第84話 ヴァイランへ
「話し合いは終わったんですか?」
「ええ」
ウェイン達と話があるとの事で伯爵邸に向かったロッシュだったが、小一時間ほどで外へと出て来た。
俺達は内容を知っていたし、それなりに時間が掛かるだろうと思っていたので、馬車で準備を進めていたのだが…思ったより早く帰って来たロッシュを意外に思う。
「目的地は変わらず王都です。予定通り、ヴァイランを経由して向かいましょう」
そう言って馬車に乗り込むロッシュに続く。
話は中で、と言う事だろう。
◆
アルテシアを出発し、ヴァイランへの道中でこれからの方針を尋ねる。
多分、ウェインからは撤収を延期して様子見って打診を受けてるはずだ。
商会員を危険から遠ざけたいロッシュからすれば、それが受け入れられるか否か。
どんな話になった事やらと聞いてみれば、意外にもウェインの提案を受け入れたらしい。
「なら、撤収は一時延期?」
「ええ、変わりに護衛を付けてくれると言う事でしたので。変に相手側を刺激しない方が、商会員を守れそうですしね」
それで今回怪我人が出てしまったのだ。
方針を変えると言うのも一つの手ではある。
「その裏で亜人庇護派の貴族達と渡りをつけ、必要とあらばそちら側の領へ逃げるよう指示を出します。転移出来る方を傍に置いて下さるそうなので、逃げるのも容易でしょう」
人の限られる転移系の魔法使いを傍に置くか。
相当な譲歩をしたな。
「…今回の件で、我々も当事者であると言う自覚が湧きました。元々は貴方達に巻き込まれた形ではありましたが…最早他人事ではいられませんな」
自らも洗脳を受けていて、現実に王国内をネリエルの人間が浸食している。
ここまで来ると、最早ロッシュの方が当事者と言えるだろう。
「王都に着いたら、王国全体の情報も集められるでしょう。今後の動きを決める上でも王都へと急ぎましょう」
「その前にヴァイランがあるけどな」
ソラン公爵が治めると言うヴァイラン。
ここでもネリエルが何らかの動きを見せていると言う話がある。
まぁ、多分簡単にはいかないんだろうな。
「ヴァイランとはどのような土地なんです?」
ギアの問いに、ロッシュはふむ、と考え込む。
「中々難しい土地ですな。現当主であるソラン公爵は先王の弟君ではありますが、あまり目立つタイプの貴族ではありません」
目立たない、と言われるとモリスン伯爵が脳裏を過る。
ここでも同じような事が起きているんだろうか。
「アルテシアから馬車で行けば、四日ほどでヴァイランに入るでしょう。そこから更に三日ほど行けば領主が居る中心地へと辿り着きます」
「一週間か」
「まぁ、この馬車なら半分も掛からないでしょうが」
夜間はしっかり休むが、それでも十分素早い移動が可能だ。
最悪、急ぐなら夜間の移動も視野に入れよう。
「ヴァイランは布や織物が有名です。ドレスの仕立てなどもこの地で盛んに行われていますが…貴方達の服飾が流れれば、ヴァイランの経済は傾いてしまうでしょうな」
利害は反している訳だ。
いや、協力する方向に行けばそれなりにやっていけるかもしれないけど。
その辺りどうするかって言うのは、俺には解らない領域だ。
「アルテシアでの出来事が大きく広まる前には王都に辿り着きたい。ヴァイランはさっと素通り出来りゃいいがな」
「どうだろうね。何やらキナ臭い話もあったし」
ネリエルがヴァイランで何をしようとしているかは解らないが、暗躍しているだけなら悟られる前に片付ければ済む話。
ただ、アルテシアみたいに領主にまで手が伸びていた場合、それなりに手を焼く事になるだろう。
「ソラン公爵に噂はありますか?」
「先王とは歳の離れたご兄弟でしてな。現王よりも年齢は若いのです。先王の時代には現王との権力争いを避け、早々に王位継承権を手放したとか。思想までは解りませんが、基本的には穏健派のようですな」
話し合いの余地はありそうか。
ただ…血筋や立場上、変に引き込むと国を二分しかねない。
その辺りの調整は、中々にシビアな所だろう。
「ネリエルが余計な真似してなきゃいいけどな」
ケインの言葉に無言で返す。
アルテシアであれだけの事をやっているんだ。
あまり楽観的に考えない方がいいだろう。
「その為に王都側へ行く冒険者を増やしたんでしょう? 最悪は、アルテシアの時のように力押しも手ですね」
「前回、俺達はロッシュの護衛してただけだったしな」
ギアがそう軽口を叩けば、ユークも小さく笑う。
実際、アルテシアで起こした事を考えれば力押しは有効だろう。
ちょっと…――――いや、かなり目立ち過ぎるのが問題だけど。
◆
それから丸二日移動に費やし、人目の無い場所では最速で移動をしていた俺達。
あっと言う間にヴァイラン近辺へと辿り着いた。
丁度正午を回ろうかと言う時、遠くから鐘の音が聞こえる。
チラリと自分のアイコンに異常が無いか確認するものの、特に影響は無かった。
自分だけレジストした可能性もあるかとフラウ達の様子を見るも、変わった様子はない。
「…鐘は大丈夫そうか?」
「何も起こらないね」
一応、全員に万能薬を配っておく。
「アルテシアほどにはネリエルの手が入っていないのかもしれません」
フラウの予想通りなら、まだ下地を築いてる段階と見ていい。
もしくは、例の鐘もそんなに数が無いのか。
…これから先、魂を集められると増えていくかもしれないけど。
「ヴァイランまではあとどのぐらいでしょう?」
「数刻と言った所でしょうか。予想していたより、遥かに早い到着ですな」
そんな会話を後目に外に目をやれば、少し先で馬車が止まっているのが見えた。
何か事故かと見つめていた時、馬車から一人の男が駆け出した。
いや、逃げているのか?
「なんだろう、あれ」
同じものを見ていたノノが呟いた。
逃げた男は冒険者風の男で、皮鎧を身に着けている。
馬車の方はと視線をやれば、メイド服の女性が飛び出して来る所だった。
「泥棒!」
そんな声が聞こえ、咄嗟にフラウと視線を合わせる。
その一瞬が致命的だった。
「よっ…と」
御者台に座っていたユークが、馬車から飛び降りる。
飛び降りた瞬間、足元の石に触れたのが見えた。
触れた石は一瞬だけ消滅し、次の瞬間には再びユークの手元に握られている。
それがインベントリに仕舞う動作だったと理解した頃には、ユークは腕を振りかぶっていた。
こいつ、一度インベントリにしまう事で石に耐久力のステータスを付与したな。
普通であれば、ユークが石を全力で投げた場合、空気の壁にぶつかって爆散する。
だが、俺達が作った武器、あるいはインベントリにしまわれた武器は耐久力が設定される。
耐久力が設定された武器は、耐久が0にならない限り武器として使用出来る。
耐久が減る要素は、敵の攻撃を武器で受けたり、攻撃に使用したりする事で減少する。
逆に言えば、それ意外で減る事は無い。
音速を超えようが、攻撃として成立しない限り耐久が減らず、自壊する事もない。
「――――」
そこまで思考出来たのに、咄嗟に声が出なかったのが悔やまれる。
俺が何か言葉を発しようとした頃には、ユークの手から石が『射出』されていた。
キィィン、と言う甲高い音と共に、逃げ出した男の方へ石が解き放たれた。
それは、男のすぐ脇を通り抜け、その少し先の地面へと激突する。
まるで隕石でも降って来たかのような激しい衝撃と閃光、砂埃。
近くに居た男はその衝撃で吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がった。
砂埃が晴れた頃には、投石で出来たとは思えないほどの惨事。
地面に大穴を空け、近くにあった木が根本から折れてしまっている。
「あれ? 外したか」
これだけの事をやっておいて、気の抜けた声を上げるユーク。
「ちょっと…アイツ正座させて来ます」
一段低い声を出したギアが、ユークの元へと歩いて行った。




