第70話 偽善
リグレイド領の事は後の人達に任せ、俺達はアルテシア領を目指す。
リグレイドからアルテシアまでは流通路としても使われる大きな街道が通っており、その街道沿いには村も多い。
…貰った馬車が無ければ徒歩で移動する事になっていたかもしれない。
さすがにこれだけ人目がある所を車で走る訳にはいかない。
幾つかの村を経由し、リグレイドとアルテシアの境界を超えた俺達。
馬車の移動速度も速いはずなのに、ここまでで二日も掛かってしまった。
リグレイドの領地は俺達が考えているより広かったらしい。
…そこから俺達は疑問を感じる事になる。
リグレイド側から離れれば離れるほど村の様子が変わって行く。
それも…なんと言うか、活気が無い方向に。
最初の村は元気は無くても生活は出来ているようだった。
二つ目の村は、建物が古めかしくなった。
三つ目の村では人々がやせ細っていた。
ロクに食事が取れていないのが解るほどだ。
「ロッシュさん、なんか村の様子が…」
「ええ。…アルテシア領はあまり統治が上手く行っていないと聞きますな。これと言った特産も無く、税金も高い。リグレイドから供給されている食料には高い関税が掛けられていますので、領の財政状況が逼迫している訳ではないはずですが」
…聞いてると、その税金はどこへ消えたかって話にならない?
少なくとも、村に還元されているようには見えないし。
「…取り敢えず、なんか食う物でも配るか?」
「うーん…」
見逃せない状況とは思う。
こんな様子じゃ、近い内に餓死者が出てもおかしくないだろう。
でも、ここは敵対しそうな貴族の領内で、下手に目立った場合確実に耳に入る。
俺達の安全を考えるなら、今ここで手を貸すのはリスクが高いと思う。
「…モリスン伯爵ってどんな人です?」
本来なら手を出す案件じゃないけど、それはそれで見捨てたような気分になる。
何か行動の理由が欲しくて、ロッシュに人柄を尋ねてみた。
「何度かお会いした事はありますが、なんとも言えない御仁ですな。あまり目立たず、これと言った印象が残らない。……噂に関しても、領がこの状態であるのに悪い噂を聞きませんし、逆に良い噂も無いのです」
…ネリエルから送られて来た人物と言う話は聞いているけど、こうして人物像を聞くと意図してそう振る舞っているようにも思える。
けど、それだけで悪い噂を封じられるものだろうか。
……この現状で、領民が領主に反感を抱かないものなんだろうか。
それとも、何かこうならざるを得ない理由でもあるのかな?
「…もう少し情報が欲しいな」
「なら、食料を餌に釣り上げてみますか」
俺の続けようとした言葉を、ギアが先回りする。
…なんだか、俺の考えを読まれたようでちょっと気恥ずかしい。
◆
村で泊れる所は無いかと尋ね、辿り着いた先は村長の家だった。
この村で泊れる場所はここだけらしい。
……リグレイドと繋がる街道で、人通りも多いのに宿屋が無いなんてあるものかな。
建物は平屋で、木造。
所々隙間も空いているし、金を掛けた建物とは言えないだろう。
ドレアスからここまでに、こんな古ぼけた家は見掛けていない。
材質はともかく、ちゃんと人が生活する家だと解る物しかなかった。
……申し訳ないけど、この家はちょっと廃屋寄りの家だと思う。
「わたくし、この村で村長をしております。名をヘリントンと言います」
彼が村長であるらしい。
杖を付いてはいるが年の頃はちょっと解らない。
第一印象では、高齢により腰が曲がっていて杖を付いているのかと思っていた。
でも、髪は全て白髪と言う訳でもない。
近くで見れば老人と言うには若いように思える。
「腰はどうしたんだ?」
「ケイン、あまりそう言う事を聞くものじゃありませんよ」
ケインが思ったままを口にすれば、ギアに注意されていた。
気分を悪くしていないかとヘリントンを見れば、彼は笑いながら答えてくれる。
「少々働き過ぎただけですよ」
その内容は少し曖昧であったけど。
「狭い所で申し訳ありません。その…客人の食糧もあまり無く…」
悪いのは急に来た俺達の方だろう。
腰も悪いのにそう言って頭を下げるヘリントンを見て、悪い人物ではなさそうだと思えた。
「それはいいが、ここはリグレイドからの商人も多いだろ? 食料に困る土地柄じゃなさそうだが…」
「リグレイドからの食糧は高いもので、自給自足が主なんですよ」
……そう言えば、高い関税を掛けられるって言ってたね。
採算を取るには物の値段を上げるしかないんだろう。
そうなると、領内で作った食料でなんとか凌いでいるって言うのが現状か。
……それで足りていないからこうなっているって事なんだろうけど。
「…カリーシャ商会もよくここに支店を置いたね」
「中心にある街は流通路と言う事もあって栄えていますからな。高く設定しても売り上げは悪くないのです」
人の出入りは多く、税も高い。
領主の元に集まる金額はかなりのものだろう。
……ますます怪しい話だ。
「ヘリントンさん、村の人間はどれぐらいだ?」
「四十人ほどです」
「じゃ、みんなで飯食おうぜ。食料は俺達のを出すよ」
ヘリントンはユークの言葉に驚いて首を振る。
しかし、気にするなとばかりに外へ連れ出すと、外で村人に呼びかけるユークの声が響いた。
「…ま、後でリグレイドで作られた新しい作物の宣伝とでも言えばいいかな」
俺達側の言い訳としては十分だろう。
けど、これがどう言った結果になるかは解らない。
ヘリントン達にとって少しは救いになる可能性もあるだろうし、これからの生活に絶望を覚える事も考えられる。
世にはこんな食べ物があるのに、自分達は口にする事は無いってなれば気も滅入るだろう。
はっきり言って、俺達がやっている事は偽善だ。
彼等に少しでも楽をさせたいのなら、領の政治に口を出さなければいけない。
そして、それをする権利は俺達には無い。
彼等のような領民が他に居たとしても、それを全て救うなんて無理な話だ。
……でもまぁ、これから俺達はその領主に会いに行く訳で。
揉めそうな気配があるモリスン伯爵だが、カリーシャ商会の一時撤退ともなれば筋を通す為に挨拶しなければならないらしい。
…挨拶だけで済むかはともかく。
モリスン伯爵が神の国ネリエルと繋がっている可能性がある限り、俺達はモリスン伯爵を調べる必要がある。
場合によっては、なんらかの方法で黙らせる事も考えなければいけない。
そうなった時、ヘリントン達にとって良い未来が訪れる可能性だってある。
なら、餓死してしまう、栄養失調で倒れてしまうなんて事になれば勿体ない。
そんな感じで自分に言い訳しつつ、この行いを正当化しておく。
結局はなるようにしかならないし、俺自身、なるようになれと思っている。
「難しい顔、してますよ?」
考えていた事から現実に戻れば、心配した様子のフラウが覗き込んで来ていた。
可愛い。
「大丈夫だよ。こんな村がいっぱいあるのかなって思ってただけ」
「…モリスン伯爵の目的が見えませんね。目立ちたくないのであれば、領民にもそれなりに良い顔をしておくべきだと思いませんか?」
それはそうだ。
止む無くこうなっているのかもしれないが、今俺達が知る情報ではそんな理由は思い至らない。
何か目的があって金を集めているように思えてしまう。
「ロッシュさんは何か知りませんか?」
「残念ながら。アルテシア領やモリスン伯爵については、とにかく噂が少ないのです」
人の口に戸を立てる事なんて出来ないと思うんだけど。
どうにも胡散臭い話だ。
「丁度いいじゃねぇか。村人ならなんか知ってるかもしれねぇし、ついでに聞いておこうぜ。元々情報収集の為に来たんだろ?」
ケインがそう言えば、フラウとギアに生暖かい目で見つめられていた。
そう言えばそんな建前だったなと思い出す反面、フラウとギアは建前だと解っていたようで、ちょっと気まずい。




