第73話 様子見
少し気疲れした様子のロッシュを見守りながら、情報を共有しておく。
この辺りの村で起こっている事。
執行者―――グルと言う男から聞き出した事。
ユークが怒り出すかと思ったが、今日は冷静さを保っているようだ。
人とは成長するものである。
……なんて偉そうに言えるほど、俺も落ち着いてる訳じゃないけど。
「って事は、ロッシュさんって、私達と会った時にはもう状態異常に掛かってたって事?」
「そう言う事だね」
あまりモリスン伯爵やアルテシア領についての情報を持っていないと言っていたロッシュ。
ロッシュにも何かされているんじゃないかと考えた俺達は、ロッシュに万能薬を飲ませてみた。
すると、今までモリスン伯爵とした話や、アルテシア領の事を思い出した。
状態異常の詳細は解らないけど、何か意識に作用するものなんだとは思う。
「そういや、万能薬を飲ませた時、ヘリントン達も妙に驚いた顔してたよな」
「あれも状態異常が解けた事で違和感に気付いたんでしょうね」
今まで意識出来なかった事を、あの時気付いたんだ。
だから、急に俺達に対して協力的になった。
恩を売ったからと思ってたけど、もっと根本的な理由だった訳だ。
「ロッシュ。アンタが初めてモリスン伯爵に会ったのは何時だ?」
「……一番最初に会ったのは、まだ先代が存命だった頃なので……もう二十年ぐらい前になりますか」
そこから度々会ってはいるらしい。
と言っても、それほどの回数ではない。精々五、六回程度だと言う。
モリスン伯爵とのやり取りは記憶に残らずとも、苦手意識だけは残っていたそうだ。
それ故に、モリスン伯爵と会う事を避けていたのだとか。
「最後に会ったのは?」
「もう四年前になりますな」
であれば、状態異常は最低でも四年は継続していた事になる。
時折、治療しなければ治らないタイプの状態異常があるが、それに類する物だろうか。
状態異常の詳細を知りたい所だ。
「―――――……全く、腹立たしい」
妙な力を前に怖気づいたかと思っていたら、ロッシュからは真逆の言葉が漏れた。
「商人との契約を好きにされるなど屈辱もいい所。契約内容も向こうに一方的に利があるものばかり…。正気であれば絶対に結ばぬ契約ですな」
声は淡々としているが、目付きが怖い。
これはもう、激怒と言ってもいいんじゃないだろうか。
何時もの仮面はどこへやら…内面は結構尖っているのかもしれない。
「どのタイミングで掛けられたかとか、思い当たる事はありませんか?」
「いえ、それが全く。思い返しておかしいと思うのは、来客室でモリスン伯爵と話している時です。少なくとも、その前には何かされていたんでしょうな」
相手の手が解らないってのは厄介だね。
この領地を行き来している商人にも影響が出ているとすれば、伯爵に直接会う事が条件ではないはず。
一々、商人全員に顔を合わせる訳がない。
「…しかし、そうなると伯爵との面会はどうしますか?」
「どうって?」
「状態異常を解除した事に気付かれたら、向こうもネリエルと連絡を取るのでは?」
ギアが言いたいのは、この段階でネリエルが不信感を持つと面倒になるんじゃないかって事か。
「もう伯爵邸は『ジュエル持ち』に取り囲まれてるよ。ネリエルまで辿り着くのは難しいだろうね」
隠し通路があろうと、人が通ればミニマップに映る。
転移でも持っていれば別だけど、そうでないならこの街から出る事は出来ないだろう。
…例え転移されても、後で対応すればいいだけだ。
「ロッシュさんは普通に対応をしてください。まずは相手の出方を見たいので」
俺がそう言えば、ロッシュが興味深げな目を向けて来た。
◆
あれこれと準備をした後、俺達は伯爵邸へと訪れた。
目の前に居る、青白い不健康そうな男がアルテシア領主、モリスン伯爵だ。
年の頃は三十代後半ぐらいで、ぎょろりとした目が印象的だった。
俺はロッシュの後ろに控えながら、チラリと視線を動かす。
…豪華な来賓室であれば税金を懐に入れてるんだって思えるけど、中は意外に質素。
清潔感はあるが、豪華と言うほどではなかった。
後ろに並ぶ兵士の装備も極普通。
一体何に金を使ってるんだか想像出来ないな。
………まさか、貯金が趣味って事はないだろうね?
404:冒険者@風の精霊の加護(アルテシア)
こっちが護衛一人に対して、向こうは護衛が五人か
405:冒険者@星の精霊の加護(アルテシア)
護衛の中に執行者はいなさそうだな
レベルも十代後半。
他の場所と比べて低い訳じゃないが、取り分け目立つ強さでもない。
モリスン伯爵は、簡単な挨拶を済ませると早速本題へと入った。
「カリーシャ商会を一時撤収すると聞いたが? 理由はなんだ?」
モリスン伯爵が話し出してからアイコンを確認しているが、今の所は状態異常を確認出来ない。
やっぱり、会って話す事が条件ではないんだろう。
しかし、ロッシュの記憶では話している最中にはもうおかしかったと言っていた。
何か仕掛けるつもりなら、すでに状態異常に掛かっているはずだ。
俺は新顔だし、当然俺にも何かしてくると思っていたんだけど。
「リニューアルを目的としています。閉店と言う形は取りますが、あくまで一時的な物。土地も建物も手放す予定はございませんよ」
こうして突っ立っていても、何かされたとは思えない。
ロッシュの方も言動がおかしくなった訳ではないし、これと言って不審な点は見当たらない。
「再開の予定は何時なのだ?」
「全店舗で行う予定でして、何時とは明言しかねます。早い場所もあれば、遅くなる場所も出て来るでしょうな」
実際は、ロッシュが問題無いと判断した地域は閉店をしない。
単なる建前だ。
「アルテシア領としては早期の再開を望む」
「盗賊騒ぎもあるので、安全確認を行った上での再開となります。他より遅めの対応になるのはご理解頂きたい」
モリスン伯爵の眉が、ピクリと動いた。
もし、モリスン伯爵がロッシュに何かしていたのであれば、ロッシュが伯爵の言葉に否定を返せるとは思えない。
今のロッシュの様子を見て、モリスン伯爵はどう動くだろうか。
ここで起きている状態異常―――俺達は状態異常と認識しているが、その効果を探っていくといくつかの特徴がある。
一つ目は本人が異常に気付けない事。
思考を誘導されていると言っていいだろう。
何かが起きても認識出来ないし、それが異常だとは気付けない。
他にも『死神』さん達を襲った兵士達のように、思考力を奪われる事もあるようだ。
これに関しては、もしかしたら面倒な手順が要るのかもしれない。
でなければ、領民全員の思考力を奪えば、自分の好きなように領を運営出来たはずだからだ。
二つ目は何時、何をされたか解らない事。
状態異常に掛かっていた村人やロッシュの発言を聞いてみても、何時からおかしかったのかが解らない。
何をトリガーとしているのか、未だに解っていないのだ。
多分、本当に何気ない事でこちらに干渉してくるのだろう。
三つ目は効果時間。
ロッシュが伯爵に最後に会ったのが四年前。
俺達が治療するまで、ロッシュは状態異常に掛かったままだった。
離れていても継続的に掛け直す方法があるのか、もしくは治療しなければ治らないのか。
どちらにしろ、一度掛けられると面倒な効果ではある。
四つ目に効果範囲。
少なくとも、領民だけじゃなくそれ以外の商人達に効果を及ぼしている。
きっと俺達が認識していないだけで、他にも被害者は居るんだろう。
それだけ大規模に思考誘導が出来ると言う訳だ。
最後に、秘匿性。
俺達は状態異常が掛かる前のロッシュを知っている訳じゃない。
けど、レーナやローナもロッシュの異常に気付いていなかったらしい。
思い返しても、ロッシュが口籠ったのはアルテシア領の現状についてだけ。
他には特に何も無かったのだ。
身内でさえ気付けない僅かな異常――――中々怖い能力だと言える。
最後の秘匿性に関してはもう一つ気になる点がある。
ロッシュは領の現状については解らないと言いつつも、領に不信感は持っていた。
だが逆に、村人達は不信感を持っていないようだった。
ロッシュの勘がいいだけなのかもしれないが、定期的に接触しなければ効果が切れずとも弱まる可能性はある。
「盗賊か。…リグレイド側から来たと言っていたが、リグレイドで何か聞いたか?」
「いえ、何も」
こちらを探っているのは間違いなさそうだけど、何か決定的な行動がある訳じゃない。
盗賊騒ぎについてキース子爵が疑っている…その話を聞き出したいようにも感じる。
425:天駆@雲の精霊の加護(アルテシア)
まぁ、簡単にボロは出さないよな
状態異常を掛けている人間がはっきりすれば、そいつを最優先に排除したい。
これは、それを探る場でもある。
「…リグレイド領のキース子爵から通達があった。盗賊被害が増えた事により、食料品の輸送を控えるとな」
「盗賊騒ぎで赤字も増えているようですし、商売である以上仕方がないのでは?」
437:狂葬@色彩の精霊の加護(アルテシア)
結局、食料品の供給を止めたの?
438:冒険者@血の精霊の加護(リグレイド)
キース子爵がこれは譲れんって言ってね
アルテシア側の対応に相当ご立腹だったみたいだよ
脅しや例えのつもりじゃなく、本当にやる気だったんだな。
キース子爵を過激派と表現したけど、あながち間違ってはいなかったらしい。
あの人が戦端を切るんじゃないかって予想は外れて欲しい所だ。
「アルテシアを通過し、他の領へも輸送されているのだぞ。そちらにも被害が出るだろう。キース子爵は一体何を考えているのだ?」
「さて。リグレイドの件とカリーシャ商会の件に関連性はありませんので」
元はと言えばアルテシアで盗賊に対処しなかったのが原因だ。
盗賊と繋がっていたからって言うのもあるんだろうけど、他領から不信感を持たれるのは避けられない。
444:冒険者@花の精霊の加護(アルテシア)
キース子爵にも状態異常は掛かってたんだけどね
445:冒険者@浄化の精霊の加護(アルテシア)
そうなの?
446:冒険者@花の精霊の加護(アルテシア)
不信感が勝ったのか解らないけど、あんまり効果を発揮していなかったみたい
とは言え、リグレイド領を調査させるって発想が出なくなってたみたいで、本人はかなり悔しがってたけど
それは初耳だ。
別の認識が上回れば効果を弱体化出来るって事だろうか。
必ずしも万能な能力ではないのだろう。
それに、リグレイド領で盗賊活動をさせていた理由も想像が付いた。
キース子爵が状態異常に掛かっている以上、万が一盗賊が捕まってもなんとかなると考えていたんだ。
それが解っていたから、リグレイドで好き勝手するよう指示していたんだろう。
「キース子爵の奥方は、貴殿の妻の妹であったはず。何か聞いているのではないのか?」
えっ、と言う言葉を飲み込む。
仲はいいんだろうと思ってたけど、そんな繋がりがあったんだ。
「無関係とまでは言いませんが、あくまで貴族と商人と言う立場ですので。なんでもかんでも話すと言う訳ではございませんよ」
何やら探ろうとしているモリスン伯爵に対し、ロッシュは堂々と返答している。
操られているような様子も無い。
…ロッシュの出方を見れば何かアクションをして来るかと思ったが、現状そんな気配も無さそうだ。
「……まぁいい。先ほど言った通り、早期の再開を望む」
「前向きに善処します」
その返答はやらない奴だ。
同じ事を思ったのか、モリスン伯爵もロッシュを見つめている。
睨んでいる訳ではないが、その目の力は強かった。
◆
…尾けられてるな。
「ロッシュさん、そのまま聞いてください。後ろから五人ほど尾行してきてます」
「五人…あの場に居た護衛達でしょうか?」
652:狂葬@色彩の精霊の加護(アルテシア)
どう?
653:冒険者@幻惑の精霊の加護(アルテシア)
いや、別人だ
「別人らしいですよ」
「ふむ…」
俺達の後ろには五人の人間が尾行している。
そして、その更に後ろから『ジュエル持ち』が尾行して来ている。
コントのような状況だが、こちらは至って真面目だ。
モリスン伯爵が会談の場で動きを見せなかった以上、その後に仕掛けて来る可能性は考えていた。
俺達が人通りの少ない所に入った所での襲撃とか。
…ここの連中は散々村人達を殺して来た奴等だ。
そのぐらいは平気でするだろう。
尾行している奴等は伯爵邸を出てすぐに動きを見せた。
その時点で他の『ジュエル持ち』とは状況を共有している。
ここに至るまで、ずっと一定の距離を取って付いて来ている。
最初は勘違いかもしれないとは思ったけど、さすがにここまで来て勘違いは無いかな。
「ロッシュさんが相手の思惑通りに動かなかったから、何が起こってるのか調べに来たって感じでしょうね」
「…それがバレている時点で、収穫は望めませんな」
そう言って、ロッシュは小さく笑う。
伯爵邸を出た後、俺とロッシュは万能薬を口にしている。
念の為と言う奴だ。
こちらに来ている『ジュエル持ち』達も、一定間隔で万能薬を口にするよう決められている。
どんな方法を取っているか解らない以上、こちらの警戒態勢も厳重だ。
「向こうが行動を起こすかもしれませんし、一旦様子見ですね」
あちらさんがどう思ってるか知らないけど、こちらだってまだまだ手を明かしてはいないのだ。




