第68話 貴族とは
再びキース子爵の領主邸を訪れた俺達。
以前と違い、ロッシュ、俺、ユークの三人が席に着いている。
今回、フラウ達はここへ来ていない。
今頃は倉庫にあった武具を運び出している頃だろう。
「―――……サンプルとして届けて貰った装備品、拝見させて貰った」
挨拶も全て抜きで、単刀直入に話に入るキース子爵。
話し出す前に、少し考えるような間があったが今は置いておこう。
あらかじめ、ロッシュが幾つかの武具を試供品として届けていたらしく、キース子爵の方から引き取りたいと知らせがあった。
一応はお気に召して貰えたと言う事だろう。
武器や防具以外にも、ステータスや耐性を補正するアクセサリーなども付けておいたし、これで納得して貰えないなら別の手を考えなければならなかった。
……まさか銃火器を手渡す訳にもいかないし、そうならなくて良かったと思おう。
「農具まで用意して貰えるとは思わなかったがな」
「中々の物でしょう?」
「…あんな物を量産されては、街の鍛冶屋は廃業だな」
余った装備品はロッシュが全て引き取ってくれた。
ただ、農具は農具で喜ばれるだろうと言われて、少し作っておいたのだ。
……まぁ、俺達が作ると収穫率1.2倍とかって特殊効果が付くけど。
「…で、あれだけの物を渡して来て全てタダだと? なんの冗談だ?」
「お忘れですかな? 幾つかお願いがあると申し上げていたではありませんか」
ロッシュがそう答えれば、キース子爵の顔が苦いものへと変わる。
ロッシュを視界に入れるのが嫌になったのか、キース子爵の目が俺達へ向いた。
「まだお互いに名乗っていなかったな。私はキース・アイナミア子爵。このリグレイド領で領主をしている」
俺がサッと視線を向ければ、貴族モードのユークが口を開いた。
「俺はユーク・サウス・ソード侯爵。ロクト王国の貴族だ」
こうして見ていると、普段の行動が嘘のように立派に見える。
目を見開いて止まったキース子爵に、俺も自己紹介しておく。
「同じく、ロクト王国のレイ・ウェスト・ソード伯爵。…ロッシュさんからは何も?」
「…いえ、何も」
驚きが演技ではなさそうと思い、キース子爵に尋ねればロッシュを軽く睨みながら否定した。
試供品を渡した時に少しは説明しているのかと思ったが、事前説明などは一切無かったらしい。
当の本人はカップで口元を隠しているが、俺からは笑いを堪えているのが見えていた。
ちなみに、前回のハーディ男爵とのやり取りも踏まえてユークと相談し、貴族っぽい対応をするのではなく自然体で対応しようと決めた。
発端となったのはウェインの一言。
『ユークは、何時か絶対ボロを出す』。
…これに対して、俺には否定の言葉が思いつかなかった。
「では、改めてご説明しましょうか」
そう言って、ロッシュは俺達の事やドレアスで起こった事などを説明してくれる。
以前ハーディ男爵に説明した経験からか、実に解り易い説明だ。
…キース子爵の理解が追い付くか、と言う問題はあるけども。
一通り話終わった後、なんとも言えない目付きで俺達を見るキース子爵。
ロクトのお国柄も説明したので、俺達に対して畏まった対応をする必要は無いと伝えると、少しだけ肩の力を抜いたように見える。
「…幾つかの願いとは、私にそちら側に付けと言いたいのか?」
「それもありますな」
「………国に本気で反逆しろと?」
そう取られてもおかしくはないだろう。
ハーディ男爵が言っていた亜人庇護派の処刑が事実であり、それをキース子爵も知っているのだとすれば、俺達側に付けば同じ未来を辿る可能性も考えるはずだ。
…王国側に俺達の事が知られる前に、足場は固めるつもりだけれど。
「別に戦争を起こしたい訳じゃないさ。状況がそうさせるかもしれないってのは認めるが」
俺達側がどうと言うより、クラウン王国側がどうするかって所が全てだと思う。
俺達は亜人と一緒に生活しているし、これからもそれは変わらない。
それが許せないってなれば戦争にだってなるだろう。
…尤も、俺達が戦争に乗るかは別の話だ。
また見知らぬ達磨人間が出て来るかもしれないしね。
「ただ、クラウン王国と亜人どちらかに味方しろと言われれば、俺達は亜人側へ付くぞ」
少なくとも、オーガやオーク、エルフは俺達と共生を始めている。
彼等を見捨てる選択肢は無い。
ユークの言葉を受け、キース子爵は腕を組んで瞑目する。
暫くの間、静寂が流れ、俺やユークも次の言葉を待った。
「……他の願いとは?」
しかし、出て来たのは別の話だった。
キース子爵は、今の段階で明言を避けたと言う事だろう。
もう一つの願いと言う事で、あらかじめ話していた通り、ロッシュに交渉を頼む事にする。
俺の視線を受けて、ロッシュは任されたとばかりに頷いた。
「実は、育てて貰いたい作物があるそうでしてな。転移によって気候や土地が変わり、以前ほどの品質が保てなくなったようなのですよ」
「作物?」
俺はテーブルの上に幾つかの作物を置く。
生のまま齧れるようにと、殆どは果物類だけど。
「今は生でも食べられる物を用意しておりますが、中には穀物類もあるそうで。まぁ、まずは味見をどうぞ」
後ろに立っていた護衛がキース子爵の前に毒見しようとするが、キース子爵がそれを手で制する。
そして、特に躊躇いもないままイチゴを口に放り込んだ。
…ちょっと無防備過ぎないかとも思ったが、一応、俺達に対して一定の信頼があると言う事だろうか。
それとも、変に遺恨を残す事を嫌ったか。
「……これは、何と言う食べ物だ?」
「イチゴですな。この辺りでは見かけませんが、帝国の方では時々野生の物があるとか。栽培されていると言う話は聞いた事がありません」
子爵はよほど気に入ったのか、すでに三つ目を口にしている。
日本にある物と比べると、やや小ぶり。
だけど味は負けてないし、何よりこのイチゴ、薬の材料としても使える。
特徴的な部分としては、環境と土さえ合えば水をやるだけで勝手に育つ事。
このイチゴが素材として使われるのは、魔物避けの聖水を作成する時だ。
その薬効のお陰で魔物は近付かないし、虫も一部を除いて近付いて来ない。
病気と雑草にだけ注意すれば、あまり手の掛からない作物なのである。
ただし、環境と土に合えば、の話だ。
育ち易い性質を持ちながらも野生であまり見かけないのは、特定の環境下にしか適合しない為。
少なくとも、今のメフィーリアでは魔法によって気候や気温、土の操作を行わないと芽すら出ない。
「小麦などもございましてな。こちらは今リグレイドで作られている物とは違い、月に一度のペースで収穫が出来るそうですぞ」
「月に一度だと? 本当なのか?」
農業関係は本当に食い付きがいいな。
笑いそうな気持ちを押し隠して、俺も説明に加わる。
メフィーリアで育てていた作物は、ロッシュの言った通り月一で収穫出来る。
病気にも強く、よっぽどの事が無いと収穫出来ないなんて事にはならない。
ただ、こちらも今のメフィーリアでは育てるのが難しい。
なんと言っても、潮風に弱いのだ。
メフィーリアの農家さんは、この小麦が駄目になるのを初めて見たとまで言っていたそうだ。
そして、メフィーリアだけでなく、ロクトやレーヴェも海に近い場所に転移している。
現状、俺達が育てるのは難しい。
「味も良いですぞ。リグレイドの小麦とメフィーリアの小麦でパンを焼いて貰いましたが、香りからして違いましたな」
ロッシュの説明を聞きながら、両方の小麦で作ったパンを用意する。
作り方は俺達の国のもので、こちらの世界で食べられている物より大分ふっくらしているけど。
「…まず、どうやって焼いたらこんなパンになるのか」
ふっくらふわふわである。
こちらの世界のパンは、正直言ってかなり堅めだ。
キース子爵は両方のパンを千切って食べ、その後、メフィーリアの小麦で作ったパンを繰り返し食べる。
…こっちも気に入ったかな。
「……なるほどな。リグレイドでこれらの栽培を行い、貿易でもして欲しいと?」
「その為の開拓や、防壁の作成も手伝ってくださるそうで。警備の為の人員も派遣して貰えるとか」
「至れり尽くせりだな。……だが、それだけの事をするメリットが、果たしてそちらにあるのか?」
当然あるからこうして交渉をしているのだ。
こちらとしては、作れなくなってしまった作物を入手する手段が手に入る。
ここに持って来た作物の多くは、食用になる上に何かの素材になる物も多い。
使用用途が多いからこそ、幾らあっても困らないのだ。
それに、今メフィーリアの農家は仕事が減っている。
他の仕事を割り振っている為に大きな騒動は起こっていないが、農家の多くは農業が出来なくなってしまっているらしい。
こちらで栽培するとなれば、メフィーリアの農家もこちらへ移住するなんて選択肢もあるだろう。
簡単な作物も多いが、収穫の回数が多い物や少々特殊な栽培をする物もある中で、彼等の知識は必須になるはずだ。
…移住に当たって、『EW』の人が損しないように条件を付ける必要はあるだろうけど。
それは俺達ではなく、メフィーリアやリグレイドで取り決めをするべき話だが。
それらを説明すれば、キース子爵は口元を隠して考え込んだ。
「こちらの農家が損をするような話なら受けられないが?」
「さっきも言った通り、幾ら作っても困らないようなもんが殆どだ。この街の農家にも育て方を学んで貰って、他の農家も巻き込むといい。…何より、小麦は月一で収穫出来るが、月一の収穫はマジで人手が要るらしいぞ」
互いに協力し合わなければ、そもそも収穫がキツいって話だ。
当然、収穫が終わればすぐ栽培も始まる訳だし。
レーヴェが作ったトラクターなんかもあるけど、作業量が多いのは変わらない。
人手なんて幾らあっても足りないだろう。
「我が領の農家でも育てていいと言う訳か?」
「そう言う事だね」
現状でも食料供給が足りてないなんて話もあったぐらいだ。
この提案、リグレイド…いや、クラウン王国全体で見ても悪い話じゃないはずだ。
「…手が余った農家に仕事を作る事も出来るな。互いにメリットがあるのは解った。ただ、かなりのリスクがある」
結局、元の話へ戻って来た。
王国との関係だ。
「……ロッシュよ。何故お前は協力しようと思った? ハーディ男爵は何故そちらに付いた?」
どこか他人事のようにすら振舞っていたロッシュだったが、それを聞かれてニヤリと笑う。
「金貨の匂いがした――――商人に、これ以上の理由が要りますかな?」
「それだけではあるまい?」
間髪入れずに問いかけるキース子爵。
それに対して、ロッシュは実に楽しそうに笑った。
「隠し事は出来ませんな。…では、決定的な理由を一つお教えしましょう」
勿体ぶった口調で、人差し指を立てる。
それを見て、キース子爵の眉間に皺が寄った。
「戦争になったとて、クラウン王国では勝てません。鞍替えするより選択肢は無いのですよ」
「……何故そう思った?」
「武器、規模、練度、技術、継戦能力―――あげればキリがありませんな。剣の使徒様がどれほどの力をお持ちか知りませんが、一人でどうにかなるとは到底思えません。…もし、剣の使徒様にそれだけの力があるのなら、今頃アカラ帝国は滅びているでしょう」
俺は単純に戦力の話かと思っていたけど、その他にも色々あるらしい。
クラウン王国で最大の障害になり得るのは、剣の使徒と呼ばれる存在。
そのレベルばかり気にしていたけど、小競り合いの続く他国をどうにも出来ていないと考えるなら、剣の使徒は一人で戦局を覆すほどの力は無いとも取れる。
ロッシュに言われ、初めてその事に気付いた。
確かに、俺達の警戒し過ぎと言う可能性はあるな。
キース子爵はゆっくりと目を閉じると、『いいだろう』と呟いた。
再び目を開いた時、真っ直ぐにロッシュを見つめて続けた。
「お前がそこまで言うのだ。私も乗ってやる」
「よろしいので?」
そう問い返すロッシュではあるが、その顔は笑っている。
まるでこうなる事が解っていたかのように。
「どの道睨まれている身だ。それに、今の国に忠誠などない」
キース子爵も、よほど腹に据えかねる事があったんだろうか。
一度、ロッシュとの関係や、この人の今までの経験なんかも聞いてみたい所だ。
「我が一族が貴族として在る理由…。それは国の為ではなく、領地に居る民の為だ。亜人とて昔は民であったのに、その民を裏切ったのは国の方。民の敵となるのなら、私にとっても敵でしかない」
この人やっぱり過激派だ。
これまで問題を起こしていなかったのが奇跡なんじゃないかって思えるぐらいに。
…クラウン王国との戦端を切り開いたりしないだろうな。
「言っとくが、進んで戦争する気はねぇからな?」
「当たり前だ。戦争になれば、一番に被害を受けるのは領民達だ」
ユークが念の為に釘を刺せば、キース子爵は即答してみせた。
なるほど…。この人が一番に考えるのは領民の事であるらしい。
模範的な貴族って言うのは、きっとこう言う考えの人なんだろう。
…ちょっと、言動は危ないが。
「それはそちらに対しても言える事だ。もし領民が被害を受けるような事になれば、その時は相応の態度を取らせて貰う」
「肝に銘じておくよ」
俺達だって、誰かが不幸になるのは望まないからね。




