第68話~第69話 幕間 パートナー
レイ達がキース子爵と話をしている頃。
荷物の運び出しを終えたフラウ達は暇をしていた。
運び出しと言ってもキース子爵の所へはレイ達が持って行ったし、店頭に少し並べる程度の量を運ぶだけで、やる事はそんなに多く無かったのである。
尤も、フラウ達とは違う、普通の一般人が運ぶとなればもっと時間が掛かっただろうが。
時間があるならと言う事で、ノノとケインは訓練して来ると言って出て行った。
ギアも付いて行こうかと思ったが、これはまたとない機会と捉え、フラウを呼び止めた。
「一度お話しておきませんか?」
フラウの整った眉が、一瞬だけ怪訝そうな形を作る。
レイ以外とは一対一で会話する事など殆ど無いフラウである。
ギアとこうして話すのも初めての事だ。
「何やら警戒されているようですので。…ユークやレイさんが居ない方が話し易いでしょう?」
フラウの目に剣呑な光が灯る。
それを認識しながらも、ギアは表面上の笑顔を絶やさない。
だが、ギアの細い目は正確にフラウの動きを捉えていた。
…まるで、今から殺し合いでも始まりそうな雰囲気である。
「…いいでしょう」
その答えを聞き、ギアは近くの壁へと背を預ける。
二人の距離は必要以上に開いた状態であり、とても会話する距離感とは言えないものだった。
「本当は放っておいても良いかと思いましたが、考えていたより旅が長引きそうなのでね。お互いの目的は確認しておくべきかな、と」
お互い気付いていて触れる事はないが、どちらも魔法詠唱済みの状態である。
それを当然として受け入れ、対処出来るよう距離を取っている。
同じパーティメンバーとは思えない行動ではあるが。
「目的?」
「俺はユークを守る。貴女はレイさんを守る。……それは間違いありませんね?」
「当然でしょう」
それがパートナーの存在意義だ。
彼等の第一目的は『ジュエル持ち』の守護なのだから。
「であれば、俺達は協力出来るはずです」
「私はレイさえ守れればそれでいいのです」
恐らくそう言うだろうと思っていた言葉が、そのままフラウの口から洩れた。
ギアはフラウを信用してはいないが、パートナーとしての在り方には共感する所も多い。
でなければ、こんな話をしようとは思わなかった。
「それは俺も同じですよ。…ただし、彼等を本当の意味で守るのなら、周りで人死にを出す訳にはいかない」
ユークもレイも、ギア達からすればお人好し過ぎる。
例え冗談で見捨てる事はあっても、最後の最後では絶対に見捨てられない。
命のやり取りが日常であった『EW』の住民からすれば、甘すぎるとしか思えない。
けれど、ギアはそれを悪いとは思っていない。
彼等は世界を救う使命を持った『ジュエル持ち』なのだから。
もし悪辣な人間なのだとしたら、パートナー達だって命を賭けて守ろうとは思えなかっただろう。
「…異論はありません」
それはフラウも同じ考えだ。
目の前の誰かを守れなければ、きっとレイは傷付く。
…傷付く事があっても慰めるチャンスと捉えれば悪くは無いが、レイの場合は傷付いた気持ちを押し隠してしまう。
それはフラウの望む所ではない。
どうせなら、泣き喚いてフラウに甘えるぐらいであって欲しいのだ。
……なんとも度し難い乙女心である。
「はっきり言って、俺は貴女を信用している訳ではありません。ユークや俺に対して攻撃的な目を向ける事がありますよね?」
本当に一瞬だけの事。
だが、一緒に行動している時間が増えればそれだけ回数も増える。
その全てを見逃すほど、ギアは鈍感では無かった。
「それはそちらの行動にも問題があるのでは?」
「否定はしませんよ。ユークは何かと問題を起こす―――」
「そうではありません」
ユークが起こした問題について憤っているのかと思えば、フラウはその言葉を切って捨てた。
「私が言っているのは、レイを見張っている件です」
以前クラウスが語っていた。
ウェインからレイを見張るように言われていたと。
クラウスの時にもフラウは気付いていたが、クラウスは早い段階で見張るのを止めていた。
手の内を明かす事まではしなかったが、それだけである。
パーティを組んで一週間もすれば警戒らしい警戒もしなくなり、フラウも彼等に対しての認識改めるに至った。
対して、ユーク達は少し異なる。
ユーク自身が見張っている様子は見せないが、ギアはレイの動向を気にしている。
ギアに指示を出しているのがユークの可能性がある以上、フラウからすれば二人とも信用ならない。
「…良く見ているものだと思いますが、少し誤解があるようです」
「誤解?」
相変わらず剣呑な雰囲気のまま、二人は話し合う。
もしこの場にノノが居たなら、オロオロと小動物のように慌てた事だろう。
「ウェインから見張るように言われたのはクラウスだけですよ。クラウスから問題無いと報告を受けてからは、レイさんに対する監視は解かれています。ご存知か解りませんが、クラウスはクランの最古参メンバーなので、それなりに発言力があるんですよ」
それはクランの人間にしか解らない事だろう。
とは言え、危険人物の監視を任せるのならば、信頼出来る人間にすると言うのは尤もな話ではある。
「では何故、監視を続けるのです?」
「監視ではなく、俺個人が警戒をしてしまっているだけです。あの人は目が良すぎるので」
その言葉で、フラウはギアの言わんとしている事が読めた。
ただし、雰囲気は頑ななままで、ちゃんと説明しろと目で訴える。
「お気付きでしょうが、レイさんの周りで何かが動くだけでも彼は絶対に反応します。指先一つの動きでも、目線の動きだけでも察知されているんですよ。…監視されているのはこっちなんじゃないかと思うぐらいに」
近くに居れば一瞬反応しただけでも伝わるものだ。
その気配を察知して、ギアはレイを警戒してしまう。
それは反射的な反応ではあるが、見張っていると思われるような動きではあっただろう。
「俺自身にレイさんへの敵意はありません。信用出来るかは知りませんが、一応言っておきます」
「ええ、信用はしません」
事情は理解しつつも、レイが絡むと疑り深くなるのがフラウの性格である。
話をしようがなんだろうが、そもそも現段階で和解する気などなかったのだ。
「と言う訳で現状、お互いに信用すると言うのは土台無理な話です。ですが、先ほども言った通り、目の前での人死には彼等にとって毒になり得ます。俺はユークを守る為にレイさんを死なせる訳にはいきませんし、それはそちらも同じでしょう?」
「お互いの利の為、協力は出来ると言いたい訳ですね?」
フラウにとっても、レイを守るにはユークを守らなければならない。
ユークだけじゃなく、ノノやケイン、そしてギアもだ。
誰一人死なせない事…その点については一致していると見ていい。
「いいでしょう。パートナーとしての在り方については、近しい考え方をしているのは解りました」
「では?」
「協力し合う事で、結果的にレイを守れると言うなら仕方ありません。―――もしレイを傷付けるような事があれば、レイに知られる前に消し去ります」
フラウがギアに向ける目は、暗く淀んだ瞳。
ギアがフラウを信用しきれないのはこれが原因だ。
しかも、向ける先が主にレイと言うのが余計に解せない。
「そうならないように気を付けますよ。それでは、お互いに協力し、ユークとレイさんを支えると言う事で」
頷いて答えるフラウを見て、ようやくギアが臨戦態勢を解く。
ギアに戦闘の意思が無かったとは言え、フラウが斬り掛かって来る可能性はあると踏んでいた分、ドッと疲れが出たようである。
ギアの様子を見て警戒を解いたフラウも、小さく溜息を吐いた。
それに気付いたギアは、フラウの方もそれほど戦う意思は無かったのかと少しだけ安堵するものの、彼女の真意は別にある。
敵になる可能性があるならば斬る事に一切の躊躇いは無いものの、死体の処理に関してはこれと言った案が無かったのである。
ギアも、まさか自分の死体処理に頭を悩ませていたとは思わなかっただろう。
「…では、急ぎでケインとノノさんを鍛えないといけませんね」
「悪魔の時は間に合ったから良かったものの、あそこで二人とも亡くなっていた可能性はありましたからね」
今後も悪魔と対峙する機会はあるかもしれない。
その時にまた二人だけだった場合、今のままでは心許ない。
二人に、新たなスパルタ教育が始まろうとしている。
「…所で、レイさんはなんであんなに警戒心が強いんですか?」
そもそも、レイがあんなに反応しなければ、ギアの方だってもっと自然体で居られるのだ。
ギアとフラウがお互いを信用し切れない原因はレイの方にある。
その根本的な理由とは一体何か。
「ああ…。あれは、アヤさん……いえ、『鬼若』さんが事ある毎に奇襲を仕掛けて来た所為です」
元凶は友人の一人である。
彼女としてはレイを挑発して戦闘へもつれ込みたかったのであるが、それを避けたいレイが全力で逃げ回ろうとした結果出来てしまったクセのようなものだ。
「そう…なんですか」
そんな事情を知らないギアは、一体どんな人間関係なのかと少しだけレイに同情する。
…この、不穏な様子を見せるパートナーを含めて。




