第76話~第77話 幕間 『天を駆ける者』
鐘の音を聞き、一斉に『ジュエル持ち』が動き出した。
目指すは伯爵邸。
伯爵邸の敷地内には高い塔が建設されている。
その頂上には鐘が設置されており、それが街の人達へ時間を伝える、あるいは緊急事態をを伝える役割を果たしていた。
鐘なんてどこの街にも設置されているものであり、誰もそれに意識を向けなかった。
鳴っていないと言われて、初めて意識したぐらいである。
けれど、それが元凶だと解れば話は早い。
それを回収、あるいは破壊すればこの件に片を付ける事が出来る。
541:一騎当千@大地の精霊の加護(ロクト)
今まで鳴らさなかったのは何故だろうか?
542:弾幕@太陽の精霊の加護(メフィーリア)
ロッシュが状態異常から脱した理由を探る為じゃないかな?
もう一度操って聞き出せれば早いんだろうけど、何度も治せるなら不発に終わる訳だし
543:聖女@癒しの精霊の加護(レーヴェ)
一度回復してるのに戻って来たって事を踏まえれば、保険があると思うのも当然か
尾行してた連中は、ロッシュさんが状態異常を治すシーンが見たかったのかもしれないわね
544:冒険者@空の精霊の加護(メフィーリア)
確認の準備が整い次第、鐘が鳴る予定だったのかもしれんな
その前に追い返したようだが
『ジュエル持ち』達の悪ふざけが、変な所で功を奏したのかもしれない。
結果的にアドバンテージを取れたのだから、何がどうなるか解らないものである。
そんなやり取りを視界の端に捕らえつつ、男は空を舞った。
『ジュエル持ち』の多くが地を高速で駆けるのに対し、彼は空を駆ける。
まるで、そこに大地があるかのように踏み締め、一点を目指して突き進む。
建物も塀も人も、彼の前に立つ事さえ出来やしない。
577:冒険者@水の精霊の加護(アルテシア)
天駆が空走ってる!
578:冒険者@花の精霊の加護(アルテシア)
ずりぃぞ! 俺も連れてけ!
彼の名はスヴェン。
『天駆』――――『天を駆ける者』の二つ名を持つ男だ。
誰よりも素早く行動を開始し、その自慢の足で目標へと迫る。
後ろには空を飛べる『ジュエル持ち』達が続くものの、一足早く行動した彼には追い付けないでいた。
唯一付いて来ているのは、彼のパートナーであるロナだけだ。
「アレを破壊するんだな?」
「いや、壊すな壊すな」
ロナの足に合わせてはいるものの、それでもその速度は早い。
伯爵邸から離れた地に居た二人だが、すでに鐘のある塔が目前に迫っていた。
スヴェンは目を細め、その中を探る。
鐘の音が街中―――いや、もっと広く響くように、鐘のある場所は四方がくり抜かれている。
中で鳴らしている人物も、これだけ近付けば見えると言うものだ。
「――――は?」
スヴェンがその者を見つけたのが先か、相手が見つけたのが先か。
互いの視線がぶつかった時、相手はただ驚愕の表情を浮かべるのみだった。
当然だろう。
人間が空を走るなど、こちらの世界の常識には存在しない。
「見つけたぜ。――――お前がポーラだな」
滑り込むようにして、鐘のある場所へ飛び込むスヴェン。
相手の名を確認し、目標の一人だと理解する。
対するポーラは、高速で飛び込んで来たスヴェンを避けるようにして飛び退いた。
見た目は相変わらずの黒フード。
下にも変わらず仮面をしている事だろう。
解るのは、名前や声からして恐らく女性だと言う事だけだ。
「…お前、今、私の名前を言ったか?」
「ネリエルの執行者だろ? カメオとグルはこっちで預かってる」
カメオとの連絡が途絶えているのは知っていた。
だが、グルの件に関してはポーラもまだ知らない事だった。
グルが出掛けて行った場合、数日連絡が取れないなどよくある事なのだ。
「何者だ?」
「お前達の敵さ」
スヴェンはそう吐き捨て、目の前の鐘に触れる。
瞬間、その鐘は跡形も無く消え去った。
これにはポーラも焦り出した。
この鐘は彼女達にとって重要なもの。
簡単に無くしていいものではない。
「鐘をどうした!?」
声を荒げるポーラに対し、スヴェンは冷たい瞳をぶつける。
それは、問答する気は無いと言う意思表示であった。
「お前達がやって来た事、これからやろうとしている事、今は全部どうだっていい。ただ――――あんまり俺達を怒らせんじゃねぇぞ」
「―――ッ!?」
それは直感。
目の前に居る男が発した怒気に対して、はっきりと身が竦んだ。
それだけで、決して侮る事の出来ない相手だと理解した。
今まで様々な戦いを経験して来た。
死に直面した事だってある。
それでも生きているからこそ、ポーラは執行者になれたのだ。
そんな彼女が、本能的に怯える相手。
目の前の男は、今まで相手にして来たどんな戦士よりも危険な存在だ。
「クッ…!」
それは一種の防衛本能であったかもしれない。
相手の真意を問い質すよりも、鐘の無事を確認するよりも、ポーラはスヴェンを殺す事を選んだ。
毒の塗られた短剣が、スヴェンへと投擲される。
だが、その短剣がスヴェンに当たる直前、空中でピタリと制止した。
スヴェンが飛んで来た短剣を掴んだのである。
しかも、毒の塗られていない柄の部分を。
「返すぞ」
刹那、スヴェンの手が消えた。
それが短剣を投げる動作だと理解する間も無く、ポーラの足元に短剣が突き刺さる。
何が起こったかを理解した瞬間、ポーラの背中を冷たい物が走った。
飛んで来た短剣は速過ぎて視認出来ず、気付けば石の床に根本まで突き刺さっているのだ。
…殺そうと思えば、今ので殺せたのだと――――そう理解するよりなかった。
「お前ら、捕まるぐらいなら自害しろとでも言われてるんだろ? さっきも言ったが、お仲間を預かってる。俺の手を、無駄に煩わせるなよ?」
毒を飲もうかと手を伸ばし掛けた所で、スヴェンにそう言われた。
つまりは、毒を飲んだ所で無駄と言いたい訳だ。
当然、自害するなら毒以外の手だってある。
だと言うのに、他の執行者達は彼等の手に落ちたのだ。
それが何を意味するか。
逃げ場は無いと言う、スヴェンからの警告。
「味方も来ないぞ。今頃は自分達の世話で手一杯だろうからな」
チラリと塔の外を見れば、伯爵邸が武装した集団に取り囲まれている。
見た事の無い敵対者達だった。
「敵対者の素性も、規模も知らず、動き出した事すら気付かなかったか……」
彼等は、ポーラ達よりも遥かに狡猾に事を進めていたらしい。
戦意を失ったらしいポーラが、膝から崩れ落ちた。
スヴェンはそれを見て、縄を手に歩み寄る。
取り敢えず縛り上げて、捕獲しようと言う動きだ。
しかし、スヴェンがポーラに触れるかどうかと言うタイミングで、ポーラがスヴェンに斬り掛かった。
ポーラの中でも最速の一撃だっただろう。
これ以上なく研ぎ澄まされた一撃が、スヴェンの首を捉える。
「さっき言ったぞ。俺の手を、無駄に煩わせるなって」
刃は、スヴェンの首に届かなかった。
手首を掴まれ、腕を止められていたのだ。
力を入れても全く微動だにしない。
「…ッ化け物め!」
憎々し気に吐き捨てるポーラを、スヴェンは不愉快そうに睨む。
「俺からすりゃ、てめぇらの方が化け物だよ」




