第91話~第92話 幕間2 令嬢の秘策
「それで―――――何時まで拘束しておくつもりなのです?」
父であるソラン公爵の私室を訪れたナタリアは、挨拶もそこそこに本題に入った。
その様子は堂々たるもので、簡単には引き下がらないと態度で示している。
「拘束だなんて心外だな。命の恩人達を持て成しているだけだと言うのに」
「口ではなんとでも言えますわ。そう言いながら、裏ではコソコソと探らせているのでしょう?」
そう告げれば、ソラン公爵は小さく笑う。
ナタリアは確証を持って言った訳ではないが、この態度からして間違いないのだろう。
大方予想はしていたが、やはり公爵は彼等を不審に思っているのだ。
「今回の件、彼等が無関係だった場合、ここで溝を作ってしまうのは公爵家にとっての損失では?」
友好的な態度で接して居れば味方でいてくれるかもしれないが、ここで悪印象を持たれてはその未来も露と消える。
そう懸念を伝えれば、公爵はデスクに肘を付く。
「無関係? 私が長い眠りにつき、その間に村が大規模な襲撃に合い、その現場にたまたま居合わせた彼等が? 全て偶然だと言うのか?」
「それは…」
「こんな王都周辺であれほどの魔物が襲撃してくる事など、私が知る限り一度も無かった。そして、それをたった一撃で葬り去る人間が居るなんて聞いた事も無い。私の症状もそうだ。こんな症状、他に発症者が居れば噂にもなろう。だと言うのに、そんな噂も無く患ったのは私だけ。そんな原因不明の症状をあっと言う間に治癒してしまえる人間が、魔物を倒した張本人と来たものだ。…こんな異常事態が同時に起きたのに、全ては偶然だと?」
「……」
並べられればより理解出来る。
さすがに怪しすぎる。
あからさますぎて逆に怪しくないのではないかと裏を読みたくなるぐらいだ。
「では、お父様は彼等が犯人であると?」
「犯人でなくとも、何かは知っているだろうな」
ナタリアは彼等を擁護するつもりでこの場に居るが、内心では理解している。
彼等は完全に無関係と言う訳では無いだろう。
だが――――とも思う。
事情は知っているかもしれないが、彼等はきっと犯人ではない。
「では逆に聞きましょう。お父様に一服盛ったとして、わざわざそれを治したのは何故ですか? 魔物に襲撃させたのが彼等だとして、それを討伐したのは何故です? 折角公爵に恩を売ったのに、早々に立ち去ろうとした理由はなんだと言うのですか?」
彼等の行動を順に追っていけば、その違和感が顔を見せる。
自分達が何かしたのだとすれば、彼等はその後始末を自分達でしている事になる。
公爵に恩を売るつもりだったとすれば、自分達の事を広めるなと約束させる意味が無い。
むしろ、知られたくないと言う気持ちがヒシヒシと伝わって来る動きだ。
「さてな。だが、不自然極まりない行動だ」
「ええ、その通りです。だからこそ、『今』敵対すべきではないと言っているのです」
ナタリアの言い回しに、公爵は片眉を上げる。
「私達は彼等の事を何も知りません。その様子では、お父様も何も掴めなかったのでしょう?」
「……」
沈黙で答える公爵に、ナタリアは小さく頷く。
「このまま拘束していても埒があきませんわ。…ならば、監視を付けて泳がせれば良いのです」
「あれだけの腕を持った者が、監視に気付かないとでも思うのか?」
「私が付きましょう」
「―――――……え」
公爵は表情を変えぬ…変えられぬまま、喉から声を絞り出した。
「私が彼等の監視として行動を共にします。彼等はお父様に疑われている事に気付いている…そして、なんとかならないかと私に相談して来たのです。少なくとも、お父様より私の方が信頼されていますわ」
「まっ、待て! 何故そうなるのだ!?」
「では他に方法がありまして? 信頼されていない者が付いても警戒が増すだけですわよ?」
実際には、ナタリアとて別に信頼されている訳ではなく、公爵の息が掛かった者よりはマシだろうと言う程度だ。
とは言え、現状では一番警戒され難い人選ではある。
「お前に何かあったらどうするつもりだ!?」
「何かも何も、ユークが本気で暴れれば同じ事ですわ。お父様はアレを止められるとでも?」
「ぐ、ぬう…」
「騎士団総出でも勝てるとは思えませんわね」
報告が真実であれば、残念ながら戦いにすらならない。
あの『魔法』を隊列を組んだ騎士団に打ち込めば、その後は阿鼻叫喚と言った所だろう。
仲間達も同類と考えれば、尚の事だ。
「しかし…嫁入り前の娘が男共と行動するのは…」
「女性もいますわ」
「お前には婚約者も居るのだぞ!?」
「所詮は政略結婚…この領地の為のもの。今を考えれば、政略結婚より彼等の監視をする事の方が領地の為と思いますが?」
政略結婚は、この領地があってこそ意味を為すものだ。
その領地に今危機が迫っているのだとすれば、その先にある政略結婚に何の価値がある。
そう言われては、ソラン公爵も黙るしか無い。
「それに、一つ案があるのです」
「案?」
「はい。もし、彼等を引き入れる事が出来たなら、この領地にとって心強い味方となるでしょう」
魔物を一掃する武力。
謎の症状を完治させてしまえる医療知識。
公爵に話してはいないが、馬車などに使われている謎の技術。
ここに、更にカリーシャ商会との繋がりまで出来る。
彼等を引き込む事で、これらを一気に手に入れられたなら―――――。
「それはそうだが…」
「だからお父様。こんなのは如何でしょうか―――――」
◆
翌日。
『お父様から許しが出たわ』とレイ達の元に訪れたナタリア。
その彼女が動き易い服装で現れたのを見て、なんとなく自体を察するレイ達だった。




