第82話~第83話 幕間4 世界を揺るがした
レーヴェの北東側に向けて、森を開拓している冒険者達が居る。
彼等には『EW』の冒険者だけでなく、ドレアスにてネルソンから認められた冒険者も含まれていた。
向かう先はステラ。
そこへの道を開通させるのが彼等の仕事だ。
「はーい、みんなどいてどいて~」
そう声を掛けながら魔法を使えば、植物達が左右へ散って行く。
「地面は平坦に――――」
「石畳を敷いて――――」
地球での道路工事も、これだけ簡単ならどれだけ楽だっただろう。
数百メートルがあっと言う間に整備された道へと変わる。
尤も、魔法を使っている冒険者達は、MP回復ポーションによって腹がパンパンだったが。
「俺、そのうち腹壊すかも」
「私はトイレが近いのが悩みだわ」
なんとも緩い工事風景であるが、別の方向に視線を向ければ、また違う風景が目に飛び込む。
「無理し過ぎだ! もっと相手との間合いを考えろ!」
「敵の気を引いたと思ったら、攻撃は他の奴に任せて身を守る事に専念しろ!」
「もっと腹筋を見せて!」
この辺りに生息する魔物と、ドレアスから来た冒険者やオーク達が戦闘している。
それを見守る『ジュエル持ち』からは、あれこれと指導が飛ぶ。
…一部煩悩丸出しの声もあるが。
ネルソンが選別した冒険者達は、亜人に対して友好的な者が選ばれていた。
元々、ドレアスの冒険者はあまり亜人と事を構えるような真似はして来なかったのもあり、互いの接触はそれほど大きな問題にはならなかった。
中にはオークに助けられた者なども居り、こうして共闘していてもぶつかる事なく済んでいる。
「さっきの回避は中々良かったぞ。横振りの攻撃に対して身を屈めるってのは結構悪くないんだ。ただ、身を屈めつつ踏み込めばカウンターにもなる。そのままの勢いで逆袈裟に斬り上げれば威力も乗るしな」
「それちょっと怖くないか?」
「相手の二撃目を封じる意味もあるの。変に怖がる方が危ないわ」
こうして見る分には優秀な冒険者。
掲示板でのやり取りを見せてやりたい所だ。
外面との違いに、彼等も困惑するだろう。
さて、そんな中、周辺警戒に駆り出されているのが『百鬼夜行』こと、アイラだ。
パーティメンバーの『渡し守』レヴェリーやファースも居合わせている。
二人はシグナルとの一件の後、こちらの開拓に従事している。
と言うのも、迷宮を攻略したと言う経験から、この一帯で迷宮を見つけた時に対応して貰うのが狙いだ。
その物量なら、多少厄介な迷宮であっても簡単に攻略出来ると言う信頼から来るものである。
今も影の怪物達を森へ解き放ち、迷宮が無いかを調べさせている。
「何か見つかった?」
「何も」
『EW』の精霊と同数の悪魔が居ると仮定すれば、その数は三百にも上る。
歴史の中で倒された悪魔も居るかもしれないが、それでもかなりの数が残っていると予想された。
何せ、この世界の住人とのレベル差が有り過ぎる。
倒された悪魔が居たとしても、極々少数に留まるだろう。
そう考えれば、もっと簡単に見つかっても良さそうなのだが。
「この辺りは外れなのかしら?」
「楽でいい」
そう答えるアイラは、呼び出した影の背中でダラけきっていた。
歩く事すら放棄してしまっている。
「…アンタね。それ、私も乗せなさいよ」
「駄目」
「絶対フワフワしてるでしょ、それ。前に撫でたから知ってるのよ!」
「駄目」
「ちょっとだけだから―――――」
下らない言い合いをしているかと思えば、この場に居た『ジュエル持ち』が一斉に身構えた。
全員が全員、一点を見つめて武器を構えている。
「どうし――――」
「何か来るぞ! すげぇ速さ……空か!」
バッと空を見上げた時、それは現れた。
大空を飛ぶ、青い影。
一目で解る、その特徴的なシルエット。
「ドラゴン!?」
誰ともなく放たれた言葉は、即座に次の行動を促す。
名を、そしてレベルを確認する為、ドラゴンの頭上へと視線が動いた。
「レベル170!? インフレし過ぎなんだよ!!」
そこに書かれていた数字は170。
『ジュエル持ち』の多くは、未だ120に満たない。
殆どが110後半と言った所だ。
森一つを消滅させた『爆炎姫』でさえ、120に到達したばかりなのだ。
「なんですか、あれ!? 敵!?」
「敵よ!! 構えて!!」
狼狽えたファースにレヴェリーから叱咤の声が飛ぶ。
彼女等のミニマップには、ドラゴンは『赤い点』として表示されていた。
こちらに敵対意識があるのは間違いない。
「何事かと思えば、人の群れか」
声を発するだけで、煩いほどに空気が震える。
一瞬顔を顰めながらも、相手に言語を解する能力があると知り、少しだけ安堵した。
「青竜・ファリアンド! 話し合うつもりはある!?」
「我が名を知るか。だが、卑小な輩が対等に話せると思うか?」
人と言う種族を見下しているのが解る発言だ。
何事も無く済ますのは難しいと考えた『ジュエル持ち』が、幾人かに指示を飛ばしてレベルで劣る者を後方へと逃がし始める。
「力になれず、すみません!」
立ち去るファースにそう言われ、アイラは手を上げて応えたが、視線はファリアンドに固定されていた。
ファースのレベルも70に到達したばかり、まだまだ技術的に甘い所も目立つし、さすがに相手が悪い。
アイラのレベルでさえ、戦力として数えていいか迷うほどには分が悪い。
「…追わないんだな?」
「あとで追えばよかろう」
ならば、ここでなんとしても止める必要がある。
残った冒険者は総勢で百人ほど。
レベル差は大きいが、渡り合うだけの戦力はあるだろう。
「何故仕掛けて来る?」
「愚問だな」
「こちらに争う意思が無いとしてもか?」
「…よくそんな事が言えたものよ」
明らかに敵意を持った態度。
森を開拓した事が、それほど気に障ったのだろうか。
「そちらの要望があれば、聞き入れる努力はするが――――」
「今更だな。貴様達との和解など願い下げだ!」
取り付く島も無い。
代表として交渉していた『ジュエル持ち』も、これは無理だと判断して武器をファリアンドへと向けた。
そして、それが合図となった。
「まとめて凍り付くがいい!!」
ファリアンドが羽ばたくと、羽の先から氷の槍が殺到する。
槍は地面に突き刺さると周囲を凍らせ、足場を崩して行く。
「相手は空だ、まともにぶつかっても分が悪い!」
「なんとか撃ち落せ!!」
氷を回避する為、『ジュエル持ち』達は一斉に散る。
遠距離武器を持った者がファリアンドを撃つが、放たれた氷がその到達を阻む。
「得体の知れぬ武器を使う!」
ファリアンドは距離を取り、更に上空へと舞い上がった。
そして、そこから更に氷の雨を降らせて来る。
「これじゃジリ貧だぞ!」
「弾道は素直だが、足場がやられてる! その内捕まるぞ!」
「落とせばいいんだろ! グラビタイド・アンカー!」
ゴウ、と言う激しく空気が歪む音。
「何!?」
突如として飛行能力が奪われ、ファリアンドは地表へと落下して行った。
叩きつけられなかったのは、その身体能力故か。
四本の足で着地したファリアンドが、冒険者達を鋭い眼で睨め付けた。
「侮るなよ、人間が!」
そんな状況になっても、ファリアンドが怯む事は無かった。
尻尾を薙ぎ払うようにして振り抜き、周囲に居た者を薙ぎ倒す。
「ぐっ!」
鞭のようなしなりを見せ、尾の先は見切れないほどの速度で振り抜かれる。
幾人かの冒険者が、躱し切れずに吹き飛ばされた。
「後衛は下がれ! 物理もやべぇぞ!」
だが、そんな叫びとは別に前に飛び出して行く者も多い。
地に落ちた以上、絶好の攻撃タイミングなのだ。
今を逃せば、次は対策されてしまう。
「『エクステンドハーヴェスト』、『ネクロシャドウ』」
森の影に潜んでいた影達が、一斉にファリアンドへと殺到する。
「なんだこれは!? 振り払えぬ!」
影の怪物には物理攻撃が通じない。
物理的に振り払うなど出来るはずも無かった。
影達の対応に苦慮しているのを察し、冒険者達が取り囲む。
「続け!」
「今ならスキルを叩き込めるぞ!」
迫る冒険者達に動く部位で抵抗し、氷の粒を散弾のようにぶつけるが、彼等はそれを躱しながらファリアンドへと襲い来る。
「『アゴニザイト・リヴァイヴ』!」
「がふっ!?」
『ジュエル持ち』の一人が唱えた魔法、それによりファリアンドが大きく体勢を崩した。
相手は170レベルの大物だ。
出し惜しみしていられる状況ではない。
このまま攻勢に回られれば全滅さえ有り得る。
「邪魔だ!!」
口から血を吹き出しつつ、ファリアンドが魔力を解き放つ。
真っ白な靄が周囲に放出されたかと思えば、影の怪物達が凍り付いて行った。
「まずい、離れろ!」
状況を察した者から一斉に離れる。
後衛が雨のように攻撃を続けているが、靄がファリアンドの姿を覆い隠してしまった。
「アイスブラスト!」
靄の中からファリアンドの声が響いたかと思えば、地面が凍り付いて行く。
危険を察した者が離脱する中、幾人かが巻き込まれて凍てついた。
「おい、無事か!?」
「死んじゃいないが…動けない!」
攻撃力はそこそこ、だが相手の動きを封じる為の魔法であるようだ。
ミシミシと音を立てて動こうとするが、思うように動けないのか倒れ込む者も居る。
今襲われれば一溜りもない。
「そのまま砕いてくれる!」
歩み出したファリアンドが、靄の中から姿を現す。
「近付けさせるな!」
凍り付いた者の前に立ち、壁となる冒険者達。
だが、このまま正面衝突して押し止められるとも思えなかった。
「ちょっとやべぇぞ! 出し惜しみすんなよ!?」
「もう大丈夫よ。相手が血を流してるなら私の出番だわ」
そう言って、誰よりも前へ進み出たのはレヴェリーだった。
「たった一人で立ち向かうか!」
「アンタ、私達を舐めすぎよ。どれだけ強かろうが、一戦捥ぎ取るだけならなんとでもなるのよ! 『ブラッドデリュージョン・ゴーストパレード』!!」
瞬間、ファリアンドの心臓が鷲掴みにされたかのような強烈な衝撃が走る。
続けて、身体が熱くなるような、昂るような感覚。
それを自覚した瞬間、身体中から血が噴き出した。
「な、に…!?」
「三途の川の向こう岸、送ってあげるわ。アンタの血で川を作ってね」
この魔法はレヴェリーの代名詞とも言うべき魔法。
単純に攻撃力が高い魔法であるが、何より怖いのはその効果。
ファリアンドが噴き出した血が、そのまま地形変化魔法の効果を持つ。
つまり、ダメージを与えた後が本番なのだ。
あまりの出血量に辺りが血の池のようになり、ファリアンドが大きくグラつく。
だが、強く意識を保つと、その前足で地面を踏みつけた。
百人近い冒険者から何百発と言うスキルや魔法を受けた割に、未だ倒れる様子が無い。
想定以上の耐久力は、レベル相応かそれ以上と言えるだろう。
「ぐっ…舐めていたのは認めよう。…次は無いと思え!」
ファリアンドが大きく羽ばたくと、砂煙を起こして飛び立つ。
「おい、飛んだぞ!? 魔法の効果は!?」
「とっくに切れてるよ!」
「撃ち落せ!」
飛んで来た弾や矢を氷で弾きながら、ファリアンドはレヴェリーを睨みつける。
「貴様の顔、忘れんぞ」
捨て台詞を残し、ファリアンドはフラフラと飛び去って行く。
少なくとも、かなりのダメージを負ったのは間違いないだろう。
……止めを刺せなかったのが、今後どのような影響を与えるかは解らないが。
「…変なのに目を付けられた」
「ストーカーって嫌よね」
レヴェリーが付け狙われた場合、一緒に行動するアイラにも被害が出る。
そう考えたアイラは、嫌そうな顔でレヴェリーを見た。
「…まさか見捨てるなんて言わないでしょうね?」
「あとでファースと相談する」
「やめてよ!?」
危機が去ったと見るや、またもワイワイ騒ぎ出す一向。
二人以外にも、そこかしこで笑い声が生まれた。
死者が居なかったと言うのも理由だろうが、どこまでも楽観的、あるいは気が抜けている。
「…そういや、アイツなんで怒ってたんだろうな?」
誰かが零した疑問に答えられる者は無く、緊張の糸が切れた冒険者達は座り込んで談笑を始めるのだった。
〇グラビタイド・アンカー
習得レベル60 重力魔法 使用MP40 再使用10分 効果時間3分 詠唱時間20秒
相手を重力で縛りつけ、地面へと縫い付ける魔法。
鈍足の効果と束縛の状態異常を与える。
空の対象には効果が高く、確定で飛行能力を封じる事が出来る。
●アゴニザイト・リヴァイヴ
使用MP180 悲痛固有魔法 効果時間5分 再使用一日 詠唱時間80秒
過去に負って来た傷を蘇らせる魔法。
効果時間内、傷の再生によるダメージを与え続ける。
最終ダメージは、これまで受けて来た総合被ダメージになる為、これまでのダメージが大きければ大きいほどHPの減りが激しくなる。
●ブラッドデリュージョン・ゴーストパレード
使用MP150 血固有魔法 再使用10時間 詠唱時間25秒
出血状態にある対象に対し、効果を発揮する魔法。
流れ出す血を増量させ、体積以上の血を放出させる事でダメージを与える。
また、相手の血によって地形を血溜まりへと変化させる。
血溜まりでは、味方の攻撃にHP吸収効果、INT、HP上昇の効果、闇系魔法の効果上昇、更に血系魔法が覚醒状態となり、魔法が上位版へと進化する。
敵に対してはHP、MPが徐々に減少、呪い効果、出血効果、幻覚の効果を与える。
血溜まりの地形変化は15分ほど継続する。




