第13話 騎士の国と戦士の里
「なんだかすみません…」
テーブルに座って一休みすると、ノノが開口一番そう呟いた。
「まぁ、近くに居る方がいざと言う時に楽だし、そう謝る必要はないよ」
「ですが、部屋までお借りしてしまって…」
そうなのである。
ノノは今日から俺のハウスに寝泊まりする事になったのだ。
というのも、あまり家事が得意でないらしく、彼女の使っていた――――つまり、死んだプレイヤーのハウスが埃だらけで、生活出来る状態とは言えなかったのである。
たった一月であんなになるものなのか、と内心驚愕したほどだ。
「部屋って言っても倉庫にしてた所だからね」
家事が苦手と言うノノを一人暮らしさせるには不安と言う事で、俺の家で倉庫代わりにしていた部屋をノノの部屋にしたのである。
倉庫代わりと言っても普段から掃除はしているし、他の部屋と特に変わる所はないので生活に支障はないだろう。
「家事も私達が少しずつ教えますよ」
「本当にすみません…」
俺の家では、洗濯はフラウ、掃除は俺である。
料理なんかは俺が担当する事が多いが、フラウも時々作ると言った感じで、どちらか暇な方が作ると言った感じだ。
元々、俺は現実世界で一人暮らしだった分、普段生活する程度の家事は出来るのだ。
「さて、ノノ。取り敢えずその敬語なんとかしようか」
「敬語ですか?」
「こうやって同じ家で生活する訳だし、変な遠慮はいらないよ」
「で、でも、フラウさんも…」
「私、元々こうですよ」
パートナーを設定した時に口調も設定できる為、敬語のキャラクターにしたのである。
つまり俺の所為なのだが、それは言わないでおく。
「う、うん…解った」
「それでいい」
まだ少しぎこちないが、生活して行く内に慣れて来るだろう。
さて……いきなり聞くべきか迷うが、最初に済ませておこうか。
「さて、ノノ。少し聞きたい事があるんだ」
「聞きたい事?」
「答えたくなければいいんだけど…君のパートナーについて」
「……」
ノノは視線を足元へ下げ、俯いてしまった。
早まったかな。
そんな感想を抱いたが、俺の心配は杞憂であり、ノノは視線を上げ口を開いた。
「私のパートナーは『星の精霊』様から加護を受けた異世界人でした」
……うん?
「異世界…人?」
「うん。…レイは違うの?」
「レイも異世界人ですよ。というより、『ジュエル持ち』は皆、異世界人だと思います」
え、ちょっと待って。
フラウ達の中で、俺達の認識はどうなってるんだ?
「フラウ、どうして俺が異世界人だと?」
「え? 『色彩の精霊』から言われました。それに、『EWへようこそ。異世界のお客人』とも言われてましたよね?」
……これは、キャラクター設定直後…『色彩の精霊』を選んだ後に、彼女から挨拶された時の話か。
その時点でフラウのキャラクター設定も終わっており、続けてフラウの紹介をされた。
ゲーム開始の冒頭だったので、彼女達の記憶に残っているとは思わなかった。
「…そういえばそうだったね。えっと…別に隠すつもりじゃなかったんだけど、混乱させるかと思って黙ってたんだ」
「周知の事実だと思いますよ? メフィーリアでは精霊と交信して『ジュエル持ち』が現れた事を広く伝えていますし、それが異世界人だと言う事も言っていたはずです」
マジかよ。
あまり違和感の無いように取り繕ったつもりが、思わぬ返答に驚かされた。
隠せていると思ってたのはプレイヤーだけか。
いや、隠す必要はないんだけど、説明しづらいもんね。
……ああ、でも。
「だから王様達は、俺達が異世界転移したんじゃないかって言った時、それほど驚かなかったんだね」
「異世界から来た『ジュエル持ち』が言う事ですからね」
色々合点が行った。
混乱が少ないとは思っていたんだよ。
『ジュエル持ち』が行動していたから混乱が少ない、と思っていたけど『異世界から来たジュエル持ち』が言う事だから、恐らく真実だろうって思ったわけだ。
「なるほどね。話を戻すけど、ノノのパートナー……言い難いんだけど、死亡したって言うのは事実なの?」
「うん…元々あまり戦闘はしない人で、『EW』に来てからも私と街を見て回る事が多かったの」
ゲームの楽しみ方は人それぞれ。
ノノのパートナーは街を散策して楽しんでいた訳だ。
初心者と言うよりは、ゲームスタイルの違いでレベルが低いってだけかもしれない。
まぁ、異世界の街並みをVRで見て回るのも確かに楽しいんだよね。
死んだ時のレベルが幾つかは解らないけど、経験値自体、戦闘以外で得た物かもしれない。
『EW』は、極端な話、歩いているだけでも経験値が入る。
膨大な歩数が必要で、歩くだけで100レベルまで上げるには十年以上必要とも試算されていたけど。
戦闘が一番経験値を稼ぎやすいのは確かだが、鍛冶などの生産を含め、あらゆる事で経験値が入るように出来ているのである。
そうなれば、戦闘自体不慣れで…ロクに戦かった事がない、なんて事さえ考えられる。
「たまたま街の外に出た時に異世界に転移して、魔物に囲まれてしまって…」
「…倒されたパートナーは、ノノさんが連れ帰ったんですよね?」
「うん。城門からはそれほど遠くはなかったから、魔物を引き連れながら逃げて来て…」
衛兵か誰かに助けられた、って所か。
だが、その時にはプレイヤーはすでに…。
「ニーナ…私のパートナーは、そのまま目覚める事もなく……」
「ノノさん…」
「『ジュエル持ち』はそう簡単に死なないって聞いていたから、何時か目を覚ますんじゃないかと見守っていたんだけど……ある時、光に包まれて消えてしまったの」
「消えた?」
プレイヤーの遺体がどうなったか、なんて聞いた事なかったな。
弔ったものだとばかり思っていたけど。
「うん、急に…。一緒に見ていた人からは、精霊が弔ったか、もしくは異世界に帰ったんじゃないかって」
「……フラウ、昔の『ジュエル持ち』も異世界人だったのかな? その『ジュエル持ち』は死んだ後、どうなったんだろう」
「すみません、私も詳しくはないんです。メフィーリアなら記録があるかもしれませんが…」
これはどう考えるべきかな。
精霊が弔った、あるいは元の世界に帰った。
後者ならまだ救いはあるが、前者なら結局は死んだ事になる。
……気にはなるけど、試すわけにもいかない、か。
「この世界についても、俺達『ジュエル持ち』についても解らない事だらけか」
「ノノさんは、その後どうしたんです?」
「私は……パートナーを守れなかったから、もっと強く、誰かを守れるようになりたい、と。……もう、失う事のないように」
それで、冒険者として活動し始めたわけだ。
…どことなく必死に見えたのは、この出来事が背景にあったんだな。
彼女を一人前に育てると約束した以上、協力は惜しまない。
「本来なら、パートナーと一緒に考え、学んでいくはずだった知識や経験。君のパートナーの代わりに、俺達と一緒に学んで行こうね」
「うん…お願いします」
話してみれば中々にいい子じゃないか。
作ったプレイヤーの接し方が良かったのかね。
◆
「どうしてこうなった…」
今、俺達は街の中央広場にいる。
俺とフラウは静かに噴水に腰掛けているが、呆然と立つ人物は天を仰ぎ、哀愁の表情を浮かべていた。
「ロニ、色々間が悪かったんだ。諦めなよ」
「だからと言ってこの惨状はなんだ……?」
今目の前では、帰って来ていた冒険者達、街へとやってきたオーガ達、オーガ達を迎えた国の重鎮達や護衛の名目でやってきた騎士団、衛兵達、そして通りかかった住民達が酒を飲み交わしている。
中央広場って結構広かったはずだが、随分狭く感じるものだ。
「これ、全部俺の奢り……?」
「…まぁ、国も出してくれるんじゃない?」
保証はしないけど。
こんな状況になっているのは悲しい出来事が重なった結果だ。
簡単に言えば、ロニの奢りと言う事で関係ない冒険者までもが集まり、そこへオーガ達を連れたクラウス、ヴィスターが帰って来た。
出迎えに来た国の重鎮達だったが、横から酔っぱらった冒険者達が出て来てオーガ達…というかクラウスに絡み、なんかもう来客を持て成す空気じゃなくなったって事で、王様が宴会を宣言し―――――まぁ、御覧の状況だ。
うん、ある意味ロクトらしいとも言えるか。
「あれ? ノノは?」
「あっちで泣いてます。…色々溜まっていたんでしょうね」
慈愛の目を向けるフラウだが、その実、ノノは悪酔いしているだけのようである。
逃げようとするケインの袖を掴んで、泣き喚いており、周囲は距離を取って様子を伺っているようだ。
一応保護者と言える俺やユークも遠くから傍観しているばかりで、近付く素振りすらない。
絶対あっちには行かないと言う強い意志を持って、視線を反らす。
「おい『狂葬』! 今見てただろ、助けろよ!」
何も聞こえんな。
「ここにいたか、レイ殿、フラウ殿。先日は世話になった」
「暫くぶりだ、二人とも」
そんな俺の前に現れたのは、オーガの里長でもあるドウザンとガロウである。
返事を返しつつ、ドウザンのレベルを見れば35まで上がっている。
ガロウも上がっているようだし、クラウスと特訓でもしていたんだろうか。
オーガ達を見れば、20レベルを超えている者も増えており、以前より強くなっている事が伺えた。
「お前達を信じていなかった訳じゃないが、こうして自分の目で見るまで中々受け入れがたかった……本当に、人間と亜人とが共存しているんだな」
「亜人どころか魔物さえいるけどね。王様とは話した? あの人も吸血鬼の血を引いているよ」
「吸血鬼? 魔に魅入られた魔法使いが時々、変異するとは聞いたが…」
「こちらの世界の事は解らないけど、俺達の世界では一般的な種族だよ」
『EW』の世界の吸血鬼は亜人の一種である。
血を飲む事は飲むが、毎日ではない上に、一度に飲む量もそれほど多くはない。
同じ吸血鬼から吸血する事は出来ないようで、殆どの吸血鬼は他種族の伴侶を得て、伴侶から血を貰う。
吸血鬼にハーフが多いのはその為だ。
勿論、吸血鬼同士で結ばれ、知人から血を分けて貰う事もあるらしいが、それが社会問題になるような事もなかったようだ。
戦闘において頼れる存在であり、寿命が長く、知識で人々を救ってきた実績があるからこそとも言える。
この辺りは、魔物に苦しめられてきた『EW』の世界ならではの図式かもしれない。
「む? そちらの御仁は?」
「ああ、冒険者ギルドのマスターで、ロニだよ」
「ん? …ああ、オーガの里から来た方か?」
「里長をしているドウザンと言う。よろしく頼む」
「こちらこそ。歓迎させてもらおう」
現実に帰って来たロニだが、敬語もなく、態度も普段通りである。
この状況では仕方ないだろうが、礼節を弁えた接し方とやらはどうしたのか。
「クラウスとドウザン殿のご息女が婚姻を結んだのだとか。我々の国とオーガの里、その架け橋となって欲しいものだ」
「全くだ。この国は素晴らしい。酒もつまみも美味いし、誰もが強くあろうとしている。我々の目指す形を体現したような国だ」
はっはっは、と豪快に笑うドウザン。
そして、それを見て後ろから声を掛ける人物。
「気に入って貰えて何よりだ、ドウザン」
「おお、ロクト王。先ほどは我が里の若者が失礼した」
「なぁに、若いのはあれぐらい元気でいいのさ。上には上がいるって知れば、剣にも身が入るってもんよ」
立場を気にしてか、一歩引いていたガロウに、そっと何かあったのかと問えば。
「若い者がな、ロクト王が強いと聞いて挑んだのだ。まぁ、剣を抜かせる事すら出来なかったがな」
「あらら…」
相手が悪すぎる。
一対一という条件であれば、今この場にいる者の中でも最強格だろうに。
「もし希望者がいれば騎士団で鍛えて貰うといい。話は通してあるからな」
「それは有難い。婿殿に影響された者も多く、力を持て余していたのだ」
「そりゃ勿体ねぇ。やる気があるのに場が与えられないってのは辛かろうよ」
これが一国の王と里の長の会話である。
会話の内容もそうだが、何より問題なのは会話している場所である。
街の中央にある噴水の前で、ロニの奥さんが漬けた果実酒を手に談笑中だ。
っていうか、自作って言うから弱めの酒かと思ったら随分と強い酒なんだよね。
俺は一杯で遠慮しておいた。
代わりにフラウが平気な顔して飲んでるけど。
「にしても、対談の場がこんな形で良かったんですか?」
「酒飲んで殴り合った方が話が早そうな連中じゃねぇか。これで良かったんだよ」
「全くだ。剣以外に、酒の製法についても学ぶいい機会を得られた」
本当にそれでいいのかね…。
出会ってはいけない文化が出会ってしまったんじゃないだろうな。
「そういえば、レイ殿。お主、なんでも『二つ名持ち』と呼ばれる者なのだとか」
「クラウスに聞いたの?」
「ああ。なんでも精霊に認められ『ジュエル』という神具を授けられた者の中に、精霊から特別な名を与えられる存在がいる、とな」
神具とか特別な名とかそんな大袈裟な話なんだろうか。
『ジュエル持ち』はプレイヤー全員だし、特別な名というか一種の呪いって感じだけど。
「レイ殿は『狂葬』と呼ばれているのだろう? 随分と活躍した事があると聞いたのだが」
「ああ、精霊祭の時にな。私も聞いた時は随分と驚かされた」
俺の二つ名について、ロニまでも会話に入って来る。
人の黒歴史をほじくり返すのはやめてほしい。
「精霊祭以外にも――――」
「いや、もういいじゃない。昔の話だよ」
「そんなに前でもないだろうに」
とは言ってももう一年以上前の話なんだけどね。
精霊祭自体、夏のイベントとして二度開催されてるわけだし。
「ロクト王から見てどうなのだ? レイ殿の強さは」
「そうだなぁ……『ジュエル持ち』の中にはやり合いたいと思う奴が何人もいるんだが、『狂葬』はその筆頭だな。能力頼りの戦闘をする奴が多い中、こいつは戦闘技術も一級品だ」
「……参考までに聞きたいんだけど、他にやり合いたい『ジュエル持ち』って誰?」
この場で斬り結ぶ事になりかねないと思い、話題を反らす。
こんな得体の知れない化け物と、気軽に斬り合いたいとは思わない。
せめて心の準備ぐらいはさせてほしい。
「『魔刃』、『鬼若』は外せんな。『破壊者』や『暴虐』も味わいたいし、『金剛』を砕きたいとも思う。剣を交える訳ではないが、『弾幕』も崩してみたいところだ」
どいつもこいつも相手にしたくない奴らだ。
はっきり言って正気を疑う。
「ロクト王にそこまで言わせる者が他にもいるのだな。大変興味深い」
「『破壊者』ならさっきそこで見たな。他の奴らがこの世界に来ているかは解りかねるが」
実際、『二つ名持ち』が何人来ているかは不明だ。
プレイヤーの数が三千万人を超えると言われる『EW』であるが、『二つ名持ち』はわずか百人程度と言われている。
以前、ロニがロクトに十人ほどいると言っていたが、メフィーリア、レーヴェ、オーメルでも同程度だとすれば、こちらの世界に来ているのは四十人と言った所だろうか。
「なんにせよ、楽しいのは保障するぜ? 暇ならお前達も付き合えよ」
「…ふっ、ふはははははっ! お主達の王は戦士の扱いが上手い! 無論、付き合わせて頂こう。山の強者もレイ殿に討伐され、暇をしていた所だ」
あらら、意気投合しちゃったよ。
まぁ、馬は合うだろうと思ってたけどさ。
「……こんな形で良かったんでしょうか?」
「上手くまとまったし……揉めるよりはいいんじゃない?」
「私は頭が痛いがな」
俺とフラウの会話に、ロニが続く。
ギルマスの立場から考えればそうなるだろう。
俺はノノの教育と言う大義名分があるので、堂々とロニに丸投げさせて貰う。
「ところで、レイ。先ほどからあちらの若者がお前の名を叫んでいるようだが……」
ガロウの言葉にチラリとそちらへ目を向ける。
「助けてくれ~! ユーク、こっちを見ろ! レイもなんとかしろ~!!」
うん、何も聞こえない。




