第88話 公爵家で食事会
「あの…お休みになられなくて良かったので?」
先ほどまで死の淵を彷徨っていたソラン公爵だが。
「――――いや、失礼。寝たきりだったもので」
並べられた料理を次から次へと口へ放り込み、すでに三人分を平らげている。
俺達も御相伴に預かっているが、公爵の勢いが凄すぎてあまり食が進んでいない。
見ているだけで腹いっぱいになるとはこう言う事だろうか。
「…寝起きでアレだけ食えるもんなんだな」
「栄養失調で死に掛けてた奴があんな勢いで飯食ったら、最悪死ぬぞ」
ケインに答えるユークの手元を見れば、テーブルの下に隠されてはいるものの、ポーションが握られている。
その最悪があるのではないかと心配しているんだろう。
222:冒険者@星座の精霊の加護(メフィーリア)
なんでこの人達、ヴァイランに着いた途端公爵家に居るの…?
それは俺にも解らん。
「お腹が空いていたのは解りますが、お客人の前ではしたないですよ」
「そうは言うが、人は食わねば死ぬのだ。私は今回それを身に染みて学んだよ。飢えている人間にとって、マナーなどなんの役にも立たんのだ」
言いたい事は解るが、それは開き直りだ。
その行き着く先はロクトみたいな国だぞ。
バクバクと食事を取っていた公爵が、ようやく人心地付いたとばかりに口元を拭う。
今までの豪快さが嘘のような綺麗な所作である。
…今更取り繕っても意味ないけどね。
「さて、改めて礼を言わせて貰おう。私はソラン・ヴァイラン・オンスハーゲン。公爵位を賜っている。私の身を救ってくれた事、村を救ってくれた事に感謝を」
「お、お父様!?」
胸に手を当て、頭を下げる公爵。
王族に連なる者なのに、わざわざ頭を下げる当たりに感謝の強さを感じる。
隣の娘さんの反応を見る限り、普通はやらない事だと伺えた。
「頭をお上げ下さい。我々は当然の事をしたに過ぎません」
「人道としてはそうかもしれん。だが、誰にでも出来る事ではあるまい」
視線がロッシュから逸れ、俺達へ向く。
起きてすぐ食事だったから俺達の事は殆ど聞いていないはずだけど、何か引っかかるものでもあったか。
それか、それだけ俺達が目立つって事なのかもしれない。
「ヴァイランの領主として服飾には詳しいつもりだが、彼等のような服は初めて見る。どこの国の出かな?」
そこで疑われるんだ…。
さすがに鎧を着て公爵と食事って訳にはいかないと、俺達は普段着に着替えている。
あまり失礼な格好にならないようにと、女性陣はドレス、男性陣はスーツで整えている。
フラウのドレス姿が凄く良かった、なんて話は一旦置いておくとして…そこまで変な格好では無いはずなんだけど、何が悪かったんだろうか。
「そう不思議な顔をするものじゃない。刺繍の仕方一つ、レースの編み方一つで解る物もある。材料とて私の知る物とはかなり違うようだし、異国の者と考えるのが普通ではないかね?」
……それは隠せる自信無いなぁ。
服飾に詳しい人に、違和感の感じない服装をオーダーメイドするしか無いかも。
俺達の内面を見透かしたように、ソラン公爵は目を細める。
「お父様、恩人に対してあまり詮索するものではありませんわ」
「解っているとも。とは言え、興味を惹くのも確かだろう? 見知らぬ服に身を包み、我が家の医者でさえ治せなかった病気を治し、あっと言う間に魔物の群れを殲滅する者…今まで噂に聞かなかったのが不思議でならんよ」
「それはそうでしょう。優秀が故に、国に召し抱えられぬようロッシュが隠していたのですから。それを押してまで我々を助けてくれたのです。不躾な態度は頂けませんわ」
ナタリアが俺達を庇ってくれている。
元々そう言う取引だったとは言え、父親にまで食ってかかるとは思わなかった。
中々義理堅い性格のようだ。
「解った解った。これ以上の詮索は止めとしよう。ただ、もし知っているのなら、私に掛かっていた病気については伺いたい所だ。何か心当たりは無いのかね?」
立場や実際に治療した人物を考えるとユークが答えるのが適任だろう。
そう思って視線を向ければ、一瞬面倒そうな顔を向けられた。
「申し訳ありませんが、病気の方に心当たりはありません。使用した薬も特効薬などではなく、様々な症状に効く薬でしかありませんので」
「ほう。中々面白い薬を持っているね」
万能薬の効能は…知られない方が良さそうだ。
こうも疑念を向けられると、少し公爵との距離感を考えた方がいいかもしれない。
「むしろ、公爵の方に心当たりは無いのですか? 眠り続ける病気などそうそうあるとは思えませんが」
そう言って水を向ければ、公爵の方は顎に手を当てて考え込む。
「心当たりは無いな。ただ、立場上狙われる覚えはある。もし毒や呪いなのだとすれば、容疑者はごまんといるだろうね」
そりゃそうか。
以前は王位継承権を持っていた公爵ともなれば、どこから狙われたっておかしくない。
こっちの線から追うには容疑者が多すぎるな。
274:冒険者@波紋の精霊の加護(ドレアス)
せめて病気なのか、誰かにやられたのかだけでも解ればな
さっさと治したのが裏目に出ている。
とは言え、あの状態じゃ何時まで生きられたかも解らないし、調べられる人を待つ余裕があったかも不明だ。
状況的には仕方なかったように思う。
「他に同じ症状の人はいないのですか?」
「いや、聞いた事は無いな」
となれば、病気ではないんじゃないかな。
よほど珍しい難病とかでない限り、似たような症状の人が居るはずだ。
それが無いって事は、少なくとも新手の流行り病って事は有り得ない。
281:冒険者@麻痺の精霊の加護(アルテシア)
ネリエルがここでやってた事って、公爵の暗殺じゃないだろうな?
282:冒険者@風の精霊の加護(レーヴェ)
無いとは言えないな
もしくは、公爵が最初に患っただけで、ヴァイラン中にこの病気を撒くつもりかもしれない
283:冒険者@暴風の精霊の加護(メフィーリア)
それが出来るんなら、それはもう病気じゃなくて毒だろ
284:冒険者@鎌鼬の精霊の加護(ドレアス)
そんな事より、公爵令嬢ともあろう者がなんで縦巻きロールじゃないんだよ
貴族令嬢と言ったら縦巻きロールがデフォじゃないのかよ
ネリエルがここで何かしていると言うのなら、ここで起こった異常にはネリエルが関わっている可能性は高い。
それが村を襲った魔物なのか、公爵の『病気』なのかは解らないが、どうせロクな事は考えてないだろう。
…一部、どうでもいい事に拘るコメントをスルーしつつ、この領の現状に思いを馳せる。
放っておいて王都を目指すのも手だとは思っていたけど、ここの問題を解決してから行った方がいいかもな。
これらの出来事が、これで終わりとは思えないし。
「なんにしても、原因が解らない以上再発の危険もあります。ロッシュ、数日こちらへ滞在する事は叶いませんか?」
ナタリアのそんな提案に、ロッシュはふむ、と考え込む姿勢を見せた。
こちらとしても情報集めがしたいし、支店の様子見もある。
どのみちヴァイランには滞在しなければならないのだから、本来は悩むような話ではない。
「解りました。街に宿を取っておきますので、後ほど所在をお伝え――――」
「いや、こちらの要望で留まって貰うのだ。この屋敷を使うといい。客人として迎えさせて貰おう」
「一商人にそのような扱いなど…」
「なに、命の恩人に対しては当然の事だろう」
このやり取りを見ながら『ああ…』と納得した。
ロッシュはこうなるのを避けたかったのだろう。
だからさっさと宿を取ると言ったのに、公爵に先回りされてしまった。
この公爵、敵か味方かは置いといても、俺達を逃がすつもりは無いらしい。




