第77話 商人の復讐
4:冒険者@雷雨の精霊の加護(アルテシア)
ちょっとデカくねぇか!?
5:冒険者@氷柱の精霊の加護(アルテシア)
いい的だろ!?
街の方ではあれこれと騒ぎが起こっているようだ。
俺達も手伝いに行きたい所だけど、俺達には俺達の仕事がある。
ロッシュに連れられ、俺達が訪れたのは街の外。
下水の出口であるらしく、嫌な臭気が漂う人気の無い場所だった。
「お待ちしておりましたよ」
ロッシュがそう言った先には、下水から顔を出すモリスン伯爵とその護衛。
護衛はたった一人。
相手にとっても急な動きであり、護衛すらまともに集められなかったのだろう。
いや、攫って来た者達の中に、護衛の大半が含まれていたのかもしれないが。
「…何故、ここに居る?」
「この街の整備にはカリーシャ商会が携わっているのですよ? 逃げ道を作ったのも我々です。…私がここに来る想定はしていませんでしたかな?」
憎々し気に問うモリスン伯爵に対し、ロッシュは飄々と答える。
だが、目が笑っていない。
内心を聞かされた俺達からすれば、ロッシュが本心から怒っている事が解った。
事が動き出してすぐ、ロッシュは俺達にこう言った。
『伯爵の場所へ案内する』と。
今の会話と合わせて考えれば、伯爵が逃げるならここからだと知っていたんだろう。
伯爵の方も、自分の支配下にあるはずのロッシュなら街の整備を任せられると考えていた。
だが、ロッシュは状態異常から復帰し、結果的に敵に情報を与える形になった。
…例の鐘にどれだけ自信があったのかは知らないが、結果的には過信しすぎたが故の失敗だ。
「私をどうするつもりだ?」
二体七ともなればさすがに分が悪いと思ったのか、モリスン伯爵は抵抗の意思を見せない。
諦めているようにも見えないが、まずはこちらの目的を探ろうって腹だろうか。
「ここに居る間、ずっと計算をしておりました。アルテシア領の税収は、街での売買と関税による税金が主。リグレイド側からの輸送に関する税が税収の四割。カリーシャ商会の関税と売買により発生する税が二割。そのどちらもが無くなるとなれば、貴方にとっては死活問題だったのでしょう」
カリーシャ商会凄いな。
リグレイド側からの関税がこの領を潤していると言うのは想像が出来た。
でも、カリーシャ商会単独で税収の二割にもなってると言うのは驚きだ。
「他の領からの輸送は、精々が二割。残りは街や村からの税収によるものでしょう」
他と比べてリグレイドとカリーシャ商会が、どれだけ大きい存在かが解る。
よくよく考えれば、ハーディ男爵に始まり、貴族達がすぐに会ってくれるような人物なのだ。
これだけ経済に絡んでいるなら、それも納得だと言える。
「この街の関税が高めに設定されているとは言え、リグレイド側は命に関わるものだからと輸出を止めませんでした。あまり黒字にならないのにも関わらずね。…どうしても食料が必要な領からは、関税の一部を肩代わりしてくれる領主も居たとか」
そう言う部分を聞くと、キース子爵は中々の人格者だ。
自分達の利益より、人命を優先した。
…だと言うのに、アルテシア側が手引きした盗賊がその食料を奪う。
なるほど、キース子爵が怒る訳だよ。
「…何が言いたい?」
モリスン伯爵は仏頂面のまま尋ねる。
この状況で焦った様子を見せないのはさすがだ。
何か隠し球の一つでもあるのかもしれないが、ここでのやり取りはLIVEされている。
何か起これば『ジュエル持ち』が駆けつけて来るだろう。
……まぁ、街の方で忙しいようだから、あまり当てにするつもりはないけど。
「その税金はどこへ行ったのです? 街にはスラムもあり、公共事情に使っていたとは到底思えない。関税が高く、材料が高騰するので儲けにならない―――そう言った事情から、失業者が多い街ですからな」
スラムに関しては掲示板でも報告している者が居たが、その原因が税にあると言う。
街が街として成り立っているのは、リグレイドやカリーシャ商会の力があってこそって事か。
「俺達が考えるより大きな問題だったんだな」
「そうだね」
その二つから税収が望めなくなるとなれば、街として立ちいかなくなる可能性だってあった。
そうなれば、領主としての資質さえ問われたかもしれない。
…襲撃と言う手を使って脅し掛けると言うのも、これを聞けば理解出来る。
ただ、結局税金は何に使われていたのかって話だ。
溜め込んでいたのなら、カリーシャ商会の再開まで待つって事も出来ただろう。
リグレイド側の供給が無くなったとて、関係改善をするだけの時間は稼げたはずだ。
それが出来なかったからこその脅し。
なら、これまでの税金はどこへ消えた?
「…領の事情を、一商人に聞かせろと言うのか?」
「確かに、商人にそんな権利はありませんな」
モリスン伯爵の言葉も正しいだろう。
一商人に、領の事情の隅々までを知る権利などない。
それが解っているからこそ、ロッシュの方もあっさりと引いた。
…あっさりすぎて、俺達からしても拍子抜けだ。
「ところで強盗の件ですが、お聞きになられていますかな?」
「…街の支店に強盗が入ったと言う話だろう? 災難な事だ」
急に話が変わった。
いや、関連があると見ている俺達からすれば、別に変わっていないんだけども。
街では今正に戦闘が起きているのに、こちらでは世間話だ。
…この伯爵が、街の事なんて考えていないのが良く解る。
「商品の被害も馬鹿になりませんので、早期の撤退を考えております」
「……商売の拡大をするなら、支援をしてもいいと思ったのだがな」
「拡大の為の一時休業ですので、予定が早まっただけですよ。問題ありません」
まずはロッシュが話をすると言うので、俺達は見張りに徹している。
けど、ロッシュが何の話をしようとしているのかが解らない。
伯爵の方も利益を見返りに見逃して貰えるとでも思ったのか、支援の提案をするも蹴られてしまった。
より一層、ロッシュの狙いが掴めない。
「……商会員を大切にするのが先代からの主義であったな。襲撃された商会員は無事か?」
利益で傾かないと見れば、今度は脅しか?
商会員の今後を思えば、自分と敵対すべきではないとでも言いたいんだろう。
ユークが拳を握ったのに気付いて、ギアとケインが両側に立つ。
中々コンビネーションが磨かれて来ているようだ。
…多分、二人だけじゃ止められないけど。
「今は健康そのものですよ。今朝も支店の片付けをしていましたので」
「…そんな訳はあるまい」
「ほう? 何故そんな訳がないと?」
「駆けつけた兵士から、被害者は腕を斬り落とされていたと報告を受けている」
――――あれ? そんな話だったっけ?
ユークに目を向ければ、ユークの方は首を振る。
確か、肩を斬られて腕がぶら下がっているような状態だったとは聞いた。
でも、すぐに治療して命に別状は無かったはず。
俺達が見た時には腕もしっかり繋がっていた。
兵士が見た後に治療したんだろうか?
88:狂葬@色彩の精霊の加護(アルテシア)
商会員の怪我って、駆けつけた兵士は見てるの?
89:黒騎士@魂の精霊の加護(アルテシア)
いいや、兵士が来る前に治したぞ
忙しいかと思ったが、普通に返答が帰って来た。
向こうは問題無いって事でいいらしい。
…未だに戦闘音は止んでいないが。
「そんなはずはないよ。兵士は怪我を見ていない」
二人に向かってそう言えば、ロッシュは視線だけ俺に向けて頷いた。
「おかしな話ですな。確認して貰えば解りますが、腕を斬り落とされた被害者など居ません。怪我人など居ないのに、兵士の方も見ているはずがありませんな」
「馬鹿を言うな。腕を斬り落とされていたと報告が――――」
「腕は治ったのです。兵士が来る前に。そんな報告が出来たのは実行犯だけです」
そう言う事だよね。
兵士は見ていないのに、怪我人の報告なんて出来る訳が無い。
怪我人を見る事が出来たのは、すぐに駆け付けたベガと被害者本人、そして実行犯だけ。
被害者やベガが報告する訳もないって考えれば、残りの可能性は実行犯のみになる。
…実行犯が牢屋から消えていたって事も踏まえれば、答えは見えたようなもの。
「切り落とされた腕が治るなど…」
「あるのですよ。治す方法が。実行犯の証言を報告するにしても、実際に現場を見た兵士ならそんな報告は出来るはずがない。兵士が来た時には怪我人など居なかったのですから。だと言うのに、何故実行犯の証言だけが貴方の元に来ているのですか?」
「……」
伯爵が押し黙った。
ここまで来て、ロッシュが何をしたかったかが見えて来た。
多分これは、ケジメ。
商人として、商人らしい戦い方で伯爵を追い詰める。
それは商会長として、商会員を傷つけられた事に対する報復。
俺達が聞き出せば、これまでの疑問なんてすぐに晴れるだろう。
だが、ロッシュは自らの手でそれを引き出す事に拘った。
己の手で、その怒りをぶつける事にしたんだ。
「今回、わたくしは怒っているのです。あまりにやり方が汚い。商会員を傷付けると言う事は、我がカリーシャ商会を敵に回す事と心得て頂きたい」
「…商人風情に何が出来る」
モリスン伯爵の目が、鋭くロッシュを捉える。
対するロッシュは、何時もの仮面を被って笑ってみせた。
「商人に出来るのは、金勘定だけですよ」
「何…?」
ロッシュはそう答え、懐から紙の束を出した。
少し血の痕が滲むそれは、一体どこから持って来たものだろうか。
「そう、商人は金の匂いに敏感なのです。支店で独自に調査を行ってたようで、襲撃された際、その資料が散乱しておりましてな」
襲撃された支店に残されていたもの。
商会員が独自に調べていた資料か。
「調査内容はマーケティング。この領でどんな事に金が使われているのかを調べ、ニーズに合わせた商売を行おうと色々考えてくれていたようですな」
なんとも頼りになる商会員だ。
これは、ロッシュの教育が良いと言った方がいいかな。
「その中に、こんな事が書かれておりまして。『アルテシア領からの輸送費に、莫大な金額が動いているようだ』と」
「輸送費?」
ここから、何かを送っている?
「ここに特産はありません。輸送するとすれば何でしょうな。……そう言えば、この領から消えたものがありましたが、どこへ消えたのでしょうか?」
……若者。
そして、恐らくは亜人も。
それらを運ぶ先なんて、ネリエルしかない。
「正確な数字までは調べられなかったようですが、大まかな試算は出ております。輸送に掛かる金額としては大きすぎる。…金そのものを送っている可能性もありますな」
巻き上げた税収と人を、ネリエルへ。
あと、恐らくカメオのような執行者へ支援もしていただろう。
そう言った、財布としての役割を果たしていたのがここの領って事なのか?
「……」
「ここからはわたくしの推測ですが、聞いて頂きましょうか」
黙り込んだ伯爵を前に、にこやかに笑ったロッシュが言う。
「昔、伯爵家が全焼し、かなりの方が亡くなったと言う痛ましい事件ありました。当時の当主も、顔に大きなやけどを負ったとか」
以前、そんな話を聞いた覚えがある。
百年ぐらい前の話だって言ってたはずだ。
「重鎮と言える方々は火事の中で帰らぬ人となり、きっと、顔が焼けただれた当主が摩り替っていたとしても、気付ける者など居なかったでしょう」
「…まさか――――」
ケインが、ギョッとした顔でモリスン伯爵を見る。
これが本当だったとしたら、その時に当主を良く知る人間を処分しつつ、誰か別人が当主を名乗っていた事になる。
……いや、確かに、よくよく考えてみればおかしいんだ。
モリスン伯爵はネリエルから送り込まれて来た人物のはずで、それは執行者が証言している。
それがどうやって他国の貴族になったのかって言うのは、疑問のままだった。
炎に揺らめく伯爵邸を想像していると、空には真っ白な大輪が咲く。
強烈な熱気を感じつつも、俺達は伯爵から目を反らさない。
伯爵側も目を向ける余裕が無いのか、伯爵はロッシュを見つめたまま硬い表情を崩さない。
「伯爵家は長い歴史を持ちます。…そう、例えば、隣国ネリエルの起こりは百年前とされていますが、それ以上前から伯爵家は王国貴族として存在していたのです」
そこの当主を挿げ替え、乗っ取る。
そうする事で、外面上ネリエルとの繋がりが無いはずの貴族家が誕生する。
まさか、古参の貴族家が隣国の人間によって運営されているなんて気付かなかっただろう。
彼等は一つの貴族家を滅ぼし、取って変わって自分の国の為に利用した。
そこに住む住民までも。
そう考えると最悪だな、あの国。
「さて、館が燃えた後、少々妙な噂がありましたな。伯爵家の当主は早くに亡くなる事が多く、薄命の家と噂されるようになりました」
「……」
俺達の知らない話が出たな。
そう思っていたら、モリスン伯爵の目が更に鋭くなった。
ここからが、彼の知られたくない話か。
「重鎮が消えた家、早世する当主、消えた税収や若者、謎の輸送費。……もし、当主が別の国の者に成り代わっていたとしたら、税収や若者を本国に送っているのではないでしょうか? 税収が消えるのも、輸送費に金を掛けるのもその為なのではないですかな? それをする事で、本国に戻った時に好待遇を受けられるのであれば―――――実績を積んだ後に後釜を用意し、早々に死を偽装して国に帰る事も考えられますな」
全て推測。
けど、確かに状況との整合性はある。
ここで貴族をするより国に帰った方が待遇がいいんだとすれば、死を装ってでも帰りたいものなのかもしれない。
…いや、そうでなくとも、神と信じるネリエルの元に帰りたいと思うのは信奉者の性なのかもしれない。
「…馬鹿々々しい想像だ」
そう言う伯爵だが、顔は強張ったままだ。
全くの外れではないと、その顔が物語っている。
「仮にそうだったとして、貴様に何が出来るのだ?」
「先ほども言いましたが、わたくしに出来るのは金勘定だけでしてな」
ロッシュは伯爵に背を向けると、俺達の後ろへと移動する。
ロッシュは確かに伯爵の心を揺さぶった。
商人として、話術と言う武器を使い、彼の本当の姿を暴いて見せた。
力しかない俺達からすれば、ちょっとカッコいいとすら思えて来る。
「答え合わせは俺達がしてやる」
「報いを受けなよ、おっさん」
ユークとケインに剣を突きつけられ、伯爵は憎々し気な顔で膝を付いた。




