第9話 EWのNPC
ハウスのベランダへと出た俺は街並みを眺めながらため息を吐いた。
ベランダの縁に両肘を付き、朝の活気へと耳を澄ませる。
今日はギルドや国王に報告をしに行かなければいけない。
これで闇雲に動いていた時よりも進捗を望める事だろう。
「何かお悩みですか?」
後ろからの声に、首と視線だけで振り返る。
見ればフラウがトレーにコーヒーを乗せてこちらへと歩いて来ていた。
肩の出るラフな格好が、目に眩しい。
差し出されたコーヒーカップを受け取り、唇を湿らす。
砂糖をほんの少しだけ入れた、俺好みの味。
こちらのコーヒーは、現実のコーヒーと比べると少しだけ香りが甘い。
この手の飲み物はフラウが探してくれて、リラックス効果が高い物や睡眠を促す物など、色々と用意してくれている。
…効果が高すぎて、時々状態異常に掛かる事もあるが。
「オーガの里を出た辺りから、少し変ですね」
自身も縁に背を預け、コーヒーを啜る。
朝日に照らされる姿は、まるで絵画のようである。
「いや、大した事じゃないよ」
「貴方のパートナーは、悩みを話せないほどに信用がありませんか?」
適当に誤魔化してみれば、少し拗ねたような口調で返される。
苦笑を返し、俺は今回の事を思い返す。
「無意識に思い上がってたなって反省してた所だよ」
「思い上がってた?」
心底意外そうな顔でフラウが返す。
そんな顔も可愛いんだな、と斜め上の感想を覚えながら俺は話を続けた。
『EW』の住人は、この世界において強者であるらしい。
それはこれまでの戦闘でも解っていた事だ。
――――だからこそ、多くの人を救えると勘違いしていた。
自分達が居れば、悲劇は防げる物と思い上がっていた。
「現実にはさ、ガロウの父親やアサカの兄、バシリスクに過去捕らわれた人達……救えない人が沢山いた」
「その人達に関しては、救うタイミングすら無かったと思いますが…」
解ってる。
この世界に来た瞬間から救出に向かったとしても、間に合わなかった可能性が高い。
現実問題として、混乱の中、情報が何も無い中で無理に探索をするというのは、単なる下策だった。
その事を考えれば多分、俺が何をした所で彼等を救う事は出来なかった。
「だから、思い上がってたな、ってさ」
「もっと救えると思ってた?」
「どんなに力があったって、無理な物は無理なんだなぁ、って思い返してたんだ」
『レイ』になった所で、何も思い通りに行かないのは変わらないのだと、現実を思い知らされた。
そんな『当然の事』を覆せると、無意識に驕っていた。
オーガの里で、悲しそうな顔をした住人達を見た時、ようやくその現実を思い出したのだ。
『レイ』の身体だからこそ、現実味が薄れていたと言える。
実際に死ぬかもしれないと、探索を嫌がったプレイヤー達の方がよほど現実を理解していたわけだ。
「ジュエルを託されたからと言って、レイ達がなんでも出来るわけではありません」
諭すような言葉、しかしその言い様は優しさに満ちているように感じた。
意外に思い、フラウの方を見れば、まっすぐな彼女の蒼とぶつかった。
「精霊であってもそれぞれ司る物があり、互いに協力しあっているんですよ? 一人でなんでも背負わないで下さい。その為にパートナーがいるんですから」
優しく微笑むフラウに、目を奪われる。
「一人では無理でも、二人でならきっと救える人もいますよ」
―――――思えばこの時、初めてフラウをパートナーではなく、一人の人間として意識したのかもしれない。
◆
妙な沈黙の中、俺はそっと視線を上げる。
目の前にはロクトの冒険者ギルドを取り仕切っている男…ロニ・ダイアンが背を向けて窓の外を眺めていた。
更に視線を滑らせれば、俺の斜め前に座るプレイヤーが目に入る。
この人物の名前はウェイン。
見た目は二十代中盤の男性で、金髪青眼、まるで絵本の王子様がそのまま出て来たかのような姿をしている。
ゲーム時代、かなりの勢力を誇っていたクラン『空に舞う全裸。轟く全裸。駆け抜ける全裸』のリーダーでもあり、ロクトにおいてのプレイヤ――――『ジュエル持ち』の代表をしている。
ちなみに、上位に存在するクランの名前は大体こんな感じだ。
頭のおかしい奴らの集まり、それが一般プレイヤーからする上位クランの認識である。
「……お前らって目標は達成するのに余計な事もするのはなんで?」
ロニが振り向くと同時に呟く。
ダンディな口髭の似合う黒髪の中年男性であり、元冒険者という経歴もあってガッシリとした身体が印象的だ。
主にやらかしたのはクラウスなのだが、この場にいない奴の事を言っても仕方ないと無言を貫く。
ちなみに、フラウには途中で討伐した魔物の売買を頼んでいて、現在この場にはいない。
「まぁ、それをレイに言っても仕方ないよ。とにかく状況は把握した」
「向こうから来てくれると言うなら受け入れの準備をしないとな」
溜息を吐きながら、ロニがソファに腰掛ける。
ここは冒険者ギルド二階、ギルドマスターの執務室だ。
ゲームでも何度か入った事があるが、こちらの世界に来てからは初めて入る。
とは言え、ゲーム時代と変わった所は無く、相変わらず機能性を重視したシンプルな作りだ。
応接用のテーブルとソファ、そして本棚に仕事机しか置かれていない。
「それより、人間と亜人とがいがみ合ってるってのは問題だな。亜人と接触した時を考えれば、人間と亜人の混成パーティに組み直すべきだろう」
ロニの言葉に、頷いて肯定して見せる。
俺達の世界では、人間以外の人種を表現する際、『亜人』と呼ぶ。
というのも、『EW』では最初に生まれた種族が人間なのだ。
そこから進化、交配が進んだのがその他の種族。
つまり、二番目以降に生まれた人と言う意味で『亜人』と一纏めに呼ぶのである。
補足するならば、『EW』において人種による差別などは存在しない。
どの国にも様々な人種が存在するし、それぞれ協力して生活している。
伝承に言われるようなエルフとドワーフは仲が悪い、みたいな設定も存在していないのだ。
いがみ合っているのは国同士……とは言え、それも可愛らしい程度のものだが。
魔物の脅威に対抗する人類種、という構図が出来上がっているのが『EW』の世界なのである。
「一度、探索に向かってる奴らを呼び戻そうか。オーガ達から話を聞ければ今後の方針も変わって来るだろうし」
「頼めるか?」
「ええ」
ロニとウェインが今後の動きを相談している。
ロニがウェインに頼んだのは、冒険者達の招集。
『ジュエル持ち』…つまりプレイヤー達には『ロック』という機能を使う事が出来る。
特定の相手を追跡する機能で、相手をロックする事でどこに居るかを常に追えるシステムだ。
これは本来、対モンスター用のシステムだったのだが、こちらの世界に来てからモンスターだけではなく、生物であれば何にでも使える事が解った。
それを利用し、ロクトのプレイヤー代表であるウェインをロクトプレイヤー全員がロックしている。
ロックされた対象は、通常時は緑、HPが減ると黄色、半分以下で赤、死亡すると灰色で表示される。
それを利用し、いくつかの合図が決められたのだ。
一つ目はHPが黄色の場合で、救援要請。
二つ目は、ウェインが冒険者ギルドの地下留置所―――それも牢屋に入っている場合は帰還命令である。
二つ目に関してはウェインがゴネたが、普通牢屋には入らないし合図としては解りやすいという理由で強行された。
他のプレイヤーは絶対に楽しんでいた事だろう。
とは言え、この追跡機能は同時に五人にしか使えない。
必要に応じてロック対象を変える必要があるのである。
俺は現在ウェインの他に、フラウとクラウス、ヴィスターを追跡している。
クラウスも似たようなもので、俺はクラウスの無事を認識しているし、クラウスの方も俺がロクトに到着した事を把握している事だろう。
「レイも暫くはロクトに留まってくれ」
「解ったよ。王様に報告は?」
「主要なメンツに情報共有したらすぐに向かおう。先に下に降りていてくれ」
頷いて、俺は部屋を後にした。
◆
一階に降りると、冒険者ギルドの日常的喧噪に包まれる。
要はバカ騒ぎだ。
酒場が併設されている事も手伝い、酒に酔った冒険者や一般人が騒ぎ、仕事の相談をしている冒険者達がアレコレと話し合っている。
ここにいる冒険者達は殆どがNPCだ。
プレイヤー、つまり『ジュエル持ち』達は周辺調査に出払っている。
NPCも一部調査に出ているらしいが、多くは居残りだ。
街での問題を解決する人員も必要だし、彼等はプレイヤーよりも戦闘力で劣る。
単純にレベルが低いのだ。
それでも全員を50レベル以上にまで引き上げたのだから、ヒュドラやバシリスクよりもレベルは高いのだが。
「おう、『狂葬レイ』じゃないか! こっちで一杯やってけよ!」
「まだ仕事中」
「ガハハ! 相変わらず愛想のねぇ野郎だ!」
拒否したのに肩を組んで来るベテラン風の冒険者。
酒臭さに顔を顰めつつ、腕をポンポンと叩く。
「これから王様のところに行くから、酒の臭いが移ったら困るんだけど?」
「陛下がんな事気にするわけねぇだろ!!」
頬の大きな傷を撫でながら、彼は大声で笑う。
無視しても無駄だと察し、俺は男に向き合う。
この冒険者だが、実はロクト出身のプレイヤー全員がお世話になる人物である。
褐色肌に長身、筋肉質、顔には大きな傷痕にスキンヘッド。
現実に出会ったら回れ右したくなる人相の悪さだが、初めて冒険者ギルドに訪れたプレイヤーに色々と世話を焼いてくれる。
出会った瞬間、戦闘になるかと思ったのは俺だけじゃないはずだ。
だが、実際には冒険者ギルドの機能を説明し、冒険者のルールや戦闘の基本、更には初めてのクエストに付いて来てくれる。
そんな彼なので、プレイヤー達からは影で『ダンのアニキ』と呼ばれている。
「酔いすぎじゃない? ダン」
「なぁに、これぐらいまだまださ」
ガハハと笑いながら、右手に持っていた酒瓶をラッパ飲みする。
彼の頭上に目を向ければ、レベル72。
最初に同行してくれる時は60だった事を考えれば、こちらに来て彼自身強くなっているらしい。
「ったく、ここに来た時はヒヨッ子だったクセに、何時の間にか大物になりやがって」
肩を組まれたまま、テーブルの方に連れて行かれる。
まぁ、ロニが来るまでやる事もないし、いいか。
「ダンが目を掛けた人は殆ど大物になってるんじゃない?」
「俺も自分に先見の明があるとは思わなかったぜ!」
「だからって新人達に追い越されてたら世話ねぇだろ」
ダンに連れて行かれた先には、もう一人の冒険者。
金色の髪を短髪にした、弓使いの男性。
「よぉ、レイ。随分と久しぶりじゃねぇか」
「本当にね。腕はもういいの?」
彼はアルス。
とあるクエストで出会うNPCだ。
スラっとした見た目に反して、粗暴な雰囲気の男性。
クエスト中、街の中で戦闘になるのだがその時にプレイヤーを庇い、腕に怪我を負う。
その後に何度か出会うが、腕のリハビリをしており冒険はしていないとの事だった。
「回復が得意な『ジュエル持ち』がわざわざ治してくれたぜ。少しブランクもあるが、お前らに負けてらんねぇからな」
彼にはクエスト以外で出会う事は出来ない。
ゲームから現実になった事で、彼の出歩く姿が報告されていた。
どこかにいれば回復魔法ぐらい掛けてやるのに、と回復が使えるプレイヤー達がグチっていたのを思い出す。
見つかって、彼等の『お礼』を受け取ったのだろう。
アルスの頭上を見れば、レベル66。
出会った時はは40程度だった事を考えれば、相当に頑張っているようだ。
「二人は居残り組?」
ダンに席を進められ、座りながら尋ねる。
目の前には脂分の多そうな食事と、空になった酒瓶が並んでいる。
「ああ。開拓して作物を育てる場所を作るってんでな。その護衛を主にやってる」
「後は森の中で食い物探したりな。ここが森の真ん中で良かったぜ。周りが荒野だったら今頃干からびてるかもな!」
転移してきて一番に問題になったのは食料だった。
まぁ、プレイヤー達が溜め込んでいた食料を放出し、森の探索を進めるに比例してすぐに問題は解消されたのだが。
国一つを支えるに当たって、畑が必要と考えたのだろう。
実際、冬があるとすれば森の恵みにどれだけ頼れるか不明だ。
用心するに越した事はない。
「それより陛下に会いに行くって?」
「うん。ちょっと報告があってね」
「だったら姉貴に『たまには休め』って伝えといてくれ」
了解、と返し、改めて二人を見つめる。
NPCとこんな風に話す日が来るとは思わなかった。
彼らには心があり、確かに生きている。
まぁ、彼等の中での記憶と、俺の記憶がどこまで一致しているかは疑問だ。
アルスなんかはクエストを受けたプレイヤーと同じ回数、腕に怪我を負っている事になるからだ。
余計な混乱を呼びそうなので、わざわざ聞くような事はしないが。
「レイ、お話は終わったんですか?」
天使のような声に振り返れば、魔物の売買が終わったらしいフラウが立っていた。
「うん、これから王様にも報告に行くよ」
「こちらも買い取りが終わった所です。全てクラウスさんへ渡すんですよね?」
頷いて答えれば今回の討伐で入ったお金が、布袋に入れられてテーブルに置かれた。
軽く中を覗けば、それなりの金額にはなったらしい。
「フラウは相変わらず別嬪だなぁ。一緒に飲まないかい?」
「止めとけ、レイに刺されるぞ。それよりクラウスがどうしたって?」
フラウを口説こうとするアルスをダンが止める。
別に酒を飲むぐらいで刺したりはしないんだけどな。
触れたら腕を切り落とすけど。
「お二人ともお久しぶりです。クラウスさんが結婚する事になったんですよ」
「おおう!? マジか!?」
「おいおい、相手はどこの娘だ!?」
あっさりと白状したフラウに、二人が食いつく。
周りに居た冒険者達も話を聞いていたらしく、ザワザワとしながら集まって来た。
結構な人数に知られてしまいそうだが…まぁ、口止めされているわけじゃないし、別にいいか。
「詳細は後でギルマス辺りから聞けるんじゃないかな。その内、嫁さん連れて帰ってくると思うよ」
「おおおお! 俺も結婚してえええ! フラウ、俺達もけっこ―――」
「その首、落とすよ?」
「おおう…」
沸き立つ酒場で、不届きな事を言おうとしたアルスを牽制しておく。
俺の目の前でフラウに求婚などさせるものか。
「止めとけ止めとけ! レイはフラウの事になると見境ねぇんだからな!」
「お前の姉ちゃんでもいいんだぞ!」
「口説けるもんなら口説いてみろ!」
ダンの『姉貴』はプレイヤーにも人気がある。
ついでに言えばプレイヤー以外にも。
競争率高すぎるんじゃないかなぁ、と思っていると騒ぎを聞きつけたロニがこちらへ向かって来る所だった。
「なんの騒ぎだ? そろそろ行こうと思うんだが……」
「ギルマス! クラウスが結婚するって本当か!?」
「なんだ、もう話したのか? 色々込み入ってるから、その話は陛下に報告した後だ。色男が帰って来たら派手に祝ってやれ」
おおおお! とギルド全体が揺れるかのような咆哮。
クラウス……帰って来たら大変かもね。
◆
ダン達と別れ、ロニとフラウと共に城門の前に立つ。
中世を思わせる立派な城門であるが、実はこの城門、機械で管理されている。
スイッチ一つで開いたり閉まったりするのである。
実は『EW』の世界は、それなりに文明レベルが高かったりする。
エネルギーこそ魔力に頼っているが、空を飛ぶ船や大型のバイク、銃器の類など近代的な技術が多数見受けられる。
この辺りの発展は『技術の国レーヴェ』が中心となって開発が行われており、レーヴェに行けば様々な技術に出会う事が出来る。
「あら? また妙な顔ぶれで来たのね」
凛とした声がしたかと思えば、城門のすぐ横から騎士鎧を来た女性が現れる。
褐色肌に黒く長い髪、黒い瞳。
女性的な身体つきをした、キリリとした女性。
「ご機嫌麗しゅう、タニア騎士団長」
「ご機嫌よう、ロニギルドマスター。フラウに『狂葬』殿も。相変わらず恨めしいぐらいに綺麗な顔立ちね」
皮肉を言いつつも、顔は笑顔のままだ。
彼女はタニア。
ロクトの騎士団長であり、ロクトのプレイヤーが大変お世話になる人物である。
騎士団長と言う立場でありながら、実力のある者を正当に評価する懐の深い人物だ。
それ故に、時には無茶をするプレイヤーを救いに来たり、権力に物を言わせる貴族から庇ってくれたりと、影に日向にと手助けしてくれる。
だと言うのに、それを恩に着せるような事もなく、さっぱりとした性格をしているのだ。
「…名前で呼んでくれません?」
「全く。二つ名を得る事は名誉な事なのに…冒険者は二つ名で呼ばれるのを嫌うのよねぇ」
苦笑を浮かべながら接するタニアだったが、すぐに表情を整えるとロニに向き直った。
「ロニ殿、先触れよりお話は伺っております。なんでも重要なご報告がおありだとか」
「ええ。こちらのレイからもたらされた報告です。陛下にお目通りは叶いますでしょうか?」
随分と畏まった会話だが、この二人は本来こんな言い回しはしない。
なのに、わざわざ面倒な言葉遣いをするのには理由がある。
「すでに謁見の準備は整っております。どうぞこちらへ」
「騎士団長直々のご案内に感謝致します」
ロニに続いて、頭を下げる。
が、頭を上げた時には騎士団長はいつもの笑顔で俺達を見ていた。
「やっぱり慣れないわね。こういうやり取りは」
「ははは。元々ロクトは礼節などに拘らないからな」
そう、彼等の普段はこんな感じである。
『EW』には無かった新たな国との国交を考え、社会的立場のある人物達はそれ相応の振る舞いを求められているのである。
先ほどのやり取りも、本番を想定した練習なのだろう。
「フラウは元々礼儀正しいし、今度教わろうかしら?」
「私のは所詮、付け焼刃ですよ。そう言った事なら、『ジュエル持ち』の方々の方が思っていたより礼儀正しく振舞えるんですよね」
「ええ、本当に。…正直意外だわ」
なんだかんだ言いつつ、日本の社会で生きて来た奴らなわけで。
最低限の礼儀ぐらいは弁えているのである。
「そうだ。さっきダンが『たまには休め』と言っていましたよ」
「私の心配より、自分の方を心配すればいいのに。最近また飲酒量が増えたって聞いたわ」
意外というか驚愕の事実ではあるのだが、タニアはダンの姉である。
健康的な美人と言う感じのタニアに対し、まるでマフィアのボスと言わんばかりのダン。
一体遺伝子に何があればこうなるのか。
それにしても、とタニアの頭上に目を向ける。
そこには132の数字。
「どうかした?」
「いえ……また強くなりました?」
騎士団長という役職は伊達ではない。
彼女はこの国で二番目にレベルが高い人物である。
プレイヤーのレベルが100で限界だった頃でさえ、彼女はレベル130というとんでもない人物だったのである。
「それは皮肉? 私、模擬戦で貴方に勝った事ないのだけど」
あるクエストをクリアすると、王城に居る人物達と模擬戦を行う事が出来る。
タニアとも模擬戦が行え、とんでもなく歯応えのある戦いが経験出来るのだ。
俺もゲーム時代、勘が鈍らないようにと時折、彼女と模擬戦をさせて貰っていた。
「それ以前に、こいつとまともな勝負出来る奴の方が少ないんだがな」
「私としてもいい鍛錬になるから文句はないけどね。さて…そろそろ陛下がお待ちかねでしょう。こちらへどうぞ」
「あの人は待たせとくと自分から来そうですしね」
違いない、とロニが笑いながら続いていく。
ふと振り返れば、フラウが何か言いたそうな顔でこちらを見ていた。
「ん?」
「……今度、私とも模擬戦しましょう」
「ん? うん、いいけど…」
「約束ですよ?」
確認するように付け加えると、フラウもロニに続く。
残された俺は、フラウの言葉の意図が掴めず、暫し考え込むのだった。




