第87話 ソラン公爵
俺達はナタリア(とお付きのメイド)を連れ、ヴァイランの中心地へと向かった。
村の事は他の『ジュエル持ち』に報告し、近場に居た冒険者に後を任せて来た。
復興と護衛は彼等に任せて大丈夫だろう。
辿り着いた先には、洗練された様子の街並みがある。
アルテシアが交通路として発展した街であるのなら、ここは静かな高級住宅街と言った趣だろうか。
建物のデザインから、道行く人の服装まで…今までの街と比べると美的センスに優れているように映る。
「これだけ整った街並みって事は、計算された街作りがされたんだろうな」
ユークが言いたいのは、人が集まって自然発生した場所では無いって事だろう。
最初から、ここを街とする為に作り始めたからこそ、整えられた街となった訳だ。
「ここは元々王都の一部。ソラン公爵が王位継承権を放棄した際、ここを領地として賜ったのです。そして、ここを中心地として街を作り始めたと言う事ですな」
へぇ、と呟きながら外を眺めていると、これまで黙っていたナタリアがようやく口を開いた。
「な、なんなの? この馬車は…」
冷蔵庫とか見られちゃまずそうな物は布を掛けて隠しているし、速度も普通の馬車よりは速いと言う程度。
そんなに怪しまれるような事があっただろうか。
…そう思いながら様子を窺えば、ロッシュが小さく笑う。
「我が商会で扱う新技術が導入されております。今はまだ試作段階ですので、あまり広めないで頂けると…」
「な、なるほど。解ったわ」
なんの事だ、と視線でロッシュに問えば、小声で答えてくれた。
「恐らく、揺れが極端に少ない事と使用されているクッションや装飾の事でしょう」
なるほど。
昔の馬車は揺れが酷いって話は聞いた事があるし、乗ってすぐ解るレベルなんだろう。
一度、普通の馬車との違いを確認しておいた方がいいかもな。
…ナタリアがこの馬車に乗ったのは、ソラン公爵の件が関わる。
明確に答えはしなかったが、例の病気に掛かっているのはソラン公爵本人なのだろう。
患者本人を見なければ解らないと答えた所、多少渋っては見せたが会わせて貰える事にはなった。
ただ、眠ったまま食事も取れないでいる状況。
そんな差し迫った中であれば、俺達の馬車の方が足が速いと言う事で、まとめて移動する事になったのだ。
残して来た馬車は護衛達が後程運んで来る事になっている。
……どうでもいいけど、この公爵令嬢、自分が攫われる可能性とか考えなかったのかな。
それだけロッシュ、カリーシャ商会が信頼されていると言う事なのかもしれないが。
どうにも脇の甘いご令嬢に見えてしまう。
「――――……」
ナタリアの様子を窺えば、馬車の中や俺達の事など、しきりにチラチラと見ては何かを考え込んでいる。
何か聞きたい事があるのだろうが、踏み込めずにいるって所か。
先ほどのやり取りもロッシュの牽制の一つだろう。
そうした積み重ねで、俺達の素性を尋ねられずに済んでいる。
「…そう言えば、ナタリア様は魔法学院に通っておられましたな」
突然の問い掛けに一瞬目を丸くするものの、ナタリアはそれを肯定してみせた。
「魔法学院って冒険者ギルドが支援している組織じゃないの? 貴族も通うものなの?」
「さぁ…?」
「貴族は貴族で通う学校があるけれど、必ずしもそちらに通う訳ではないわ。…特に、家はちょっと事情があるから」
ノノに問い掛けられるも、俺にも解らない話だ。
そんな様子を見ていたナタリアから、内容を補足される。
多分、他に貴族の子息同士で友好を深めるような学校があるのだろう。
ただ、ナタリアの家は現国王と王位継承権でゴタゴタが起きてもおかしくなかった。
その辺の事情を考慮して、わざと別の学校に通ったとかそう言う事なのかもしれない。
他の貴族と距離を置く事で、国へ反目する意思が無いと言外に広めようとしたのかな。
「我々も学院に用事がありましてな。王都へ着いた際にはお世話になるかもしれません」
「あら、もし会えたら案内してあげるわ」
……貴族令嬢って言うともっと高飛車なイメージがあったけど、少なくともナタリアはそんな感じではなさそうだ。
まさか公爵令嬢自ら案内を買って出てくれるとは思わなかった。
「…お嬢様、見えて来ました」
メイドの視線が窓の外へ向かう。
それを辿って行くと、今まで並んでいた建物よりも豪華な屋敷が見えて来た。
……これ、やっぱり公爵邸だよね?
「……やっぱり、当たりのようですね」
フラウの小さな呟きは、隣に居た俺だけに届いた。
◆
通された屋敷は、公爵邸と言うにはあまり派手ではなく…ただ、統一感と清潔感のある建物だった。
服飾が盛んとか言っていたし、こう言ったセンスに優れた人が多いのかもしれない。
「…ここよ」
頑丈そうな扉を前に、ナタリアが振り返る。
…そんな簡単に、素性も解らない俺達と公爵を会わせていいものなのだろうか。
俺の疑問など素知らぬ顔で、ナタリアは部屋の扉を開いた。
中はシンプルな作りで、特別目立つような物は無い。
ただ、ベッドの横に綺麗な花が飾られている程度だ。
恐らく、寝る為だけの寝室なのだろう。
そこの主役とも言えるベッドには、金色の髪に顎髭を生やした一人の男性が眠っている。
元々は端正な顔立ちだったのだろうが、今は見る影も無いほどやつれていた。
身体はやせ細り、胸の動きを見なければ死んでいるとさえ映る有様だ。
「……ソラン公爵ご本人ですな。前に遠目で見た事があります。…もっとガッシリとした体付きであったと記憶しておりますが」
「この症状になってから、急激に痩せてしまったわ」
感情を感じさせない声で、ナタリアはそう答える。
そして、ソラン公爵に近付くと、シーツをそっと掛け直した。
……その能面のような表情からは、何の感情も伺えない。
…なるほど。
俺達を簡単に会わせた理由が解った気がする。
多分、もう後が無いんだ。
眠りについてからどれだけ経過しているのかは解らないが、これほど痩せてしまった公爵を見て、長くないと思うのも無理は無い。
危険があったとしても、一縷の望みに懸けて俺達と会わせる事を選択したって事なんだろう。
「…どうする?」
俺が問いかけると、ユークはすっと前に出る。
手に万能薬が握られているのに気付き、嫌な予感がした。
「ユーク――――――」
止める間も無く、それは実行されてしまった。
ソラン公爵に近付いたかと思えば、いきなり万能薬をぶっかけたのだ。
「いや、公爵! 相手公爵!!」
「どうせ飲めないんだから仕方ないだろ?」
そう言う問題じゃねぇよ!
一声掛けるとかあるでしょうよ!
「な、何を―――――」
「…む、むう…?」
ナタリアから非難の声が出るかと思った直前、問題の人物がうめいた。
ナタリアが振り返れば、ソラン公爵がうっすらと目を開いた。
「お、お父様!?」
「ナタリア…か? 私は、一体…」
「お父様!!」
目を覚ました公爵に、ナタリアが抱き着く。
先ほどまでの能面のような顔が剥がれ、泣き崩れる彼女は歳相応に見えた。
まぁ……結果オーライ、で済むといいなぁ。




