第82話~第83話 幕間5 当人達はまだ、その事を知らない
祭りの喧噪に耳を傾けながら、ヴィオレッタはグラスを傾ける。
外では酔っぱらった『ジュエル持ち』が神輿を担いで走り回っていた。
(何をやってるんだか…)
目を反らそうとした瞬間、窓の外では神輿が空へと飛び立っていった。
それを呆れた目で見ながら、買って来た綿あめを口に放った。
「――――それで、何の成果も得られず……」
目の前には項垂れたフラウ。
「いっそ押し倒せばいいんですよ~」
「それはもう失敗しました…」
この場にはヴィオレッタとフラウ、イーリスが集まっていた。
女子会と称してヴィオレッタが二人を集めたのである。
ヴィオレッタの目的としては、ジュエルの件をレイとギランがどう受け止めたのかをそれとなく聞きたかったのだが、話は脱線に脱線を重ね、今はレイとフラウが寄り添っていた件へとシフトしている。
(いやぁ…この二人ここまで自由だったとは…)
イーリスには収集癖があるようで、集まって早々に祭りで手に入れた変な物を自慢し始めた。
誰が作ったか解らないが、土偶やらエアガン、更にはウェディングドレスまでも売られているらしい。
…で、そのウェディングドレスからレイとフラウの話に変わり、寄り添っただけでその後何も無かったと、フラウがヤケ酒を初めてしまったと言う訳だ。
ヴィオレッタが聞こうとしていた話題には一切辿り着く事が出来ず、しかし、この二人の様子を見るに、レイもギランもそれほど気にしてはいないのだろう。
「それぐらい押せば、あとはなし崩しで上手く行くかと思ったんだがね」
ちなみに、フラウにレイに寄り添うようアドバイスしたのはヴィオレッタだ。
ちょっといい雰囲気で寄り掛かればなんとかなると、ヴィオレッタは半ば本気で信じていた。
随分昔に見たドラマでは、そんな感じで主人公達の仲が進展していたのだ。
男女の関係性など、生殖本能を刺激してやれば簡単に移り行くもの。
ヴィオレッタは五歳の頃、テレビを見ながらそう学んだ。
…嫌な子供である。
「薬を盛ったらどうですか~?」
「万能薬で解除されました…」
過激な事だ。
悪魔と思考が一致している人間と言うのも、それはそれでどうなのか。
だが残念な事に、ヴィオレッタはそれを止めるような人間ではなかった。
面白そうだから乗ってみよう――――そう考えて、フラウのグラスに酒を追加した。
「罠も駄目だったんです。部屋や浴室への侵入も阻まれました…」
「手強いですね~。さすが『狂葬』と呼ばれるだけはあります~」
さて、ヴィオレッタは研究者気質である。
こんな話をされては、攻略方法を練ってみたいと思うのが彼女の性分だ。
かつて深淵を攻略した時も、ヴィオレッタの観察力や状況判断があったこそ達成出来た部分が大きい。
「薬も罠も、実力行使も難しいか…」
「人を雇って大勢で襲いますか~?」
「野外でアレと戦いたいって人が居ればいいけどね」
少なくとも、ヴィオレッタにはアヤぐらいしか思い浮かばないし、自分も御免だ。
かつてレイに勝った事のあるヴィオレッタだが、第二回精霊祭では逆にレイに狩られた側の人間なのだ。
「…そうか、アヤだ」
「はい?」
「アヤならレイを組み伏せるぐらいは出来るかもしれない」
利害も一致する。
アヤはレイと戦いたいだろうし、それを後押しすると言えば協力してくれるだろう。
「いや、協力を要請するまでもなく、レイが逃げられないようにするだけで十分か」
どうせ放っておいても挑んで来るのだ。
逃げようとするレイを押さえるだけで狙い通りに行くだろう。
問題は勝てるかどうかだが、スキルも魔法も無しなら勝機は十二分にある。
…いや、アヤがそんなハンデ戦を望むとは思えないし、少々怪しいかもしれないが。
「オーメルが遠いのがネックですね~」
「…まぁ、位置は解ってるんだ。そのうち――――」
「オーメルに行って来ます!」
ダン! とテーブルに手を付いて、フラウが立ち上がる。
用意したテーブルがインベントリから出した物でなければ、今頃粉々になっていただろう。
「レイさん達の行先は逆方向ですよ~」
テーブルの上に載っていた食べ物を避難させていたイーリス。
あのタイミングで先手を取るとは、中々の反応である。
イーリスの尻尾に乗っていた皿からたこ焼きを食べつつ、ヴィオレッタはレイ達の行先を思い返す。
彼等の目指す先は王都。
アルテシアから見れば西方面だ。
オーメルのある場所は、ここから北東方面――――しかもかなり遠い。
直線で向かうならアカラ帝国を横切る必要もあるし、今すぐという訳にもいかないだろう。
「……向こうに緊急の用事が出来ればいいのでは?」
「王都の方も緊急なんだがね」
フラウに興味は無いだろうが、ネリエルの件が関わって来る以上、王国の状況も放置は出来ない。
何より、ジュエルの方がきな臭くなっているからこそ、魔法に対しての研究も急がなければいけない。
魔法、魔力と言うものがどんなものなのか、それについての見識が無ければ、ジュエルや邪神の宝玉について調べる事が難しいのだ。
オーク達の内、魔法を使える者も居た。
エルフ達が持つ魔法についても聞ける算段はついている。
ドレアスでも魔法について少しだけ学ぶ事が出来た。
……だが、魔法とは何なのか――――その根本が解らないでいた。
『EW』で使用される魔法と、この世界で使用されている魔法。
この二つには大きな違いがある。
『EW』の魔法は個人で使用出来るものではなく、あくまで精霊の加護によって扱えているものだ。
ヴィオレッタにとって、その原理はふざけたものだ。
MPを捧げる事で、精霊が干渉出来る『場』を作り出す。
その『場』では、精霊の力が直接世界に干渉出来るようになる。
大きいMPを捧げれば捧げるほど、その干渉力が強まり強力な魔法が使えるのだ。
つまり、『EW』の者はMPを捧げている『だけ』。
本当に魔法を使っているのは精霊なのだ。
――――お陰様で、自分達の魔法をいくら調べても魔法の原理は何も解らなかった。
「ヴィオレッタさん?」
「ヴィオさ~ん?」
だが、これも変な話なのだ。
その原理なら、MPさえあれば加護を受けている精霊の魔法は全て使えるはず。
レベルが足りなければ使えないと言うのも意味が解らないし、何より固有魔法の存在が異質過ぎる。
INTのステータスも謎だ。
魔法を使っているのが精霊であるのなら、本人のINTによって魔法の威力が変わる訳もない。
つまり、もっと、何か根本的な部分への理解が足りていないのだ。
『ゲームだったから』。
そう片付けてしまうのは容易い。
だが、ヴィオレッタはそれすら怪しんでいる。
あれは――――『EW』は、果たして本当に、ただのゲームだったのか。
その全てを解き明かす為にも、ヴィオレッタはこの世界の魔法を学びたい。
それが邪神の宝玉やジュエルの解明にも繋がる。
「…駄目ですね」
「こうなると長いですから~、お酒飲みましょう~」
ヴィオレッタが思考の海に沈む中、フラウとイーリスは杯を合わせる。
そのまま元の話に戻っていく訳だが、この間に為された会話はヴィオレッタの関与しない話となってしまった。
悪魔と、それとよく似た思考の二人がレイへの対策を練るのである。
元々居ても居なくても変わらないようなストッパーだが、最後の砦が無くなったと言うのも間違いではない。
「MP…この世界で言う所の魔力と言うのが、体内で生成されるなんらかのエネルギーだと考えれば……それを生み出す器官はどこにある?」
すぐ目の前で過激な話が繰り広げられる中、ヴィオレッタの思考は更に深く沈むのであった。




