を解かれる始末。一体どうすれば――――」
「お、落ち着いて。落ち着いてフラウ」
なんか色々聞いてはいけない事を聞いた気がしたがそれは一旦置いておき、アサカはフラウを落ち着かせようと宥める。
フラウから放たれる禍々しいオーラに、周囲にいた客達がその場をそっと離れ始めた。
ロクトの住民は厄介事には慣れたものであり、同時に危険を察知する能力にも長けているのである。
「アサカさん、クラウスさんを射止めた貴方なら…こんな時どうしますか?」
「そうね……」
迂闊な答えは言えないと思いながら、自分に当て嵌めて考えるアサカ。
とは言え、実際はアサカの時もクラウスが抵抗しようと思えば出来た訳だが、クラウスにその気が無くなった事で上手く行ったに過ぎない。
その前の言葉で落ちていたのだが……アサカはそんな事を知る由もない。
何より忘れてはならないのが――――アサカは夜這いを掛けるような人物なのである。
「寝室が無理なら、浴室ね」
ガタッ! とフラウが立ち上がる。
その顔には『その発想は無かった!』と書かれているかのようである。
「貴方の家の浴室がどうなっているかは解らないけれど、逃げ場は無いはずよ。裸の男女が密室に閉じ込められれば――――後は解るわね?」
「――――素晴らしいです! 貴方に相談して正解でした!」
「加えて言うのなら、背中を流すと言う口実で背後を取る事も出来る。そのまま絞め落とす事も可能でしょう」
フラウはわなわなと両手を持ち上げると、自分の頬を挟むようにして遠くを見つめる。
恍惚とした表情を浮かべながら、レイをどう料理しようか思いを馳せた。
「まずはオリハルコンの拘束具で身動きを封じて一切の身動きが出来ないレイを私無しでは指一本動かせないようにしていずれは何をするにも私に頼らなければ生きられないようにああでも抵抗するレイを組み敷くのもいいですね泣き叫ぶレイも見てみたいし甘えるレイも見てみたいしああどうしましょういっそのこと――――」
「フラウ、落ち着きなさい。言ってる事がちょっと怖いわ」
御覧の通り、考えていた事が口から駄々洩れであった。
完全にトリップしていたフラウをアサカが現実に引き戻す。
何時の間にか店内はガランとしていたが、彼女達は気付く事はない。
辛うじて残っている客や店員も、かなり遠巻きに様子を伺っていた。
「…コホン。ともかく、これで進展が望めます。アサカさん、助言に感謝します」
「アサカでいいわ。貴方とは仲良くなれそうだもの」
あの様子を見て仲良くなれそうと言える辺り、アサカも大概である。
そしてこの日、友好を深めてはいけない二人が友好を結んでしまったのである。
ちなみに―――。
「…苦労するな、レイ」
実は甘党であるダンが彼女らの話を聞いており、人知れずレイに同情するのであった。
……その夜、入浴中のレイの元へフラウが訪れたが、当然の如く鍵が閉まっていた為に侵入は出来なかった。
バスタオル一枚で絶望に打ちひしがれるフラウを見て、二人の謎のバトルに巻き込まれた彼等の家の新たな同居人は、酷く頭を悩ませるのであった。




