第76話~第77話 幕間3 執行者の価値
伯爵邸を取り囲んでいた『ジュエル持ち』と、鐘を制圧したスヴェン。
その他にも伯爵邸へと侵入した者達が居た。
その中には、『黒騎士』ベガとシェイド、二人のパートナーであるアクアとミリアのの姿も見られた。
「あちこち反応があるな。どれが伯爵だ?」
「伯爵もそうだが、執行者も取り押さえたいな。…もし生きてるのなら、村の若者達も」
ベガ達以外にも伯爵邸へと侵入して捜索を開始した者達が居り、彼等と情報共有しながら邸内を探す。
そこら中から誰かの掛け声が聞こえ、伯爵邸内が非常に混乱した状態である事が伺えた。
98:冒険者@海の精霊の加護(アルテシア)
一階には使用人だけだ
二階は?
99:冒険者@雪の精霊の加護(アルテシア)
こっちも使用人だけ
屋根裏部屋とかもあるのかな?
100:冒険者@空の精霊の加護(アルテシア)
反応を見る限り、地下もありそうなんだが…入口はどこなんだ?
101:冒険者@宝石の精霊の加護(アルテシア)
床ぶっ壊す?
102:冒険者@鉄の精霊の加護(アルテシア)
やめとけ、崩れるぞ
立ち止まったベガがグルリと見渡す。
どうやら怪しいのは地下であるらしい。
「どっかに地下への入り口があるはずだ」
「地下ですか? …多分、この先の部屋だと思います」
そう答えたのはミリア。
遠慮がちながらある程度確信を持っているのか、指摘に迷いは無かった。
「この先か?」
「はい。薄っすら反響音がするのと、何人かの匂いが残っています。多分、ついさっき通ったんじゃないかな…」
彼女は猫の獣人であり、人間より五感に優れる。
その耳や鼻は飾りではなく、音の反響や人の匂いからすぐさま違和感に気付けた。
「アクアも何か出来ないのか?」
ミリアの能力を見せられ、関心すると同時に疑問が湧いた。
己のパートナーはどうなのかと、ベガはアクアに尋ねてみる。
「海が泳げるわ」
アクアはマーメイド、所謂人魚である。
彼女達は一時的に尾びれを人の足へと変える事が出来る為、陸上でも平然と動き回る。
ただ、やはり彼女達のホームは水のある場所なのだ。
匂いや音と言われても、人と大差ない能力しか持たない。
「……海では頼らせて貰うぜ」
「任せなさい」
暫く出番は無さそうだ。
そんな気持ちを押し隠し、ベガは改めてミリアの言った部屋へと入って行った。
そこは、恐らく倉庫として使われていた場所。
使い古された家具や壊れた道具が置かれ、整理もされないまま雑多に放置されている。
物影は多いが人の気配などはなく、ミニマップにも反応が無い。
一瞬外れかとも思ったが、部屋の様子が少しだけ妙なのだ。
「この有様なのに、埃が被っていないな」
「腐っても貴族の屋敷だからじゃない?」
アクアにとって、モリスン伯爵は腐った貴族であるらしい。
「いや、掃除するぐらいならこの辺の物だって整理するはずだ。なのにこんだけ荒れてるって事は、敢えてこの状態にしてるんだろう」
「隠し通路でもあるのか?」
ベガがそう説明すれば、シェイドがその辺の物をどかし始める。
だが、ここでも活躍したのはミリアであった。
奥にある棚には、古めかしい本が納められている。
そこには、人の匂いが強く残った本があった。
それを棚から引き出せば、棚がスライドして階段が現れたのだ。
「やるじゃないか」
「…えへへ」
シェイドがミリアの頭を撫でれば、彼女は頬を赤らめて微笑んだ。
こんな場でなければ、微笑ましい図であっただろう。
「…他の奴にも知らせておいた。俺達は先行するぞ」
「ああ」
そうして、四人は地下へと進んで行くのである。
◆
地下には大きな牢や、何に使うか解らない不気味な器具が並べられていた。
広間になっており、両側を挟むように牢がある。
そして、正面には扉があり、その前に一人の男が立っていた。
「…こいつがレオンか」
ベガの呟きに、レオンの眉がピクリと動く。
名前が知られている事に驚いたのだろう。
だが、そんな様子は殆ど見せず、レオンは剣を抜いた。
今までの執行者が使っていた剣とは少し違い、柄の部分に赤い宝石が埋め込まれた黒い剣である。
「部下達に手を出したのは貴様らか?」
向けられた剣を歯牙にも掛けず、ベガとシェイドが顔を合わせる。
「…部下なんていたか?」
「まだ尋問中だって言ってたからな。多分、順番待ちなんだろ」
ベガ達が知っているのは、捕まえた者の中に伯爵の秘書が居た事。
部下が居たなんて情報は聞いていない。
生憎、捕まえた人間が多すぎて尋問が進んでいないのである。
更に言えば、尋問中にこの騒動だ。
その尋問すら中断している事だろう。
「…ふざけた奴らだ」
「別にふざけちゃいないんだがな」
ベガはチラリと左右の牢を見る。
誰かを捕らえられそうな場所なのに、中には誰も居ない。
ただ、使われていた形跡はある。
「…伯爵は扉の先か? それに、捕まえた若者はどうした?」
「何故答えねばならん」
剣の切先はベガ達の方へと向けられたままだ。
問答する気は無いと言う意思表示であったのかもしれない。
「ならまぁ…捻じ伏せて吐かせるか」
ベガが両手に斧を携える。
彼が扱うのは、片手斧と呼ばれる武器。
片手武器の中でも攻撃力に優れた武器だ。
それを二本持ち、高い攻撃力の連撃で相手を抑え込むのが彼のスタイルだ。
『黒騎士』と呼ばれる彼の装備は、全て黒で統一されている。
彼が手にする斧も、禍々しい黒で染め上げられていた。
「…神に背くには相応しい出で立ちだな」
「なんでだよ? 黒ってカッコいいだろ?」
黒で統一された理由は、大したものではなかったが。
「……貴様一人で相手をする気か?」
返答が不服だったのか、不快感を隠さない表情でレオンが尋ねる。
だが、シェイドはチラリと見るだけで、近くの牢を調べ始めた。
レオンの前に立つのは『黒騎士』の名を持つ男だ。
20そこそこのレベルで敵う相手ではない。
「俺を倒したら相手してくれるってさ」
そんな軽口を叩いたベガに向かい、レオンが突進する。
姿勢を低くし、下から掬い上げるような突きがベガを襲った。
相手の虚を突くと言う点ではいい戦術であっただろう。
だが、あくまで相手が普通の人間ならばと言う話だ。
『EW』では、それこそ地中から突然攻撃を仕掛けて来る者も居るのだ。
下段からの攻撃など、受け慣れている。
ベガは首の動きだけでそれを躱すと、レオンの顎先を蹴り上げた。
ガコン、と言う大きな音と共にレオンは宙を舞う。
四、五メートルは飛んだだろうか。
何が起きたかも解らぬまま、レオンは地面へと叩きつけられた。
激痛が襲うのは、その衝撃の後だった。
「かはっ! ぐっ、おお……」
手加減攻撃をしていた為に、見た目に怪我は無い。
だが、痛みは本物だ。
本来なら首が吹き飛ぶような蹴りの痛みを、彼は今味わっている事になる。
「…意識があるとはな」
20レベルならこの程度で十分と思ったが、威力が弱すぎただろうか。
あるいは、極限状態でも動けるように訓練していたか。
レイが戦ったゼペスもHP1で平然としていたようだし、恐らく不可能な事ではないのだろう。
「……な、んだ…貴様は……」
脳が揺らされ、焦点も合わない瞳でベガを見る。
地面を藻掻くようにして立ち上がろうとするが、すでに身体は言う事を聞かない。
「なんだっていいだろ。お前らにとっては敵だ」
そう言って一歩踏み出したベガに、レオンは笑ってみせた。
立ち止まったのは勘であったかもしれない。
何か隠しているのではないか、そんな疑問がベガの動きを鈍らせたのだ。
「これは、この日の為のものだったか」
レオンが自らの剣を見ながら呟いた。
いや、正確には柄に埋め込まれている宝石を、だ。
「なん――――」
「さぁ! 姿を現せ! グロスペント!!」
瞬間、ゴゴゴゴと空気の振動が響く。
レオンの剣からは黒い靄が吹き出し、それがゆっくりと形を作って行く。
「あいつ、何を始めた?」
「魔物の気配がします!」
シェイドの問い掛けに答えたのはミリアだ。
彼女の感覚が、魔物の気配を察知した。
ミニマップにはまだ魔物の反応はない。
だが、シェイドから見ても異様な光景であり、ミリアの言葉が真実であるように思えた。
「ベガ! 下がって! 嫌な感じよ!!」
「チッ」
舌打ちをしながらも、ベガは大きく距離を取る。
気を抜いた訳ではない。
鐘と言う前例があった以上、むしろ警戒心は強かったとさえ思えた。
だが、警戒心が強すぎたが故に対応が遅れ、切り札を切られてしまったと言う後悔がベガの胸に残った。
「貴様は強いのだろう。…だが、神の前では無力!」
レオンはベガの一撃を受けて、とてもじゃないが勝てる相手ではないと気付いた。
必殺の一撃は簡単に見切られ、ベガの蹴りは軌道を読む所か、動き始めさえ解らなかった。
訓練にストイックであったレオンだからこそ、この圧倒的な差を瞬時に理解したのだ。
だからこそ、切り札を使う事に躊躇いはなく、むしろこの時の為の物とさえ思い至った。
「神だ?」
「神に仕えし聖獣、グロスペント。貴様らを裁く者の名だ」
黒い靄からぬっ、と蛇の顔が飛び出した。
かと思えばもう一つ、蛇の頭が並ぶ。
「双頭の蛇?」
「頭だけであのサイズか? ここに収まり切らないぞ」
頭が二つ出て来ただけで、部屋の半分以上が埋まってしまうほどの大きさだ。
全身が出ればこんな場所には収まらない。
「崩れる前に地上へ!」
「あいつだけでも――――」
グロスペントの動きを見ながら、ベガはレオンの元へ駆けようとする。
「ふっ、ははははは! 今更慌てても遅い! グロスペント! 敵を――――ッ!?」
蛇が大口を開け、レオンへ襲い掛かった。
悲鳴を上げる間もなく、横たわっていた地面毎レオンは飲み込まれてしまったのだ。
その衝撃で大きく揺れ、地下の空間が崩れ始める。
「―――行くぞ!」
「解ってる!」
自分で呼び出しておいて食われたのだ。
自業自得と言う他ないだろう。
だが、目の前で人が死ぬ瞬間に立ち会うと言うのは、どうにも慣れないものだ。
誰が悪い訳でもないのに、ベガは語気を荒くしながら返事をする。
「あれがなんなのかは解らないけど、そもそも人に制御出来るものじゃないわ。作った奴はきっと、使用者が死ぬ事も織り込み済みよ」
ベガの心情を察し、フォローするかのようにアクアは言う。
だが、そうだとすれば、執行者とは何なのか。
敵に捕まるぐらいなら死を選び、切り札とされたものさえ命を奪うもの。
「単なる捨て駒って事かよ…!」
崩れる地下を脱出しながら、ベガは吐き捨てた。




