第81話 前夜祭
「…ねぇ、これはさすがにおかしくない?」
「いやぁ、馬鹿共の行動力は称賛に値するよ」
あれこれと話終わった後、俺達は解らない事だらけでちょっとテンションが下がったまま街へと戻った。
ジュエルの事も、俺達が死んだ後の事も気になるし、ネリエルの動向だって不可解な事が多い。
そんなシリアスな空気を保っていたのに、街に付いた途端、気の抜ける笛の音が聞こえて来るのだ。
何事かと街を見て回れば、街の飾り付けや出店を用意している『ジュエル持ち』の姿があった。
「…あれは神輿かい?」
「あいつら、西洋ファンタジー世界で何を作ってるんだ?」
って言うか神輿デカいって。
グロスペントを模してるんだろうけど、それを担いで歩けるほど道は広くないぞ。
「アレを担ぐのはどうなんでしょうな。領民の心情として」
「…最後に焼き払えば退魔の儀式っぽくはなるんじゃない?」
全く同じ事を考えていた為にフォローの言葉が浮かばず、つい皮肉っぽい返しになってしまう。
「それより、こんな大々的にやってネリエルに気付かれないものか?」
「伯爵本人が言い訳をするんだ。誤魔化しようはあるさ」
向こうさんは伯爵が裏切れないと思ってるはずだ。
なんならポーラやグル、カメオにも同じ言い訳をさせてもいい。
違う人物から同じ証言が得られれば、疑われ難くもなるだろう。
「折角のお祭りですよ~? あれこれ言うのは無粋です~」
「お、おい、離せイーリス!」
ギランの腕を掴むと、イーリスはそのまま走り出してしまった。
何か喚いてはいるが、抵抗する気は無いようでギランも素直に引き摺られて行く。
「…イーリスの言う事も尤もかもね。シグナルやエコーみたいに思い詰めている人も居るかもしれないし、いい気分転換にはなるかな」
「俺は祭りの準備をしてる人達が不安なんだけど…」
あいつら絶対悪乗りするぞ。
まだ準備中みたいだけど、明日にはどうなっているか想像も出来ない。
「それが楽しいんじゃないか」
悪乗りする奴がここにも居た。
「――――……フラウ、ノノにも声を掛けておこう」
「そうですね」
クスクスと笑うヴィオレッタを見て、俺は退散する事を決める。
後は任せたとばかりにコールの肩を叩けば、少しだけ渋い顔をした魔人がそこに居た。
◆
今日は準備だけと言う話だったのに、悪乗りした一部が遊び始め、気が付けば街全体が祭りの様相を呈している。
これはもう前夜祭と捉えていいのかもしれない。
保護していた街の人々も、なんなら村の生存者達も街へと集められた。
当初は何が起こっているのかと困惑顔であったが、上手い飯と上手い酒に釣られ、騒いでいる内にどうでもよくなったらしい。
今は『ジュエル持ち』と路上で飲み交わしている人まで居るぐらいだ。
明日には領主から領民に向けた演説が行われ、本格的な祭りが始まる。
…こんな調子で、まともに話を聞いて貰えるんだろうか。
不安と言うか呆れの感情で、眼下の騒ぎを眺める。
俺は外の大騒ぎに巻き込まれたくなくて、宿屋の中から楽しませて貰っている。
「きっと、朝までこの騒ぎですね」
「…だろうね」
宿屋に残っているのは俺とフラウだけだ。
ユークはラードリオンに会いに行くと言って出て行ったし、ギアもそれに付き従った。
ロッシュも喜々として祭りに参加しに行ったし、護衛としてノノとケインもそれに付いている。
領民とモメても二人ならなんとでも出来るし、二人の手に負えなくなったとしても、助けを求めればそこら中に『ジュエル持ち』が居る。
レーナやローナも呼んで貰って、ナイア達護衛も傍に居る。
その上、俺も三人をロックしているから何かあればすぐ駆けつけられる訳で、一緒に行動する必要は無いと考えたのだ。
…と言うのは建前だけどね。
ローナと仲良くなったみたいだし、二人もまだ遊びたい盛り。
祭りを見て回ると言ったロッシュに、二人の事を預けたのが真相だ。
今日ぐらいは歳相応にはしゃぎ回るといい。
「レイさーん!」
名前を呼ばれてそちらを見れば、ヘリントンが大きく手を振っていた。
どうやら彼等もこの街へ来ているらしい。
「何事も無さそうで何よりだね」
「そうですね」
元気そうなヘリントンに手を振り返し、手元のグラスを傾ける。
日本の縁日を参考にしているのか、屋台はどこか懐かしい物ばかり。
フラウも隣でりんご飴を舐めている。
これらはジュエル持ちが用意した素材で作られており、味は一級品だ。
これを格安で提供するのだから、領民も満足してくれているだろう。
…中にはそれすら買えない人も居るようだが、ちょっとしたゲームに勝てば無料で提供したりと色々な工夫が見られる。
…この短期間で良く考えたもんだよ、ほんと。
「明日は私達も浴衣を着ましょうか」
道行く『ジュエル持ち』には、浴衣を着ている者も居る。
なんなら準備中から着ている人も居たぐらいだ。ちょっと気が早すぎるけど。
改造浴衣みたいなのを着ている人も居て、街の人間に妙な勘違いをされないか心配でもあるが。
「それもいいね。あとでノノ達の分も作っておくよ」
「…そうですね」
そんな会話をしていた時、領主邸の方から花火が打ち上げられた。
道行く人も最初は音に驚いていたが、空一面に広がる花火を見た事で言葉を失った。
美しい火が空を覆い、夜を明るく照らす。
俺達も無言でそれを眺めていたが、徐々に異様な花火が打ち上げられて苦笑を漏らす。
それはデフォルメされた人の顔であったり、動物であったり、縁日で売られている商品であったりした。
…やり過ぎて天変地異と勘違いされないだろうか。
「領主邸には亜人の方達が集まっているんですよね?」
「そうだよ。例の洞窟と繋げて、広大な地下空間が作られてる」
亜人達が出歩くのはさすがにまずいと言う事で、種族を隠せない人達は領主邸に集まって祭りを楽しんでいる。
領主邸の地下には街の外の洞窟と繋がる通路が作られたようで、そこの一部に広いエリアがあるのだとか。
で、そこで地上と同じような屋台が出されているらしい。
誰かの魔法でホログラムのように街を映し出しているそうで、恐らくこの花火も見ている事だろう。
「―――……」
横で花火に照らされるフラウに目を向ける。
それは幻想的な絵画のようですらあり、俺の心を震わせる。
蒼い瞳に映り込む光が、闇に溶ける黒髪が、花火によって神秘的に浮かび上がる。
かと思えば、酒で少し赤らんだ頬や、わずかに潤む瞳に蠱惑的な色気を感じさせた。
ふと、フラウが俺の方を向く。
「……レイは、消えないで下さいね」
「…え?」
見惚れていた事に気付かれたかと思ったが、フラウの口から洩れた言葉は全く別の話。
何の事かと思い返せば、ノノのパートナーの話だと気付いた。
ノノのパートナーは第一回精霊祭の前には『EW』を訪れていたらしい。
つまり、比較的早い段階でゲームをしていたプレイヤーと言う事になる。
これ以上の事は解らないが、これで比較的古参のプレイヤーだけが転移していると言う可能性が出て来た。
「どこにも行かないでください」
「フ、フラウ…?」
寄りかかって来るフラウにどうすればいいか解らず、背中をぽんぽんと叩く。
「…大丈夫だよ」
気の利いた言葉も思い浮かばなくて、それだけ呟いた。
408:冒険者@光の精霊の加護(アルテシア)
あ、狂葬さんがイチャついてるぞ!
409:冒険者@爆破の精霊の加護(アルテシア)
どこだ!?
うるさい。
今ぐらい放っといてくれ。




