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この世界で一緒に。~おかしな奴等と異世界転移~  作者: シシロ
ヴァイランの公爵令嬢
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第91話~第92話 幕間 怖い女性

 手に持ったカップをソーサーの上に置けば、僅かに食器の擦れる音がした。


 そこは、客人を持て成す為に用意された中庭の一角。

よく手入れされた庭園を見渡せる、公爵家自慢の場所である。


 中央にある洒落たテーブルには、三人の女性が腰掛けていた。

二人を招いた公爵令嬢ナタリア、そしてフラウとノノだ。


 周囲の清浄な雰囲気もあり、三人は静かにお茶を飲んでいる。

不思議と、ここの空間だけ時間から隔絶されたかのように静けさが包んでいた。


 それぞれ、清楚ながらも洗練されたドレスに身を包んでいる。

ナタリアは青、フラウは黒、ノノは赤を基調としたドレスだ。

これを用意したのはナタリアであり、二人の好みを聞いた上で用意されたものだった。

公爵家としても、客人を持て成す為に十分配慮したドレスである。


 …だと言うのに、着ているフラウは不機嫌そのものだ。

言葉や表情に出している訳ではないし、ナタリアは気付いていなかったものの、普段からフラウの様子を見ているノノからすればすぐに解る程度には不機嫌である。

…お陰で、ノノは何かが起こるのではないかと戦々恐々とし、お茶の味など解らないままひたすら流し込んでいるのが現状だ。


(……何故、私はレイから離れてこんな場所に居るのでしょうか)


 パートナーはフラストレーションを溜めていた。

『EW』に居た頃はほぼずっとレイと一緒だったのに、こちらの世界に来てからは別行動が増えてしまった。

 それ自体は状況がそうさせるのだと自らを無理矢理納得させ、状況が落ち着く為に自身も努めて来たつもりでいた。

だと言うのに――――。


(――――レイに抱えられた時、咄嗟に行動出来ませんでした)


 あのタイミングならば、レイに対して何か仕掛ける事も出来ただろうに、抱き抱えられた途端、そんな考えが吹き飛んでしまった。

いや、あまりの衝撃に何も考えられなくなってしまった、と言うのが正しいだろう。

 いっそ、この領や村人達を見捨てて、レイを束縛してしまえば今後二度と離れる必要など無くなったかもしれないのに。

…その絶好の機会だったはずなのに。


 突然降って湧いたチャンスを、彼女はみすみす逃してしまったのだ。

村人達を救うと言うミッションを達成する為、その事に意識を割きすぎていた。

知らず知らず優先順位を履き違えてしまっていた事に、今更ながらに気付いたのだ。


 …普通はその優先順位で正しいはずなのだが。


 とまぁ、こんな具合にフラウの視界にナタリアは入っていない。

それを見て、内心で落胆するのはナタリアの方である。


 ユークの戦闘力を見て、馬車の性能を感じ、公爵の病気を治したのを間近で見せつけられた。

彼等の素性について、どうしても興味が沸いてしまう。

 だが、ロッシュの傍では彼に水を差され、情報を得る事も出来やしない。

だからこそ、ロッシュと分断する為に開かれたのがこのお茶会なのだ。

『女性のみで』と言い含めておけば、さすがのロッシュでもそこに参加しようと言う無粋な真似はしない。

そうなれば、フラウやノノから情報を引き出す事も可能だと考えたのだ。


 だが、そうして集めた二人を見て、自分の考えの間違いに気付く。

フラウはこちらを一瞥もせず、まともに話す気が無い事が明白だ。

ノノの方も妙な緊張感を漂わせ、油断の無い様子が見て取れる。

お茶会が開かれて間もなく、ナタリアは自分の失敗に気付いたのであった。

この二人も、そんなに甘い相手では無いのだと。


 …そんな誤解渦巻く中、静かに紅茶を頂く三人。


「……お口に合うかしら?」

「は、はい!」

「そうですね」


 話題が見つからない中、絞り出された問いがそれである。

これと言って接点も無かった上、素性すら解らない相手とのお茶会など、さすがのナタリアも初めての経験だ。

予め話題を用意する事も出来なかったし、興味を惹きそうな話題も見つからない。


「……村を救ってくれた事、改めて感謝させて貰うわね」

「こ、光栄です!」

「そうですね」

「…今更だけれど、怪我は無かったかしら?」

「だ、大丈夫です!」

「そうですね」

「そう、それなら良かったわ」

「は、はい!」

「そうですね」


 …それとなく話題を振ってみたものの、話題が広がる様子が無い。

ナタリアが話題を振らない限り、彼女達はこれと言って話すつもりもないらしい。

 余計に警戒させてしまっただけかもしれない、とナタリアが後悔するものの、事態はそんな単純な話ではない。


 フラウに余計な刺激を与えないよう自らが答えようとするノノと、話を全く聞いていないフラウ。

こんな中で和やかな世間話など出来る訳が無かった。


(…これは、それとなく探ろうとしても無駄かもしれないわね)


 紅茶で舌を湿らすと、ナタリアは二人を真っ直ぐに見つめる。

ナタリアの前には、なんだろうと緊張の色を濃くするノノと、一切様子の変わらない――――視線さえ合わせないフラウの二人が居た。


「お父様の病気について、貴女達は何か知らないかしら」


 変な遠回りを辞め真っ直ぐに問い掛けるナタリア。

この時初めて、フラウがナタリアの方を見る。

その瞳は鋭利な氷のようにナタリアを貫いた。


「――――…さぁ。私達も初めて見る症状ですので」


 ゾクリとした。

目に感情を宿さぬまま、淡々と答えたフラウから目が離せない。

その目には感情一つ映されていないものの、その『意思』ははっきりと見て取れる。


『興味が無い』。


 敵意よりも、もっと恐ろしいもの。

無関心。

彼女にとって、自分や父はどうでもいい存在なのだ。

それを強く認識した。


「―――――そう…なの」


 だが、同時にナタリアの中で確信した事がある。

他の者はまだ解らないが、フラウは自分達に害を為す事は無い。

『今後も』どうかは解らないが、少なくとも現時点では。


 彼女にとって、ソラン公爵家など攻撃する価値も無い。

今回の件に彼女は関わっていないと、ナタリアの勘が告げる。


「聞きたい事はそれだけですか?」

「も、もし犯人捜しを依頼したら、貴女達は協力してくれるかしら?」


 公爵令嬢と言う立場がありながら、ナタリアは強く出られない。

フラウはきっと、必要になれば自分も排除する。

そう思えてしまうだけの『冷たさ』が彼女にはあった。


「…レイに聞いてみて下さい。私からは何とも」

「そ、そう。…解ったわ」


 これだけ恐ろしい女性ひとを制御しているのはレイと言う青年であるらしい。


 黒髪に、発光しているかのようにさえ感じられる金色の瞳。

口数が多い方ではなく、あまりナタリアに話し掛けて来るような事もしなかった。

人外的な美しさも相まって、漠然と『怖い』と感じさせる人物である。


 フラウを制御出来るだけの何かが、彼にはあるのだろう。

そう思えば、そちらとの交渉の方が難儀に思えて、ナタリアの胃が軋む音がした。


「…レイさんってどう言う人かしら?」

「――――――どう言う意味でしょうか?」


 急に空気が重くなった気がして、軽く咳き込む。

一体何が、と目線を上げれば、フラウがニコリと笑いながらこちらを見ていた。

――――だが、目が笑っていない。

何か地雷を踏んだのかもしれないと、ノノに目を向ければ―――――。


『無理無理無理無理無理…! 誰か早くレイを呼んで…!』


 声にならないかすれた声で、何かを願う姿が目に入った。

手に持ったカップがガタガタと震えている。


 ―――――ヤバい。

何か解らないが、今自分は危機的状況にある。

そう本能で察したナタリアが、慌てて言葉を続けた。


「こっ、交渉するのにいい材料は無いかと思って―――――」

「貴女が知りたいのはユークさんの事ではないのですか?」

「だからその―――――……はい?」


 思わぬ言葉が飛び出て、ナタリアの方が呆気に取られた。


「ずっと目で追っていたじゃないですか。もしや、レイとユークさん、どちらでもいいとか戯けた事を言うつもりですか?」

「…え、ちょっと…何の話?」

「だって――――」


 村の防衛後、フラウは敵になる可能性を考えてナタリアの動きを逐一観察していた。

その時に気付いた事がある。

 ナタリアは、ユークの姿を目で追う事が多い。


 当初はそれを、警戒から来るものと考えていた。

石を投げた事や、魔物を一掃したのはユークであり、フラウを含め、他の者は派手な立ち回りをしていない。

警戒するに足る実力を見せたのはユークのみだ。

 けれど、それが違うと確信したのはポーカーをしている時。

ナタリアがユークを見ていたのは、イカサマを見抜く為ではない。

あれは『見惚れて』いたのだ。

 こちらの世界に来てから、街を歩く度に集まる視線。

レイを視界に捉えるや否や、頬を赤らめる女性達。

――――フラウが尤も警戒するもの。


 あれを、ナタリアはユークに向けていた。


「は、ぇ…はぁ!?」


 自覚していなかった自分の行動を指摘され、ナタリアは椅子を立つ。


(い、いや…確かに強そうだし、なんでそんなに強いのか興味はあったけど…)


 指摘され、ユークの事を思い返す。

ガッシリとした体付きや腕、軽口を叩く時に浮かべるちょっと悪戯っぽい笑み。

光を反射してキラキラと光る銀髪や、高貴さを感じさせる深い紫の瞳。

あれだけの力強さを感じさせながら、意外に繊細な指先。

粗暴さと、それ以上に親しみを感じさせる喋り方。

―――――血色の良い唇。


 ああ――――確かに見ている。

そう自覚した瞬間、ナタリアの顔に火が灯った。




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