第82話~第83話 幕間3 まるで波紋のように
「これ、やっぱり迷宮だよな」
「レベルの低い奴等は置いて来て正解だな」
ロクトは浮遊大陸の探索、解析を進めている。
探索は『ジュエル持ち』にも依頼されているが、オーガ達を含めた騎士団も探索に加わっていた。
そして、その騎士団を率いているのはタニアではなく、クラウスだ。
タニアは街や城の守備の為、騎士団の一部と街の警備をしている。
それ故に、浮遊大陸を調べる為、外を出歩く訳にも行かなかったのだ。
そこで白羽の矢が立ったのがクラウスであった。
彼ならオーガ達と深い繋がりがあるし、大手クランに所属しているので顔も広い。
オーガ達を育てると言う面では適任なのだった。
今回は探索をしつつ、若手やオーガを育てる為の実施訓練を行っていた。
クラウスを中心として、ベテランの騎士とクラウスが集めた『ジュエル持ち』が教育係となっている。
とは言え、教育される側もレベル50超え。
過剰戦力とも言える状態だが、未開拓の地を探索するのなら用心しすぎと言う事は無いだろう。
……お陰で、突然現れた迷宮にも対応出来ると言うものだ。
「あまり大勢で来なくて良かったな。通路が狭くて邪魔になる」
迷宮の可能性に気付いた時点で、100レベル以下の者は置いて来た。
少数精鋭と言う事で、十人のメンバーで探索をしている。
主立った人物としては、クラウスとヴィスター。
同じクランに所属する銀髪の人間で、転移した日にレイと出会っていたグレン。
そのパートナーである、妖精の少女ポシェット。
残りの六人は、騎士の中でもレベルが高い者が選ばれた。
「木の洞に見えたんだけどね~」
手の平サイズの少女が、グレンの周りを飛び回る。
ここを見つけたのも彼女だ。
何か歪みのような物を感じると言い、木を調べ始めた。
そして、洞の中に入った途端、その姿が掻き消えたのだ。
どうやら、木の洞が入口となり、迷宮へと繋がっていたらしい。
内部は鍾乳洞のようになっていて、わずかに水が流れる音がしている。
すでにかなり進んで来ているが、景色に代わり映えはしなかった。
敢えて特徴を言うのなら、少々肌寒いと言った所だろうか。
「出て来る魔物は大したことないな」
「外よりはマシだが、それだけだ」
出て来る魔物は、全て一撃で倒されている。
レベルは25前後。
近くに居た者が即座に倒す所為で、全員で連携を取る間も無い。
…と言うより、騎士達の手が早い所為で、クラウスもグレンもまだ何もしていない。
「クラウスよ。最下層に悪魔が居るのだろう?」
「今までの情報からすれば、多分そうだと思う」
「それまではこんな調子か…」
これだけ暴れておきながら、騎士達は残念そうにしている。
どこまでも蛮族であった。
「悪魔は迷宮の管理者なんだろ? それとは別にボスぐらい配置してないのかな?」
「どうだろうな。特にそう言った話は聞かないが、迷宮を攻略したのなんて『百鬼夜行』ぐらいだし、アレはボスだろうがなんだろうが押し潰すだけだ。気付かなかったのかもな」
…自分達も気付かずに倒しているのでは。
目の前で魔物を斬る騎士を見ながら、グレンはそんな事を考えていた。
◆
それから一時間と経たず、最奥と思われる場所へ辿り着いた。
場所としてはこれと言った特徴の無い、岩肌の露出した広間だ。
多少薄暗くはあるが、見えないと言うほどでもない。
ここが最奥と見たのは、奥の台座に置かれている丸い水晶のような物があったからだ。
「多分、アレが邪神の宝玉って奴だな」
「…ほう。少しは物を知っているらしいな」
クラウスの呟きに答えたのは、岩から浮かび上がった顔。
天井全体に広がるように、大きな顔がクラウス達を見下ろしている。
「岩の悪魔・ハーシェイド、か」
「我が名を知るとは。ますます興味深い」
レベルは155。
悪魔は全員同じレベルなのかもしれない。
クラウスが音も無く刀を抜くと、それに続くようにして騎士達が武器を手に取った。
唯一、元から槍を手にしていたグレンだけが、身動ぎせずハーシェイドを見上げている。
「一応聞くが、平和的に話し合うつもりはあるか?」
「命乞いのつもりか?」
つまらなそうに問い返すハーシェイドに、クラウスが冷たい目を向けた。
「話し合えそうなら話し合えと言われてるんだ」
「それを命乞いではないかと問うたのだがな」
黙って見ていたグレンが、槍の先をハーシェイドに向ける。
「お前、俺達の事を獲物程度にしか考えてないんだろ?」
「違うとでも?」
「スペルデュスは為す術も無く死んだ。ゼファラスは七割ほどの力が出せる状態で死んでいる。どちらも、一対一の状況だ」
ハーシェイドの口がへの字を描く。
グレンの言った事を噛み砕いているかのようにも見えた。
「俺達は単独でお前と戦える。勝つと断言まではしないが、勝てるだけの見込みはあるだろう。…で、それが十人居る訳だが、少しは話をする気になるか?」
黙っていたハーシェイドの顔が、少しずつ縮小して行く。
やがて、小さくなった顔が岩から飛び出し、地面へと落ちた。
落ちた岩はゴリゴリと音を立て、腕や足を生やして行く。
人型になったそれは、クラウス達を睥睨するようにして腕を組んだ。
「荒唐無稽な話だ。悪魔を殺せる者が居るだと? 馬鹿々々しい。……が、悪魔の名を知っているのも事実か」
「信じるだけの根拠が足りないと言うなら、一つゲームをするか」
「ほう?」
クラウスは刀をハーシェイドへと向ける。
「お前、身体の頑丈さには自信があるか?」
「我が身体は、悪魔の中でも屈指の頑強さを誇る」
「なら、もし傷つける事が出来たなら、少しは信用するか?」
クラウスの提案に、ハーシェイドはニヤリと笑った。
よほど自信があるのだろう、両手を広げ、何時でも掛かって来いとばかりに待ち受けている。
「それは、同意したと見做すぞ」
刀を鞘に納め、僅かに腰を落とす。
「『秘伝・瞬刻玉響』」
クラウスの唇からスキル名が漏れた瞬間、キィィンと言う耳鳴りのような音が響いた。
…刹那。
「がふ!?」
ハーシェイドがガクンと膝を付き、信じられない物を見るようにクラウスを睨んだ。
「何…をした…!?」
「斬ったのさ。対等な相手と認めるか?」
ぐぐぐ、と力を込め、ハーシェイドが身体を起こす。
対等な相手ならば話し合いにも応じるかと思えば、その目は狂気に彩られていた。
「こんな馬鹿な話…あり得ない。人が、悪魔に! 傷を付けるなど!!」
弾丸のように飛び出したハーシェイドが、クラウスへと飛び掛かる。
咄嗟に大きく距離を取れば、クラウスが立っていた場所が爆裂した。
「俺は言ったぞ、話し合いが通じる相手じゃないって!」
「文句はウェインに言えよ!」
結局の所、悪魔から情報が引き出せればそれが一番早いのだ。
だからこそ、ウェインは悪魔と交渉する余地は無いかと模索している。
ただ、相手がそれに乗るのかと言う話。
「――――ま、先手で大技を当てたなら上出来か」
戦術としては悪くない。
砂煙の中から、弾丸のように小石が飛び散る。
それは周囲の壁を穿つほどの威力で、クラウス達から見ても馬鹿にならない攻撃だ。
「もうぶっ飛ばしていいんだな!?」
「好きにしろ! 油断はするなよ!」
騎士達は心得たとばかりに、一斉に動き出す。
「囲んで叩くぞ!」
「ミニマップから消えた! もうそこにはいない!」
砂煙を取り囲もうとした騎士達。
だが、ミニマップから反応は消えており、もうその場には居ない事を示していた。
「多分岩の中を移動出来るんだ! 背中だけじゃない、上下も注意しろ!」
そう呼び掛けたグレンの背中へ向けて、小石の弾丸が撃ち込まれる。
当たるより一瞬早く気付き、グレンはそれを腕で受けた。
「チッ!」
ガンと弾かれた腕。
衝撃によろめきながらも、グレンは警戒態勢に戻る。
「威力は!?」
「純後衛タイプじゃ即死だ」
グレンのHPは、今の小石で三分の一は持っていかれた。
『EW』では受け方でダメージが変わるが、無防備な場所に受ければ瀕死も有り得ただろう。
「人間の分際で! この我に傷を付けるなど許されん!」
クラウスの足元から尖った岩が飛び出す。
それを刀で受け流し、再び身構えた。
「準備は!?」
「いいぞ!」
ポーションを飲み干したグレンに問われ、クラウスが答える。
「ワオーン!」
「何時でもいいよ~!」
「任せろ!」
他の者もただ逃げ回っていた訳ではない。
反撃の隙を伺い、それぞれ準備していたのだ。
「なら行くぞ! シルバーグローブの森!」
クラウスが魔法を唱えた瞬間、木々が岩盤を突き破って立ち現れる。
大量の木が視界を遮り、まるで、この場が森の奥深くであるかのように覆い尽した。
「なんだ!?」
一瞬で環境が変わり、岩から飛び出したハーシェイド。
その瞬間を狙い澄まし、グレンが槍の穂先をハーシェイドへと向けた。
「フルメタルサージ!」
グレンがスキル名を叫べば、持っていた槍の分身が現れ、穂先から火線が飛び出す。
グレンの持っている槍は、あくまで見た目が槍と言うだけ。
実態は魔連銃と呼ばれる武器で、アサルトライフルのような物と考えればいいだろう。
けたたましい音を立てつつ、複数の『銃口』から弾丸が飛び出す。
その全てがハーシェイドを捉え、対象を大きく揺るがした。
「ぐっ! 人間がァ!」
ハーシェイドは再び岩に身を隠そうとし――――しかし、それは叶わず岩に激突した。
「な、なんだ!?」
その動揺を見逃すはずがなく、騎士達が一斉にハーシェイドを斬り付けた。
六本の白刃が、我先にとハーシェイドを貫く。
「がっ、は!?」
ハーシェイドが力任せに振り払い、しかし、騎士達は攻撃を受ける事なく距離を取る。
追って追撃しようにも、森に阻まれて一瞬で姿を見失った。
「邪魔な…木めっ!」
すでに意識は朦朧としており、ただただ逃げなければと言う思いに駆られる。
悪魔にとって真に実力を発揮出来る場所のはずが、森が現れた事で封殺された。
岩を操ろうにも、何故か魔法が使えない。
いや、それよりも、周辺の木々がハーシェイドに迫って来ている。
この『森』は、意思を持って生きているのだ。
枝や蔦が伸びて、ハーシェイドを捕まえようと『動いている』。
「これは魔法なのか…!? こんな馬鹿げた魔法があるなど――――」
「アオオオオオォォォン!!」
狼の遠吠えが、反響した。
その瞬間、『二重』に森が生まれ、もはや動き回る事すら出来ないほどの木々に囲まれる。
「馬鹿な! 放せ!! なんだと言うのだ、この木は!!」
木々がハーシェイドを押し潰し、飲み込もうとする。
力で圧し折ろうとしても、木とは思えないほどの耐久でミシミシと抵抗して来る。
「――――だから最初に聞いたんだ。話し合う余地はあるのか、ってな。あれは命乞いじゃない。……情けだ」
森の茂みから、男が浮かび上がる。
元々薄暗い場所で、森によって更に闇が増した。
男の姿は輪郭しか見えず……だが、刀だけが妖艶な輝きを放っている。
「ぬぅ! …応じてやる! 話し合いに! だから我を解放しろ!!」
すでに身動きが取れなくなっていたハーシェイドが、暴れながら叫んだ。
対するクラウスは、何も言わず刀を高く掲げる。
「おい! 聞いているのか! 話し合いに応じてやると言っているんだ!!」
「―――――俺は最初から、話し合いには反対だったんだ」
白刃が、ハーシェイドの顔を両断した。
「…本当は、最初の一撃で終わらせるつもりだったんだがな」
納刀しながら、クラウスは愚痴を零す。
邪神の宝玉を扱うような相手が信頼に足るとは思えない。
ロクトに招いて、もし街中で暴れるような事になれば余計な犠牲が出てしまう。
…そんな事態を起こすぐらいなら、今この場で泥を被った方がよほどいい。
「どうせ人を殺して来たんだろう? …報いと思って諦めろ」
●秘伝・瞬刻玉響
太刀EXスキル 再使用120分
刀を納めた状態から発動する高速連撃。
抜刀術から繰り出される刀は残像であり、残像が対象に到達する前に全方位から斬撃が発生する。
斬撃はは20発にも及び、寸分の狂い無く同時ヒットする。
〇シルバーグローブの森
習得レベル80 森魔法 使用MP150 再使用30分 効果時間5分 詠唱時間60秒
周囲の環境を森へと変えてしまう地形魔法。
使用者やパーティメンバーに対し、VITアップの効果、HPを徐々に回復させる効果、木々が自動的に動き、攻撃を防いだり姿を隠してくれる効果がある。
また、範囲内に入った敵対者に対して命中低下の効果と視界不良状態に陥れ、周囲の森が自動で攻撃を行う。
森の自動攻撃には、毒攻撃、麻痺攻撃、束縛攻撃、睡眠攻撃がある。
更に、この森の中では魔法が使用不能になる。
〇フルメタルサージ
習得レベル40 魔連銃スキル 効果時間2分 再使用15分
使用者の周囲に銃の分身を生み出し、相手に向けて斉射するスキル。
分身の数は使用者のDEXに影響を受ける。
生み出された分身は使用者の周囲を漂い、敵への射線が通ると自動で攻撃する。




