第83話 雑用
大変間が空いてしまいましたが、改めて投稿を再開します。
以前ほどの投稿ペースは守れませんが、ゆっくり見守って下されば幸いです。
「はぁ…」
無意識に溜息が漏れる。
本当ならフラウと浴衣でも着て見て回っている頃だろうに、何が悲しくてこんな事をしているのか。
「ほら~、レイちゃんもこれ運んで~」
「ハンナさん、それ…なんですか?」
「お鍋に決まってるじゃない」
「いや、サイズが…」
俺にドラゴンぐらい入りそうな鍋を渡して来たのは、レーヴェの冒険者ギルドマスターのハンナだ。
明らかに人一人に運ばせる代物じゃない。
この身体じゃなければ潰されて死んでた。
ここはアルテシア領主邸の地下に作られた空間で、現在、亜人達に用意する食事の準備をしている。
今回の件で集まって来た亜人達が街中に出られないって事で、この空間を使って昨日から宴会をしていた。
で、地下洞窟とは思えないほど豪華に飾り付けられ、ここでみんなで夕飯をと言う訳だ。
……俺も、フラウをヴィオレッタに取られて暇をしていた所をアイリーンに見つかり、こうして手伝わされる事になった。
「レイちゃんは料理得意~?」
「自炊出来るって程度ですけど…」
「十分よ~」
最悪、料理も合成出来るからパッと用意する事も出来るけどね。
ただ、味が毎回全く同じになるから飽きやすいのが難点なんだけど。
◆
「…お前もか」
「こっちの台詞だよ」
ハンナに案内されて辿り着いた先はキッチン。
…いや、キッチンと言うには大きすぎる空間だ。
まぁ、この鍋を置ける場所って考えると妥当な大きさなのかもしれない。
その場には幾つか見知った顔が並び、俺に話し掛けて来たのはアイリーンの弟で『金剛』の異名を持つベルンだ。
こうやって二人で話をするのは初めてだったかな。
「ハンナ姐さんに捕まって逃げられなかったんだよ…」
どうやら、彼も俺と似たような境遇らしい。
「『金剛』さんは料理出来るの?」
「家事担当は俺だったからな」
「家事担当?」
「ああ。姉と二人暮らしだったからな」
姉…アイリーンか。
同じゲームで同じクランに所属している辺り、なんだかんだ仲がいいんだろう。
まぁ、姉のコンプレックスを暴露したのもコイツだが。
「鍋はそこに置いといてくれ」
「解った。…それで、俺は『金剛』さんを手伝えばいいの?」
「ベルンでいいから、その呼び方やめろ。とにかく野菜を大量に切れ。これだけですげぇ量あるんだよ」
ベルンが親指で差し示した方向には、山のように積み上げられた野菜が佇んでいる。
…なんと言うか、凄い圧だ。
「これ…全部?」
「そーだよ。亜人は大食いが多いからな」
俺の周りに居る亜人と言えばギアぐらいだからか、そんな話は知らなかったな。
ギアはどちらかと言えば小食だったし。
…でも確かに、オーガの里で見た料理は大量だった。
俺とフラウは途中で抜けたから、あれを完食したかどうかまでは知らないけど。
「メニューは?」
「色々あるが、今切ってるのはシチュー用の野菜だな」
じゃ、一口サイズに切っておけばいいか。
適当な野菜を手に水道の前に移動する。
…って言うか水を通したのか、ここ。
野菜を洗いながら横目でベルンを見れば、本人の言葉通り手慣れてるのが見て取れた。
家事担当と言うのも頷ける。
「人の手を見てないで仕事してくれよ」
「はいはい」
こっちを一瞥もせずに視線を読まれた。
プレイヤーとしては一流だね、全く…。
「……」
暫く、野菜を切る音と、周りで騒ぎながら調理している声が響く。
特に会話も無いまま、淡々と作業に耽る。
……たまにはこんな時間もいいかもしれない。
何も考えず、単純作業を繰り返すと言うのも気が安らぐものなんだな。
「そう言えば、『狂葬』さんと話すのって初めてか?」
「レイでいいよ。俺達の接点って精霊祭くらいじゃない?」
「通り魔された覚えしかないな」
第一回では強襲したものの倒し切れず、少しだけ交戦したが信じられない再生能力と防御力を見せつけられ、俺の方が逃げ出した。
第二回では前回の経験を踏まえ、スキルや魔法をフルに使って一瞬で倒し切った。
レーヴェでは少しだけ会話をしたけど、それも複数人での物だったし、ベルン個人との接点と言われるとその程度だ。
「…レイはこっちの世界に来て良かったか?」
「ん?」
話題も見つからず、適当な世間話を振ったつもりなんだろう。
意識が目の前の食材に向いているのがはっきり解る様子で、会話の内容にはそれほど興味が無さそうに思える。
「まぁ、そうだね」
こっちに来た事で、フラウと会話する事が出来た。
フラウと生きる事が出来ている。
それだけで、こちらに来た意味はあった。
「そっちは?」
「ああ、まぁ…俺もかな」
「……」
「……」
………会話が終わった。
まぁ、生活する国も違えば接点も殆ど無いし、話題が無いのも仕方ないな。
というか、変に話し掛けるから余計気まずくなったまである。
「…そう言えば、執行者ってどうするの? このまま監禁?」
「こっちの世界的には、普通処刑だろうってさ。…ネリエルからの横槍があるだろうし、クラウン王国に任せたらどうなるかは知らないが」
処刑、か。
やって来た事を考えれば当然だろう。
だが、ポーラを見て来た身としては彼等が悪いのか悩む所だ。
彼等は自分達が何をして来たか、理解すらしていなさそうだ。
「…『EW』的には?」
「薬や魔法の被検体にでもするかって話が出てたよ」
それ、処刑の方がマシなのでは…。
一瞬手が止まったが、思考を振り払って作業に戻る。
「まぁ、アイリーンは乗り気じゃなかったけどな。ラードリオン達からすれば恨みもあるだろうし、難しいとこだ」
実行犯には違いないしね。
でも、伯爵にしても執行者にしても、上手く利用されたって感じが拭えない。
例の黒幕をどうにかしないと、こいつらを処刑した所で何も変わらないだろう。
「本当に難しい話だね。彼等をどうにかしたって何も解決しないけど、殺された亜人達からすれば恨みの対象なのも間違いない」
「被害者のガス抜きって事で処刑しちまってもいいとは思うがな。正直言って、それ以上の意味は無いようにも思う」
「それに、今死なせた所で、彼等は何が悪かったのか理解しないままだろうね」
それこそ、ベルンの言うようにガス抜き以上の意味は無いだろう。
「使えるかは解らないが、一先ずはネリエルに対する人質として扱う方が意味はあるかもな」
「……魔物を召喚させて死なせるような奴等に、人質として意味を為すかな?」
「ネリエルとしても他国との摩擦になり得る話だ。望み薄だが可能性はあるんじゃないか?」
……ネリエル相手に役立つかなぁ。
手駒としか思ってなさそうだし、知らぬ存ぜぬを貫きそうではある。
「そっちより、王国をこちらに引き込む為の証人としての方が使えない?」
「それだけで引き込めるか?」
「資源をネリエルに頼ってるって話もあったし、その資源を俺達が提供出来れば?」
「……色々やらかして来るネリエルより、俺達の方がマシだって思わせられる訳か。…少なくとも、それぐらいまでは生かしておく価値があるな」
「―――――…そうだね」
……結局。
俺達は殺さない理由を探しているだけだ。
こう言った事に関しては甘さが抜けないらしい。
NPCやこの世界の住人の方が、よほど現実が見えている。
…そうは思っても、中々踏ん切りが付かないのは救いようが無いな。
自分に、あるいは自分達を内心で嘲笑しながら、目の前の野菜を切って行く。
この世界へ来て良かったとは思う。
けど、俺達がこの世界に向いているとは思えない。
もし本当に、この世界の神とやらが俺達を召喚したのだとしたら―――――どんな理由で俺達を選んだのだろうか。
「……」
そんな事を考えながら、目の前の野菜を処理して行く。
何時の間にか会話も途切れ、ぼーっと作業していた時、再びベルンから声を掛けられた。
どうやら、沈黙は苦手であるらしい。
「…ロクトは『二つ名持ち』が多くていいな。レーヴェにはあんまりいなくてさ」
「そうなの?」
思えば、俺も『聖女』、『金剛』、『爆炎姫』ぐらいしか会っていない。
『弾幕』…ヴィオレッタも居たけど、彼女は本来ロクトの国民で、転移した時にたまたまレーヴェに居ただけだ。
「君達姉弟と、あとはルビーとヴィオレッタだけだったの?」
「いや、一応もう一人居たんだけどな」
「…誰?」
レーヴェで誰かが死んだなんて話は聞いていないけど、急な過去形に嫌な予感が過る。
「いや、『探検家』さんがな…」
ああ――――あの人か。
『EW』プレイヤーの中で、一番最初に世界地図を埋めきった人物。
彼が作った地図はあの『深淵』の中さえ含まれ、生還こそ出来なかったものの、深淵内の地図を埋め切った。
ある種、深淵の最初の攻略者と言えるだろう。
その地図は多くの挑戦者達に役立てられ、攻略の際に利用されていた。
俺達は突発の攻略だったから、彼の地図は持っていなかったけど。
「今度はこの世界の世界地図作ってんの?」
「聞く所によるとそうらしい。異世界転移したって知った途端レーヴェを出て行ったよ」
まぁ、逸話を聞くに彼らしい行動と言えるか。
「今はどこに?」
「精霊機とジュエルの同期作業する前に出て行って、そのまま帰って来ない。連絡の取りようがなくてさ」
……それ大丈夫なのか?
悪魔のようにレベルの高い存在も少数ながら居る訳で、どこかで死んでいる可能性だってあるのではないだろうか。
戦闘力はそれほど高くないって話だし、少し心配だ。
「とは言え、アイツだってEXスキルや固有魔法があるんだから、簡単には死なないと思うんだけどな」
どうだろう。
この世界の事が解らな過ぎてなんとも言えない。
俺達にとって致命的な魔法とかあるかもしれないし、悪魔以外にも何かが居るかもしれない。
…まぁ、連絡の取りようが無い以上、心配してもどうにもならないか。
「―――――って言うか一向に終わりが見えないんだけど」
「これ、俺達だけじゃ手が足りなくね?」
振り向いて野菜を見てみれば、一切減った様子の無い山が聳え立っていた。
「剣使っていい? こっちの方が早い気がする」
「それ何斬った?」
「…クアドラシフィアとか…」
「駄目だろ」
もう合成しようか。
一回食べるだけなら飽きとかも無いだろ。
「…お前ら何やってんだ?」
聞こえて来た声に振り向けば、そこにはユークとギア、ラードリオンの姿。
「いい労働力が手に入ったな」
「いっそクェインとかも巻き込もうか」
「……なんか不穏な会話してますね」
一番に危険を察知したギアを丸め込み、俺達は調理に勤しむのだった。




