第82話 茶番
「我が領地は、遥か昔より魔物の被害に脅かされて来た」
『ジュエル持ち』が用意した演説台から、モリスン伯爵が領民に対して演説している。
それを見つめる領民達の目は鋭く、睨み付けるようにして見ている者も多い。
彼等はきっと、何かを失った者なのだろう。
結果論なのかもしれないが、昨日の祭りが領民達に平静さを取り戻させた。
今この場で暴動を起こさない程度には、ガス抜きになっていたらしい。
……消費した食料はかなりの量になったが、それだけの価値はあったと考えよう。
伯爵に目を戻せば、力強く訴える男の姿がある。
まるで希望に満ちているかのようで、あれが操り人形だなんて思えない。
「先日、諸君等の前に現れた双頭の蛇。あれはこの街の地下に住み着いていた魔物だ。解き放てば甚大な被害の出る、この領…いや、この国の脅威。…この街は、奴が出て来ないよう蓋の役割を果たしていたのだ」
聞いていた領民達は驚きの声を上げるが、生憎全て作り話だ。
まさか、祭りの為に作った地下をそんな理由に使うとは思わなかった。
「何も知らず暮らしていた諸君からすれば、信じ難い、恐ろしい話なのは解る。しかし、周知する事で混乱を招く訳にはいかぬと、歴代の当主達がひた隠して来た事だ。誰にも知られぬよう戦力を集め、地下から這い上がろうとする蛇を押し止めて来た」
拳を握り、強く訴えかける伯爵。
「我が伯爵家の当主が薄命なのは、奴との戦いで命を落として来たからだ。街に被害を出さぬよう、その身を壁として守って来たからだ。だが、年々力を増す蛇を前に、我々の力が及ばなくなって来た」
声は広く響く。
「ここ最近の課税は、蛇と戦う為の戦力を整える為。人を集めたのは、蛇と戦う兵士を作る為。…皆にも大変な苦労を掛けただろう」
周りの人間を見れば、最初の鋭い目付きも少しだけ和らぎ、話の続きを待っている。
「だが、知っての通り、我等に蛇を押し止める事は叶わなかった。街の終わりを覚悟したその時、救ってくれたのはここに居る二人と、彼等が連れて来た冒険者達だ! 紹介しよう! リグレイド領のキース・ベルモント子爵、ドレアス領のハーディ・ロクサム男爵だ!」
紹介された二人が、揃って演説台へと上がる。
「私は最早、蛇を押し止める事は難しいと考え、彼等に事情を話した。これまで伯爵家が抑えて来た蛇の事を。彼等は利益を求めず、ただ平和の為にと力を貸してくれたのだ!」
二人が手を上げると、盛大な拍手が上がる。
「最初から、我が伯爵家は他家と手を結ぶべきだったのだ! そうであれば、諸君を苦しませる事も無かった! 私に不信感を持っている者も多いだろう! 恨みに思っている者も多かろう! なればこそ、ここで誓う! これよりは他の領主と手を取り合い、アルテシア領の発展にこの身を捧げ、諸君の生活を豊かにしてみせると! これまで、この領で起こっていた苦しみを根絶してみせると!」
今度は熱く、身を乗り出して語る。
「不可能だと思うか!? いいや、私はそうは思わん!! 伯爵家が百年以上の時を戦い続けた双頭の蛇! あれを!! 我々は打ち倒したのだ!! あの強敵を倒した我等に!! 不可能などありはしない!!!」
こうして眺めていても、伯爵の熱気が民衆に伝染するのが見えるようだ。
「諸君、力を貸してくれ!! 我等が故郷、アルテシアを国一番の領にしてみせる!! 誰もが誇れるような、そんな領に!! その為ならば、私はこの命を燃やし尽くしても構わない!! 我等がアルテシアに栄光あれ!!!」
地鳴りかと思うような歓声が響く。
隣に立っているユークと顔を合わせると、どちらともなく溜息を吐いた。
―――――とんだ茶番である。
「このシナリオ考えた奴誰だよ」
途中の拍手も、最後の歓声も――――『ジュエル持ち』がサクラとして紛れ込んでいたから起こった現象だ。
まぁ、最終的に領民達も声を上げていたし……一応効果はあったんだろうけど。
「これ、噂話としてネリエルにも届くんじゃない?」
これだけ大勢の前で演説したのだ。
内容だって漏れるだろう。
「冒険者に嗅ぎつけられて迎撃したけど、腕が良い相手だったから苦戦。追い詰められた執行者が蛇を呼び出した。それを催眠状態に無い他領の人間にまで見られたから、適当な演説をして誤魔化したって流れだ。ネリエルが確認の為に人を寄越してもこっちで捕獲するし、時間稼ぎにはなるだろ」
時間稼ぎと割り切ったか。
その間にクラウン王国で無視出来ない存在になり、王国と交渉を行う。
…そこまで来たら、ネリエルを一気に追い詰めればいい。
「蛇を倒した奴が居るって噂も広がらない?」
「制御出来ずどっかに行ったって事にするらしい。噂の方は伯爵が流したデマって事で押し切るそうだ」
…ま、時間稼ぎならそれでも十分か。
後は領民の方だけど、これは伯爵が頑張って状況の改善を進めれば、少しはマシになるだろう。
近日中に税金や関税を下げるみたいだし。
「状態異常から復帰した人達は違和感を感じてないの?」
「感じてるだろうが、こんなに大勢を操れる魔法なんてないらしいからな。自分達に何があったかなんて解りっこないだろうってさ」
「随分詳しいね」
「昨日ウェインから聞いた」
通りで。
違和感を感じた人が疑うのは伯爵になるだろうけど、それこそ汚名返上して貰うしかない。
これからの行動で、『真っ当な人』と思わせられたら疑いも晴れるだろう。
「村人の方は?」
「聞き取りを行ってる最中だとよ。執行者が村を処分している所に遭遇した目撃者も居るらしいからな。誤魔化しが効かない人間に関しては、こっち側に引き込むつもりらしい」
亜人に対する意識も気になるけど、こうなった以上受け入れて貰うしかないだろう。
問題が起こるかもしれないが、そっちはウェイン達に任せるとしよう。
「俺達は変わらず王都へ向かうって事でいいの?」
「ああ。カリーシャ商会の一時撤収を行って、カリーシャ商会員の安全を確保する。まずはそれだ。ついでに、魔法学院で魔法の資料を見せて貰う」
その情報をヴィオレッタに届けるまでが俺達の仕事か。
問題は次の領地だけど。
「ソラン公爵が治めているヴァイラン領。…ネリエルが何やら動いているらしいし、俺達以外も何人か向かう事になりそうだ。今回みたいな鐘が無いとも限らないしな」
当然の対応か。
次の街に付いたら速攻で鐘を調べてやる。
「…お? そろそろ本格的に祭りが始まるか?」
ユークの視線に釣られてみれば、モリスン伯爵が杯を掲げている。
「キース子爵やハーディ男爵の厚意もあり、今日は無礼講だ! これまでの苦難を是非潤してほしい!! この日を迎えられた事に、乾杯!!!」
『かんぱーい!!』
そこら中で聞こえる乾杯の声。
俺達はそれを聞きながら、少しだけグラスを鳴らした。




