第72話~第73話 幕間 滅び行く村で
「ほら、ご主人。やる気を出しておくれよ」
白い小鳥に啄まれながら、男は片目を開ける。
ぶすっとした表情通り、ご機嫌斜めである。
彼はランゼン。『死神』の二つ名を持つ冒険者である。
啄んでいる小鳥はパートナーのシシーだ。
「なんで俺がこんな所まで来なければならん」
「それが仕事なんだから仕方ないっしょ?」
馬車の御者台から爽やかな緑色の髪をした男が顔を覗かせた。
彼は『天駆』の二つ名を持つ人物。
名前をスヴェンと言った。
彼のパートナーは隣に座っている銀髪の美女であり、ロナと言う名前だ。
人間のような見た目だが、その実態は人型の魔物である。
「『死神』は何が気に入らないんだ?」
ロナが問い掛ければ、スヴェンは高速で視線を反らした。
まさかロリコンな為、孤児院から離れている事に不満を募らせているとは言えない。
ロナは魅力的な女性だが、あまり性的な知識を持っていないのだ。
…初めてする性的な話がロリコンについてとは、さすがにハードルが高すぎる。
「全く…元々はドレアスに荷物を運ぶ仕事だったじゃないか。その気になれば日帰り出来ると聞いたから引き受けたんだぞ」
「そこで別の仕事が入ったんだから仕方ないじゃん?」
ランゼンはハーディ男爵に届け物をする仕事を受けていた。
届け物の中身は、ヴィオレッタからフェンに魔法の事について意見を求める書類だ。
本人も言っているが、届け物が済んだらさっさと帰るつもりであったし、返答は後日別の『ジュエル持ち』に伝えて欲しいと言う内容であったため、即日帰る事に問題も無かった。
スヴェンはスヴェンでリグレイドに交渉に向かった一団の護衛で、これからキース子爵に会いに行く所だった。
…この二人、そもそもパーティメンバーですら無いのである。
それがどうしてこうなっているかと言えば、アルテシア領でのレイ達からの報告に端を発する。
レイ達から調査を他の人に任せたいと言われ、周辺に居る冒険者達に協力要請が出された。
そこで、ウェインからランゼンとスヴェンに調査に加わるよう指示が出たのである。
後の仕事は本来のパーティメンバーに任せ、急遽アルテシアへ調査に向かう事になった。
とは言え単独は危険と言う事で、ランゼンとスヴェンが合流するに至ったと言う訳だ。
…こんな感じで、ドレアスやリグレイドに居た冒険者達がアルテシアへ集まっているのが現在の状態だ。
なんだかんだ愚痴を零しながらも、結局集まって来るのだから不思議なものである。
「……領主狙撃して帰るか」
「おい、止めろよ!?」
ランゼンなら本当にやり兼ねない。
彼の最優先項目は何時だって少女なのだから。
「妙なスキルを持っている可能性があるのだろう? 狙撃も手だと思うぞ」
「お前のパートナーは賛成らしいが?」
「冗談だよね!? マジじゃないよね!?」
なんとも騒がしい集団だ。
こんな事で情報収集出来るのだろうか…そんな感想を持つシシーであった。
◆
ランゼン達が訪れたのは古びた寒村だ。
レイ達とは違い、街道から離れた先で見つけた村である。
「……廃村?」
「いや、人の反応はあるな」
思わず見たまんまを口にしたロナ。
しかし、スヴェンのミニマップには人の反応が確かに存在する。
人が住んでいる証拠だろう。
「とても生活出来ているようには見えないけどね」
そう言ってシシーは飛び立ち、空から村を見渡す。
村とは言うが、崩れかかっている家が十棟ほど。
小規模どころか、今すぐ放棄されてもおかしくないように思えた。
「…この領はこんな村ばかりか?」
実は、ここに至るまでに二つほど村を見て来た。
いや、正確には村だった場所だ。
そこには人など居らず、かつて生活していた痕跡があるだけだった。
ランゼンは周囲を見渡し、眉間に皺を寄せる。
元々強面のランゼンだ。少々威圧的に見える事だろう。
「…魔物が実在する世界で、見張りすら居ないとはどう言う事だ?」
「空から見て来たけれど、人が外を出歩ている様子も無いね。家の中に居るんだと思うよ」
戻って来たシシーがランゼンの肩に止まる。
…あまりにも生活感のない村だ。
一同の感想は同じ物であった。
とにかく村の者に接触してみようと言う事で、スヴェンが近くの家をノックする。
……しかし、誰も出て来ない。家の中に反応はあるのにだ。
警戒されているのかと、スヴェンが少しだけ覗き込む。
すると――――。
「ランゼン! 中で人が倒れてる!」
「入るぞ」
スヴェンの報告を聞くや否や、ランゼンは家の中へ押し入った。
中には老人が二人。
夫婦らしいその二人は、意識を失っているようで目を閉じたままだ。
「怪我は無さそうだが―――痩せ過ぎだな。栄養失調か?」
「胃が弱ってる奴には、ポーションを飲ませてから食わせた方がいいらしいぜ。取り敢えず飲ませてみるか」
スヴェンがそう言ってポーションを取り出せば、ランゼンは首を振る。
「この状態で誰も出て来ないんだ。他の家も同じような状態かもしれない。お前は他の家を見回れ。ここは俺だけでいい」
確かに、そう頷いてスヴェンは家を後にし、ロナもそれに続いた。
残ったのはランゼンとシシーのみ。
シシーも協力したい所だが、人語を喋る鳥が動き回れば余計な警戒を生むかもしれないと自重したのである。
◆
結論から言えば、他の家の住人もかなり酷い状態だった。
死者が出ていないのは不幸中の幸いと言った所だが、他の家を回る最中に多くの墓を見掛けた。
考えたくはないが、ランゼン達が訪れる前に亡くなった者も居たのだろう。
ポーションを飲ませて食事させた事で、村人達も会話出来る程度には回復したようだ。
「すみませんな、旅のお方。命を救って頂いたのに、お礼をする事も出来ず…」
「気にするな」
ランゼンが素っ気なく答える。
不機嫌そうにさえ見える様子ではあるが、ランゼンに他意は無い。
村の住人はたったの六名。
最初の家に居た老夫婦と、他に一軒の老夫婦。
それと、独り身の男性が一人だ。
一番若い男性でさえ、年齢は五十代後半のようだが。
「随分少ないな。他の者は?」
あまり聞きたくはない内容をロナが問い掛ける。
墓の事もあって、良い話ではないのが目に見えていた。
「…税金が支払えず、若者は全て奉公に出ております。残された者は――――わし等で最後です」
レイ達から、税金が支払えない場合は村人が奉公に出ると言う話は聞いていた。
だが、人手が減れば収入だって減る。
その先、何か緩和処置が無ければ、再び税金が支払えずに人が減って行くだけだ。
……その行き着く先が、この村の状態なのだろう。
スヴェンは墓場の方へ視線を向ける。
その視線には、哀愁や悲しみではなく、僅かな苛立ちが見え隠れしていた。
「こんな状態では生活出来ないだろう? 他へは移動しないのか?」
「人口が増えれば支払う税金も増えるのです。…わしらのような老人を受け入れてくれる村などありはしません」
奉公に出し、人を減らす事で税金が下がる。
しかし、聞いてみれば奉公に出すのは若者だと言う。
…老人ばかり残されても状態は改善しないだろう。
「俺達は他所の領から来たもんで、その奉公ってのが良く解らないんだ。具体的に何をしに行くんだ?」
少し平静を取り戻したスヴェンが、軽い調子で問い掛ける。
問われた老人側は、うーんと考え込んでしまったが。
「領主様の仕事を手伝わせると聞いています。具体的には解りませんが、兵士として働かせるか下働きとしてお屋敷の仕事をしているのではないでしょうか」
そんな話なら良いけどな。
口から零れそうな言葉を、必死に喉で止める。
…ネリエルと繋がりがある事を知っている身からすれば、彼等の命すら心配してしまう。
ネリエルが欲しがっている魂は、別に亜人にしか無い訳ではないのだ。
亜人に限定した方が、人間を利用し易いと言うだけ。
「…近くで廃村を見たが、そこもここと同じような理由で滅びたのか?」
「…ああ。その通りです。最後まで残った者は、わしらの村の者で弔いました」
ランゼン達が思うより、この領の状態は悪いらしい。
…こんな感じで滅びた村が多く存在するのだろう。
「…こんな事言うのもなんだけど、なんでこの領から出て行かないんだ? それに、そんな村が沢山あるなら抵抗する勢力もありそうなもんだが…」
スヴェンが思った疑問を口にすれば、とんでもないとばかりに否定される。
「領主様の尽力があってこそ、わしらは生活出来ているのです! 出て行くのもそうですが、盾突くなど有り得ません!」
様子が変わった。
四人が同時に同じ事を思う。
そもそも、生活出来ていないからこの状態なのではないかと矛盾が発生している。
「変な事言って悪かったよ。さっきまで倒れてたのに、そんなに叫ぶと身体に響くぜ? 一応この薬を飲んどきな。…ほら、他の人も」
そう言って手渡したのは万能薬。
命の恩人に対して怒鳴った事に気付いたのか、老人も申し訳なさそうにそれを受け取った。
彼等が万能薬を飲み干したのを見届け、スヴェンが再び問い掛ける。
「どうだ? 身体の調子は」
聞かれた老人達は、驚いたように目を見開いた。
その様子は、先ほど怒鳴りつけていた老人とは少し異なる。
どこか…愕然としたような表情だった。
「…先ほどは怒鳴ってしまい申し訳ありませんでした」
「いや、他所者が変な事言って悪かったよ。よほど慕われてる領主なんだな」
「あ、いえ……」
そう言って老人は口籠ってしまった。
「―――――やっぱりな。…爺さん、その気があるなら別の場所に逃げようぜ」
「おい、連れて行く気か?」
「仕方ないだろ? このままじゃ同じ事の繰り返しだ。なぁ、どうする爺さん」
老人達は一瞬目配せしつつも、スヴェンの問いに頷いてみせた。
「何故だか目が覚めた気分です。…こうなるまでこの村が追い詰められ、滅びさえ受け入れていたとは…」
「産まれ故郷を滅ぼされて、何故指を咥えて見ていなければならんのか…ッ」
「冒険者殿! 無理を承知でお願い致しまする! この老骨を鍛えて下されい! この村の怒り、領主に知らしめねば気が済まぬ!」
「お、おう…」
先ほどの様子から一変、過激な老人が誕生した。
無意識下に、よほどフラストレーションを溜め込んでいたのだろう。
「操る系等の状態異常だな」
「洗脳か誘惑か…。この領の情報が洩れないのも、恐らくは同じ手口」
「継続的に掛け直す方法があるか、治療しなければ治らない永続効果の可能性もある」
老人達を宥めるスヴェンを見ながら、ランゼンとロナで見解を述べる。
村人だけでなく、領に出入りしている者達にも何かしらしていると考えるべきだろう。
でなければ、情報の流出を止める事など出来はしない。
そんな中、一人の老人が思い出したように言った。
「そう言えば、そろそろ徴収官が来る頃ですな」
「徴収官?」
聞いてみると、どうやら税の徴収を受け持つ役職であるらしい。
普段来るような事はないが、今回は村の状況も鑑みて訪れる予定があったのだとか。
「状態が状態だから何か対処しようって事か? …いくらなんでも遅すぎるだろ」
「…いえ、恐らく処理しに来たのでしょう」
「処理?」
何かに思い至ったらしい老人が、指を組んで暗い瞳を見せる。
「近くの村で、残った者を弔ったと言いましたな? 何故か気にした事もありませんでしたが、あれは餓死や病死ではありませんでした。…何者かに斬り殺されていたのです」
「はぁ!?」
滅び行く村を盗賊が襲った、そうも考えられるが一番に気にする事はそこではない。
徴収官が徴収するのはもっと別の物の可能性がある。
村の力を奪い、適当な理由を付けて若者を略奪する。
抵抗も出来なくなった村人から、最後に奪う物。
「…その徴収官。もしかして執行――――」
「おや? 聞いていた数より随分少ないですね。餓死者でも出たか――――もう少し早く来るべきでしたよ」
ランゼンの言葉は、いけ好かない声にかき消された。
振り向いた先に居たのは黒いフードの男。
「……なるほどな」
レイのLIVE映像で見たのと同じ格好。
相手が何者であるかは聞くまでも無かった。




