第71話 アルテシア領の謎
村の中心に集まって、持って来た料理を並べる。
村人達は最初こそ遠慮していたものの、俺達が食べ始めるのを見て我慢出来なくなったらしい。
今では最初に出した食料では足りず、追加で食べ物を出しているぐらいだ。
…中には涙を流す者まで居て、これまでの食生活が偲ばれる。
「…ここって普段どんなものを食べてるんだ?」
予想以上の反応に、戸惑ったユークが村長に問う。
「村で作った作物だけですな。今年は育ちも悪く、冬を越せるか怪しいぐらいで…」
聞けば収穫期だと言うのにこんな有様らしい。
種まきの頃が寒かったと言うのも理由の一つだそうだ。
「この村、税金はどうされているので?」
そこへ口を挟んだのはロッシュ。
どうも、この村の収入源に疑問を持ったらしい。
確かに、宿も無ければ収穫する作物も少ないとなれば、税金なんて払えないだろう。
と言うか、こんな場所にあって宿が無いって言うのが謎だ。
リグレイド側から商人が来ている地で、農作物が売れるとも思えないし。
「ここから少し行った所に鉱山がありまして。そこで取れる銅や鉄を売っているんですよ」
村の収入源としてはそちらがメインで、農作物は食用に育てているだけなのだとか。
銅や鉄を売った金で食料なんかも買うそうだが、リグレイド側からの食糧は高く、大量に買う事は難しいらしい。
領で取れた作物に関してはよほど豊作でも無い限り、そもそも売りに出される事が無いのだとか。
…身体が資本の鉱山作業なのに、こんなやせ細って仕事になるのだろうか。
なんと言うか…この村の未来が心配になる話だ。
「鉄や銅、か。…なんか他には取れないのか?」
鉄や銅でも欲しがる人は居るだろうか。
装備品には使わないにしろ、レーヴェなら他の事に使うかもしれない。
建物もそうだし、シグナルが作っていたような無線が一般化すれば―――いや、俺達が居る以上、誰かが電化製品を作る事だって有り得る訳で。
そうなれば鉄や銅の需要だって上がる。
…ここで大量に取れると言うなら、今後交易の対象にもなるかもしれない。
「もう枯れかけている鉱山でしてな。取れる鉱石なんぞ大した量じゃないんですよ」
…なんかもう、滅びを受け入れているようにさえ感じる言い回しだ。
それならそれで、街道沿いって事を活かして宿場町でも目指した方がいいんじゃないだろうか。
「時折、訪れた人に宿場町にした方がいいんじゃないかって言われるんですが、領の方針で制限されているんです。なんでも、人が集まる場所を限定したいようで」
俺と同じ事を考える人も居たようだ。
きっと今と同じように返答されたんだろう。
人が集まる場所を限定したいってのはどんな理由かと考えても、俺には解りそうもない。
ロッシュの方に視線をやれば、ふむ、と考え込んだ。
「…確かに、人が細かく集まるより、一ヶ所に全員が集まった方が金は動きますな。開発に掛かる費用も、場所を限定すれば最小限に抑えられます」
一応、領にとってのメリットはあるのか。
思ったより色々と考えられているのかもしれない―――そう思った俺の横から、フラウが疑問をぶつけた。
「…その場合、人が集まらない場所は収入が落ちませんか? 税金の緩和が行われているなら解りますが…どうなんでしょう?」
「私もアルテシア領全体の事までは把握していませんが、場所によって税率が違うなんて話は聞きませんな」
……それじゃ、地方が割を食っているだけって話にならない?
「なぁ、ロッシュ。さっき領主の悪い噂は聞かないって言ってたが、本当か?」
「ええ」
「…この現状なのにか?」
「…ええ」
…なるほど。キース子爵が不信感を抱く理由が解った気がする。
こんな状況で悪い噂の一つも出ないって言うのは不自然だ。
…よっぽどの事情があるなら解らないでもないけど、そう言った噂も無いようだし。
「私は伯爵と会った事がありますが、どうにもやり難い相手でして。それ以来、あまりアルテシア領には来ないようにしていたのです。ただ、支店に居る商会員からは何も聞いていませんし、同じ商人達からもアルテシアの噂は聞きませんでした」
一番の情報通であるロッシュがこの状態じゃ、直接見て回るしかないか。
にしても、領を行き来しているはずの商人達からも話を聞かないって言うのは不思議だけど。
「村長さん。商人なんかも立ち寄ってはいるんですよね?」
「ええ。…とは言え、アルテシアによく来る商人は宿がある場所も知っていますから、うちの村には来ませんが…」
これも理由の一つかな。
場所が限定されていれば、そこ以外の情報は漏れにくい。
…まぁ、それにしたって変だけど。
「ロッシュさん、なんか知ってる事ねぇの?」
ケインでさえ、この状況に不信感を抱いているようだ。
問われたロッシュはうーんと考え込む。
…本当にアルテシア領全体の情報が殆どないんだろう。
それだけ噂にならないって事でもあるのかな。
「…ずっと昔に屋敷が全焼したって話は有名ですが、それ以外は特に…」
「全焼?」
「百年ぐらい前の話ですよ。それ以降はこれと言って何も」
出て来たのは昔話。
情報統制が敷かれているとしか思えない状態だ。
…問題は、どうやってって事だけど。
「…思ったんですが……その、繋がりがある訳ですよね?」
ギアが言葉を濁して呟く。
言いたいのはネリエルとの繋がりの話だろう。
言葉にせずただ頷いて見せると、ギアはその先を続けた。
「『使った』可能性はありませんか?」
……なるほどね。
邪神の宝玉を使って何かのスキルを得ていたとすれば、この状況を作り出せるのかもしれない。
…事実だとすれば、規模がとんでもないスキルだけど。
「そんなモン使えるってやばくねぇか?」
「…今後、そんな連中と出会うって訳だ。やれやれだな」
邪神の宝玉がもたらすスキル。
俺達が考えるより、警戒度を二、三段階ぐらい上げておいた方がいいかもしれない。
「…余計なお世話でしょうけど、村は大丈夫そうなんですか?」
なんの話をしてるんだって目でヘリントンが見ていたので、敢えて話題を変える。
彼等を巻き込むべきじゃないだろう。
「今年は税を納められるかどうか…なんとも言えません」
世間話のつもりが、想定より大分キツいようだ。
「払えないとどうなるの?」
「私財の没収や、場合によっては人を奉公に出さねばなりません」
元々財産も人手も少ないこの村から、更に取り上げて行く訳か。
…一度税を払えなくなれば、その後立ち直るのは難しいかもしれない。
「奉公に行った人間は何を?」
「さぁ…。わたくし共の村ではまだ居ませんので」
…他の村に行けば聞けるかな?
なんらかのスキルを持った人間が居るかもしれないし、モリスン伯爵と対面する前に情報を集めておいた方がいい気がする。
「なぁ。鉄とか銅が採れるんだろ? 現物があれば見せて貰えないか?」
「構いませんが…」
そう言って立ち上がるヘリントンに、ユークが後を付いていく。
腰が悪い人に重い物を運ばせる訳にもいかないと考えたんだろう。
その背を見送った後、村人の様子を見渡す。
食べ物もそうだけど、出した酒にも喜んで貰えたようだ。
…酒に関しては、ロッシュが勿体ないと騒いでいたけども。
子供と母親が食べ物を分け合う様子を見て、なんとも言えない気分になる。
…今はこうして笑っているけれど、遠くない未来、この村が無くなっている可能性だってある。
そうなった時、ここに居る人達はどこへ向かうんだろうか。
「レイ! ちょっとこっち来い!!」
倉庫らしき建物からユークが顔を出している。
なんだか嬉しそうに見えるけど、何があったんだろう。
不思議に思いながらそちらへ向かえば、フラウが一緒に付いて来てくれた。
「おい、これ見ろよ!」
そう言って放り投げて来たのは鉱石。
これがどうした、とユークを見れば、隣に居るヘリントンも困惑しているようだった。
「いいから調べてみろって!」
調べろと言われて、ヘリントンに気付かれないようインベントリに収納してみる。
すると――――。
「…これ、黒鉄も保有されてる!」
鉄の塊ではあるが、鉄だけの鉱石ではなかった。
少量とは言え、黒鉄の成分も含まれているらしい。
…今まで見つけられていなかった黒鉄が、こんな所で出て来るとは思わなかった。
「クロガネ…とはなんですかな?」
「これだ!」
ヘリントンの問い掛けに対して答えようとした時、鉱石を漁っていたユークが一つの塊を取り出す。
黒鉄の塊だ。
「村長! こいつを売ってくれ!」
「え? ええ…そんな屑鉄で良ければ…」
「屑鉄?」
聞き返せば、村長は黒鉄の事を説明してくれた。
この世界において、黒鉄は屑鉄と呼称されているらしい。
その理由とは、硬くはあるが加工が出来ず、無理に加工しようとすれば壊れると言う扱い難い鉄だから。
使い道の無い鉄と言う事らしい。
「それに、仮に加工出来たとしても普通の鉄より重いものでして…」
確かに、黒鉄は鉄と比べて重いものだ。
重量で言うなら、俺達が知っている鉱石の中で一番。
上位鉱石と比べても重いのである。
けど、だからこそ黒鉄の使い道があるのだ。
単純に重しとしての役割があるし、武器の重量バランスが悪いと感じた人が武器に装飾として取り付ける場合がある。
そして何より、上位鉱石が主流のレベルになっても、ミスリルや黒鉄の需要が無くならない理由がある。
この二つの鉱石は、状態異常や属性に耐性を持つのだ。
ミスリルは光系の耐性。
黒鉄は闇系の耐性。
これらの理由から、特定の属性や状態異常を防ぐ時にアクセサリーとして使用される事があるのだ。
……まぁ、ミスリルや黒鉄のみで作れる物ではないし、だからこそ俺やクラウスはミスリル単体の品物を持っていなかったんだけど。
それに、俺達には今、上位鉱石の補給先も無ければミスリルの補給先も無い。
武器を修理するにも鉱石が必要になるし、最悪は使えなくなる事も考えられる。
そうなれば黒鉄の装備品が主流になって来るだろう。
黒鉄の存在がどれだけ有難いかと言う話である。
…唯一困る事と言えば、黒鉄も鉄の精霊の魔法でアイアンメイデンみたいな真似が出来ると言う事。
これが主流の装備になれば、また鉄の精霊が猛威を振るうかもしれない。
「是非欲しい!」
「そんな面白い話、私を除け者にしないで頂きたいですな」
ユークが騒ぎ過ぎた所為か、何時の間にやら人が集まって来ていた。
先頭に立っているのはロッシュである。
「こちらの鉱石が欲しいのですかな? 確かにあまり見かけない鉱石ですが…」
「それ、この辺りの山なら結構取れるぞ。硬くてツルハシが欠けちまうんで、見つけたら別の場所を掘るんだけどな」
「結構取れんの!?」
ちょっと落ち着けと言う気持ちを込めてユークの肩を叩く。
上位鉱石ほどじゃないにしろ、俺達が抱える問題が一つ解決するかもしれないとなればテンションが上がるのも解るけど。
村人達の様子を見れば、これの価値を理解していないように見える。
誰もが『なんでそんな物を』って顔でこっちを見ている。
「支店は撤退させる予定ですが、ここの村とのやり取りは行うべきですかな?」
「可能ならお願いします」
「まぁ、支店を撤退させるだけで、カリーシャ商会が業務を畳む訳ではありません。少しこちらで考えてみましょう」
頼りになる男である。
「では、少し取引の話と致しましょうか。他に産地が無いかの確認もしたいので、サンプルとして幾つか買い取らせて頂きたい」
「俺達の方でも話を通しておく。多分、少ししたら買い取りたいって連中が集まって来ると思う」
「それだと目立つでしょう。カリーシャ商会で一旦買い取ると言う形でどうですかな?」
…ああ、ロッシュとしても稼ぎ時な訳だ。
この村と俺達との間に入れれば、大きな収入が見込める。
ロッシュの言うように、俺達みたいのが集まってくれば目立つと言うのも事実。
一旦ロッシュに任せてもいいんじゃないかと思う。
チラリとユークを見れば、確かにと頷いていた。
「そう言う事ならロッシュに任せる。他の奴等にも釘を刺しておくわ」
「では、改めて商会の者を寄越しましょう。となると、支店へ早めに顔を出したい所ですが…」
伯爵や領についての情報も欲しいし、中心地となる街へも急ぎたい。
悩ましい所だ。
「…情報収集に関しては、他の冒険者を頼ってみるか」
「確かに…。その方が早いかもしれない。この現状を肌で感じれば、色々気付く事もあるかもしれないし」
ロッシュが商談に入ったのを見ながら、俺とユークはそんな話をしていた。




