第80話 ジュエル
地下から戻った俺達は、よく解らない一室に通される。
中には何も置かれていないし、取り敢えず雰囲気出しで作っただけの部屋って印象だ。
この部屋の使用許可は得ているんだろうか。
「おや、何も無いね。テーブルを出すからそこに座ろう」
…この反応、無許可な奴だ。
ヴィオレッタがインベントリから出したテーブルに、コールがお茶やお菓子を並べていく。
こうしていると本当に執事のように見えるが、職業的にはただの冒険者だ。
「さて、君達を呼んだのは他でもない。ちょっと試してみて欲しい事があるんだよ」
「試す?」
「ジュエルを出してみて欲しい」
一体何を試すのかと思えば、思わぬ返答。
ジュエルはインベントリの中の、大事なものと言う欄に収められている。
これが俺達にスキルを与えてはいるが、ジュエルにアイテムとしての利用価値は無く、アイテムとして手元に出す事なんてまずない。
俺も以前ジュエルと精霊機を同期させた時以来、出した事は無い。
意図する所は解らないものの、言われたままジュエルを取り出してみる。
「あれ?」
しかし、俺の手の中にジュエルが現れる事は無かった。
何度か繰り返してみたものの、やはり出て来る様子が無い。
「出せない…?」
「いいや、出ているよ」
そう言ってヴィオレッタは、俺の額の辺りを指差した。
なんだろうと思って自分の額に手を当てれば、何か固い物が当たる感触。
「……え? 何コレ…」
「額からジュエルが顔を出しているね」
「なんで!?」
ギランはどうだと振り向けば、右手の中指に、まるで指輪のようにジュエルが現れていた。
「…外れそうにないな」
現れたジュエルをいじっていたギランが、そう呟いた。
いや、外れたとして、外れた場所がどうなるのか、想像するだけで怖いんだけど。
一旦ジュエルを戻してみれば、額にある固い感触が無くなった。
額に穴が空いている様子も無い。
もう一度出してみれば、同じように額にジュエルが現れた。
「実は私もなのさ。シグナルやエコーにも見せて貰ったが、みんなこうなんだよ」
ヴィオレッタは自分の襟元を開くと、丁度胸のすぐ上辺りにジュエルが現れている。
…少し下着が見えているんだけど、いいんだろうか。
あまり見てはいけない気がして、目線を反らしておく。
「一体どういう事だ?」
「ジュエル自体が謎物体だからね。これと言う明確な答えは示せないな」
額にあるジュエルをコツンと突いてみる。
痛みはないけど振動は伝わって来る。
感覚が無い事を考えれば、少なくとも神経と繋がっていると言う訳ではないのだろう。
「見たままの印象を言うなら、まるで『寄生』されているようだね」
それ大丈夫なの…?
精霊に与えられたとされるジュエル。
今までは漠然と神聖な物だって思ってたけど、こうなって来ると急に禍々しい物に思えて来る。
「でも~、精霊から与えられたジュエルが~、人に害を与えるとは思えないんですけど~」
「詳細は言わず、ヤオ司祭長にもジュエルの事を聞いてみたんだけど、同じような事を言われたよ」
であれば、何か異常が起きてる?
ジュエルが誤作動を起こしているとか?
「こちらの世界に来た影響か?」
「生憎、何も解っていないんだ。ジュエルの機能は今まで通り。健康上問題も無い」
とは言え、こうなって来ると一つ疑問が浮かぶ。
ヴィオレッタは、ジュエルと邪神の宝玉が同じ性質を持つ物だと考えた。
だからこそ、邪神の宝玉と似たような事が出来るかもしれないと、ジュエルを調べ始めたはずだ。
……もし同じ性質なんてレベルじゃなく、ほぼ同一の存在だとしたら?
「ジュエルスキルって、もしかして何かを犠牲にしてスキルを覚えてる?」
「邪神の宝玉で言う所の、魂に当たる物、って事だね? 私もそれは考えたよ。例えば、倒した者の魂を吸収しているんじゃないか、とかね」
レベルが上がって行けばスキルを覚える。
人の経験を食っていると考えてもいいだろうか。
その『経験』が倒した敵の魂であるのなら、邪神の宝玉とは出自が違うだけの同じ物とさえ言えるだろう。
「でも、『EW』でレベルを上げる術は敵を倒すだけじゃない」
…そうだった。
日常生活でも経験値は得られるし、それこそ歩いているだけでも経験値は入る。
歩くだけでレベルを100にするにはどれぐらい時間が掛かるか、なんて言う試算をしていた人も居たぐらいだ。
つまり、ジュエルの成長には誰かの魂を必要としている訳じゃない。
「ジュエルが何故成長するのか、人にスキルを与える理由は何か、こうして寄生するようになったのは何故か。色々考えてはみたのだけど、これと言った答えが出なくてね」
「こう言う時は、一度ジュエルの性質をまとめてみた方がいい。何か見落としがあるかもしれない」
ギランの言葉に従って、俺達はジュエルの性質を並べてみる。
一つ、ジュエルとは精霊に授けられた物。
二つ、ジュエルとは持ち主と共に成長する物。
三つ、ジュエルは持ち主にスキルを与える物。
四つ、レベル100の時には強力なスキルが選択出来る。
五つ、レベル100以降は習得するスキルが勝手に選択される。
「あと、これは以前ジュエルの機能強化を行った時に知った事なんだけど、ジュエルって言うのは持ち主以外が持っていても効果を発揮しないようだよ。加えて言えば、持ち主から遠く離れた場所にジュエルがあっても、ジュエルスキルは使用可能だった。インベントリに戻そうと考えれば、遠くにあったジュエルが消えてインベントリに収納されるなんて性質もある」
そうやって聞くと、寄生こそされていないものの、以前からその鱗片はあったのかもしれない。
目に見えない何かで繋がっていると言うか。
改めて羅列した内容を見ていると、ふとした考えが過った。
「…ねぇ。五番目の解釈はこれでいいのかな?」
「と言うと?」
自分の中で何か答えがある訳じゃない。
だが、これに関しては別の見方も出来る。
それが当たっていたとして、何を示すのか想像も付かないけど。
「レベル100以降なんじゃなくて、異世界に来て以降なんじゃない?」
俺達がこの世界に来たのは、アップデートが行われた当日。
アップデートではレベルキャップが解放され、最高レベルが200になった。
ゲーム時代に110レベル以降のジュエルスキルを取得した人なんて居ないのだ。
今までは、アップデートでスキル取得方法が変更されたのだと勝手に解釈していた。
でも、アップデートで仕様変更がされていなかったんだとしたら、異世界に来た事でジュエルの性質が変わったとも取れる。
「…さっきギランも同じような事を言っていたね」
「レベル100以下の『ジュエル持ち』はどうだったんだ? そこでも自動取得されていたのなら、異世界に来た影響と確定出来る」
そのぐらいヴィオレッタなら確認済みなんじゃないか、そう思ってヴィオレッタを見れば、何やら困った顔で苦笑している。
「…確認してないの?」
「私も正直迷っていてね。見ての通り、不気味な現象だろう? ある程度事情がはっきりするまでは、あまり広めるべきじゃないと思うんだ。変に聞き回って気付く者が出れば、そこから混乱が広がるかもしれない」
ああ…まぁ、そうかもしれない。
額にくっ付いてるジュエルも、我が身ながら少し怖いし。
余計な混乱を招く事は想像に難くない。
それに、ジュエルをわざわざ出す機会なんて殆ど無い訳で。
黙っていれば早々気付かないだろう。
現に、俺達もヴィオレッタに言われるまで出そうとも思わなかったし。
「それに、レベル100以下の『ジュエル持ち』ってあまり居ないようでね。接触しようとしても、そもそもの数が少ないのさ」
確かに……俺が思い付くのはノノのパートナーぐらいだ。
その人だってすでに故人だし、他に当ても無い。
「…それも少し不自然なんだがね」
何やら不穏な呟きをするヴィオレッタ。
何が不自然なのかと考えた時、ギランがその続きを語ってくれた。
「この世界への転移前……その、新しい『ジュエル持ち』が増えていただろ? 低レベルの『ジュエル持ち』はそれなりの数が居たはずなんだ」
言われて納得した。
アップデートが発表された後、新規プレイヤーが増えて来ていた。
今更始めるなんてと敬遠していた人達が、これを機に参入していたのだ。
その人達の殆どは、レベル100までは到達していないはず。
「実力不足と言う事で、ステラでしたか? その神からこの世界に呼ばれなかったのでは?」
「違うと思うよ、コール。俺が預かってるノノって子のパートナーは、戦闘を殆どした事が無い『ジュエル持ち』だったんだ。その『ジュエル持ち』が転移して来ている以上、実力は関係ないと思う」
ノノも街を見て回るのが好きな人だったと言っていた。
最初に会った時は、ノノ自身もレベルは10代。
恐らく、そのプレイヤーも似たようなレベルで転移しているはずだ。
「…『EW』に来てから、比較的日の浅い『ジュエル持ち』は転移していないのかもな。レイ、ノノのパートナーは何時から『EW』に来ている?」
思い返してみるけど、何時って言うのは言ってなかった気がする。
「フラウ、ノノのパートナーは何時頃から『EW』に来ていたかって知ってる?」
「すみません。私も聞いた事が無いですね…」
ちょっと踏み込み難い内容だし、何時からのプレイヤーかは聞いた事が無かった。
俺の事は知らなかったようだし、てっきり新規参入者かと思っていたけど。
ただ、街を見て回っていたと言う話を考えるに、単純に他の人の情報に触れる機会が無かっただけって事も考えられる。
「レイ、あとで確認してみて貰えるかい? もしそうなら、あるタイミングより前に『EW』を訪れた者だけを転移させた可能性がある。これが、どんな意味を持つのかは解らないが」
そのタイミングに何かがあったか。
だとすれば、転移者は最初から決まっていたのかもしれない。
「転移者の共通点も洗いたい所だが…俺達だけで調べるのは無理があるな」
「『ジュエル持ち』代表だけでも巻き込むべきじゃない?」
彼女達なら、少なくとも自分の国に転移した『ジュエル持ち』は把握している。
そこから何か解るかもしれない。
「共通点…ねぇ」
何か思い当たる事があるのか、ヴィオレッタは意味深な呟きを残した。
「何かあるの?」
「…いいや、大した話じゃないさ。それより、代表者を巻き込む案は採用しよう。どうにも手詰まりだったからね」
結局、それについては語らないまま、代表を巻き込んで調査を進めるとの方向でまとまった。
…絶対何か気付いてるけど、こんな時のヴィオレッタには何を聞いても無駄だ。
「それと、ノノの話で思い出したんだが、死亡した『ジュエル持ち』が消えた件についても調べてみたんだ」
「何か解ったの?」
掲示板で情報共有した後、何かとバタバタしていて調べられなかった。
今までの『ジュエル持ち』がどうだったか、メフィーリアに行ったら調べるつもりだったんだけど、その時もギランに付き合わされて結局調べられなかったし。
「伝承に残っている『ジュエル持ち』は、死亡後に埋葬されている。遺体が消えたと言う記録は無かったよ」
じゃあ、ノノのパートナーが特殊だったって事だろうか。
「それは俺も調べたが、『ジュエル持ち』の最後について記録している文書は見つからなかったぞ」
「なんせ英雄の墓だからね。荒らされないよう歴代の司祭長にのみ伝わっていたようだよ。口伝だけらしいし、いくら調べても情報が出て来ない訳だよ」
なるほど。
掲示板で報告した割に誰からも続報が無いと思ったら、そう言う事か。
「では、ノノさんのパートナーに何か原因が?」
「かもしれないし、私達が異世界から来た人間だからなのかもしれない。今までの『ジュエル持ち』に異世界人は居なかったようだしね。そうと伝わっていないだけかもしれないけど」
だとすれば、俺達も死んだら消えるのかな。
別に死んだ後の身体がどうなっても構わないけれど、何故消えるのか、消えた後どうなるのかって部分は気に掛かる。
……まぁ、死なないと解らないって言うのが問題だけども。
「そっちも掘り下げたいけれど、さすがに手が回らないかな。と言うより、私達の身体についてはギランが調べてるんだろう? これは君に任せるよ」
「別にいいが、死んだ後どうなるかなんて調べようがないぞ」
ヴィオレッタも、浮遊大陸の調査やジュエルの調査、プレイヤーの調査と色々重なって来ている。
他にも人員は居るんだろうけど、一人が抱える仕事量が増えてきているようだ。
いや、これに関してはヴィオレッタに限った話ではないか。
……ストレスを溜めて暴走しないといいけど。




