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この世界で一緒に。~おかしな奴等と異世界転移~  作者: シシロ
ロクト王国とオーガの里
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第10話 謁見

「――――ふむ、事情は解った。この異界らしき世界へ訪れて、初めて出会う隣人だ。国として正式に迎え入れるとしよう」


 威厳のある白い口髭を伸ばした男が、玉座から重々しい口調で告げる。

俺とフラウ、そしてロニは玉座の前に跪いてその言葉を受け止めるべく頭を下げた。

 一緒に来たタニアは護衛も兼ねているのだろう、脇の方に控えている。


 目の前に居るのはゼペス・ロクト・ラナクイア

ロクトの王であり、この国最強のNPC。

頭上にはレベル150という信じられない数字が浮かんでいる。

武を重んじるロクトにおいて、これほどまでに王に相応しい人物はいない。

 白髪をオールバックにした見た目は三十代ぐらいの男性で、ヴァンパイアの血を引くらしく、血のような赤い瞳と鋭い眼光が特徴的だ。

 若く見えるが、実年齢は百歳近いと言われている。


「ギルドマスターロニよ。こちらからも一つ報告がある」


 王の右隣に立つ人物が、王をチラリと見た後に告げる。


 彼はこの国の第一王子で、クェイン・ロクト・ラナクイア。

父親と同じく、白い髪と赤い瞳を持つ男性で、口髭を除けばゼペスと良く似ている。

 この一家は若々しく、クェインも二十歳ぐらいに見えるが実際は五十歳を超えている。

ロクトの王子らしく武勇に優れ、それを示すように彼の頭上に124と言う数字が浮かんでいる。


「懸念されていた食料問題であるが、冒険者達の協力もあり解決の見通しが立った。植物に関連した魔法を使える者が随分と活躍してくれてな、思ったよりも早い解決に繋がった。そして、状況が変わった故に失業した者についてだが、各ギルドの協力もあり混乱もないまま斡旋が終了した。この未曾有の事態において、スムーズに事が運んだのは貴殿の協力があってこそ。改めて礼を言わせてもらう」

「勿体なきお言葉です」


 内政については国やギルド、ウェインが中心となって進めている。

当初は多少混乱があったものだが、すぐに鎮静化した。

 不安を取り除く為、『EW』において特別な存在である『ジュエル持ち』が中心となって動いたのも理由の一つだろう。


「私からも一つ」


 今度は王の左隣に立つ人物だ。

 法衣のような服を纏い、知性的な瞳を宿した青年であるが、その容姿はゼペスやクェインと良く似通っている。

 この国の第二王子で宰相でもある、シド・ロクト・ラナクイアだ。

 武勇一辺倒で、文官が不足しがちのこの国において、王族でありながら文官を率いてくれる希有な人物だ。


 武勇ばかりの国民性なので、文官と言うと立場が弱いように思われるが、実際にはそんな事はない。

むしろ、進んで文官をする人間を尊敬している節さえある。

本当に誰もやりたがらない為に、数少ない文官達はとても重宝されているのである。

 とは言え、シドも王族。

 レベルは100と十分に強い。


 第二王子が宰相とはどうなのかと思われるかもしれないが、彼とクェインのクエストでその内容が語られる。

 王としての資質を持つ兄を、シドが宰相として支える。

本来はシドも武官寄りの人物なのだが、兄の国を支える為にこの道に進んだのだと言う。

 武官としても文官としても優秀な弟を王にすべく動いていたクェインだが、彼のこの言葉を聞いて、本当の意味で王への道を進む事になる。

 誤解から一時すれ違っていた二人が、互いの真意を聞いて手を取り合うストーリーは、プレイヤーの中でも人気の一幕だ。


「王城の本を全て読み解いてみましたが、今回のような事例は見つかりませんでした。『ジュエル持ち』達が言う、異世界への転移についても確証は得られていません。その辺りを把握しているのは、やはり精霊かと。レイ、精霊機でメフィーリアから情報はありませんか?」


 メフィーリアは精霊ととても深い関係がある。

 六人の巫女と呼ばれる女性がそれだ。

大精霊の加護を受けた女性達で、『ジュエル持ち』以外では頻繁に精霊と交信を行える数少ない人物達である。


「接触を試みているそうですが、未だに成功していないそうです。また『ジュエル持ち』の中にも精霊と接触出来たと言う者はいません」


 プレイヤーが巫女に接触して得た情報によると、精霊自体は居る気配があると言う話だ。

 実際、精霊由来のものである魔法が使える以上、彼等が居るのは間違いないとは思うのだが。

俺達と一緒に転移して来たのだろうと考えられるが、接触出来ない理由は不明のままだ。


「そうですか…この状況を説明出来るとなれば、精霊ぐらいしか思いつかないのですけどね」

「もしくは、この世界にも精霊に似た存在がいるのかもしれんな。そうであれば、我々はその存在に呼び寄せられた可能性もある」

「なるほど。オーガ達が訪れたら、心当たりがないか聞いてみましょう」


 二人の美形王子が相談する様は絵になる光景である。


 一人座って居る王様に目を向けなければ。


「…………」


 段々とイライラしているのが解る。

国王にあるまじき様子で、貧乏揺すりまで始めてしまった。


「なんにせよ、情報が得られるのは有難い事です。報告を聞くに、オーガも急な人口増加で苦労も多い事でしょう。恩を売る訳ではありませんが、対価の方は準備出来るかと」

「その辺りはお前に頼る事になる。頼んだぞ、シド」

「はい。殿下はオーガの長と友好を結んで頂き、彼等の信用を得て下さい」

「ああ。聞けば彼等も武辺の者と言う。話も合うだろう。なんなら騎士団と――――」

「あああああ! メンドクセェ! 何時までこんな口調で話せばいいんだ!」


 あ、爆発した。

というか、王様ロクに話してないじゃん。


「親父…折角、ここまで上手く行ってたのに」

「父さん、もう少し我慢出来なかったの?」


 呆れたような息子達の目が、玉座に座るおっさんへと注がれる。

 当の本人は足を組んで、不貞腐れた態度である。


「うるせぇ。大体な、ロクトで礼節とかアホか。気に入らなければ自分の剣でなんとかしろってのがこの国のいい所だろ?」

「そんなだからメフィーリアから『もっと頭を使え』と言われるんだぞ」

「昔から国交のあった国ならともかく、初対面の相手に何時もの調子じゃ良くないよ」


 先ほどまでの威厳はどこへやら。

王族三人がラフな会話を繰り広げる。

 ロクトの王族など本来はこんな感じである。

ロクトの人間を指して、『蛮族に毛が生えたようなもの』とは誰の言葉だったか。


「お前らも何時までも畏まってんじゃねぇよ。息苦しくて仕方ねぇ」


 そう言った王様本人は、高級そうなマントを脱いで捨てると同時に、王冠を指に掛けてブラブラさせている。

相変わらず自由すぎるおっさんだ。

 俺達は苦笑を浮かべながら立ち上がり、脇にいるタニアも呆れたような表情を浮かべている。


「俺も礼節を弁えるよう言われているんですが、肩がこって仕方ないんですよね…」

「だろ? 誰か椅子持って来い! 堅苦しいのはここまでだ!」


 ロニが漏らした本音に、ゼペスは笑って答えた。


 謁見の間の外へ声を掛けると、外から椅子を持ったメイド達が謁見の間に椅子やテーブルを並べて行く。

 準備がいい…というか、こうなると予想してたか。

並べられるティーカップや茶菓子を眺めながら、そんな想像が過った。


「タニアも座れ。酒じゃねぇのが不満だが、まぁいいだろ」

「ゼペス様、私達の努力が台無しじゃないですか…」


 かくして、謁見の間にテーブルが並べられ、まるでお茶会のような状況が出来上がったのである。


「で、レイ。オーガの奴らはどうだったよ? 強くなりそうか?」

「向上心は高いと思いますよ。鍛える事も好きみたいだし、騎士団にでも混ぜて訓練させれば、大分伸びるんじゃないですかね」

「ほほう」


 楽しそうに笑う王様を見ながら、周囲は苦笑を浮かべる。

ロクトの人間は大概がそうだが、この王様も例に漏れず、立派な戦闘狂なのである。

むしろ戦闘狂筆頭と言っていい。


 次々とテーブルに着く要人達の中で、そっと視線を向ければシドがちゃっかりとタニアの横に座っている。

シドはタニアに並々ならぬ思いがあるようで、彼女の好みの花を聞いてくるというクエストがあるぐらいだ。

 我等が騎士団長は人気者なのである。


「気質はロクトに近いんだろうな。最初に出会ったのがオーガで良かったのかもしれない」


 キッチリとした服装をしていたクェインであったが、椅子に座ると同時に胸元を緩め、すでに寛ぎモードへと移行を始めている。


「人間と亜人は仲が悪いようだしね。僕達はヴァンパイアの血を引いてるし、何も知らずに人間と接触していたら摩擦が起きていたかもしれない」

「我々からすれば下らない話ですけどね。ロクト国民の七割は亜人ですよ?」


 シドの懸念に対し、タニアは呆れた様子を見せる。


 タニアの言う通り、ロクト国民の七割は亜人だと言う設定がある。

他の国や地域でも、半分以上が亜人で構成されている。

人種について言及されるのは、メフィーリアの巫女ぐらいなものである。


 彼女達の仕事は、精霊と接触して助言を受けたり、危機を事前に察知する事。

一番最初に生まれたのが人間である為、精霊との接触は人間の方が成しやすいと言うのが理由である。

女性である理由については、六柱の大精霊が全て女性なので同じ女性の方が話しやすいのではないかと言う、結構雑な理由であったりする。


「見つかれば殺されるか奴隷にされるかだとも言っていました。すでに相当拗れているようです」

「奴隷かー……別に犯罪者じゃないんだよな?」


 フラウの言葉に、クェインが反応する。


 『EW』の世界で奴隷とは、終身刑を受けた犯罪者を意味する。

 とんでもない犯罪を犯した者を解放する訳にもいかず、なら労働力にしよう、となったのが由来なのだそうだ。

 それ以外に奴隷は存在しない為、無実の者を奴隷にするという発想は、彼等には理解し難いものらしい。


 ちなみに、『EW』の世界に死刑は存在しない。

終身刑より上の刑は存在するし、その内容は……まぁ、実質死刑なのだが。


 例えばロクトでの最高刑は、『深淵』への突撃である。

どうせなら魔物の一匹とでも刺し違えて来いと言う恐ろしいもの。

生存率は0パーセントであり、人によって殺されるより悲惨な死に方が待っていると言う残虐なものだ。

 とは言え、そんな刑が下される者はそれ相応の悪事を働いた者であり、滅多にある事ではない。

最後にその刑が実行されたのは、五十年以上も前。

百人以上の人を苦しめ抜いて殺し、その怨念から魔物を生み出そうとした狂気の研究者がそれだ。

『EW』の世界には、彼の遺した研究所がダンジョンと化し、アンデッドの巣窟となっていた。


「詳しくは確認してみないと解らないけど、罪を犯して追われているって感じではなさそうでしたよ」

「難儀な世界だな、全く。そんな調子で魔物の討伐は出来てるのか?」

「確認されている魔物は、軒並み弱い個体らしいからね。僕達と違って、それほど切羽詰まっていないのかもしれないよ」


 割と緩い雰囲気のまま、今までの情報をまとめ始める面々。

気が付けば、目の前には軽食まで並べられ、謁見の間とは思えない香りが漂っている。

 俺も紅茶のお替りを貰うと、メイドに礼をしておく。

優雅な動作で一礼するメイドを見ながら―――正確には頭上を見ながら、そっと考える。

 彼女達はメイドに見せかけた護衛である。

一見すると非戦闘員であるが、頭上の数字を見るに80レベル以上の者達だ。

メイド服の内側には比較的軽い防具を装備しているとの設定がある。

 彼女等を含め、騎士団や王、王子達……ついでに言えば一人娘である王女もだが、ロクトの保有する戦力は相当なものである。


「……どうかしましたか?」


 思考に耽っていた俺を見て、フラウが問いかけて来る。


「いや、もし最悪の事態になっても、この国の戦力なら問題ないかな、って思ってね」

「最悪と言うと、戦争か?」


 俺の呟きに、ロニが答える。

 人間の国家と出会った時、亜人の扱いを巡って意見がぶつかる事は想像に難くない。

ロクトは特に、国のトップが亜人の血を引いているのだから相手の言い分を受け入れる事は出来ないだろう。

 そう言った旨の発言をすれば、ゼペスが小さく笑う。


「さっきも言ったろ? 気に入らなければ自分の剣でなんとかしろってのがこの国だ。『EW』の国の中でも、非戦闘員ですら剣の心得があるのはこの国ぐらいだぜ? まぁ、その所為で敵の牙が俺の首元まで届く事は無いんだけどな」


 言われて、ある一件が頭を過る。

同じ事に思い至ったのか、タニアが苦笑を浮かべた。


「以前、『ジュエル持ち』の一人が大暴れした事がありましたね」

「ああ、あいつな。あれは気骨のある奴だった。もしかしたら俺の所まで来るかと思ったんだがな」

「まぁ、確かに。ロクト軍相手にあれだけやれる辺りは、さすが『ジュエル持ち』と言った所だな」


 何の事を話しているかと言えば、とあるプレイヤーの挑戦である。


 街で犯罪行為を行った場合、衛兵や騎士団などが身柄を取り押さえに動く。

衛兵でさえ50レベル以上のロクトで、犯罪行為を行うというのは相当に無謀である。

 その無謀と言われる状況で、どこまで戦えるか試したプレイヤーがいたのだ。

回復アイテムを準備出来るだけ準備し、街の中心で抜刀して衛兵からの警告を無視する。

それだけで続々と兵士達に囲まれる事になった。


 結果を言えば敗北。

冷静に考えれば当然の結果ではある。

 衛兵や騎士団も、ジュエルこそ持たないがEXスキルや固有魔法を習得しているのである。

 しかも、ゲームのシステム上プレイヤーがNPCを殺す事は出来ない。

HPを0にするとその場で倒れるが、その内目を覚まして戦線に復帰してくるのである。

 更に、暴れれば暴れるほど衛兵の強さは上がっていき、その内に騎士団が出動する。

そんな状況で五時間近くも死闘を続けた事は、多くのプレイヤーに感動を与えた。

 最終的には出動してきたタニアに撃破された訳だが、その頑張りに対し、運営から二つ名が与えられる結果となった。

 まぁ、暴れた罰として所持金を全て失った上に足りなかった分は装備やアイテムを売って補填する事になったので、一連の出来事の後、彼は文字通り丸裸だったが。

 そのプレイヤーは何故そんな事をしたかと言えば、模擬戦でも戦う事の出来ない最強格のNPC…つまり、ゼペス王その人への挑戦である。

 彼を誘き出し、戦う事を目的としていたのだ。

尤も、その目的を達成する前に制圧されてしまったのだが。


「なんにせよ、どうしても気に入らないならぶつかるしかねぇだろうよ。うちの国民を納得させたいなら力を示して貰わんとな」

「それがこの国なのは解ってるが、ギリギリまで話し合いはするからな? 勝手に喧嘩売るなよ、親父」

「当たり前だ。強者ってのはドンと構えときゃいい。俺は売られた喧嘩は言い値で買うが、喧嘩の安売りはしてねぇからな」


 現実の世界で、この男が国の代表だったら大変である。

 とは言え、進んで戦争するつもりが無い事が確認出来たのは僥倖と言えるだろう。

俺としては戦争なんて御免なのである。

 ついでに言えば、プレイヤーの大半もそうであろう。

今の現状がどうであれ、元々ゲームとして『EW』の世界を生きて来たのだ。

その結果、人を殺すなんて冗談じゃない。

 手加減攻撃の存在は、多くのプレイヤーにとって人を殺さないで済むという安堵を与えているのだ。


「どうよ、『狂葬』。俺に喧嘩を売ってみねぇか?」

「遠慮しときますよ。ロクトに対して不満もないですし、自分で統治したいとも思いませんし。模擬戦ぐらいなら構いませんけど」

「ほう? そりゃいい事を聞いた。オーガの件が落ち着いたら一戦、馳走してもらうか」


 王とは思えない、獰猛な笑みを浮かべてゼペスは答える。

その辺の魔物よりよほど恐ろしい男である。

 気軽に提案した事を若干後悔しながらも、ロクトの王の実力には大いに興味がある。


「タニアとの模擬戦では全勝しているんだったな。俺も相手してもらうか」

「父さんも兄さんも、やる時は状況を考えてよ? いざと言う時に二人とも寝込んでたら文官達が苦労するんだからね?」

「お? シドは俺が負けると思ってんのか?」


 呆れた表情で言うシドに対し、ゼペスはいかにも愉快そうな顔で詰め寄る。

それに対し怯む様子もなく、シドは続ける。


「『狂葬』の噂は聞いているだろ? 闘技大会での戦いは実際に見ていた訳だし。父さんでも簡単ではないと思うけどね」

「闘技大会に関しては俺、『弾幕』さんに瞬殺されたんですが」

「それまで散々暴れておいてよく言う」


 事実を言ったつもりだが、ロニには呆れたように返された。

二つ名持ちのプレイヤーである『弾幕』との試合は、他のプレイヤー達を爆笑させるほどの内容だった。

 開始一秒で撃破されるという、まさに瞬殺。

一瞬の静寂の後に散々笑われたのは、俺にとっての黒歴史でもある。


「まっ、お前との模擬戦についてはおいおいとしてだ。今回はよくやった。クラウスの奴にも結婚祝いを送ってやらんとな。今後も、お前がこの世界の国と接触する事があるだろう。その時には俺の国の代表として振舞ってくれて構わん。お前にはその資格があるからな」

「それ、自分が面倒だから俺に丸投げした訳じゃないですよね?」

「はははっ! どうだろうな? だが、国の防衛も蔑ろには出来んとなれば、冒険者であり、この国の住民であるお前達が主体となって動く事になる」


 悪戯っぽい笑みを浮かべ、ゼペスは続けた。


「ジュエルを授けられし者よ、ロクトを導いてみせろ」




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