第69話 レイ
キース子爵との話が終わり、残りの事務的な話は担当の人間と進めて貰う事になった。
俺達の仕事はあくまで橋渡しだし、細かい調整役はまた別の人が担当する事になる。
ロッシュもカリーシャ商会の動きをリグレイドに合わせたいと言う事で、領主邸に残ってキース子爵と話を詰めるとの事だった。
俺達は一応護衛でもあるし一緒に残ろうとしたんだけど、今日は領主邸に泊って行くから戻っていていいと言われてしまった。
……やっぱりあの二人、仲いいよね?
まぁそんな訳で、朝にはロッシュを迎えに行くけどそれまではやる事も無くなってしまった。
フラウ達と合流しに支店へ向かえば、フラウ達もやる事が無くなってノノ達の訓練に付き合うと言って出掛けて行ったと言われた。
迎えに行こうかとも思ったが、直に日も暮れるしみんなが戻って来る方が早いだろうと言う事で、ユークと二人で宿へと戻って来ている。
とは言え、やる事もなくて二人でポーカーをしながら暇を潰している状態だが。
「…ユークってポーカー強くない?」
「いや、多分お前が弱いんだと思うぞ」
まぁ確かに、俺はこう言うゲームはあまりやらないけれど。
そんな俺は現在六連敗中である。
「ストレート」
「フルハウス。また勝ったな」
……やっぱりユークが強いんじゃないかな。
カードをまとめ、シャッフルし直す。
イカサマが無いようにって事でディーラー役を交互にやってるけど、果たして何も賭けてないポーカーでイカサマをする理由があるのだろうか。
…まぁ、慣習的なものなのかもしれないが。
「キース子爵、話の通じる相手で良かったな。他の貴族もそうであってくれれば楽なんだが」
「そうもいかないよ。次の街の領主は亜人排除派の貴族らしいし」
それ以前にネリエル側の人間らしいけど。
どちらにしろ、俺達と友好的な話し合いが出来るとは思わない方がいい。
「貴族ねぇ…。俺達も貴族としての在り方ってのを本気で考えないといけないのかもな」
キース子爵の矜持を聞いて、貴族と言うものを考えさせられた。
俺達も貴族の一員と考えれば他人事ではない――――はずなのだが、正直爵位を与えられただけで、貴族と言う実感が無い。
国の為に何か仕事している訳でもないし、今までは単なる称号のようなものと捉えていたのだ。
なので、急に貴族らしくとか言われても困惑するだけだ。
それに。
「言いたい事は解るけど、俺達は『ロクトの貴族』だよ? 普通の貴族だったら人の上に立って導くリーダー的な役割だけど、ロクトの貴族は兵士を指揮して最前線で戦う戦士って感じじゃない?」
貴族と言う存在に対しての認識があまりにも違い過ぎる。
キース子爵の考え方には好感を持てるが、その考えでロクトの貴族は務まらないだろう。
もっと戦わせろって部下に怒られる未来しか見えない。
逆も然りだ。ロクトの貴族が他国で通じる訳が無い。
「……少しはキース子爵を見習うべきかと思ったけど、環境が違い過ぎるな」
「そう言う事」
大体、俺もユークも民を守るより敵を倒す方が向いている。
真似しようとしたって簡単にはいかないだろう。
混ぜたカードを配り直し、手札を確認する。
Aのワンペア。
悪くはないんだけど、ユーク相手にこれでは心許ない。
「…執行者の話どう思った?」
ユークが一枚捨て、新たに一枚カードを得る。
ワンペアだけ残して、俺は三枚を捨てた。
「亜人を見つけ次第殺すって聞いてたけど、少し違ったらしいね。教義で無駄な殺生は禁止されてて、基本的には生け捕りにするんだっけ?」
「その後、殺す為の儀式を行うらしいけどな。儀式をすれば殺していいってのはなんなんだろうな」
「建前じゃないの? 殺したって勝手に魂が集まる訳じゃないんだろうし、魂を確保する為には手順が要るって事だと思うよ」
引いたカードを見るも、役は揃わずワンペアのまま。
諦めて広げて見せれば、ユークの方はまたもフルハウスだった。
これで八連敗だ。
ユークがカードを集め、再びシャッフルが始まる。
「やっぱり、邪神の宝玉みたいなのを持ってるんだろうな」
「多分、そうだろうね」
あれと同じ物があるって事は、ネリエルと争うような事態になれば、妙なスキルを持った奴と戦う可能性がある訳だ。
そして、ヴィオレッタの読みが当たりなら、邪神の再召喚に一役買っている事にもなる。
こうしている間にも亜人が殺されているかもしれないし、本来ならすぐにでも止めるべき愚行だ。
けど、現状の俺達はネリエルに辿り着く事さえ出来ていない。
誰かを先行させて偵察させる案も出ていたけど、相手がどんなスキルを持っているか解らない以上、少数での接触は危険と判断された。
まずはクラウン王国の亜人庇護派の貴族達と繋がり、地盤を固める。
その上でクラウン王国の中枢との交渉に持ち込む。
――――どんな形であれ、クラウン王国と協力関係を結ぶ事が出来たなら、ネリエルに近い地に拠点を置き、そこからネリエルへの対処を始める。
大まかな計画はこんな感じらしい。
「……駄目だな、俺は。考えないようにしてても、話を聞いてからムカついて仕方ない」
「気持ちは解るけど冷静にね」
俺だって気分は悪い。
ネリエルがやっているのは、自分達の願いを叶える為に亜人の命を踏みにじる行為。
その為に教義とやらで正当化し、他国の平穏までも乱す。
…俺から見れば、彼等はネリエル神とやらを崇拝する信奉者などではなく、自分達を神と勘違いした俗物だ。
少しだけ頭に血が昇った気がして、役の無いカードを全て捨てる。
ユークの方は逆で、そのままでいいとカードは捨てない。
「…ワンペア」
「フォーカード」
…強すぎない?
カードをまとめ、今度は俺がシャッフルする。
「ケインの目もあるし、俺としてはもっとドンと構えていたいんだけどな」
「そう思えるなら、いずれ変われるよ」
「お前は冷静で羨ましいよ」
カードを配ろうとした手が一瞬止まりかけたが、何事も無かったかのように続ける。
無言で自分の手札を確認すればツーペアが出来ていた。
チラリとユークを見れば、片眉を上げて手札を見ている。
俺は一枚を捨て、一枚を手札に加えた。
―――――『EW』を始めて、今まで体格が小さくて活かせなかった運動能力が活かせるようになった。
守りたいと思う人を守れる力も得た。
でも、現実の俺は父を早くに亡くし、一人で育ててくれた母は高校卒業前に身体を壊して寝たきりになり、あまり蓄えも無かったから高校を中退して働いていた。
母の入院費を稼いでギリギリの生活を続けていたが、治療の甲斐なくこの世を去った。
その頃には俺も二十五歳になっていた。
母が亡くなった後、急にやる事が無くなった気がして、たまたま見掛けた『EW』を手に取った。
その日が『EW』の発売日だったようで、目立つ所に置いてあったらしい。
それまであまりゲームに触れて来なかった俺だけど、なんとなくやってみようと思えた。
キャラクターの作成にはかなり時間を使ったと思う。
ゲームの中でぐらい、何も無かった自分とは違う存在でありたいと思ったし、それを誰かに見守って貰いたいって気持ちもあった。
そんな想いから生まれたのが『レイ』と『フラウ』だ。
――――『レイ』になって『EW』に降り立った時、何か役割を得た気がして…ようやく生きた気がしたんだ。
必要とされるなら力を貸したい。
救いを求められるのなら手を差し伸べたい。
そうでもしないと、自分の存在意義が解らないから。
…何も無い自分に戻ってしまいそうだから。
「フルハウス」
手札を場に出せば、ユークがニヤリと笑う。
「ロイヤルストレートフラッシュ」
「…マジで?」
ケラケラと笑うユークを見て、苦笑を返す。
俺は冷静なんかじゃない。
心を動かされる事に疲れ、擦り減っているだけだ。
…俺は、自分の信念を持つユークの方こそ羨ましい。




