第91話 公爵の扱い
日も真上に来た頃、俺達は酒とツマミを片手に談笑している。
俺はすでにギブアップして、片手に持っているのはオレンジジュースだが。
設置されているテーブルの上には俺達が準備した食べ物や酒が並び、すでに幾つかの瓶が空になっていた。
…よくこれだけ飲めるもんだと内心で溜息を吐きながら、座っていた椅子の肘掛けに片肘を付く。
公爵邸にあった魔法書を調べたいとロッシュに相談した所、公爵本人よりナタリアを頼った方がいいのではないかと言われた。
「って言うか、今更だけどロッシュの所じゃ取り寄せられないのか?」
「レーヴェの方でも同じ事を聞かれましたが、魔法書の取り扱いは専門外でして。取り寄せられない訳ではありませんが、今の現状も考えると時間が掛かるかと」
まぁ、色んな所から手を引く予定だったしな。
俺達が直接、魔法学院を調べに行く方が早いだろう。
「逆に、ここにある魔法書で必要な情報が得られるのかねぇ…」
「ナタリア様の私物かもしれませんな。魔法学院で使っている資料なら、詳しい事も書いてあるかもしれませんぞ」
酒を飲み交わしながらやり取りするユークとロッシュ。
二人の会話を聞きながら、俺は窓の外へと視線を向けた。
昨日、公爵邸を彷徨っていた連中は街を調べると言って出て行った。
向こうで何か解ればいいが、俺達が今やれる事なんて殆ど無い。
現状、軟禁されているようなものなのだ。
「ノノとフラウは?」
「…ナタリアさんからお茶会に誘われたんだってさ」
ケインからの問いに、小さく溜息を吐いて答える。
何やら着飾って行ったらしいが、男共は誘われていない。
着飾ったフラウを見たい所だけど、誘われてないのに行く訳にも行かず、少々不満だ。
「フラウ達に魔法書の事も頼んで貰えば良かったな」
「俺とユークは寝てたからね」
フラウ達が出て行ったのは俺とユークが寝ている間だ。
昨日、朝まで探索していた俺と、ずっと待機していたユークは朝方眠りについたのである。
結果的に、フラウの晴れ姿を見逃す事になった訳だが。
「…しかし、こう足止めされては何も出来ませんな」
「支店の様子を見に行くと言って出てみますか?」
「昨日の話を聞く限り、監視でも付けられそうですが」
ギアの提案に、ロッシュは苦笑を浮かべて答えた。
公爵の視点で考えれば、俺達には疑わしい点がある。
もし公爵を眠らせた犯人なのだとすれば解放する訳にもいかない。
関係無いのだとすれば、それを治した俺達を手放したくはないはずだ。
それに、国内での争いを避けたいような言動もあった。
その時、俺達が敵側に取り込まれるのは避けたいだろう。
であれば、先に自らの元に取り込んだ方が安心と言うものだ。
「…どう転んでも、俺達が解放される気がしないな」
公爵にとって、俺達は魅力と不安要素が同時に存在している。
放っておいてくれるとは到底思えない。
「全部話して味方に出来ねぇかな?」
「今まで味方にして来た人達とは少々事情が異なります。我々の側、亜人庇護派の味方にした場合、血筋から考えても旗印となるのが目に見えているでしょう。…そうなった時、現在の王を排除してソラン公爵を次の王に――――と言う動きが必ず出て来ます」
「全面戦争が避けられなくなるって訳さ。寄せ集めの貴族や他国の連合ってだけなら交渉の余地もあるだろうが、王族の血を引くソラン公爵が中心になれば、それは王位を狙った動きと見られても仕方ない」
ユークとギアに指摘され、ケインは『政治ってのは面倒なんだな』と呆れた顔を見せた。
少なくともロクトでは見られない問題だろうし、ケインの気持ちには同感だ。
面倒な事に、公爵を味方に引き込むとこう言った問題が常に付きまとってしまう。
「戦争を避けたい皆さんとしては、あまり喜ばしい事態ではないでしょうな」
ロッシュの言葉に頷き返しながら、手元のオレンジジュースを口に含んだ。
「――――――いっそ、取るか。国」
「ゴホッ、ゴホゴホ!」
ユークがふと呟いた言葉を聞き、オレンジジュースが変な所に入って咳き込む。
「―――――コホン……はぁ…?」
聞き間違えかと思って聞き返すも、何を驚いているのかと言う顔で見られた。
「いや、この先を考えてみろよ。ネリエルへの対応ってクラウン王国に拠点を置くのが前提だろ? なのに、クラウン王国に憂いを抱えたままじゃ面倒だ。…特に、味方だと思って情報を洩らしたら、俺達の弱点とかだって知られるかもしれない」
それをネリエル側へ流されたら――――弱点を攻撃出来るような、そんな方法を宝玉に願ったら。
…まぁ、確かに厄介ではある。
「だったら、征服してしまった方が安心出来るって事?」
「治めるのはソラン公爵にでもやって貰えばいいさ」
本格的に旗印にしようって話か。
この国を滅ぼしたいんならそれでもいいだろう。
でも、俺達はそんなものを求めている訳じゃない。
そこから復興だのなんだのやっていたら、余計にネリエルへの対処が遅れる。
「…戦争を避けるって話は?」
「アルテシアの一件から考えてたんだけどよ。全面戦争になる前に、王を押さえればなんとか出来ねぇかな」
「……相手の大将を早々に退陣させるって事?」
上手く行くものかな?
王を排除するのは…まぁ、恐らく簡単だ。
だが、王を排除したからって亜人排除派が黙る訳じゃないだろう。
ゲリラ的に抵抗されては余計に被害が増えるし、何時までも状況は安定しない。
「余計に時間が掛かる気がするけどね…」
「伯爵みたいに洗脳するのはどうだ?」
「あの伯爵は時間稼ぎだから一時的なものだけど、王ってなるとこれからずっとでしょ? 何かの拍子に解けるかもしれないし、あんまり現実的じゃないような…」
そんな事をユークと言い合いながら、こんな話を聞かれては最悪だとミニマップに意識を向ける。
幸い付近に人はいないようだけど、公爵邸で話していていい内容じゃないな。
「求める所ではないでしょうが、一番簡単なのは殲滅戦でしょうね。敵を根絶やしにすれば憂いも何もありませんし、敵の強さを見るに難しい話でもないでしょう」
ギアの言葉を聞きながら、そうなった場合をイメージしてみる。
見掛けた奴らは範囲攻撃で殲滅、隠れた相手もミニマップで確認。
最悪の場合、それこそ焦土にしてしまえばいいし、簡単ではあるだろう。
……問題は倫理的にどうなのかって話だけども。
「王国国民としては勘弁して貰いたい話ですなぁ」
「俺だってそんな血生臭いのは御免だよ」
想像するだけで疲れる話だ。
ロッシュに対して適当に返しながら、背もたれに身を預けた。
◆
「……昼間から、中々いいご身分ね?」
ナタリアがやって来たかと思えば、第一声はそれだった。
真っ先に後ろに居るフラウに目を向けたが、すでに着替え終わった後なのか、普段着で佇んでいる。
…もう、今日のやる気は無くなった。
「時間を潰すぐらいしかやる事が無いもんで」
「私もそれぐらい暇してみたいものだわ」
「お茶会でお忙しいですもんねぇ?」
ナタリアとユークが皮肉の応酬をしている。
ポーカーをしている最中から、ナタリアはユークに当たりが強くなった。
それに釣られるように、ユークの方も相応の態度を取っている。
…と言うより、それを楽しんで、わざとそう言う態度になっているんだろう。
やめとけと言う気持ちと、どうでもいいと言う気持ちが同居して、横目でその様子を眺めるに留める。
「俺達の事黙っといてくれるって言ってませんでしたっけ?」
「お父様の事? 報告したのは私じゃないわ。護衛達も、当主から命令されれば話さざるを得ないでしょう」
「お陰で、公爵様が俺達を解放してくれないんですよ。ご令嬢の方でなんとか出来ませんかね?」
正に慇懃無礼と言った態度で、ユークがナタリアに告げる。
ナタリアの方も多少気に入らないらしく、軽く顔を赤らめる。
…共について来たメイド達は眉を顰めていたが。
公爵令嬢に対する態度じゃないもんな。
「お父様が何を考えているのか次第ね」
「人助けして軟禁されるとか冗談じゃないんですけどねぇ~」
「それは―――――悪いと思ってるわ」
ユークがそう嘯けば、ナタリアも視線を伏せる。
態度を変えたナタリアに、ユークも片眉を上げて見つめる。
「…解った。元々こっちの都合に付き合わせているのだものね。私がお父様に掛け合ってみるわ」
「いいんスか?」
「その代わり、何か条件を飲んで貰うかもしれないけど…そのぐらいは我慢してよね」
そう言うと、こちらの返答も聞かずにナタリアは部屋を後にしていく。
俺達は顔を見合わせながら、少々渋い顔を浮かべていた。
余計な条件が付いて来なければいいんだけど。




