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この世界で一緒に。~おかしな奴等と異世界転移~  作者: シシロ
アルテシア領と『ジュエル持ち』
115/147

第75話~第76話 幕間 彼等は音も無く

 アルテシア領内にある中央街にて、それは起こった。

これは異世界からの訪問者達が起こした最初の事件として記録される。

その詳細は不明ながら、数々の証言が残され、その当時の混乱具合を如実に物語っていた。


 始まりは、ある商人を尾行していた者の言葉。


「の、呪いです! 血の雨が降り、部屋の中に居ないはずの女が歩き回っているんです! 宿を出ても追い掛けて来るんですよ!」


 青褪めた男が、そう報告した。


 報告を受けた者の名は、レオン。

神の国ネリエルから送り込まれた執行者である。


 ロッシュ達を尾行していたのは、彼が本国から連れて来た部下であり、レオンに対して馬鹿な報告をする者達ではない。

故に、レオンは真っ先に思った。

何かの幻術に掛けられているのだろうと。


「下手な手に掛かりやがって」


 ロッシュが自分達の指示に従わぬと聞き、彼等には何かがあるのだろうと考えていた。

怪しいのは始めて見る護衛達。

街中で見掛けても、あまりに目立つ容姿。

これまで噂に聞かなかったのが異常とも思われるような、そんな相手。


 彼等を尾行させたのは、何故こちらの手から逃れたのかを探る為。

必要があれば、再び操る算段まで付けていたのだが。


「商人風情が何を企んでいるのか知らんが、こちらに手を出して来ると言うのなら相応の報いを与えるだけだ」


 ――――これが、彼等の逆鱗に触れた。





「報告します。襲撃自体は成功したものの、襲撃者は捕まった模様」

「相手にか?」

「いえ、兵に引き渡されたようです」


 ならばいい、とレオンは頷く。


 兵士達など彼等の操り人形に過ぎない。

解放しろと言えば、襲撃者に対する記憶すら失われる。

それだけの準備を重ねて来たのだ、今更恐れるものなどない。


「それともう一点、報告が…」

「なんだ?」

「見掛けた事の無い冒険者が大勢街にやって来ています」

「特徴は?」

「容姿に優れた者が多く、非常に目立ちます」


 同じ理由で目立つ護衛が居る。

見た目だけの話で繋げるのは浅慮とは思うものの、このタイミングで同じ特徴の者が集まると言うのも不自然な話だ。

レオンの勘がそう訴える。


「…大勢とは?」

「正確は数は解りません。ただ、百や二百では収まらないかと…」


 かなりの人数だ。

もし仮にロッシュの仲間だとすれば、大規模な軍事行動の前触れとも取れる。

商人がそれをする理由は解らないものの、彼の周りで起きている事を考慮すれば、何があってもおかしくはない。


「調べさせろ」

「すでに調べさせています。しかし、尾行に気付かれてすぐに巻かれてしまいます」

「……お前達がか?」

「はい…」


 彼等はレオンが直々に鍛えた部下である。

レオンほどでないにしろ、隠密行動や情報収集能力に関しては絶対の信頼を置いていた。

それが、簡単に尾行に気付かれるとは。


「かなりの手練れか? それとも、我々と似たような訓練を受けているか…」


 レオンの勘は鋭い。

彼を死地から救った事も数えきれないほどだ。

その勘が訴えている。

何か、重大な事が起きていると。


 ただ、ここに一つ問題があった。

その重大さが、今までレオンの経験して来なかったような大事であり、その問題の大きさを測り切れなかった事。

まだ調べる余地があり、その余裕があると考えてしまった事。

…自らの役職も考え、何か情報の一つでも持ち帰る必要があると、そう結論付けてしまった事。

それらが、レオンの運命を決定付けた。

 すでに逃げ場などなく、行動が起こされているなど考えもしなかった。

この領は掌握し切っていると慢心していた。

レオンがそれに気付くのは、もう少し先の事だった。





 手に入れた高級ワインを手に、男は街中を歩いていた。

男はモリスン伯爵の秘書の一人。

領の経営にも大きく関わる幹部でもある。


「~♪」


 口笛を吹きながら、男は家路へと着いていた。


 彼の機嫌がいいのは、このワインのお陰。

これは、リグレイド方面から来た馬車に積まれていた物。

彼の立場でも中々手に入らない、リグレイド産の高級ワインなのだ。

……入手経路は、馬車を襲った盗賊からの手土産だったが。


「………?」


 ふと、喧噪が消えた。

先ほどまであった人々の声、店の明かり、そう言った物が一切消え、まるで闇の中に取り残されたかのように、彼を孤立させた。


 裏路地にでも間違って入っただろうか――――そう考えて振り向けば、視線の先には真っ黒な闇。

男には何もかもを飲み込もうとする、化け物の大口のようにさえ映った。


「な、なんだ?」


 声が震えるのを抑えきれない。

彼が感じているのは、根源的な恐怖。

人が闇を恐れる、その理由。


 辺りを見渡してみても、何も見つからない。

それ所か、足元さえ見えない。

ただただ暗い闇が、彼を取り巻いていた。


「こ、ここはどこだ!? 何が起こっている!?」


 悲鳴に近い怒声を上げ、自らを奮い立たせようとするも、それすら無駄に終わった。

虚空に響く声は、何者にも届かず、反響すらしない。


 耐えきれず駆け出しても、その闇はどこまでも続く。

迷宮に捕らわれた男に、もう逃げ場など無かった。


 彼が消えたのは、街のど真ん中だ。

人一人消えた事に気付かないまま、繁華街の喧噪は続く。


 …そんな中、一人の男が呟いた。


「…まずは一人」





 五人の男が、歓楽街を歩く。

彼等はモリスン伯爵を護衛していた者達。

仕事が終わり、帰りに遊んで帰ろうと立ち寄ったのである。


 女性達も彼等に対しては格安で身を預けるとなれば、こうして練り歩くのもよくある話であった。

女性に声を掛けられるのも、少し変わった誘い文句で呼び出されるのもよくある話。

…唯一違ったのは、誘って来た者の目的だけ。


 誘い文句に釣られ、彼等がやって来たのは一軒の建物。

こんな建物あっただろうか、そう思考する事も許されないほどの美女達に迎えられた。


「こんな店があったなんてな」

「今日はいい日だぜ」


 誘われるがまま店に入り―――――そして、そこで意識が途絶えた。


「夢の中へようこそ」

「じっくり楽しんで行ってね」





「なんだ、この体たらくは」


 次の日、レオンは伯爵邸の様子を見て吐き捨てた。


「それが…連絡が付かない者が多く…」

「連絡が付かない?」


 伯爵邸は、未だかつて無いほどに閑散としていた。

何時もなら賑わっている時間帯なのに、使用人達も役人達もまばらに居るだけだ。

明らかに人数が少ない。


「今日出勤している者は、普段の十分の一以下で…。これでは仕事にもなりません」


 レオンに応対しているのは執事長。

本来ならモリスン伯爵をフォローするべき立場だが、今は人手が足りずに各種準備に追われている。

レオンと話している今も、駆け回った所為か額に汗が滲んでいた。


「十分の一だと? 俺の部下達は?」

「そちらも姿を消していまして…」


 仕事柄、報連相は徹底している。

何かあって休むとなれば、絶対にレオンには伝わっているはずだ。

…それも無いとなれば。


「何かされた、だと? たった一日でか…?」


 この時、ようやくレオンは焦りを感じた。

自分が状況を見誤っていたのではないかと、初めて意識したのだ。


「兵達はどうしている!?」

「団長クラスはほぼ居ない状態でして…。小隊長クラスですら、数人と言った所でしょうか…」


 やられた。

レオンは額を押さえ、高速で頭を回す。


 今現在、アルテシア領の戦力は瓦解していると言っていい。

戦う為の指揮官がいないのだ。

兵を操って戦わせる事も出来るが、その場合はただ戦う事を繰り返す人形になるだけ。

軍事行動の取れない兵など、簡単に制圧出来てしまう。


 レオン自身が動かせる戦力も無ければ、残りは同僚のポーラだけ。


「ポーラはどうしている!?」

「今は現状を確認している所で…」

「急いで鐘を鳴らすように伝えろ! 俺は伯爵を護衛する!」


 レオンは確信していた。

自分達は、すでに攻撃されているのだと。

十年間…いや、もっと長い間積み上げて来たものが、今崩れ去ろうとしているのだと。


「くそっ! 一体なんだと言うのだ!」


 だが、レオンも気付いていない事がある。

この一件、彼等にとっては造作も無く、まだまだ本気を見せてはいないと言う事を。




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