第85話 公爵令嬢
「あ、あ、貴方達! 一体どんな魔法を使ったって言うの!?」
ギアがユークへの説教を始め、泥棒と呼ばれた男の生存が確認された頃、前に停まっていた馬車から若い女性が飛び出して来た。
着飾っている姿からは、それなりに高位の存在であると匂わせている。
…情報を集める前に、貴族と接触してしまったか?
「…ヴァイラン公爵家令嬢、ナタリア・ヴァイラン・オンスハーゲン嬢ですな」
うわぁ。
小声で呟くロッシュに、一瞬心の声が漏れそうになる。
「なんなのアレは!? あんな高威力の魔法なんてどうやって――――」
「お嬢様! 落ち着いて下さい!」
こちらへズンズン進んで来た令嬢であったが、出て来たメイドに押し止められてその場に立ち止まる。
金色の髪に勝気な印象を受ける灰色の瞳。
来ている服も、これまで見て来た人間と比べればかなり豪華な代物。
公爵令嬢と言うのも頷ける。
けど、なんで大した護衛も無くこんな場所を移動しているのか。
そんなだから泥棒に合うのでは?
「お久しぶりでございます、ナタリア様。カリーシャ商会のロッシュでございます」
「…カリーシャ商会? しかも、商会長が何故こんな場所に?」
「商いの途中でして。…お言葉を返すようではございますが、ナタリア様こそ何故こんな場所に? 護衛も見えませんが…」
俺達の言いたい事をロッシュが代弁してくれる。
さすがに、貴族令嬢が護衛もなく移動していては狙って下さいと言っているようなものだ。
「そう、大変なのよ! この近くの村が魔物の群れに襲われてるの!」
「魔物の群れ…?」
「護衛はそちらの救助に残して、私は報告の為に急いでいたのよ!」
それはまぁ、慌てるのは解るけど。
「先ほどの泥棒と言うのは?」
「騎士団の詰め所へ向かう途中、村から逃げ出したって言う男を見つけたから拾って来たのよ。そうしたら、突然私のブローチを奪って…」
「だから乗せない方がいいと申し上げましたのに…」
……どこか抜けたお嬢さんだ。
「ロッシュさん、どうする?」
どうにも差し迫った状況らしい。
その村の人を救助してもいいが、ここで令嬢と顔を合わせてしまったのは問題だ。
見知らぬ冒険者が助けてくれた…この人と出会っていなければ、それで済ます事も出来たかもしれないのに。
「……この状況、なんとか出来ますか?」
「魔物の事であればなんとかするけど…」
問題はこの令嬢に見られてしまっている事。
ここで俺達が村を救ったら、多分俺達の存在が明るみになる。
カリーシャ商会との繋がりもだ。
ヴァイランの現状が解らない以上、今俺達が動く事が果たして正解なのかどうか。
「…後の事は私がなんとかしてみましょう。まずは人命救助です」
ロッシュには悪いけど、ロッシュがなんとかすると言うのであれば、人命救助を優先する事に否は無い。
…と言う訳で、全部ぶん投げて俺は適当に暴れてこよう。
「…フラウも来てくれる?」
「解りました」
一瞬迷ったものの、フラウを連れて行く事にする。
俺の足なら単独で向かった方が早いが、守りながらと言うと人手が欲しい。
「ノノとケインはユーク達に事情を説明して、ロッシュさん達の護衛を続けて」
「解った」
「おう」
そこまで告げると、俺はロッシュへ視線を向ける。
どう伝えたものかと考えていると、心得たとばかりにロッシュが頷いた。
「我が護衛は非常に腕利きでして。あの一撃も御覧になったでしょう?」
そう言って、令嬢達の視線をユークが起こした災害に誘導する。
その瞬間、俺はフラウを抱え上げて一気に駆ける。
…俺達の移動を見られたら、後で何て言われるか解らないからね。
◆
もっと場所を詳しく聞いておくんだった。
若干迷いながらも、俺達はなんとか村へと辿り着く。
「致命的な時間ロスにならなくて良かったよ」
「道が別れていた時は肝を冷やしましたね」
道に沿って行けば辿り着くかと思えば、途中で二股に行き着いた。
あの時はマジで焦った。
「そ、それよりそろそろ…」
「あ、ああ、ごめん」
横抱きに抱えたフラウを地面へと下ろす。
状況的にこれが最善だったとは言え、ちょっと気恥ずかしい。
「あそこですね」
顔を手でパタパタと仰ぎながら、フラウが視線を向ける。
俺達の眼前には、令嬢の護衛と思わしき数名が魔物相手に奮闘している姿が見えていた。
撤退戦に集中しているのか、あまり攻め込まず、消耗を押さえた戦い方。
中々訓練されているようだ。
村人たちは守られるようにして逃げ出そうとしている。
「姿を隠しますか?」
「いや、さっきのやり取りがあったし、すぐ俺達だってバレると思うよ。スキルや魔法を使わず、ちょっと強い冒険者を装う方がいいと思う」
そう言いながら剣を抜くと、俺達は護衛達の傍に躍り出た。
護衛の背後を取った魔物を斬り捨てる。
同時に、横合いから村人を襲おうとした魔物がフラウに蹴り飛ばされた。
「何者だ!?」
「カリーシャ商会の護衛です! 先ほど公爵令嬢より事情を聞き、こちらへ援軍に参りました!」
安心させるよう力強く答える。
…内心、あの令嬢の名前なんだっけ、とか焦ってたけど、気付かれてないよな。
「助かる―――が、二人だけか!? 無謀だぞ!」
「足止めならば人数が多い方がいいはずです! 贅沢は言っていられないでしょう!?」
「確かにな…!」
さっと視線を動かし、敵と味方のレベルを確認する。
護衛達の平均は20代前半。
敵のレベルは10代後半と言った所。
だが、敵の数が多い。
熊や虫の姿をした魔物が多く、『EW』に居なかった初見の相手も目立つ。
何か特殊な能力を持っているかもしれないが、この状況ではレベル差で打ち倒すしかないだろう。
何かする前に、さっさと減らすべきだ。
「護衛の皆さんは一度下がって建て直してください! フラウ、その間は頼むよ!」
「解りました!」
「有難いが無茶だ!」
護衛達の前に出たフラウが、飛び掛かって来た魔物を数体まとめて切り伏せる。
その間に、俺は敵の中へと潜り込んで手あたり次第になで斬りにしていく。
護衛の驚いた顔が視界に入り、内心で舌打ちした。
もうちょっと普通の冒険者を演じたかったけど、それほど余裕は無いようだ。
村人達は俺達が来た道を戻るようにして逃げているが、その先に魔物が集結しつつある。
このままだと取り囲まれるし、別のルートから魔物が迫っているのも俺のミニマップには映っていた。
「フラウ、気を付けて。…なんか、こいつら統率されてる」
「上位種でしょうか? これだけ種類の違う魔物達を統率出来る存在…?」
何か特殊な能力を持った魔物に操られているんだろうか。
もしそうだとしたら、操っている魔物には知能があるはずだ。
これだけ的確に敵を配置しているのだから。
なんにしろ、取れる手段は二つ。
突破か殲滅だ。
これだけの非戦闘員を抱えて突破は現実的じゃない。
なら、殲滅? もしやるならば、俺達も加減してる場合じゃないけど…。
「……ん? なんの音?」
ドドドドドド、と地面を揺らす音が遠くから聞こえて来る。
ミニマップを見れば、俺達の来た方向から高速で接近する点が。
……って、これ青点なんだけど。
その複数重なった青点から一つの点が飛び出す。
「どおおおおおりゃああああああ!!!」
聞き慣れた声が咆哮を上げた瞬間、俺達の頭上を通り過ぎ、何者かが落下して来た。
大地へ着地するかと言う寸前、振り下ろされた大剣が目の前に居た魔物達を地面ごと砕いた。
砂煙が舞う中、その中に居るだろう人物に向けて溜息を吐く。
「……ユーク、後で説教ね」




