第86話 病人は
俺やフラウが目立たないように苦心していたのに、ユークが飛び込んで来た事で全てが水の泡になった。
溜息と共にミニマップを見れば、後ろから迫って来た魔物はギアに殲滅されているし、回り込んで来た魔物もノノとケインが抑えているようだ。
……正面の敵もほぼ吹き飛んだ事だし、襲撃はほぼ終息したと見ていいだろうか。
「…で、ユーク。これどうすんの?」
すっきりしたと言わんばかりの顔で肩を回すユークに、俺は冷たく告げる。
「そう怒んなって。手は打ってあるから安心しろ」
「手?」
ユークが乗って来た馬車を顎で示す。
そちらを見れば、ロッシュと共に公爵令嬢が降りて来た。
『あの』馬車に乗せたのか?
「な…な…」
顎が外れんばかりの大口を開けて、公爵令嬢は言葉を失っている。
手で口元を隠している辺りに、かろうじて育ちの良さが伺えた。
「ナタリア様」
「あ、そ、そうだったわ。ナタリア・ヴァイラン・オンスハーゲンの名の元に命じます! ここで見た事、聞いた事は他言無用! この命に背く者あらば、我が名の元に厳罰が下ると心得なさい!!」
……えっと、状況が掴めないんだけど。
◆
「統率者らしき奴は見当たらなかったな。そう言った特性の魔物がどこかに潜んでるのか、発見されていない迷宮から溢れて来たか……もしくは『連中』がまた何かやってんのか、だな」
「宝玉があれば操る事ぐらい出来そうだしね。他の冒険者も来てるんだろうし、情報共有だけしておくよ」
付近を調べていた俺達は、結局原因を見つける事が出来なかった。
何故魔物が襲撃して来たのか、そしてあれだけ統率されていた理由は何か…不穏な影がチラ付くけど、先に片付けるべきはあの公爵令嬢――――ナタリアの件だ。
調査を終えた俺達は、襲撃されたと言う村へと戻って来ている。
周囲に魔物が居ないのは確認出来たし、戻っても大丈夫と言う判断の元ではあるけれど、原因が解らなかった以上安全なのかは保障出来ない。
「しかしまぁ、派手に壊されたな」
村の中はボロボロ。
魔物達の襲撃で破壊された痕が生々しく残っている。
犠牲者が出ていないと言うのは奇跡としか言えないな。
「森に出ていた狩人が、魔物の大群を見つけて知らせてくれたんだそうですよ。発見が遅れていれば、人的被害も相当なものだったでしょう」
建物に残された傷痕を眺めながら、ギアがそう教えてくれた。
不幸中の幸いって事だね。
軽く村を見て回った俺達は、辛うじて原型を保っている建物へと入っていく。
中にはロッシュとナタリア、連れのメイドと護衛が三人ほど集まっていた。
「悪ぃな、ロッシュ。原因らしきものは見つからなかった」
「では、今後また同じような事が起きるかもしれませんな」
「情報共有はしておくから、多分後続が調査する事にはなると思うよ」
その後続が村の護衛もしてくれるだろう。
今、ヴァイラン方面には『ジュエル持ち』が複数向かっている。
調べる人員ぐらいは確保出来るはずだ。
「――――で、俺はまだ詳しい事情を聞いてないんだけど、何がどうなってるの?」
ユークが惜しげもなく力を見せた理由。
あまり目立たないように動くはずが、ナタリア―――――ここの領主の娘の前で、あれだけ派手に暴れたのだ。
当初の予定と違い過ぎる。
「ナタリア様とちょっとした取引を致しましてな」
「取引?」
聞き返せば、ロッシュはニヤリと笑った。
「優秀な護衛を見つけたけど、国に召し上げられるのが嫌だから目立ちたくないんでしょう? こちらとしては村を救って貰えればそれでいいし、告げ口する気は無いわ」
…つまり、村を救う代わりに、俺達が多少目立つ行いをしても庇ってくれると言う事らしい。
有難い話だけど、問題は目の前のこの令嬢が信用出来るのかどうかだ。
大丈夫なのかとロッシュに視線を向ければ、穏やかな顔で頷かれた。
「とは言え、これほどとは思っていなかったけど…」
村を滅ぼすほどの魔物が、ユークの一撃でほぼ殲滅されたのだ。
強い護衛どころか、ちょっとした戦略兵器である。
「しかし、取引は取引でございますな?」
「勿論よ。ただ、少しは自重して欲しいわね。私に揉み消せるのも限度があるわ」
そりゃそうだ。
「それで、ナタリア様はどこで襲撃の事を知ったのです? ここは街道から逸れておりますし、道中で立ち寄る村とも思えませんが」
「…自身の住む領を見て回るのが、そんなに不思議な事かしら?」
言い淀んだな。
何か言い難い事があると自白したようなもんだ。
「――――まぁ、こちらも黙っていて欲しいと要望している身です。聞かれたくないのであれば、これ以上は聞きますまい」
そうロッシュが大人の対応を見せれば、ナタリアの方は考え込んでしまった。
少しの間沈黙が流れる。
…沈黙に耐えられず、村人の食事でも用意しに行こうか…などと逃げる算段を立てている最中に、ナタリアが再び口を開いた。
「ロッシュ、貴方…病気には詳しいかしら?」
「病気、ですかな?」
「珍しい病気…あまり聞いた事の無い症状なのだけど」
返答に困ったロッシュが、俺達の方へ視線を向ける。
パーティに誘えば、そのメンバーが掛かっている状態異常も解るものだけど…こっちの世界の人間をパーティに誘う場合、同意とかって必要なんだろうか。
ここまで、この世界の人とパーティを組んだ事無いしなぁ。
「…選択肢は出ないが、相手の同意は要るらしいぜ。病人が意識の無い状態だったら調べようが無いな」
ユークが言うにはそう言う事らしい。
相手のステータスなんかを調べる魔法があるって聞くけど、それを持ってる人でないと解らないかな。
「…ちなみに、どのような症状なんです?」
俺達に解るものであれば……そんな気持ちで尋ねてみれば、ナタリアは目を伏せ、組んだ指を見つめる。。
「…原因は解らないけれど、眠ったまま目覚めないの。食事も出来ないから、どんどん衰弱していっているわ。スープとかを流し込んでなんとかしているけれど…」
誤飲の危険もあるし、何時どうなってもおかしくない状態だな。
「点滴みたいのでもあれば、少しはマシだろうが…」
「てんてき?」
「こっちの話ですよ」
ユークの呟きをナタリアに拾われた。
適当に誤魔化せば、ナタリアは小さく溜息を吐いた。
…レーヴェでなら作れそうなもんだけど、頼んでみようか。
果たして間に合うかって問題はあるけど。
「貴方達から見て、治せそうですかな?」
ロッシュがそう言って俺達を見る。
「見てみなきゃ解らねぇな。…患者はどこに居るんです?」
「――――…ええと」
ナタリアがメイドと顔を見合わせている。
さっきからそうだけど、妙に言葉を選ぶような。
……まさかと思うけど。
「もしかして……ソラン公爵…ですか?」
俺がそう尋ねれば、ナタリアの眉が困ったように下がった。




