第72話 傍に居る人
あの後、ヘリントン達に領や領主の話を聞かせて貰った。
領に不満は無いのかと問えば、特に無いと言われた。
人前で言い難いだけかもしれないが、この状態で不満を感じないって事も無いだろうに。
…他の村も似たようなものなんだろうし、悪い噂が無いって部分が余計に目立つ。
領主についても聞いてみたが、何も解らないと言う事で情報は無しだった。
黒鉄の事はロッシュに任せた所、契約料としてお金を払っていた。
何時までにどれだけを用意しろって契約じゃなく、売り先をカリーシャ商会へ限定してくれって契約だそうだ。
多めにお金を払っているそうで、向こうも損はしないだろうとはロッシュの言葉だ。
…ちなみに、村人はそのお金で俺達から食料を買っていたけど。
まぁ、採掘は続けて欲しいし、体力を付ける意味でも悪くはない選択だと思う。
で、もう一つ。
俺達の事を言い触らさないでくれって言うと、さすがにヘリントンから怪しまれた。
他で売値が付かないような屑鉄を買い、珍しい食材を持つ冒険者。
…確かに怪しいよね。
事情はちょっと話せないと言い、口止め料替わりにポーションや万能薬を飲ませた所、曲がっていた腰が治っていた。
他にも怪我人や病人が居るならって事で村人全員を診察した所、殆どの村人が怪我人や病人だった。
…生活がキツイって事で無理していたらしい。
怪我人達にポーションを飲ませ治し、病人に関しては伝染すると厄介だって事で全員に万能薬を飲ませておいた。
急に身体が楽になった所為か、皆一様に驚いた顔を覗かせていたけど。
そうするこうする内に、絶対に言い触らさないと言う内容にも頷いて貰えた。
……恩を売って黙らせた訳だね。
ヘリントンの腰は税金が払えないかもしれないって時に無理した結果だそうで、昔からギリギリの生活を続けていたらしい。
怪我人の多くは、似たような境遇だった。
今の現状を考えれば、今後も同じ事が起こるだろう。
幾つかポーションを置いて、村人以外には見せないように言い含めておいた。
……タダで渡した事にロッシュは不満気だったけど。
次回からはカリーシャ商会経由で売ると伝えれば、今度は満面の笑顔を見せた。
…最初からこの言葉を引き出したかったらしい。
その後、村を出た俺達はアルテシア領の中心街を目指している。
ここがモリスン伯爵の居る地らしく、国で言う所の首都に当たるらしい。
他の村の調査は、掲示板を通して他の冒険者に頼んでおいた。
黒鉄の事も触れて理解は得られたし、元々ネリエルが絡んでいそうな地って事で、俺達以外にもここを訪れる……と言うより、留まって監視する予定があったらしい。
それを早めて、ついでに周辺に居る冒険者を一旦ここへ集めるんだそうだ。
…そんな訳で、今やこの地はレベル100超えの冒険者が大量に集まって来ている。
「何かあっても迅速に対応出来そうですな」
「何もないのが一番だけどね」
この辺りの事情をロッシュにも共有している間に、俺達の前に大きな門が見えて来た。
どうやら、ここが中心街であるらしい。
相変わらず入るのは容易で、カリーシャ商会の商会紋を見た衛兵は快く通してくれた。
…呆気なさ過ぎて、この世界が実は平和なんじゃないかと錯覚しそうになる。
「どこに向かいますか?」
「まずは支店の方に顔を出します」
街中を馬車で移動しつつ、ロッシュが指示する方角へ向かう。
昨日ロッシュが言っていたように、街はかなりの人数で賑わっている。
全体的に商売人が多いように感じるし、露店や店も多いようだ。
…少し移動すれば、生活が厳しい村があるなんて思えないぐらいだ。
「特産品は無いって言ってたけど、お店は多いね」
馬車の窓から外を眺めていたノノが、店先を見つめながらそう言う。
中央通りって事もあるんだろうけど、並んでいるのは殆どが何かの店だ。
「ここに並んでいる商品は、全てが他領の品ですよ」
ロッシュの話だと、この地はリグレイド以外にも四つの領と繋がっているらしい。
輸送路が交差する地なんだとか。
だから地方から品物が集まって来るし、ここから王都へも出て行く。
栄える訳だね。
「集めた税金は、この街の発展と道の整備にでも使ってるのかねぇ…」
この領にとって重要なのは輸送路…つまり道だ。
そして、品物が集まる中心街。
一番富を生むのがそれだと考えれば、そこに金を掛けるのも当然ではあるだろう。
「――――そこに税が消えているのであれば、街や道を整備している業者は、大層高い報酬を受け取っているのでしょうな」
…ロッシュの計算では、街の発展や道の整備で消える程度の税収ではないらしい。
となると、かなりの金額が溜め込まれているはずだが。
「モリスン伯爵に挨拶に行くんだろ? どうしても行かないと駄目なのか?」
御者席に居るユークが、中の俺達へ声を掛けて来る。
小窓から覗く顔からは、面倒臭いと言う気持ちが隠し切れていない。
「規模が大きい商会ともなると、一時的に撤退するだけだとしても手続きを踏むものなのですよ」
モリスン伯爵自身がスキルを持っている可能性もあるし、迂闊に接触するのは危ないとは思う。
とは言え、ロッシュが言うには商人は信用が第一らしいし、通すべき筋は通さなければいけないとの事だった。
…妙な事にならないといいけどね。
「護衛はどうします?」
「威嚇にならないよう、お付きという形で一人だけ来て欲しい所ですな」
ギアが尋ねれば、ロッシュはそう答えた。
一人だけとなると、ある程度色んな事に対応出来る人がいいだろう。
ステータスや人格的に考えて、フラウかギア辺りが良さそうではある。
けど…。
「女性は止めた方がいいでしょう。見た目が若いのでケイン君も。商談の場では相手に舐められますので」
そうなるよね。
そして、ギアが行くのはリスクが高い。
俺やフラウが傍に居ない以上、耳を隠すにはフードを被りっぱなしにするしかない。
…貴族を前に、それが通じるのかって話だ。
「なら俺かレイだな」
「「「「「レイ(さん)で」」」」」
…満場一致で俺になった。
「…一応、姿を隠して全員で着いて行くって手もあるけど」
「相手がどんなスキルを持っているか解りません。看破される可能性もありますよ」
一応他の提案をしてみるけど、ギアに反対された。
危ない橋になる可能性は確かにある。
…変に小細工せず、素直に一人で行く方がいいのかもしれない。
◆
支店に到着し、ロッシュを待っている間にモリスン伯爵について考える。
ネリエルと繋がりがある以上、伯爵自身や周りの人間が宝玉からスキルを得ている可能性はある。
この、噂にならない状況と言うのがどんな事情かは解らないが、もしこれが宝玉によって得られたスキル由来のものだとすれば油断は出来ない。
…当然、得ているスキルがそれ一つだけとも限らない訳だし。
「…大丈夫ですか?」
今出来る対策は無いかと思案すれば、フラウに心配された。
昨日もこんな事があったし、何か気になる事でもあるのかもしれない。
「大丈夫だけど…。無理してるように見える?」
「最近、別行動が多いので少し心配です」
…そう言えば、悪魔と戦っていた時も、ドレアスを守っていた時も、盗賊を捕らえた時も――――ついでに言えば、キース子爵と話した時もフラウとは別行動だった。
「難しい顔をしている事も増えましたし、無理はしていませんか?」
オーガの里から戻った時も心配されたし、盗賊を捕らえた時もそう。
フラウには俺が不安定な時に心配を掛けてばかり。
無理をしているように見えるのかもしれない。
「問題な――――」
「もし辛ければ逃げてもいいんですよ? 私も一緒に行きますから」
――――思考が停止した。
うちの子はなんて可愛いんだろうか。
フラウの訴えるような眼差しが、俺の脳内フォルダに保管された。
…ではなく、フラウには随分と心配を掛けているらしい。
「…いや、まぁ楽しい事ばかりじゃないけどね。世の中ってそう言う物じゃない?」
「ですが―――」
なんだかなって思う事も沢山ある。
ユークではないけど、聞いていて不快になる話も多い。
でもやっぱり――――俺は『レイ』でいたいと思うし、レイでいる間はちゃんと生きているって思える。
「本当に無理だと思えば、その時は迷わず逃げるよ。でも、もう少しだけちゃんと生きてみたいんだ」
自然と口から洩れて、しまったと思った。
これではフラウに伝わらない。
「だから、ええと――――」
「解りました」
解ったの!?
びっくりしてフラウを見つめれば、真っ直ぐに蒼い瞳とぶつかる。
「レイが何を選択しようと、私は傍にいます」
何かを決意したような表情に、再び俺の思考は停止した。
……こんな空気感でなければ、プロポーズか何かかと勘違いしたかもしれない。




